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113. 妖精との約束

「カイ、今日うちに夕飯を食べに来ませんか?」

「せっかくだけど、俺、用事があっていけないかな」

 

 ティーポットの紅茶をカップに注ぎながら、メアリーが怪訝そうな顔をして首を傾げる。


「メアリー! 零れてる零れてる!」

「あっ、すみません」


 ソーサーにたまった紅茶をシンクに捨てていると、その間にメアリーが手早くテーブルを拭いてくれる。

 今日は、メアリーの家で、夕飯を食べるのだと真由が言っていた。

 そんな日に限って用事が入ってしまった。


「真由によろしく伝えて」

「カイ? 何か隠していませんか?」


 メアリーは、妙なところで鋭い。

 隠し事大アリだと言ったら、どうするのだろう。


「何もない。俺、ちょっと森に用事があって」

「今の時間から森に行くんですか? 妖精に誘惑されてしまいますよ」

「セオと約束してるから大丈夫」

「そうですか。セオによろしく伝えてください」


 メアリーは、食器を片付けるために背を向けた。

 セオに心の中で誤る。

 実は人間である誰とも約束はしていない。人ならざる者とは約束を交わしてしまった。いや、約束をするように仕向けられたというべきか。

 

「ちょっと、ねえ、この子は連れて行けないわよ」


 耳元で羽音のような小さな音と声が聞こえる。

 その声をあげた妖精をむしり取るようにして、掌の中に収める。親指と人差し指の間から、顔を出した妖精と目が合った。


「わかっている。黙ってろ」

「カイ、何か言いましたか?」


 メアリーに何かおかしいと思われたら、問い詰められる。妖精のところに行くと言ったら心配するだろう。下手すると私も行くと言い出すかもしれない。

 彼女に危害が及ぶと後ろにいるバートンという危険人物と渡り合わなければならなくなる。

 バートンとは力の差は歴然としている。

 彼から逃げるのも不意を突かない限り無理、となるとやることはひとつ。

 彼女に絶対に知られる訳にはいかない。

 掌を後ろ側に隠す。


「何も言っていない。大丈夫大丈夫」

「この子かわいいからさ。やっぱり連れて行こうかな」


 いつの間にか掌から抜け出して、耳の側にいる。耳元で囁かれる声に返す返事はない。

 ハエを追い払うようにして、掌を振りながら耳元から妖精を排除する。

 メアリーは目を凝らして一点を見つめていたが、気のせいだと思うことにしたようだった。

 エプロンを外して、帰り支度を始めていた。


「カイ、また明日」

「また明日」


 メアリーが台所のドアから裏庭に抜けて、その奥のドアをもうひとつ押すと姿が見えなくなった。

 妖精が見つからなかったことに安堵していると、メアリーと入れ違いにバートンが入ってくる。


「メアリー帰ったか?」

「バートン、遅すぎだよ。メアリー、今帰ったよ。本当に一緒に帰らなくてよかった?」

「まだ仕事が残っているからな」

「真由もメアリーと一緒に出かけていないんだし、お休みもらってもよかったんじゃない?」

「嬢ちゃんいなくてもな。他がいるだろう」


 その中に自分も入っているのかと思うと申し訳ないような気持ちになってくる。

 暖かいスープの匂いがする。

 お腹が鳴る音を無視をして、中庭に立てかけてある箒を持って台所のドアを開ける。


「俺は裏庭の清掃をするかな」

「まだ仕事か。ほどほどにしとけよ」

「わかった」


 そう言いながらも目的は別のところだが、彼を欺くのはメアリーよりも簡単である。

 俺の後ろに隠れている妖精は、バートンの目にも見える。

 妖精がついて来れるように少しゆっくりと歩く。

 ずっと保留にしていたことが今になって自分の首を絞めにくる。

 妖精の門であるフェアリーリングの管理人のクーシーが言っていた。


「フェアリーリングをくぐって王に会いに行け」

「気が進まないから保留な!」


 そう言ってことごとく無視した結果が今になる。



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