111. 波紋
バートンの大きな手が目全体を覆っている。
腕で目をこすったかと思うと、体ごと振り返った。
彼の顔を見ると目が少し赤い。
もう一度レオポルトをしっかりと見据える。
「メアリーへの思いをそこまでと決めつけているのは、レオポルトさん、あなただけだ。俺はずっと彼女を見てきた。家族思いで責任感が強くて、やさしくて、誰かのために必死になる。彼女の気持ちをやっとのことでこの手に掴んだのに離すようなことはしない」
泣いていたのが罰が悪くて、一瞬彼女の手を離した。
跪いて彼女に許しを請うようにメアリーの両手を包み込んだ。
深呼吸をして、瞳を真剣に覗き込み、口を真一文字に結ぶ。
彼の決意を感じ取れる。
「俺と結婚してください」
彼女の瞳から、涙が溢れた。
彼の決意は言葉という形になり、彼女の心に届いた。
「ずっと側にいたいのは、メアリー君だけだ」
「私……」
何かを言葉にしたかったけど、嗚咽が出ていて何もしゃべれない。
メアリーの涙をふく物を誰も持っていない気がしたので、ポケットに手を入れてハンカチを取り出す。
バートンの肩に乗せるようにして置くと、ありがとうと言うように笑顔が返ってきた。
ハンカチは、メアリーの涙と鼻水でぐしゃぐしゃになる。
「あり……」
今のは「ありがとう」と言いかったのだろう。
クロードの瞳がさらに険しくなる。
睨みつけている人物はひとりだけ、彼の父親である。
そんな息子の視線を受け止め、瞳を閉じる。
もう一度、目が開かれたとき、彼の視線の問いに応える。
「静かな湖畔のままでいてもよい。だが、小石を落としてみないと何も前に進まない」
わざと波紋を起こした。波紋がいいように作用したが、毎回同じようにはならないと思う。
「小石は違う波紋を生む場合もある」
「人間の命の短さを思うと結果が出るのは早い方がいい」
「早ければいいものでもないだろうが」
「今回はいい波紋になった。そうじゃろ?」
クロードが黙ったのを返事と取ったのか満足そうな顔をしてテーブルに座った。
「返事を聞いたら満足とか言っていなかったか?」
「言ったが気が変わった。メアリーの手料理は久しぶりじゃ」
人間の命の短さと言ったときにレオポルトは寂しそうな表情をした。
その表情は一瞬で消えてしまったが、その時に暖炉の側の写真立てを見ていた。




