107. イカロスの翼
針が折れる嫌な音が鳴り響いた。
真っすぐに引き抜かったことで起こる現象。
手で引き抜くと、真っすぐなのかどうかわかるが、道具を使用することにより感覚が鈍る。
斜めのままで無理やり引き抜こうとしたために針が折れた。
革用の針は、かなり太くて丈夫に作られている。
親方が何かを言いかけて止めるのを感じた。
今まで私の後ろから様子を見ていたのに自分の椅子に座り、作業を再開する。
「このまま道具を使う方がいいでしょうか。手で引き抜いた方がいいでしょうか?」
「自分で考えろ」
突き放されてしまった。呆れられてしまったのか。
椅子から立ち上がると、ついて来ようとするクロードを手で押しとどめる。
ドアの外に出て伸びをする。
胸の奥が痛い。自分で考えてこの道具を使うと決めた。
その瞬間から、やるべきことは自分に任されていた。
まだ夕焼けには早い時間、一日のうちで一番暑くなる時間、太陽は容赦なく照りつけてくる。この暑さをどうにかしたくて、額を守るようにして手をサンバイザー代わりにする。
手の隙間から太陽を見るが、瞳が焼けるかと思うくらいに目がくらむ。イカロスの蜜蝋の翼が溶けるはずだ。地上でさえもこんなに光が強い。真っ黒な世界と明るい世界とが行ったり来たりする。
明滅する世界の中で思った。
一から始めると決めた。
職に迷いはないはずだ。
「この職業にこだわらなくてもいいよ。何か別のこともあるよ」
と真っ黒の世界で座り込んでいる別のもうひとりの自分が囁く。
「ひとつのことをしっかりと極める。そう決めたよね?」
と明るい世界で笑っている自分が言う。
「決めた! このまま道具を使う」
自分に宣誓をして、椅子に座り込んだが、その日のうちに針を五本失った。




