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106. アイテムを手に入れた

「お嬢様、ねえ待って! それなら私持っているわ」


 今度はちゃんとお嬢様と聞こえた。

 お店を出ようとしたときにストレートヘアのプラチナブロンドの女性から声をかけられた。

 大きな瞳、小顔のかわいらしい感じの人だ。


「私の道具だけど、二個持っているからひとつあげるわ」

「えっと?」

「カーペンターの孫のアビゲイルよ。アビーと呼んで」


 一度ドアを閉めて、階段を上がっているような音がする。

 途中で物が転がる音がしたが、静かになった。

 アビーが顔をのぞかせると、きれいな髪が乱れてしまっている。

 自分の道具箱ごと持って来てくれた。かなり大きい物なのに軽々と持っている。

 宝石箱を開くようにキラキラした瞳をして、目の前で開けてくれた。

 欲しかった目的の物が見えた。


「趣味でアクセサリーを作っているの。お嬢様もアクセサリー作り?」

「私はレザー作りの方だよ」

「よかったら、今度、教えてもらっても?」

「いいよ」


 約束を短時間で取り付ける。この子の手腕はすごい。

 本当に好きだという気持ちが伝わってきて、提案にいいよと頷くことしかできなかった。

 アビーは道具箱から、平やっとこをひとつ取り出すと目の前に差し出した。


「ありがとう。アビー」

「どういたしまして、お役に立てて光栄です」


 来た時と同じような素早さで走り去る彼女を見ていた。

 誰かを彷彿とさせる。来たときは嵐のように騒がしい。去ってしまうと少しの寂しさを感じる。


「目的の物は手に入れたよ」

「じゃあ、帰って革を縫うだけだな」


 ガッツポーズの私にキャルムが微笑む。

 道の真ん中で、かなりのテンションの高さでハイタッチをした。

 どちらともなく、競争のようにして走り出す。

 急いで帰りついて、ドアを開けるとクロードは普通に作業を始めていた。

 ひとりで縫えているのがすごい。短時間で身につけたらしい彼の縫い目を横目で見る。

 力の入れ具合もちょうどいいみたいで、革が引きつれたところがどこにもない。


「ひとつの道具を選ぶのに時間かかりすぎだ! さっさと席につけ!」


 親方の怒号は、自然と背筋が伸びる。

 椅子にかけておいたレザーエプロンを手早く着る。


「了解しました。縫います!」

「縫い方は? 説明しなくてもわかっているのか?」

「わかります」

「一番上の革を新しい革に変えてくれ。ばらしてその通りの大きさで切っておいたから、後は縫うだけだ」

「はい」


 自信のない弱弱しい返事だったのがわかったのか、席を立ち、手元をじっと見られる。

 糸を縫う場所の四倍引っ張り出す。糸にロウをしっかりとつける。少し手触りが悪いが縫いやすくするためには致し方ない。糸の端と端に針をつけて、クロスに縫い出す。

 普通の裁縫と少し違う。波縫いでは革はダメなのだ。

 一定の方向になるように針を通した後の糸の方向は決めておく。

 縫い目は美しく、元いた世界での習い事が役に立った瞬間だった。

 革教室の先生の声が聞こえてくる。


「桐原さん、一定にならないとダメです。もう一度縫い直しをしてください」


 縫い直すか縫い直さないか、どちらかを生徒さんにゆだねてはもらえない。断定的な言い方だったが、今はあの先生に感謝したい。

 あの指導のおかげで、今一定に縫うことの大切さを実感している。

 三枚革が重なっていると、針を引き出すのにも時間がかかる。

 重なる部分が分厚くなりすぎないように、そのために革鋤きをするのだが、この世界では自分の身を守るために革を重ねている。

 革漉きはやってはいけないような気がする。

 でも、着ていて重いと感じるのも素早く動けなくなる。この縫い目の重なるところだけでもどうにかならないものかと考えていた。


「親方、ここの縫い目のところですが、革漉きはどうしましょう?」

「革漉き?」


 明らかに今疑問形だった。

 革漉きはしない方向でといこうということで自分の中で完結した。

 三枚の革を一気に縫う。

 そこで平やっとこを使用する。

 こんなことをやっていると革教室では怒られ案件だが、私には私のやり方があると行きついた方法だ。針を引き出すのが大変なときは、さっき手に入れたばかりのアイテムを取り出す。


「平やっとこ!」

「……」


 みんな無反応だったので、穴があったら入りたいような気持ちになる。

 クロードは革を縫うために集中している。

 目が合った時、キャルムが唇の端で笑ってくれたのがせめてもの救いだ。

 親方は、平やっとこで針を挟んで引き出すたびに目を細めて見ていたが、何も言わなかった。

 ダメとも言わなかったし、いいとも言わなかった。

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