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105. 自分が何者なのか

 父が馬車に乗り込むのをもう阻止はしない。

 あの馬車に一緒に乗れたら、どんなに楽だったのか想像してみる。

 明日の暮らしにも住む場所も食べる物も心配しなくていい。

 そんな暮らしをしてしまったら、いつか誰か自分の思ってもいない人とお見合いをさせられたとしてもNOと言えない。きっと顔色を伺って生きていくようになる。

 私がマーガレットだというのなら、この世界で生きていくしかない。

 自分の意志で自分の生きていく方向性を決めていきたい。

 私の心変わりを待つようにして、馬車はいつまでたっても進まない。


「キャルム、お店の中に行こう」

「いいのか? 乗らなくて?」

「いいの。仲違いしていた訳ではないとわかったから、それに自分が何者であるのかも理解できたからいいの」


 自分の中にあったマーガレットではないという思いが泡となって消えた。

 炭酸の泡が飲むたびに小さな音をたてる。耳元でその音がしたのは気のせいだろうが、夢から現実に引き戻された。

 いつか過ごしていると地球に帰れる。元居た場所に戻れるかもしれないという淡い期待も消えてしまった。

 腹をくくるしかない。

 ここで生きていく。

 知らない土地、見知らぬ人々、ひとりずつ知っていけばいい。

 昨日会った人だけでも三人は知り合いができた。

 三人の顔を思い浮かべていると青筋を浮かべて怒っているタナーさんの顔が大きくなっていく。


「あーっ、ヤバい。親方カンカンに怒っているよね?」

「結構時間経っているね」

「このままじゃ破門だ! でもちゃんと用事も終わらせてから帰らないと」


 大工さんのところへ続くドアを開けるときに後ろを馬車が通り過ぎた。

 過去は思い出の中にガラス瓶に閉じ込めて大事に心の奥にしまう。

 今は前を見て歩いていく。


「こんにちは! 平べったい何かを掴めるような道具ありますか?」

「それじゃ、わからんわ。絵に描いて説明しろ」


 言葉使いはきついけど、悪い人ではなさそう。

 口でふかしていたパイプを片手に持ち、呑気にたばこの煙で輪っかを作っている。

 描いた絵を渡すと、絵を遠くに離しながら、また近くで見つめてを繰り返しながらピントが合う位置を探っているかのようだった。

 彼の手にも顔にも老眼鏡はかかっていない。

 髪は所々白くなり、手の節々にしわがよっている。


「うちにはない。道具を作ってもらうなら、スミスさんとこに行くといいよ」


 メモを書いてくれた。震える手で書いてくれた地図である。

 口を大きく開いて笑う仕草がきつい言葉を帳消ししてくれる。


「あのお名前をお伺いしても?」

「カーペンターだ」

「真由です。よろしくお願いします」

「よろしくお嬢様」


 お嬢さんではなく、お嬢様と言われた気がしたけど気のせいだと思うことにした。

 

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