10. 紅茶の中に
歩いていくと中庭に出た。
キッチンには扉がなく、アーチ形にくり抜いてある空間にレンガが敷き詰めてあり、開放的な場所だった。大きな窓から太陽の光が差し込み、明るく室内を照らしていた。部屋の真ん中に大きなテーブルがひとつ、籠いっぱいのバジルが置いてある。みんなここで食事をしているのか三人分の食事が用意されていた。
「バートン」
窓を開けてメアリーが呼ぶと裏口の扉を開けてバートンが入ってきた。
背が高く、料理人というより、用心棒といった風体の人だ。大きな鉄鍋を毎日ふるっていると鍛えられるのか二の腕の太さは人の二倍ありそうだ。
手に持っている籠から野菜が見える。
「はいよ」
「お嬢様たちに紅茶を用意したいのだけど、アールグレイの補充はどうなったの?」
「あー、それな。切らしてるな」
「昨日、言っといたわよね? 補充をお願いしますって」
「忘れていたわ。わりぃ」
「バートン!」
メアリーがつめ寄ると、あの大きな体躯の人がちょっと小さくなっていたが、にっこり笑うと、ぎゅっとメアリーを抱きしめた。
アーチ型の戸口のところから顔を半分出して様子を見ていた。どのタイミングで声をかけたらいいのだろうと思っていたところにそんなラブシーンを見せられ、さっさと逃走するしかなかった。
バートンとメアリーは、恋人同士だったのか、見なかった振りが一番である。
「ちょっとバートン、どういうつもり」
メアリーは身をよじって抵抗しようとするが、がっちりとした体躯の男は離そうとしない。
こんなに強引なやり方は、彼らしくない。何か理由があるはずだ。
かすかに走り去る音が聞こえた。
「お嬢様を追い払うには、これに限る」
バートンがメアリーだけに聞こえるように耳元で囁く。彼に平手打ちをお見舞いする。今度はあっけないくらいに離してくれた。追い払うにしても違う方法があったはずだ。
「どっちのお嬢様?」
「緑のドレスの方」
「今から本当にやるのか?」
「アンナ様から言われたの」
「俺は間違っていると思うぜ。だから指定の紅茶を仕入れるのをやめた」
ベルガモットの香りが薬の混入をごまかしてくれる。だからアールグレイが必要だった。
気をはっていたのが突然崩れ落ちた。後から考えると香りの強い紅茶は他にもあったのに、この時はこれしか考えられなかった。
床に座り込んだ私を立ち上がらせて、黒いワンピースについた汚れを払ってくれる。
「らしくないことはやりなさんな。メアリーは顔に出るからな」
そう言うとバートンが私の手に握られていた薬をごみ箱の中に投げ入れる。
「お屋敷を首になったら、俺のとこに来いよ。嫁さんになってくれ」
笑いながら、冗談とも本気ともつかない言葉をさらっと言う。
「私はマユのことが好きなのよ。彼女を害なすことなどできない」
昨日会ったばかりの人、でもボロボロに傷ついて道に倒れていた人。彼女が小さかった頃の妹と重なる。小さかった妹は、もういない。だけど、目の前にいる彼女は救える。
涙がこぼれる。
前日、アンナ様が帰るときに私たち三人に託された薬。薬の中身は、眠り薬。ぐっすり眠るだけだと言われた。昨日のうちに紅茶を仕入れることをバートンにお願いしたはずだった。クロードの手に渡った薬は、自分で紅茶に混入させるのかと思っていたが、そうではなかった。
朝、ノックの音とともにお嬢様の部屋で、クロードから薬を手渡されたとき、疑問に思った。こんなことをそつなくこなすのは、クロードの方なのになぜ私に手渡したのか。失敗することをわかっていて手渡したとしか考えられない。
「アンナ様はマーガレット様のためならば何でもやるつもりだ。でも、これはやりすぎだ。マーガレット様は自分で選んだ道を行かれた。それなのにアンナ様はまだマーガレット様をあきらめていない」
「バートン」
手が震えていて、彼の服の袖を握る。
これでは、お嬢さまたちに満足に給仕できなかっただろう。
彼はわかっていたかのように抱きしめてくれる。今度はごまかしではなく、やさしい抱擁だ。
「友達と恋人を通り越して、嫁になれというのはあなたぐらいよ」
「嫌か?」
心の中で嫌ではないと返事をしながらもバートンには黙っておこうと思った。




