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愛レス  作者: たけピー
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消せない過去、変えたい未来

訳がわからないまま自称愛の天使亜久間と契約させられた望夢。幼馴染の瞳やガキ大将に両親、そして謎の転校生芽傍ゆうとの破茶滅茶な日々を過ごす彼に亜久間が見せたのは…。

2 消せない過去、変えたい未来


「もしもーし⁈ねえ、生きてる?」

 瞳に呼びかけトントンされて、望夢は飛び起きた。慌てて周囲を見回すと、家の前の公園のベンチに寝そべっていた。

「こんなとこで寝て、どうしたの?しかも悪夢から解放された、みたいな顔しちゃって」瞳はにやけて尋ねた。

 悪夢から解放されたんだよ!とツッコもうとした望夢は、上半身だけ起こして周囲を見回した。家の前の公園。上りかけの太陽。道ゆく人は白いローブではなく私服やスーツに身を包んでいる。翼も生えていない。ここは現実だ。そうだ!すべて夢だったのだ!あの裁判も、あの女、亜久間も!

「よかったー!」と安心して望夢は再びベンチに頭を下ろした。そして、気づいた。

 昨夜、自分が公園のベンチで寝たのは、あの女に騙されて親父に追い出されたからだ。つまり、今公園にいるということは、あの女が実在したということ…⁈

「ちょっと?何がよかったの?…大丈夫?」瞳は挙動不審な望夢の前で手を振った。

 望夢はジロリと瞳を見た。「今何時?」

 瞳は腕時計を見た。「7時20分」

「はあっ⁈もう電車乗んないと間に合わないじゃん!」

 と言うなり望夢はベンチから飛び退き、家に飛び込んでリビングに置きっぱなしの学校鞄をひっつかんだ。そしてそのまま家を走り出た。制服のまま追い出されたため着替える必要がないのは不幸中の幸いだ。

「ちょっと待ってよー!」お節介な幼馴染は望夢を追いかけて走った。

 二人はギリギリのところで電車に飛び込んだ。

「そんな慌てることないでしょ?8時半に着席してればいいんだから、この後の電車に乗っても間に合うよ」

「そうだけど、おれはこれ以上遅刻したら単位やばいの!」

「遅刻気にするなら成績気にしなよ?」

「うっせ」

「というかさ、昨日言ってた女の人と会うって話はどうなったの?」瞳は急に切り出した。

「あ…」望夢は答えに迷った。どうにかごまかさないと。「…夢だった」

「はっ⁈」瞳は口をあんぐりと開けた。「夢⁈え、え、じゃあ何?全部あんたの妄想だったってこと⁈」

「いや、妄想って言うか、幻覚っていうのかな…」

「はあああ⁈」瞳が納得いかないのは当然だ。「ま、何にしても、彼女はできないってことだよね?」

 望夢は顔をしかめた。「あーそうだな。これ以上聞くな!この話はやめー!」

「えーつまんないの!」

「おしまい!はい、話すんなら別の話題で!」望夢はきっぱりと言った。

 瞳は頬を膨らませた。「いいよ、いつか聞き出してやるんだから!じゃあさ、何で今日公園で寝てたの?」

「……」おい、話題変えたつもりかもしれないけどそれは同じ話題だ。いい加減にしろ瞳!「ちょっと黙っててくれ。おれも混乱してて、整理がついてない…」

「えー、意味わかんない」

「おれもわかんねーよ」

 それ以降、瞳は詳細を聞きたいとせがみ、望夢は口を閉ざし続けた。一方、瞳は一瞬たりとも口を閉じなかった。

「教えてくれないなら、あんたが女子の水筒勝手に飲んでたこと先生にちくっちゃうよ?」

「あー‼︎もうめんでくせーな‼︎話すから、そしたら黙ってろよな⁈あと、自分でも信じられない話するけど全部本当のことだから、信じろよな⁈」

「オッケー!」

 こうして望夢は折れ、あの女に会ってから夢の中で裁判をうけさせられたことをできるだけ詳しく話した。瞳は大袈裟なリアクションをしながら聞いていた。

「へー!じゃあ結局その人は、望夢のことを告げ口するために言い寄ってきたってこと?」

「みたいだな。よくわかんねーけど」

「不思議な人。でもナイス!」瞳はカメラ目線でグーポーズした。

「何がナイスだよ⁈」

「良い薬になったでしょ⁈あれだけ警告しても聞かない望夢が、あんなに追い詰められてるの初めて見たもん。その女の人、謎だけど只者じゃないね!」

「ったく!笑い事じゃねーし!只者じゃなくてただの頭おかしいやつだ!まじで頭イカレるかと思ったぜ!」

「大丈夫、これ以上はイカレないよ。ふふっ!」瞳は望夢の頭をコツンと拳で叩いた。

 望夢はスルーした。やっぱりこいつに話したのは間違いだったな。

「でもさ、結局彼女ができないのは、望夢らしいよね?」瞳はお構いなしにディスり続ける。

「おい、それ以上言ったら殺すぞ?」

「あー怖い怖い」

 電車に揺られ、目的地の久米沢駅に到着した。瞳の時計は8時15分を指している。駅から学校までは5分で着くから、歩いて行っても間に合う。

 二人はからかい、からかられながら校門の前にたどり着いた。

 瞳は時間を確認した。「ほら!8時20分!慌てなくてもまだ10分もあるよ!」となぜか得意げに瞳は時計を見せつけた。

 望夢が「は?」という顔をしていると、学校から鐘が鳴り響いた。朝礼の鐘か?

 瞳はとっさに腕時計をまた確認した。それを校舎の時計と照らし合わせる。腕時計は8時20分、校舎時計は8時半を指している。

「あ…」瞳は思い出した。「あたしの時計、早まってるんだった!」

「おいーーー‼︎」望夢は怒りの悲鳴を上げた。

 瞳はヘラヘラと笑うばかり。「ほらほら!急がないと!遅刻遅刻!」

 瞳はバンッ!っと望夢の背中を押して走り出した。望夢もつんのめった勢いで走った。

 二人は校舎に吸い込まれるように、大急ぎで教室に向かった。




 結局望夢は遅れて教室に入り、さらに内申に傷がついたのだった。

 担任の源先生による元気なホームルームが終わると、望夢の周りにゾロゾロと男子数名が集まってきた。キョロキョロと不審に思う望夢。もしや…?

「よ!昨日言ってた件はどうなったんだよ⁈」

「ちゃんと彼女はできたのかー?」

 男子らはさらに詰め寄った。

 望夢は困惑した。彼女ができると言いふらしたのは自分だから身から出た錆なのだが…。ここは適当にごまかすか!

「いやー、それがな、まだ付き合ってはないんだ」

「あ?まだってどういうことだよ?」

 望夢は必死で考えた。「向こうにもさ、事情があるから、まだ付き合う段階じゃない、的な…」

「おい、やっぱりウソだったのか?」

「それか、フラれちゃったとか?」

 男子らは高らかに笑った。

 望夢はムッとして立ち上がった。言い逃れできない。ここは強行手段だ!

「あっ!校庭に川浦夏美似のめっちゃかわいい子いる!」望夢は窓の外を指差した。ちなみに川浦夏美とは、学年屈指の美少女だ。

 男子らは「どこだどこだ⁈」「川浦ちゃん似だって⁈」「まだそんなかわいい子がいたのか⁈」

 と窓の前ではしゃぐ男子らの目をかいくぐって、望夢は教室を抜け出した。

 両者、バカである。

 廊下に出た望夢はまっすぐトイレに駆け込んだ。

「きゃー‼︎このバカ本橋‼︎女の敵‼︎」

 叫び声がして、望夢はそそくさと出た。「女子トイレだった」

 望夢は改めて男子トイレに入った。ふー、これで一安心!と、思いきや…。

「てめえ調子乗ってんじゃねーよ!」

「ちょっとモテるからって威張りやがってよ!」

「そんなんだから彼女にもフラれんだぞ⁈」

 飛び交う罵倒。トイレの奥で、男子生徒がボコられている。その主犯は例のガキ大将、鬼頭だ。鬼頭と愉快な仲間たちがある男子をボコって、トイレを修羅場にしている。

 望夢は気づかれる前にこっそり抜け出そうとしたが、一歩遅かった。気配を感じ取った鬼頭がジロリと目を向けてきた。それを合図に周りの部下たちも望夢に気づいた。望夢は走って廊下に出ようとしたが、仕事の早い部下が、すでに扉の前に立っていた。もう逃げられない。

 鬼頭はズシンズシンと音を立てるような足取りで望夢に詰め寄ってきた。望夢は後退し、背中をピタリと壁につけた。鬼頭は必要十二分に近づいている。望夢との距離はおよそ20センチといったところか。…おい鬼頭、近いぞ!おれは女の子ならこのくらい迫ってほしいけど、お前みたいなやつはごめんだぞ!

「これはこれは本橋、調子はどうだ?」と嫌らしく問いかける鬼頭。

 望夢は、そんな悪役みたいな言い方しなくてもいいだろと思ったが、悪役だから仕方ないと思い直した。

「まあ、まあ、だな」正直、最悪な気分だ。

「そーか!んで、どうなったんだおめーの彼女とやらは?」

 やっぱりそれか!望夢は冷や汗をかいた。ここでは校庭に立つ美少女で気を逸らすことは不可能だ。

「どうした?答えられないのか?」

 望夢はゴクリと唾を飲んだ。「…それがよ、これから関係が発展するかも……みたいな?」

 鬼頭は首を傾げてポキッと鳴らした。「あ?なんだそれ?」

「あー!その!えーとな!あれだよ!これからもっと理解を深めていきたいなぁって…なったんだよ!」

 実際、あの女についてまだ謎ばかりだ。嘘はついていない。

 しかしこの返答は鬼頭を納得させるに至らなかった。「じゃあ付き合ってはないんだな?彼女ができるってのはウソだったってことか?」鬼頭が問い詰める。

 望夢は鬼頭の臭い息に顔をしかめた。

「あ…ああ…。まだ、付き合ってはない」というか、一生あんな女とは付き合うどころか、好意を持つことすらないだろうが。

「ウソだったらただじゃおかねーっつったよな⁈」

 鬼頭は拳を振り上げた。望夢は目を閉じて身構えた。もう終わりだ!

「覚悟しろーーー‼︎」鬼頭は拳を振り下げた。

 しかし、望夢の顔に拳が飛んでくることはなかった。あれ?っと思い、恐る恐る目を開けると……‼︎

 トイレの真ん中で倒れる鬼頭。その周囲で唖然とする男子たち。望夢の目の前には、女子生徒が仁王立ちして立っていた。いや、よく見ると女子生徒ではない。望夢には見覚えのあるシルエットだ。漂う只者ならぬ雰囲気。こいつは…。

「なんだてめえ⁈」鬼頭はガンを飛ばした。

 女はふっと鼻で笑った。「まったく、近頃のガキは、くだらないことで喧嘩するんだから。呆れるわね」

 声にも聞き覚えが声があった。色気を帯びたエレガントな張りのある声。そう、こいつは例の女だ。

「なんだと⁈急に出てきて偉そうに!てゆーか、ここ男子トイレだぞ⁈」

 女はまた鼻で笑った。「私はは愛の天使。この世の人間たちを監視し、愛を守っているの。いい?あなたたちのやってることだって、ぜ〜んぶお見通しなんだから。あなたたちが愛の心に背くようなことをするなら、私は許さないんだから!」

 ここで亜久間からメラメラと漆黒のオーラが漏れて、いかにも邪悪な魔物のように感じられた。

 鬼頭と男子たちは怖気づいて大慌てでトイレから抜け出した。

 すると亜久間は、何事もなかったかのように普通の人間の姿に戻った。「ちょっと脅かし過ぎたわね。ふふふ」

 望夢は恐怖と混乱で頭がパンクしそうだった。

 亜久間は望夢に振り向くと、「じゃ、また後でね」と告げて、煙となって消えた。

 望夢は男子トイレでしばらくうろたえていた。…あの女、いったい何をするつもりだ⁈




 ゾワゾワした気分のまま、授業が始まった。1時間目は英語だ。

 先生が読んだ英文をみんなでリピートする。しかし望夢は亜久間のことが頭から離れなくてそれどころではなかった。昨晩、あいつに会ったのも、親父に告げ口されて殴られたのも、追い出されたのも、どっかで裁判を受けたのも、全部本当だったんだ…

 とつくづく考えながら、ふと窓の外を見ると、なんとそこにあの女、亜久間が立っていた。亜久間は望夢を見て不敵な笑みを浮かべた。

「オーマイガー‼︎」望夢はすっ飛んで椅子ごと倒れた。

 クラスの視線が集まる。

「本橋くん?What’s up?」英語の先生が英語の先生らしく尋ねた。

 望夢はおずおずと起き上がって再び窓の外を見たが、亜久間の姿はなかった。

「なんでもないです!ソーリー!ソーリー!」と望夢は謝った。

 続いては体育の授業だ。

 この時期はサッカーが必修だ。ボールの扱いに慣れた体育会系男子が上手くボールを運んでいく。しかしゴールに近づいたところで敵チームに囲まれてしまった。体育会系男子は敵チームの脚の間にボールをくぐらせると、「本橋!」と叫んだ。

 望夢はそれきた!と言わんばかりにボールを蹴ろうとしたが、またもや邪魔が入った。ボールを蹴った男子の真後ろにまた亜久間が現れたのだ。望夢は気を取られてボールを蹴り損ねてしまった。

 ピーーー‼︎と源先生が笛を鳴らした。

「おい何やってんだよ本橋!」「あと1点で勝てたのに!」

 望夢は罵倒の嵐を食らった。

 3時間目は理科。

 この時間は火を使う実験だった。ガスバーナーの上に三脚を立て、その上にフラスコを置く。火をつけるのは望夢がやることになった。望夢は慎重にガスバーナーからガスを出し、マッチで火をつけた。今度は空気の通りを多くして火を青く、しようとしたところで、火が大きく揺らめき、亜久間の顔を象った。その顔は、望夢に向かって笑った。

「⁈」

 バリン‼︎

「うわっ‼︎」

 フラスコが割れ、望夢を始め同じグループの全員が実験机から飛び退いた。

「大丈夫か⁈」先生が駆けつける。

 幸い、誰も怪我はしていなかった。

「ガスバーナーの扱いを間違ったな⁈しっかりしろ本橋!」

 と先生から一喝を喰らった望夢であった。

 そんな感じで送られたその日の休み時間。望夢はどこにいても監視されているような気がして、じっとしていられず、廊下をさまよっていた。酔っ払いのようにヨタヨタと歩き、人とすれ違う度に奇声を上げて驚く望夢は、不審者以外の何でもなかった。

 ある10分休み、望夢がトイレに入ろうとすると、ちょうど出てきた芽傍とぶつかりそうになった。

「ふぁーーーー‼︎ケダモノ‼︎悪魔あくま‼︎ゴートゥーヘル‼︎」と望夢はオーバーなリアクションで叫んで尻もちをついた。

 芽傍は哀れむような目で望夢を一瞥しただけで、何も言わずに教室に戻った。

 さらにお昼休み。望夢は廊下でよそ見しながら歩いていると、誰かと激突してしまった。

「ひゃーーー‼︎」

「望夢!落ち着いて!あたし!」瞳だった。

 隣には瞳の親友、本郷玲奈もいる。

 望夢の動きは止まったが、ブルブルと震えて落ち着きがない。

「今日どうしたの?朝から叫んだり倒れたり、様子がおかしいってみんな言ってるよ?」望夢は心配そうに尋ねた。

 望夢は荒い呼吸をしながら何とか答えた。「…あくまだ」

「え?」と首を傾げる瞳。「悪魔?」

「そうだ!悪魔にずっと見張られてるんだ!昨日からずーっと!」

 瞳と玲奈は顔を見合わせ、肩をすくめた。

「…望夢?本当に大丈夫?保健室行く?」と瞳は真面目に提案するが…。

「やだ!嫌だー!保健室に行ってもあいつは憑いてくる!どこにだっているんだー!おれは!おれは悪魔と契約しちまったんだーーー‼︎」と言いながら、望夢は走り去ってしまった。

 呆気に取られる瞳。玲奈も化け物でも見るような目で望夢を見送ると、「これは重症だね…」と呟いた。

「だね!ふへへ」瞳はつい笑ってしまった。




 望夢は逃げるように学校を出た。歩道でも周囲を気にしながらヨタヨタと歩いたため、子供から「お母さん!変な人がいる!」と指を差された。電車内では挙動により、望夢の半径2メートルには誰も近づかなかった。駅を出てからも、段差につまずき、犬に吠えられ、自転車と衝突して、なんとか家までたどり着いた。

 息切れしながら玄関の前で振り返ったが、誰も追ってきてはいなかった。望夢はほっと胸を撫で下ろした。早いとこ家に入ろう…!

 としたが、玄関の階段前に亜久間が立っており、危うくぶつかりそうになった。

「ひゃーはっはっはー‼︎」と望夢は気が狂ったような笑い方をした。

 亜久間はニヤリと邪悪に笑った。

 望夢は取り乱した。「お前何でずっとついてくるんだよ⁈ストーカーかよ!」

「あら、当たり前じゃない。だって、あなたの契約者だもん。それにあなたの反応面白いし」

 望夢は歯ぎしりした。こいつ、もてあそびやがって!「おれは何も契約なんかしてない!騙されたんだ!詐欺だ!」

 亜久間はちっちっちっと指を振った。「契約書にサインしたのはあなただし、私はお金も何も奪ってないわよ?」

「う……じゃあお前はただの変質者だ!」

「それは、否定しない」亜久間は階段に優雅に腰を下ろした。「ってことで、私のレッスンは受けてもらうからね。しっかりと着いてきなさい!」

 望夢は顔をしかめた。「何?愛について教えるとかどうのこうのってやつか?はっ⁈そんなん受けて何になるんだよ⁈愛の解釈なんて人それぞれだろうが!」望夢は玄関前の石を蹴飛ばした。

 亜久間は望夢を睨んだ。「それはそう。でも、あなたには人を愛する心も、愛情を受け入れる心もないじゃないの」

「だったら何だ⁈おれは愛したいとも愛されたいとも思ってねーよ!」

 望夢は亜久間の横を通って家に入ろうとした。

「そんなんじゃ、いつまで経っても彼女できないわよ?」

 望夢はイラッとした。昨日瞳が言ったのとほぼ同じセリフ。こいつ、わざとか⁈

「うるせえ!」望夢はそれだけ言うと、乱暴に扉を閉めて家に入った。

「まったく!」亜久間は腕を組んだ。

 望夢が入ると、母親がキッチンから「望夢?お帰り。玄関、そんな乱暴に閉めないでよ⁈」

 望夢は靴を雑に脱ぎ捨てるとまっすぐ階段を上がった。

「ちょっと?聞いてる?今日はクロの散歩行ってー」

 と問いかける母を無視して、望夢は自分の部屋にシュッ!と入り、扉をバタン!と閉め、荷物をドサッ!と置くと、ベッドにドタッ!と仰向けに倒れ込んだ。

「あーまじダルい!」望夢はわざと声に出して言った。

 すると、母が扉を開け放って望夢の領地に侵入してきた。

「ちっ!勝手に入ってくんじゃねえよ!」

 母は扉の前で仁王立ちして厳しい目で望夢を見つめた。「今日はキッチンの水道管の工事が来るから、私は散歩に行けないの!だから行きなさい!」

「やだね!別に散歩なんか行かなくたってクロは死にやしねーだろ!」

「あら、じゃああなたにお小遣い上げなくてもいいのね⁈出かけたり欲しい物が買えなくても、死にやしないでしょ⁈」

 望夢はうんざりして起き上がった。「わかったよ!ったく!」

「よろしく」と望夢の目を見て頼む母。

 望夢は母の目を見ることなく、部屋を出て階段を下りた。そしてケージの中ではしゃぐクロを引っつかむと、首輪をキツキツにギュッと締め、リードをグイッ!と引いて外に連れ出した。そしてクロを引きずるように歩いた。クロが用を足そうとしても止まらないからアスファルトの地面に線分の跡が残った。クロが女性や他の犬に反応して飛びつこうとすると蹴飛ばした。そのくせ望夢も女性に声をかけることがあったが、その際はクロが望夢に噛みついて阻止した。およそ20分、そんなこんなしながら家に帰り、いがみ合いの散歩は終わりを迎えた。

 水道業者はまだ作業中で、母は望夢にクロを洗って入れるように命じた。望夢はどうせ言い返しても同じだと思い、しぶしぶ従った。冷水をジャバジャバかけ、体をゴシゴシと適当に拭くと、ポイッとケージに投げ入れた。クロはブルブル震えていた。

 望夢はまた母に何か言われる前に、自分の部屋に入って再びベッドにダイブした。

 下の階から、母が「ちょっと!クロびしょびしょじゃない!」とぼやく声がしたが、望夢は聞こえない振りをした。

「めんどくせ〜」

 鬼頭、亜久間、両親、犬。どいつもこいつも自分の邪魔するやつばかり。自分がもっとモテる男なら、周りの態度も違ったろうなー。「あー彼女欲しい!」

 望夢は枕に顔を埋めた。


 その様子を、どこからか亜久間が見下ろしていた。

「まったく。どこまでもバカなやつね」

 亜久間の両隣には、記憶の使者メモリーと、時間の使者アジェが立ち、一緒に望夢を見下ろしていた。

「あの人が新しい契約者ですね!ちょっとかわいいかも!」となぜかテンションが高いメモリー。

 アジェは首を傾げた。「そうか?見るからに変態そうな顔つきだな。ところで亜久間、学校の連中に堂々と正体バラしていいのかよ?」

「わかってる。熱気こもるとついつい名乗りを上げちゃうの。メモリー、記憶の削除、お願い」

「了解しました!鬼頭剛志くんと、その周りにいた男の子たちの記憶ですね?お任せください!」メモリーはヒョイッと杖を振った。

 アジェはうんざりするように望夢に目を凝らした。「…見えたぞ。鬼頭剛志たちからお前の記憶を消したことで、また明日本橋望夢はいじられる。自業自得だがな」

 亜久間はニヤリとした。「それは面白そうね。レッスンは少し先送り。もう少し、彼を痛めつけてやりましょう」

「おいおい、ついさっき本橋望夢を庇ってたのはどこのどいつだ?」アジェがツッコんだ。

 亜久間はクスクスと笑った。「気が変わったわ。鬼頭くんたちには望夢を痛ぶってもらいましょう。その方が薬になるわ。鬼頭くんたちもそのうち大人になることでしょう」

 メモリーが飛び跳ねた。「さすが亜久間さま!やること成すことに迷いがないですね!」

「ただの気分屋だろ。まさに、悪魔だな」とアジェ。

「私にとっては最高の褒め言葉よ。見てなさい望夢。あなたを必ず更生させてみせるから」




 翌朝。

 望夢は瞳と合流せずに一人で学校へ向かった。瞳がいないときの望夢の登校の仕方と言えば…。女子高生観察だ。校則を破って短くしたスカートから伸びる細い脚や、サラサラの髪の毛を見て興奮しているのだった。手は出さないから痴漢にはならないが、ターゲットにされた女の子たちはその特出した気持ち悪さから勘づいていた。

「あの男、なんかジロジロ見てない?」

「だよね!キモい!」

「車両替えよ!」

 女子高生観察で士気を上げた望夢は、気分上げ上げで学校に入った。

 階段を上り、廊下を進むと、トイレの前に何やら人だかりができている。本能的に興味をそそられる望夢。人だかりに近づくと、みんな一斉に望夢を見てきた。望夢は困惑した。

「来た来た」「やっぱり嘘っぱちじゃん!」「どうせそうだと思ってたよ」とみんな口々に望夢を罵る。

 望夢は首を傾げた。「何だよ?ちょっ!どけっ!」

 望夢は人混みをかき分けてこの集会の根源を確かめようとした。

 生徒たちが注目していたのは、男子トイレと女子トイレの間の壁だ。そこには学年共通のチラシや、学校新聞が貼られている。いわゆる掲示板だ。その掲示板の空いたスペースに、普段は見ない新聞らしき物が貼ってある。安っぽい紙にマジックペンで書いた雑な新聞だ。タイトルは『本橋望夢、彼女できたはウソ!』。本文にさっと目を通すと、変態大魔王の望夢は彼女ができたと自ら言いふらしていたがハッタリだと発覚した、という内容だ。下の方には望夢の似顔絵らしき絵が大きく描いてあるが、全然似ていない。目は左右で大きさが違うし、鼻は豚鼻で、髪はボサボサ。似せる気がないというか、わざとこんな描き方をしているのが察せられる。

 ったく!望夢ははらわたが煮えくりかえりそうだった!が、ふと傍らに気配を感じた。見ると、少し遅れて登校した瞳が、この非公式の新聞を覗き込んでいた。瞳は唖然とした顔で見入っている。どうせバカにするんだろ?と望夢は思った。しかし、予想は外れた。

「…酷い。こんなことするなんて…。名誉毀損じゃん」

 この言葉に望夢の怒りが緩和された。いつもはお節介だがいざというときにこいつは助けてくれる。よくできた幼馴染じゃないか!

 とほっこりしていた望夢だが……

「あーでもこれ、望夢に似てる。あははははは!」瞳は描かれた似顔絵を指差して笑った。

 望夢の怒りが倍増した。前言撤回!やっぱりこいつはお節介だ!おい瞳、お前の顔面年齢かける10回殴ってこの絵と同じ顔にしてやんぞ⁈これを作った犯人を始末したら、次はお前だ。

「よー本橋!」と後ろからご機嫌な挨拶が聞こえた。

 望夢は振り向いて現れた悪役、この偽新聞を書いた犯人と対峙した。もちろん、鬼頭だ。

 鬼頭はいつもの5人勢を引き連れてゾロゾロと迫ってきた。

「気に入ってくれたか?俺たちが書いたんだぜ!」

「ふざけるな‼︎メイヨキソンだぞこの野郎!」望夢はたった今覚えた難しい言葉を堂々と使った。馬鹿は学んだことをすぐにひけらかしたくなるものだ。

「へー!お前にしては難しい言葉使うじゃねーか!どういう意味か知らねーけど」と煽る鬼頭。こいつも馬鹿なのだ。

 見守る一同。喧嘩の予感に誰もが身構えた。

「おれのことはほっといてくれ!お前に叩かれる筋合いはねえ!」他に上手い返しが思いつかなかったのだろう、望夢は開き直った。

「はっ!」と鼻で笑う鬼頭。「悪あがきはやめろよ⁈お前は一生彼女なんてできない負け犬だ!」

「なんだと‼︎」

「諦めろつってんだ!お前は一生ダサいままで一生笑い者だ!」

 望夢は集まる生徒たちの目を見た。誰もが蔑むようなバカにするような、はたまた呆れたような目を自分に向けている。隣に立つ瞳は、目こそは他の者と同じ言葉を放っているが、首を小さく横に振って自分は味方だとアピールした。しかし望夢には、呆れ果ててやれやれと首を振っているように見えて、むしろ逆効果だった。

 望夢は再び鬼頭を見た。「おれは諦めない!どんなにバカにされようと、絶対に彼女作ってやる!」

 これを聞いた瞳は、「…このバカ」と小さく呟いた。

 鬼頭と男子らはゲラゲラと嘲笑った。

「へっへっへっへっへ!カッコつけてんじゃねー!おめーみたいな負け犬がいくらカッコつけても、女は寄ってこねーんだよ‼︎クズ‼︎」

「てめーーー‼︎」鬼頭のその言葉を火蓋に、望夢は鬼頭に突進して殴りかかった。

「こんにゃろー‼︎」と怒り殴り返す鬼頭。

 喚き散らす観衆は、もはや野次馬となっていた。

 瞳は「望夢!相手しなきゃいいじゃん!怪我するよ!」などと声を張り上げたが、本人は取っ組み合いに夢中で、さらに野次馬の声でかき消されたため、届かなかった。仕方なく瞳はそそくさと二人の対決のリングから抜けた。

 望夢と鬼頭はしばらくやり合った。と言っても、主に望夢が飛びかかって投げ飛ばされての繰り返しだ。大柄な鬼頭に小柄な望夢が太刀打ちできるはずがない。

 鬼頭は砲丸投げの感覚で望夢をぶん投げた。望夢はとうとう立てなくなった。勝負有り。鬼頭は仲間たちと望夢を嘲笑った。

 倒れた望夢の視界に、何者かの足が写り込んだ。倒れたその脚をたどって見ると、それはあの転校生、芽傍ゆうだった。芽傍は望夢を睨んで見下ろしていた。

「邪魔だ」と芽傍は言った。

 望夢は体を起こすと、芽傍を睨みながらゆっくりと立ち上がった。

「どけ。ここは廊下だぞ」芽傍はさらに言い放った。

 望夢はチッと舌打ちした。

「おやおや、またクズが現れたぞ!」と鬼頭が芽傍をまじまじと見て言った。

 望夢は道を空けるように体を90度回して鬼頭に目をやった。芽傍も鬼頭を睨んでいた。しかし芽傍は、構うことなく歩き始めた。

「は!逃げるのか⁈弱虫が!」と鬼頭は罵った。

 芽傍は「ガキの相手をする気はない」とだけ言って通り過ぎようとした。

「なんだと⁈」

 鬼頭は真横に来た芽傍の襟を掴んだ。芽傍はその手を叩いたが、鬼頭は離さない。「誰がガキだって?なあ?本橋のことだよな?」

 芽傍は鬼頭と望夢を交互に見て、「両方だ」と答えた。

「あ⁈」「はっ⁈」鬼頭と望夢は同時に声が漏れた。

「そうじゃないか?女がいるかいないかってだけで馬鹿にしたり、すぐにカッとなって喧嘩を始めたり。まともなやつならそんなことはしないだろ?」

 一同は静まり返った。ただ1人、瞳は芽傍を優しい目で見つめた。

「言ってくれるじゃねーか!」と鬼頭は怒鳴って掴んだ芽傍の襟を放り投げた。

 芽傍は投げ飛ばされ、地面に両手で受け身を取った。バンッ!と大きな衝撃音がした。相当な力で叩きつけられたようだ。しかし芽傍はすぐに立ち上がり、鬼頭に向き直った。

「ほらな?すぐカッとなるじゃないか。僕から見れば、本橋もお前も、大差ないね」

「「なんだと⁈」」望夢と鬼頭声が揃った。

 芽傍はもうどちらにも目を向けなかった。「喧嘩するなら二人で勝手にしてくれないか?僕を巻き込むな」

「てめーいい加減しろー‼︎」鬼頭はターゲットを芽傍に切り替え、殴りかかった。

 野次馬たちはもう喚くことはなく、悲鳴を上げながら遠ざかった。鬼頭は何度も芽傍を殴った。これはもはや喧嘩ではなく、ただの暴力だ。芽傍は抵抗することなく、一方的に殴られるばかりだ。

 望夢は鬼頭の標的を免れたことでほっとする一方、いつものように余計な口出しをして介入した芽傍に対する憤りも感じていた。やり切れない気持ちを噛み締めながら、鬼頭に痛めつけられる芽傍を見つめていた。

 そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた先生たちが駆けつけた。望夢の担任の源先生と、瞳、芽傍の担任の木下先生だ。

「こら‼︎やめるんだお前たち‼︎」

「芽傍くん‼︎鬼頭くん、よしなさい‼︎」

 生徒たちはハラハラしながら先生たちに道を開けた。源先生は芽傍を締めつける鬼頭を引き離した。鬼頭は抵抗したが、体育教師に力及ばず取り抑えられた。木下先生は倒れる芽傍に駆け寄った。

「鬼頭!またやったな!職員室に来い!」源先生はそう命じて鬼頭を連行した。

「芽傍くん!大丈夫⁈」木下先生は芽傍を揺すって問いかけた。

 気絶しているのか?と思われた芽傍だが、ギロッと目を開くと、何事もなかったかのように上半身を起こした。

「…芽傍くん?」木下先生は優しく呼んだ。

 芽傍は木下先生に顔を向けた。「だい…じょうぶ…」

 芽傍はゆっくりと立ち上がった。そして転がっていた鞄を拾おうとした。

「待って!」木下先生は芽傍の顔や手をまじまじと見た。手は何かに擦ったのか、いつのまにか出血していた。「酷い傷じゃない!保健室に行きましょう!」

「大丈夫です…」芽傍は教室に向かおうとした。

「駄目!これは命令よ!一緒に行くから来なさい!」

 木下先生は芽傍腕を掴んで階段に向かった。そのとき、床に座り込む望夢に気づいた。「本橋くん!あなたもやられたのね⁈一緒に来なさい!」

 望夢は普通に痛かったし、抵抗する理由もなく、大人しく着いていった。

 保健室にて、保健の先生は他の生徒の手当をしていたため、木下先生が望夢、芽傍ともに面倒を見てくれた。望夢は冷やすために氷嚢を渡され、芽傍は手に包帯を巻かれた。その間、芽傍は無言で自分の手が白色に包まれるのを見つめていた。望夢はベッドに座って二人の様子を、目ではなく耳で伺っていた。

「芽傍くん、どうしてあんなことになったの?」

 芽傍は先生を一瞥した。「鬼頭が馬鹿だからだ。それにきっかけは本橋だし」

 望夢はイラッとして芽傍を睨んだ。

「そうだけど、それだけじゃないでしょう?」

 木下先生は包帯を結ぶとハサミで切った。

「芽傍くんだって鬼頭くんを怒らせるようなこと言ったんじゃない?」

「言ったかもしれない。でも、本当のことですよ」芽傍は淡々と述べた。「でも元はと言えば鬼頭が本橋…」

「本当のことだからって、何でも言っていいわけじゃないでしょ⁈少し考えなさい!」

 木下先生はハサミを置くと、芽傍にコップに入れた水を差し出した。芽傍は無言で受け取って飲んだ。

「いい芽傍くん?正直で正義感が強いのはあなたのいいところ。でも、欠点でもあるの。前の学校でも問題になったんだから、もっと考えて。生きていく上で、発言も行動も取捨選択が必要。叔母さんに周りにも迷惑かけないように気をつけなさい。ここも退学になったら困るでしょ?」

 芽傍は答えず、黙ったまま頷いた。しかし目つきはいつも通り悪い。めんどくさいんだろうと望夢は思った。

「はい、しばらくは頭冷やしてなさい」木下先生は芽傍にも氷嚢を渡した。

 芽傍はそれを頭に軽く添えた。

 木下先生は保健室を出ようとしたが望夢の前で止まった。「本橋くんも、しばらく頭冷やしてじっとしてて。私は授業があるから、もう行かなきゃ。じゃあ、あとはよろしくお願いします」

 木下先生は保健の先生に託すと保健室を後にした。

 望夢は芽傍を奇異な目で見た。芽傍は睨み返した。望夢も睨んだ。しばらく二人は睨み合った。

「何で見てくる?」と芽傍。

「お前が変だからだ」望夢は吐き捨てるように言った。

「お前に言われたくない」芽傍はきっぱり言い返した。

 望夢はベッドの上であぐらを組んだ。「どうしておれに関わってくる?なんでバカにしてくる?」

「関わりたいわけじゃない」芽傍はそれだけ言うとそっぽ向いた。

 望夢は顔をしかめた。「じゃあ関わってくんな‼︎」と咎めた望夢は、「いててて…」と痛みを堪えた。




 その後、物理的に充分に頭を冷やした望夢と芽傍は、校長室に行くようにと保健の先生から告げられた。

「はっ⁈校長室って!何でおれまで⁈もともと鬼頭が煽ってきたんすよ!」と望夢は猛反発。

 芽傍は黙っているが、納得している顔つきではない。芽傍の方こそ巻き込まれた被害者なのだから当然だ。

 保健の先生は淡々と話した。「ごめんなさいね、校長先生から直々に連絡があって。真相を知りたいんだと思うの。本当に悪いことしてないなら、ちゃんと話せばわかってもらえると思う」

「はいよ」望夢はぶっきらぼうに言うと保健室の扉をバタンと開けて出ていった。

 芽傍は鋭い目つきでも丁寧に会釈すると、扉を静かに開けて出ると、静かに閉じた。

 望夢と芽傍は20メートルほど間隔を開けて無言で校長室に向かった。

 望夢はゴンゴン!と乱暴なノックをして中へ。続いて芽傍もコンコンコンと律儀な3ノックをして「失礼します」と言いながら入り、会釈して扉を閉めた。中には、椅子に座る校長先生と、その前に立つ鬼頭がいた。

「えーと、君が本橋くん、で、君が芽傍くん、だね?来なさい」白髪が揃ったベテラン臭の漂う校長は二人を鬼頭の隣に促した。

 まず芽傍が鬼頭の左隣に、その隣に望夢が立った。これでメンツは揃った。事情聴取という名のお説教始まりだ。

「まず聞きたいのは、事の発端は?誰が始めたんだい?」

「「こいつです!」」望夢と鬼頭は同時にお互いを指差した。そしてお互いに睨み合った。初手はドローだ。

「ほう?どっちかね?」校長は首を捻る。

 芽傍を挟んで、二人は壮絶なバトルをおっ始めた。

 望夢が先手を取った。「鬼頭です!鬼頭がおれをみんなの前でバカにしたんです!モテないからって!」

「おいデタラメ言うな!」続いて鬼頭の反撃。「俺は本橋が彼女いないくせにできたって嘘言いふらしてたのを注意しただけです!」とディフェンスを決めた。

「注意⁈掲示板に悪口書き込んで晒し上げるのが注意って言うのかこの野郎!」望夢はさらにオフェンスで鬼頭のガードを破ろうとする。

「違います校長!そんな嫌がらせはしていません!」鬼頭のばっくれ攻撃炸裂。

「はいそこまで!」校長は両手の念力で二人を制した。「えへん。もう君たち二人は充分だろう。じゃあ芽傍くん、君の言い分は?」

「はい」芽傍はカチッと眼鏡を上げてズレを直した。「自分が3階に上がったときには、二人はすでに争ってました。何が原因かは知りませんが、見た感じ、本橋が何か破廉恥なことをして、鬼頭がそれをいじったのかと。自分は通りかかっただけで、なぜか殴られました」

 左右の望夢と鬼頭は芽傍は睨みつけた。こいつ、やけに落ち着いてるな。こいつが言う事、全部説得力あるからムカつくぜ。

 校長は頷いた。「私もそうだと思いたい。君は真面目だし成績も良いからね」

「「ぐっ!」」望夢と鬼頭は同時に声が漏れた。二人とも成績はお世辞にも誇れるものではない。

 しかしあろうことか、芽傍は校長を睨みつけた。望夢はそれに気づいていた。

 この勝負は芽傍の勝利で幕を閉じそうだ、もうどうにでもなれ。と望夢は思ったが、校長は思わぬ切り札を取り出してきた。

「だが、君が我が校に転校してきた経緯は聞いている。そうすんなり信じるわけにはいかんな」

 校長がそう言うと、芽傍は睨んでいた目を震わせた。その目からは、後悔か絶望が読み取れる。校長のお見通し攻撃で芽傍は制圧された。これで三人ともドローだ。

「さて困った。三人とも言ってることが異なる。いったい誰が正しいのかな?」校長は指を組んで三人の顔をまじまじと見た。

「おれは悪くないっす」と鬼頭は懲りずに主張した。

 望夢は思いっきり睨みつけてやった。芽傍は呆れてふんと鼻を鳴らした。

 望夢は校長机にバンッ!と両手を着いて鬼頭を指差した。「校長!悪いのはこいつです!証拠があります!3階の廊下の掲示板に、おれをコケにしてる記事を貼り付けたんだです!変な似顔絵描いて、嘘の内容を書いて!」

 鬼頭は望夢に振り向いた。「おい!デタラメ言うんじゃねえ!」

 望夢も体ごと向けた。「デタラメだと⁈いい加減にしろよな‼︎」

「いい加減にするのはお前らだ‼︎」

 ずっと単調に話していた校長が突然怒鳴ったものだから、三人に緊張が走った。

「えへん」と校長は一つ咳をすると、また元の

トーンに戻してこう提案した。「じゃあ、その証拠とやらを見に行こうじゃないか?本橋くん、鬼頭くん、一緒に来なさい」

 芽傍を校長室に残して、望夢と鬼頭と校長は3階に上がった。とっくに授業が始まって静かな廊下に、三人の足音がすたすたと響く。望夢はやっと鬼頭に長年への恨みを晴らせる高揚感に浸りながら先頭を歩いた。

 しかし、掲示板の前に着いた途端、その高揚感は消滅した。あのブッサイクな自分が書かれた偏向報道は、掲示板からなくなっていた。

「ほら、そんなもんねーじゃんかよ!この広告のお兄さんを自分だと勘違いでもしたんじゃねーのか?」

 とニヤリとして鬼頭が指差した広告には、超売れっ子のイケメン俳優の顔がドアップで載っている。ったくこいつ!どこまでもバカにしやがって!

 望夢は鬼頭の仲間があの新聞を隠したのだと悟った。実際、鬼頭は源先生に連行される際に、仲間に回収しろと合図を送っていたのだ。

「ほう。証拠がないんじゃ、仕方ないな」校長は掲示板を眺めて呟いた。

 鬼頭のチームワークが彼を勝利に導いた。望夢、ルーズ!ゲームセット!かと思われたが…。

「だが、」校長は続けて言った。「これで君が悪さをしていない、という証明にはならないからな鬼頭くん」

 鬼頭はぐっと歯を食いしばって「はい、承知しとります」とかしこまって言った。

 結局、三人とも厳重注意という形で、校長との面会は幕を閉じた。ただ、罰を免れたという意味では鬼頭の勝利である。

 三人で校長室を出ると、鬼頭は勝ち誇った顔をしてきた。「どんなもんだ!やっぱりおめえは俺には勝てねんだよ本橋!」

「てめー覚えてろよ!いつか痛めつけてやるからな!」

 といがみ合う二人をシカトして、芽傍は一人歩いていた。

「おい芽傍!おめーもこれで済まないからな!」鬼頭はそう言い放った。

 芽傍はいつも通り無視するのかと思いきや、今回は立ち止まって返答した。「無論。先生があんなんじゃ、お前が罰せられることもないだろうな」

 頭の悪い鬼頭は首を傾げた。「は?どういう意味だ?」

「あいつらは生徒が問題を起こしても、あたかも適切な処置をしているようでしていない」ここで芽傍は望夢と鬼頭に振り向いた。「本橋の不祥事には触れやしないし、今回の主犯の鬼頭もお咎めなし。僕についてはただ巻き込まれただけなのにまるで同類扱い。まったく、教師なんてどいつも同じだ」

 望夢は言い返しはしなかったが、ただ芽傍のことが嫌い過ぎて肯定する気持ちも湧かなかった。どこまでも捻くれた奴、そう思うだけだった。

 一方、鬼頭は珍しく芽傍の発言に同調した。「まったくだ!あいつら無能過ぎてこっちはやりたい放題だぜ!てなわけで、これからもお前ら、覚悟しとけよな!」

 鬼頭は望夢の背中をボンッ!と一発叩いた。

「いって!」望夢は呻いて膝をついた。

 声を抑えて引き笑いする鬼頭。芽傍はそんな鬼頭に背中を向けて歩き、階段を上がっていった。

 望夢は鬼頭の笑い声を聞きながら、うずくまって拳を握り締めた。鬼頭に芽傍、なんて厄介なのがこの学年にいるんだ。クラスは違えど、卒業までこいつらとは何かと関わりそうだ。面倒くせー!あーやっぱり彼女ほしい!




 1時間目の授業中の3年C組の教室。そこへ、扉が静かに開き、芽傍が現れた。

「保健室と校長室に行ってたため、遅れました」

「はいよ。芽傍くんだね」中年の先生は頷いて出席簿に記入した。

 芽傍は小さく頭を下げて自分の席へ。今朝の騒動を知っている生徒たちは、怪訝な目で見つめた。

 続いて鬼頭がガラガラゴン!と遠慮なく音を立てて教室に踏み込んだ。そして何も言わずに自分の席へ向かう。

「鬼頭!遅れた理由は?」と尋ねる先生。

 鬼頭はめんどくさそうに先生を睨むと、「呼び出しっす」と曖昧な返答をした。

「校長室だろ?聞いてるぞ!まったくお前は!」と言って先生はさらに出席簿に書き込んだ。

 鬼頭はのっそりと席に腰を下ろした。「ったく!何で知ってんなら聞いてくんだし!」

 と鬼頭が小声で悪態をつくのが瞳の耳に入った。

 数十分後、鐘が鳴り、授業が終わった。

 終わるや否や、生徒たち(主に女子)は、集まって今朝のことを口々に話し出した。

「うちそん時いなかったんだけど、マジ?」ある女子が尋ねた。

「まじ!また本橋と鬼頭だよ!」と内藤というヤンキー女子が答えた。

「あの二人いつも喧嘩してるよね!また鬼頭が先行?」と尋ねるには瞳の親友の玲奈だ。

「煽ったのは鬼頭」瞳が答える。」でも鬼頭は望夢が彼女できるって言いふらしてたことをいじったみたいなの」

「バカだよね〜どっちも!」とまた内藤が呟いた。

「でも、芽傍くんはどう関わったの?」と玲奈が首を傾げた。

 瞳は同情の眼差しで隅の席でいつも通り本を読む芽傍を見て言った。「たまたま通りかかっただけ。芽傍くんは悪いことしてないのに巻き込まれたの」

「それはかわいそう…」玲奈も芽傍を見た。

「でも、芽傍だって鬼頭のことガキとか言って煽ってたよね?」と内藤が口を挟んだ。

 他の女子たちもうんうんと頷いた。

「三人ともお互い様だよ」

「芽傍くんも悪い」

「てかさー、聞いたんだけど、うちの友達が芽傍が前いた高校通ってるって」内藤が切り出した。

「「「えっ⁈」」」瞳、玲奈を含む女子たちは一斉に内藤に目をやった。

 内藤はうんうんと頷くと、手招きして集まる女子たちをさらに寄らせた。興味津々で寄り合う女子たち。

 内藤は小声でこう語った。「あのね、芽傍、前いた高校でね、クラスメイトに暴力振るって、刃物で切りつけたらしいの…」

「「「えーーー‼︎」」」寄り集う女子たちが一斉に悲鳴を上げたものだから、教室で注目をく買うことになった。

「しーっ!」内藤は制した。「だからさ、大人しく見えて実は問題児だったりするのかも…。鬼頭に絡まれるのも、本人に責任あると思うんだよね」

「でも、噂だよね⁈」瞳は食い気味で尋ねた。「芽傍くんがそんなことするとは思えないんだけど……?」

 瞳は心の底で、なぜか芽傍のことを信じていた。本当は良い人であってほしいと。

「いや、友達は本当だって言ってたよ?切られたクラスメイト何日か入院したらしいし」

 女子たちの間の空気はもう険悪ムードだ。全員が教室の隅に一人座る芽傍の背中に釘付けだ。

 そんな中、一人で本に目を下ろす芽傍だったが、さすがに視線を感じたようで、こちらに振り向いてきた。

 女子たちは何事もなかったかのようにみんな別々の方向に目線を逸らし、CDのジャケット写真のようにポーズを決めてフリーズした。

 芽傍はスルーして真顔で本に目を戻した。

 女子たちは脱力した。

「これは調査が必要だね!」と意気込む瞳。

「調査って?」玲奈が首を傾げる。

「だから芽傍くんのことだよ!その話が本当なのかどうか確かめなきゃ!」

「だから本当だって言ってんじゃん」と呆れる内藤。

 瞳は首を振った。「いやいやいや。何かの勘違いかもしれないよ?あたしは芽傍くんがそんなことするとは思えない。ってことで、調査開始!名探偵瞳の出番ね!不思議転校生の真相を暴いちゃうんだから!」

 瞳はドヤ顔で指で枠を作って芽傍の後ろ姿を囲った。

 ポカーンとする女子たち。

「…あのさ、やるなら勝手にして?うちは面倒だし興味ないから」と内藤がだるそうに告げた。

「あたしも」「うちも!」と他の二人も続いた。

「えー!気にならないの⁈ねえ玲奈!玲奈は協力してくれるよね⁈」瞳は目を輝かせて媚びた。

 玲奈は苦笑した。「あはは…。ごめんだけどうちもパスするよ。人の過去ってあんま詮索するものじゃないと思うし、ましてやそんな黒歴史はなおさら…ね。誰にだって黒歴史はあるでしょ?瞳だって自分の良くない過去、追求されたくないでしょ?」

 他の女子たちはうんうんと頷く。

「…黒歴史…」瞳はその言葉を噛み締めながら、幼稚園児の頃お風呂が嫌で下着姿のまま外に逃げて近所の笑い者にされた過去を思い返した。「……。そうだね…掘り返すのはよそう!」

「うん。てかそれが普通だし。うちトイレ行ってくるー」内藤は踵を返した。

「あたしも」「うちも!」と他の二人も続いて教室を出た。

「かわいそうだね」瞳は芽傍を見つめて言った。

 玲奈はキョトンとした。「何が?」

「喧嘩に巻き込まれたのもだけど、もし、ただの噂で退学にされたんだよしたら…」

「ただの噂?どうやってクラスメイトを切りつけたって噂が流れるの?入院患者も出てるのに」

「うーん……やっぱり納得できないよ!芽傍くんが意図的に人を怪我させるなんて。あったとしても、事故か何かだと思う」

 玲奈は芽傍を見つめた。「でもわからないんだし考えても仕方なくない?それに今は大人しくしてるんだし、下手に刺激しなければ…?ちょっと瞳!」

 玲奈が芽傍に気を取られてる間に、瞳は彼に急接近していた。玲奈はやれやれと首を振った。マイペースにも程があるよ瞳。

 瞳は芽傍の後ろ1メートルまで接近。そこで声をかけた。「芽傍くん?」

 芽傍は振り返らなかった。本に夢中でしかも周りがうるさいから声が耳に入らなかったのだろう。瞳はそう思い、また「芽傍くん!」と呼びながら肩をチョンチョンした。

 芽傍は目を細めてため息を吐くと、返事はせずに首だけ向けた。

 瞳は真面目な顔でこう言った。「望夢が迷惑かけてごめんね。芽傍くん関係ないのに、巻き込まれちゃったよね。ごめんね!」瞳は頭を下げた。

 芽傍は表情を変えず、瞳を見つめた。何を言ってくるのか、瞳はドキドキした。

「お前が謝ることじゃない。悪いのは本橋と鬼頭だ。あいつらに謝ってほしいとも思ってないけど」

 芽傍はそう言うと再び本を持ち上げた。

 瞳は予想外の返事に驚いた。「いや、あたし望夢と話すこと多いけど結局どうにもできないし、望夢はどうせ謝る気ないだろうから、代わりに…」

「余計なお世話だ」芽傍は本から目を逸らさずに言葉で遮った。「偽善は嫌いだ。それに、あんなやつと仲良くする意味がわからない。バカで面倒なやつ」

 瞳は表情を曇らせた。「たしかに望夢はバカで面倒なやつだけど、でも関わりたくないとは思ってないよ。友達だもん。お互いに欠点も受け入れて仲良くするもんでしょ!」

「…友達…。馬鹿馬鹿しい。邪魔だ。どっか行け」芽傍は本を持ち直した。

 瞳はしょぼんとした。「どうしてそんなに人を拒絶するの?あたし何か気に触ることしちゃった?」

「じれったいんだ」芽傍は一蹴した。「消えろ。お前と話す気はない」

 瞳はクスッと笑った。「なんか、望夢に似てる!」

 芽傍はイライラして本をバタンと置いた。「どこがだ?」

「人の話を聞こうとしないとこ」瞳はニヤニヤしながら言った。

 芽傍は瞳を思いっきり睨んだ。鋭い目つきで、長々と瞳を睨んでくる。さすがの瞳もたじろいだ。

 ようやく芽傍は瞳から目を逸らし、本を持ち直すと、こう告げた。「これ以上余計なことを言ったら、ただじゃおかない…」

 瞳は寒気がしてブルッと震えた。この7月の後半という夏入り立ての時期にこれほど寒気を感じるなんて。…こやつ、只者じゃない。ただじゃおかないとはつまり、もしあの噂が本当だとしたら、自分も刃物で……。そう考えた途端、今度は鳥肌が立った。

「ごめん…」瞳はそそくさと玲奈のもとに戻った。

「大丈夫?」玲奈は震える瞳を心配した。

「うん。平気」瞳は真顔で芽傍に振り返った。

「まったく、大胆だよ瞳。人を刺したかもしれない人にあんな呑気に言い寄るなんて」と呆れる玲奈。

 瞳はふふっと笑った。「人間観察好きだから!自分と違う人と触れ合うのって楽しい!」

「ほんと呑気」玲奈は苦笑した。「で、結局どうなの?芽傍くん、黒?」

「わからない。もっと調べないと!」

「まだやるの⁈余計なことしたら何されるかわかんないよ?」

「そうだね…。あーでも気になる〜!」瞳はジタバタした。

「とにかく、もう余計な詮索はやめなよ。芽傍くんにあんなに大胆に話しかけるの、瞳くらいだよ?」と玲奈は咎めながらバカだなーと思った。

 しかしそのとき。

「おい芽傍!お前何やって転校になったんだよ⁈」と鬼頭が叫ぶ声がした。

 もっと大胆なバカが同じ空間にいた。こればっかりは瞳も呆れた。

 鬼頭の声は教室中に響いていたのだから、芽傍にだって聞こえていたはずだ。しかし芽傍は無視して本から目を離さない。

「おい!聞こえてんだろ⁈め、そ、ば!お前、何やって転校してきたんだ⁈まさか、退学にでもー」

「うるさいぞ‼︎」

 普段は物静かな芽傍が突然声を張り上げたものだから、誰もが驚いた。瞳も釘付けだ。

「なんだと?」

 教卓の上に図々しく腰かけている鬼頭は首を捻った。教卓を囲むように部下たちも集合している。

 芽傍と鬼頭は睨み合った。

「へっ!お前、俺のことバカにしてるけど、お前は退学になってんだろ?俺だってなったことねえのに。つまりお前は問題児だ。俺以上にな!」

「お前と一緒にするな」芽傍は低い声で返した。

「へー!だったら、何で退学になったのか説明してみろよ⁈」

 鬼頭がそう突き返すと、他の男子たちもそうだそうだ!と同調した。クラスの連中はいつも通り見ているだけ。むしろ今回に関しては、誰もが芽傍の退学になったという事実無根の噂に興味を隠せなかった。

 どうなる?瞳はハラハラした。芽傍に退学した経緯を暴露しろと挑発する男たち、無言でそいつらをひたすら見つめる本人。この状況、どう乗り切る⁈

 と思ったところで、終止符が打たれた。学校のチャイムが2時間目の開始を知らせたのだ。すぐに担当の先生が教室に入ってきた。

「さて…ん?何してるお前ら!教卓じゃなくて席に着け!」

 先生に怒られて鬼頭たちは自分の席へノコノコと戻った。

 瞳は胸を撫で下ろした。毎度心臓に悪いクラスだここは。芽傍を見やると、何事もなかったかのように本をしまって、教科書とノートを取り出している。

 ますます謎が深まる芽傍ゆうを、瞳は気になって仕方なかった。




 その日の帰り道。

「そっかー。にしても大変だったね!」

 痣だらけの望夢から保健室以後の話をすべて聞いた瞳は瞳は同情した。

 望夢は両手を頭の後ろで組んで舌打ちした。「ったく!ほんと鬼頭も芽傍もムカつくぜ!」

 瞳はうーんと唸った。「鬼頭については肯定する気はないけど、芽傍くんは間違ってないと思うよ?」

「はっ⁈何でだよ⁈どこがだよ⁈」

「望夢も鬼頭もガキっぽくて似た者同士って言ってたでしょ?それ、あたしも思うもん」

 望夢は落ちていた空き缶を思いっきり蹴飛ばした。空き缶はブロック塀に当たって鈍い音を立てた。

「ほら、またすぐカッとなるじゃん」瞳は呆れた。

「うっせーな!どいつもこいつもおれをバカにしやがって!」望夢は砂利を蹴飛ばしまくった。

 瞳は望夢が起こした砂煙をヒョイッとジャンプでかわした。

「もう少し考えたら?望夢さ、やっぱり芽傍くんと友達になりなよ?」

「かあああああ⁈」望夢は怒ったカラスのような声を出した。「何であんた生意気クソ陰キャと友達になるんだよ⁈」

「芽傍くんには、望夢にないものがある。道徳心とか、常識とか。それに、芽傍くんには友達がいない。二人が友達になれば、お互いの欠点を埋め合う良い仲になるんじゃない⁈ほらー!ナイスアイディア!」瞳はニッコリとピースした。

 望夢は冷たい目で瞳を睨んだ。「嫌だね!それに、あいつだっておれと関わりたくないって言ってたぞ!」

「お互いクセ者だもんねー!でも友達になれば心開いてくれるでしょ!」

「嫌だね!てゆーか、保健室で聞いたんだけど、あいつ、前の学校退学になったっぽいぜ?」

「あ、聞いた!それ教室でも騒ぎになってた!」

「そうなのか。木下先生が言ってたし、校長もそれっぽいこと言ってたんだよな〜」

「ほんと⁈じゃあマジっぽいね!」瞳は芽傍を不審に思うと同時に、余計に興味をそそられた。

「とにかく!おれはあいつと仲良くする気はないからな!」望夢は断言した。

「あっそ」と瞳は顔をしかめた。「だとしても、考え方と態度は改めないとね」

 望夢は無視して歩き続けた。

 瞳はムッとして、思いっきり体当たりを決めてやった。

「どえっ!」とつんのめる望夢。

 瞳はささっと前に踏み出すと振り向きながら「じゃあねー!おバカさーん!」と憎たらしい笑みを浮かべて走り去った。

 望夢はうんざりして言い返す気も湧かず、ひたすら小さくなっていく瞳の後ろ姿を睨んでいた。




 望夢はいつも通りただいまも言わずに家に入った。そしてまっすぐ自分の部屋に向かおうと階段に足をかけると。

「望夢!待て!」と親父の怒鳴り声が引き止めた。

 望夢はビクッ!として振り向いた。「親父⁈」

 いつもなら残業したり飲んできたりでもっと帰りが遅いはずなのに。

「お前が学校で喧嘩したって電話があったって、母ちゃんから聞かされてな!飛んで帰ってきた!」

 望夢は埼玉から東京まで飛行機で帰宅する親父を思い浮かべた。そのくらいの速さだ。

「それで、勝ったのか⁈」

「え?」

「喧嘩には勝ったのかって聞いてんだ!」

「あ!えっと、いや、惨敗…」望夢は悔しくて拳を握りしめた。

「ったく!まだまだだな!んじゃあ着替えて公園に集合だ!」

「えええええ‼︎」望夢はムンクの叫びを放った。

 数分後、本橋宅の家のそばの公園で、デカいゴリラがチンパンジーを痛めつけていた。2匹は何度も押し合い、その度にチンパンジーが押し倒された。ゴリラは何度も咆哮を上げた。

「よわっちいぞ望夢‼︎もっと全力で来い‼︎」

 望夢は早く自分の部屋でエロ本を読みたくて仕方なかったが、逃げる手立てもなく、言われるがままに立ち向かうしかなかった。そしてまた親父の体当たりで5メートルすっ飛ばされた。

「二人ともよしなさい‼︎」公園の入り口のところから母の声がした。

 二人は買い物袋を下げた母を見てピタリと静止した。

「おう、お帰り」何事もなかったかのように親父は言った。

 が、母の怒りはすでに心頭に発していた。「あなた!何回言ったらわかるの⁈こんなことはやめて!望夢がくたびれるだけでしょう!」

 親父は力んでいた体から力を抜いた。「なあに!望夢が他の子と喧嘩して負けたって言うから、鍛えてただけだよ!」

 望夢はため息を吐いて顔を上げた。「子っていうほどの小さい相手じゃねーよ」

「なんだ⁈自分よりデカいやつと喧嘩したのか⁈すげーな!」と親父の怒りは脱線して感心に転換した。

「あなた!」と母は親父を咎める。「望夢、電話で喧嘩したことは聞いてる。どうしてそんなことになったの⁈話して!」

「たくっ!」望夢は膝をついたまま話した。「あいつがおれをバカにしたんだ!学年のみんなの前で!いい加減なこと記事にして張り出したんだ!」

「そう。なら鬼頭くんも悪いけど、だからって殴るのは駄目でしょ!」と母は厳しく叱った。

 しかし親父は「いやいや」と母を制した。「その鬼頭ってやつはとんでもねえやつだな!殴って当然だ!」

「あなた‼︎」母はさらに声を張り上げた。「どうして注意しないの⁈こんなに痣なんかつくって!」

「注意する必要なんかない!男は闘うもんだ!」親父も言い返す。

「暴力を肯定するなんて間違ってるわ!」

「暴力⁈いやいや、何かを守るための拳は暴力じゃねえ!望夢は、傷つけられた自分のプライドを守るために闘ったんだ!暴力じゃねえ!」

「あなたねえ!そうやって望夢に変なこと教え込むからこんな乱暴になったんじゃないの⁈よく喧嘩はするし、注意しても言い返すし、家のことだってたまにしか手伝ってくれない!望夢に暴力を教えるのはいい加減やめてちょうだい!親なら、もっとマシなこと教えたらどうなの!」

「だから暴力じゃねえって!俺は望夢を鍛えてんだ!自分を、それ以外のものも、守れるようになってほしくて…」

「守れるように⁈心だってまだまだ未熟なのに、力で自分を守れるようになるとは思えないわ‼︎」

「俺は望夢に喧嘩もできないような男になってほしくねえ‼︎」

 と延々と言い合いを続ける両親を放っておいて、望夢は家に入った。夜の公園のど真ん中で喧嘩なんて、まったくなんて恥ずかしい両親だ!

 ドアをバタンと閉め、鞄を部屋の隅にボテっと放り投げると、望夢はベッドに仰向けにダイブした。そして目を閉じてスーッと息を吐く。

 …まったく。なんでこんなに上手くいかないんだ?幼馴染からも同級生からもバカにされるし、両親は喧嘩ばっかり。彼女もできない。

 望夢は体を右に倒した。

 もしも、おれがもっとモテる男だったら、人生違ったんだろうなー。瞳はバカにしないだろうに、同級生からは尊敬されるだろうし、両親は周りに自慢するだろうし、異性には避けられずにモテモテだろうし……あーーー‼︎彼女欲しい‼︎

 望夢はうずくまり、外での両親の言い合いを極力聞かないようにしながら、目を閉じた。そのうちに、いびきをかいていた。




 日の光で輝くのどかな草原を、望夢は走っていた。目の前には自分の手を引いて走る女の子の姿がある。そう、いつもの夢だ。草原とその子のなびく髪から漂うフローラルな香りで、望夢は幸せな気分だった。この空間だけが、誰からもバカにされず、理想の人と過ごせる唯一の時間なのだ。

 しかし、また幸せな時間に終止符が打たれた。景色がどんどん暗くなり、視界が乱れていった。前を走る女の子も、全身黒く染まっていった。望夢は恐怖にかられ、逃げようとしたが、逃げ場はない。なんせ夢なのだから。目が覚めないと抜け出せない。

 突然、女の子が握る手に思いっきり力を込めた。

「あうううううう!」と変態みたいに望夢は叫ぶ。

 改めてその子を見ると、よく見慣れた女に変貌していた。亜久間だ。

「うわっ!」望夢は慌てて手を離した。

 その途端、望夢は目を覚まして起き上がった。鼓動が激しく、汗を大量にかいている。…落ち着け自分!望夢は言い聞かせた。

 それにしても、自分のベッド、こんなに硬かったっけ?違和感を感じた望夢は試しなでてみた。明らかに硬い。目を下ろすと、それはアスファルトだった。

「えっ⁇」望夢はびっくりして立ち上がった。…たしかに家のベッドにダイブしたはずなのに…。

「ここは…?」望夢はキョロキョロと見回した。

 踏み切りに、駅に、並ぶ低いビルの数々。よく見慣れた景色だ。

「久米沢?」

 そこは自分の学校が位置する久米沢だった。

 …これは、現実?いやいやまさか!まだ夢だよな⁈

 望夢は試しに道を歩くアラフォーの男性に声をかけてみた。「すみません!」

 しかし男性は無視して行ってしまった。だが男性はながらスマホをしていたので、聞こえなかっただけかもしれない。

 そこで望夢はリトライした。今度は自転車で走ってくる男性を、「へいチャリ!」と呼び止めてみた。しかしまたも聞こえていないようで、自転車は止まらなかった。望夢がいるのにお構いなしにそのまま走ってくる。

「危ない!」望夢はハラハラしたが、なんと、自転車は自分の体を貫通したのだ。

「ひょえっ⁈」

 幽霊にでもなったのか?不思議な感覚だ。この世界では自分は透明人間なのだ。

 よーし!そうとなれば!

 望夢は今度はデート帰りなのかかわいい服に身を包んだ20歳前後の女性に「へいへいかわいい子ちゃん!」と言いより、ミニスカートの中を覗こうと頭を下げた。

 しかし、お目当てのものを見る前にハイヒールのかかとが頬にクリーンヒットした。

「ぐへっ!」望夢は呻いて仰向けにぶっ倒れた。「うう…。なんでいつもこうなるの?…」

 その女性は「ふふっ」と不敵な笑みを浮かべると、メラメラと姿を変えた。正体は亜久間だった。

「おめぇ…!」望夢は頬をさすりながら立ち上がった。

「ご機嫌いかが?」

 ニヤリと笑う亜久間に、望夢は思いっきり顔をしかめてやった。「最悪だ!また邪魔しやがって!人をもてあそんでそんなに楽しいか⁈」

「ええ!楽しくて仕方ないわ!」亜久間はケラケラと笑った。

 望夢は頭に血が昇るのを感じた。「で、どういうつもりだ⁈せっかく家に帰ったのに久米沢に連れて来やがって!」

「ただの久米沢じゃないわよ?」

「みたいだな?おれの姿はみんなに見えてないみてえだ」望夢は足元を歩くハトにちょっかいをかけたが、やはり無反応だ。

「そうだけど、それだけじゃない。ここは、未来の久米沢よ」

「未来⁈」望夢が驚いたタイミングでハトが飛び去った。

 望夢は改めて町を眺めた。踏み切りやいくつかの建物は自分の記憶のままだが、言われてみれば見覚えのない新しい建物もある。もしくは、あるはずの建物が消えて平地になっていたりもする。亜久間の言う通り、ここは長い時間が経過した久米沢の町だ。

「なるほどな。でも、何でおれをこんなとこに連れてきた?」

「すぐにわかるわ。ほら、見なさい」亜久間は道路の向こう側を指差した。

 見ると、ボロいシャツにボロいスボンにボサボサの髪というとにかく汚い格好の男が袋を手にぶら下げて遮断機の前に立っていた。踏み切りを渡ろうと電車を待っている。望夢には見覚えのない男だ。

「誰?」望夢は首を傾げる。

「後を追いなさい。そうすればわかる。じゃあね!」

 そう言うと亜久間は煙のように姿を消してしまった。

「お!おい⁈…ったく!あの野郎!」

 望夢は悪態をつき、改めて汚い男を見た。背は高くなく、自分と同じくらい。口にはタバコを加えており、遠目で見ても肌が汚いことがよくわかる。最後に風呂に入ったのはいつだい?と聞きたくなる風貌だ。何であんな男に着いていかなきゃなんねーんだ?

 電車が通過し、遮断機が上がると、男は歩き出した。望夢は男を道路の反対側から尾行しようと思ったが、姿が見えていないことを思い出して急接近した。

 望夢は歩く男の周りを一回りしてジロジロと観察した。男は猫背で、歩き方も美しいとは言い難い。そして体臭もキツい。この男には“美”という概念が存在していないようだ。いったい何なんだこいつは?望夢は不審な気持ちを募らせながら、着いていった。こんな世界に取り残されては、他にどうしようもない。悔しいが、亜久間の言いなりになるしかないのだ。

 望夢は男の顔の前で変顔したり、お尻を蹴ったり、足元でしゃがんだりといたずらしながら着いていった。しばらくすると、一件のアパートにたどり着いた。

 男は1階の扉を開けた。ここが住処らしい。望夢が入る前に男は扉を閉めたが、望夢は扉をすり抜けて中に入った。

 入った瞬間、望夢は出たくなった。こいつの部屋、ゴミやガラクタで散らかり放題だ。6畳くらいの狭い空間に足場がないほど物が散乱している。コンビニ弁当らしき放置された容器にはハエがたかっている。さらには、大人向けのエッチな本やDVDが目立つ。棚も床も卑猥な物で埋め尽くされている。“オカズ”の宝庫”と言おうか、ご飯が何杯あっても消費し切れない。

 男は咥えていたタバコを床に押しつけて消火すると、ポイ捨てし、近くにあった雑誌を手に取った。もちろんそれもR18のやらしい雑誌だ。言うまでもなく、こんなゴミ溜めに吸い殻を放っては火事になりかねない。こいつ、死ぬ気なのか?

 …何と言い表そうか?クズ、出来損ない、えた・ひにん。いや、それでは世の中のクズや出来損ないやえた・ひにんに失礼だ。まずこいつを人間と分類していいのかも疑わしい。

 そんなこんなで望夢が呼び名を考えていると、インターホンが鳴った。

 男はだるそうに立ち上がると、扉に向かった。しかし、男がたどり着く前に扉が開いた。

 入ってきたのはゴリラ体型の白髪親父と、優しそうな顔をした歳の割には綺麗なおばさんだった。

 望夢はすぐにピンときた。「親父⁈母ちゃん⁈」

 シワと白髪が多いが、二人とも紛れもなく自分の両親だ。

「何だよ⁈勝手に入ってくんじゃねー!とゆーか来んじゃねーっつったろ!」男はキレた。ずいぶんと短気なようだ。

 白髪の親父が進み出た。「いい加減にしろ!いったいいつになったらまともな仕事に就くんだ望夢⁈」

 のぞ…む⁈今、のぞむって言ったよな?いやいや、まさか!ただの聞き間違いだ!

 今度は年老いた母が歩み寄った。「望夢、私もお父さんもあなたを心配してるのよ?」

 聞き間違いじゃなかった…!望夢はすべて察した。この体たらくの男は未来の自分自身。亜久間は未来の自分を見せにここに連れてきたのだ。なんてお節介なやつだ!

「そうだぞ望夢!いつまでこんな生活続ける気なんだ⁈」親父は怒って問い詰めた。

「うっせーな!そんなのオレの勝手だろーが!」未来の自分は頭がおかしいのかと思うほど怒鳴った。

「いつまで勝手なことするつもり⁈」今度は母親が叱った。

「そうだぞ!派遣の仕事でチビチビ稼いで、その金をこんなことやギャンブルに費やしやがって!」

 親父は床を指差した。散乱しているR18の物品だ。よく見ると、デリヘルや風俗にまつわるチラシも散らばっている。そんなことにも手を染めているのか…。おまけにギャンブルときた。こいつは性欲猿のパチンカスだ。望夢は呆れてしまった。これが、自分の未来の姿……

「どうしようがオレの勝手だろ!もう子供じゃねーんだから、いつまでも指図してくんじゃねーよ!」

 未来の望夢はそう言いながら床に転がっていたタバコの箱から1本つまみ上げると、ライターで火をつけて、もくもくと煙を吐いた。

「いい加減にしろ望夢‼︎」

 親父は望夢の頬をぶん殴った。吹きたてのタバコは望夢の口からどこかにすっ飛んだ。

「何すんだてめー‼︎」

 望夢は親父と取っ組み合いになった。もともと散らかり放題だった部屋が、さらに散らかった。いや、模様替えしたという方が妥当だろう。母は必死でやめなさいと訴えた。最終的に親父が望夢のこめかみに右フックを決めてKOした。

「あなた‼︎もうやめて‼︎」母は親父の二の腕を掴んで止めた。

 親父も、もううんざりだと言うように頷いた。「帰るぞ!もうこいつは俺たちの子じゃねえ!」

 床に突っ伏す望夢は顔を上げた。「あーそうさ‼︎お前らに産んでほしいとか頼んでねーし世話になる気もねえ‼︎とっとと消えな‼︎」

 親父は望夢を睨みつけると足音をドンドン鳴らしながら出ていった。母は悲しそうな顔で望夢を見ると、何も言わずに踵を返して親父の後に続いた。

「ったく!人んちまで来んじゃねーし!」望夢はそう愚痴りながら、再び大人向けの雑誌を開いた。

 一部始終を見ていた望夢は言葉が出なかった。

「どう?感想は?」それをわかってか、いつの間にか現れていた亜久間が耳元で囁いた。

 望夢は目の前の堕落した男を見下ろした。「……これが、おれの未来なのか?…」

「私と契約しなかった場合の、未来よ」

「お前と?ってことは、もう変わってるのか?」望夢は目を見開いて亜久間に向き直った。

「いいえ。これから変えるのよ。じゃあ、次行くわよ。アジェ!」

 亜久間がそう言うと、杖を持った白いローブ姿の男が現れた。望夢が尋ねる前に男は杖を一振りすると、みるみるうちに景色が変わっていった。




 次に望夢が連れてこられたのは、砂場だった。一瞬どこだかわからなかったが、すぐにわかった。砂場で遊ぶ水色の服をきた子供たちに、2階建ての低くて横長な建物。公園のような遊具。ここは幼稚園だ。望夢が昔通っていた場所である。

「おれの幼稚園じゃん!何でまた…」

「いいから見てなさい」亜久間は砂場の中央を指差した。

 見ると、そこには女の子が3人いた。お喋りしながらプラスチックの小さなシャベルで山を作っている。うち2人はこちらに背を向けていて顔が見えない。ただ一人顔が見えるその子は、大きな目をしていて将来美人になりそうな顔つきだ。

「瞳?」望夢はすぐにわかった。幼い頃の瞳だ。

 そういえば瞳、昔からかわいかったな、と望夢は思った。ときたま瞳をブスと罵る望夢だが、内心は美人であることを認めている。だが認めたくないのだ。単純にモテることへの嫉妬と、昔からお互いにからかってきた故である。

 そんな瞳に、歩み寄る子供がいた。目が細くて自信なさげな垢抜けない顔つきの男の子だ。

「……」望夢は何も言わなかったが、それが誰なのかわかっていた。若き頃の自分だ。

 未来を見せたと思ったら、今度は過去か。でも何のために?

 幼い望夢は右手を背中に隠して瞳の後ろに立った。「ひとみちゃん!」

「⁈」驚いて振り向く瞳。望夢と目が合う。

 他の女の子たちもキョトンとして望夢に目をやる。

 望夢はにっこり笑うと、背中に隠していた右手を差し出した。その手には、タンポポが握られていた。「ひとみちゃん、大好き!」

 あまりにも大きな声で叫んだものだから、砂場にいた子たちはみんな注目した。そしてはしゃいでもてはやした。言われた瞳は突然の出来事に戸惑って望夢を見上げたまま硬直。両隣の女の子二人は興奮か恐怖か、わからないが悲鳴を上げた。当の本人望夢は恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 瞳は立ち上がった。何と応えるのかとハラハラする2人の望夢。次の瞬間、瞳は両手で望夢をど突いて砂の上に押し倒した。倒れた望夢は顔に砂がかかって咳き込んだ。

「バカッ!のぞむのバカッ!大っ嫌い!」

 瞳はそれだけ言うと、砂場を立ち去った。一緒にいた女の子たちも、望夢を見てキャッキャッと騒ぎながら瞳に着いていった。

 望夢は顔だけ上げて離れていく瞳を見つめた。そして砂場の上で倒れたまま赤子のように泣き始めた。園児たちは望夢を指差して笑った。先生が2人、駆けつけて望夢を持ち上げた。

 望夢は恥ずかしくて見ていられなかった。すっかり忘れていたが、そういえばこんなことあったな…。思い出したくなかった。これまで何人もの女に告白してきたが、記念すべき1人目は瞳だったのだ。

「ふふふ!かわいいわね!」亜久間も先生たちに運ばれる小さな望夢を見て笑った。

 望夢は赤い顔で亜久間を睨みつけた。「お前許さねえからな絶対!」

「あら、自分でやったことでしょ?それに褒めてるのよ?あなたも昔は素直だった」

「うっせーな!マジでぶん殴るぞ⁈」

「あら、前言撤回。今でも悪い意味で素直ね。まったく、いつからそうなったんだか」亜久間は親のように皮肉を言うと、「アジェ!」っと呼んだ。

 アジェが再び現れ、杖を一振りした。するとまた視界がボヤけ、時間を移動した。




 視界のボヤけが治ると、望夢は暗闇に立っていた。真っ暗で、どこを見ても闇ばかり。自分の体も見えない。亜久間が隣に立っているかもわからない。ここはどこだ⁈まさか、本当にヤバいとこに連れてこられたんじゃ⁈

「おい⁈亜久間⁈」

 望夢は呼びかけたが、返事はなかった。…まずい…ついにやられた!あの女に闇に放り込むまれてしまった!一生抜け出すことのできない闇に!もう二度と光を見ることはー

「違うわよ!」

「ひゃっ‼︎」望夢は女の子のような悲鳴を上げた。「いきなり出てくんなよ‼︎てか、いるなら返事しろよ‼︎」

「ふふっ」と亜久間が笑う声がした。「驚かそうと思ったら、あなたが勝手な解釈して一人で焦ってるから。面白くてつい」

 望夢はムッとした。「ったく。んで、ここどこだよ?」

「ここは現実の世界よ。あなたにとってはだいぶ未来になるけど」

 望夢はイライラしたが、ここが地獄ではないとわかって安心した。だがやっぱりこの女は憎たらしい。

「そうか。じゃあここはどこでいつなんだ?具体的に」

 亜久間が応える前に、ガラガラガラガラという音が闇にこだました。次の瞬間、光が差し込んできた。かなり明るい光で、暗闇で2点光っている。懐中電灯だ。その光は足元を照らしていた。誰かがシャッターを開け放ったのだ。

 望夢は差し込む懐中電灯の灯りを頼りに自分がいる場所を確認した。そこは見覚えのない場所だった。まあまあな広さがある空間に、段ボールやら工具やらよくわからない物がたくさん積まれている。何もかも埃をかぶっていて、長年放置されている印象だ。どうやらここは廃倉庫のようだ。

 そんな古びた倉庫に、光の主は侵入してきた。男二人だ。そいつらは少し持ち上げたシャッターの隙間からそろそろと入り込んできた。こんな会話をしながら。

「よっと!うわすげー!雰囲気ある!」

「ああ。気味わりーな…。本当に勝手に入って大丈夫か?」

「ったく!怖がりだな!何度も言ったろ?数年前から誰も寄り付かなくなってんだよ」

 そう言うと男たちは倉庫内を照らしてまじまじと見ていった。望夢は懐中電灯を真正面から照らされて目をつぶった。しかし男たちは無反応だ。こいつらにも望夢と亜久間の姿は見えていないようだ。

「使えそうな物も置いてあるじゃねーか?市はどうしてここに手をつけないで野放しなんだ?」

「中に入ったり、取り壊そうとすると、必ず人が怪我したり死んだりしたっていう噂だぜ⁈」

「ひえ〜!マジかよ!」

 望夢は男たちの会話を聞きながら、早く帰りたいと思った。

「なあ、何でこんなとこに連れてきた?」と望夢は亜久間に尋ねた。

「あら、怖いの?」

「そうじゃねえ!このいわくつき倉庫がおれとどう関係あんだよ⁈」

「いいから、黙って見てなさい」亜久間は男たちを顎で示した。

 男たちはスマホで倉庫内の写真を撮り始めた。

「マジで映ってそーだな!」

「ば、ばか!んなわけないだろ!」

「何だよ⁈びびってんのか⁈ははははっ!」

 と高らかに笑う男だったが、積み上げられていた段ボールが突然落っこちたことで笑いを妨げられた。重たい金属の衝突音が二人の笑い声をかき消す。男たちは飛び退いた。

「……⁈おい…なんだ…?」

「しっ!…⁈」

 男たちは懐中電灯で段ボールを照らした。落っこちてぐしゃぐしゃの段ボール。ぶちまけられた工具類。

 一気にしんと静まる倉庫内。空気が余計に寒く、どんよりした感覚を望夢は味わった。男たちも感じたようだ。二人は顔を見合わせた。

「…なあ、今の…」

「何でもねーさ!古い倉庫だから、経年劣化で棚が崩れたんだろ⁈」

 と言うと、男は落っこちた段ボールにスマホのカメラを向けた。ピントが合うと、男はシャッターを切った。

「…ん?」その写真を見た男は顔を曇らせた。

 望夢も後ろから写真を覗き込んだ。「…え⁈」そして思わず声が漏れた。ぼんやりとした顔らしきものが写り込んでいるが、その顔には見覚えがあった。

 そのとき、二人の懐中電灯が点滅し出した。

「あれ?どうした?」

 もう一人の男は懐中電灯を数回叩いてみたが効果はなかった。チカチカと数回消えては光り、とうとう消えてしまった。しかもこれだけではなかった。少しだけ持ち上げていたシャッターが勝手にずり落ちて閉じてしまったのだ。

 キーーードン!

 一気に真っ暗になり、慌てる男たち。

「おい‼︎もう出ようぜ‼︎」

「ああ‼︎シャッター上げろ‼︎」

 男たちは暗闇を模索してシャッターの取手を探した。そして思い切り持ち上げようとした。

「何だよこれ‼︎」

「全然動かねー‼︎」

 そうしている間に、棚や積荷がドタバタゴトゴトと騒々しく床を叩いた。

「助けてくれーーー‼︎」「誰かーーー‼︎」

 男たちの叫び声は騒音に負けずに倉庫内にこだました。しかし外の世界には聞こえていないだろう。悲痛な叫び声は、倉庫内を余計に耳障りにしたに過ぎなかった。

 しばらくして倉庫の物品が大人しくなり、床に転げていた懐中電灯にも光が灯った。男たちがやっとの思いでシャッターを持ち上げると、懐中電灯を置き去りにして一目散に逃げていった。

 ようやく静寂が戻った。しかし、倉庫内の空気は冷たく、どんよりしたままだった。

 ホラー映画が好きな望夢でもこれは刺激が強かった。望夢は顔を強張らせて硬直していた。

「どう?」亜久間は珍しく真剣な表情で尋ねた。

 望夢は亜久間を見返した。「…見間違えじゃなければ、あの顔は、芽傍だ…」

 望夢は倉庫内を見回した。「…ここに芽傍がいるのか?幽霊になっちまったのか⁈」

 残念なことに、亜久間は首を縦に振った。「…悲しいけれど、これが今の未来ね」

「今の?ってどういう…」

 望夢が聞き返す前に、亜久間は指を鳴らした。すると、また白いローブの男が以下略。




 歪んだ景色がまとまってやっと見やすくなった。あろうことか、望夢は墓地に立っていた。

「おいおい、今度はお墓参りかよ?」

「いいえ。本当は知り得ないことを教えてあげるから。ここも、私と契約しなかった場合の数ヶ月先の未来よ」

「数ヶ月後?」

「ほら、見なさい」亜久間は目の前にある墓石を指差した。

 望夢は怪訝そうな顔で歩み寄った。もう長らく手入れされてないであろう墓だ。生花はなく、落ち葉があちこちに積もっている。こんな可哀想な墓でも本来なら望夢は見ても汚いくらいにしか思わないが、墓石に彫られた文字に注目せずにいられなかった。

『芽傍ゆう』

「…芽傍?」

 亜久間は頷いた。

 望夢は何とも言えない気分で首を傾げた。墓に掘り込まれた没年を見ると、なんと、3月と記されていた。

「⁈3月って、来年の⁈」

 亜久間は頷いた。

 望夢は亜久間に振り向いた。「どうなってんだよ⁈あいつは、芽傍は、死ぬのか⁈」

「あら、ちゃんと心配できるのね」と亜久間は皮肉を言った。

 望夢はムッとした。「別に!どうだっていいしあんなやつ!そろそろ帰してくれよ!」

「ふふ。まだよ。その隣のお墓も見なさい」

「あー?何だし」望夢はめんどくさそうに隣のお墓を観察した。

 そのお墓はとても綺麗で、まだ比較的新しい花も添えられている。定期的に誰かがお参りに来ている様子だ。そんなことより、驚いたのが、その墓に記された文字だった。

『片山家』

「…?…片山って…」望夢が思い当たる人物は一人だ。

「そう。瞳ちゃんよ」亜久間が答えた。

 望夢は一気に不安に駆られ、墓石に目が釘付けになった。「何で瞳が死んでんだよ⁈」

 望夢は慌てて墓石に駆け寄り、彫られた没年を確認した。その日付は、1年後の3月。芽傍の墓に掘られた年月と同じだ。

「⁈」望夢は訳がわからなくなった。「どうなってんだよ⁈3月って、もう1年もないじゃんか!何で芽傍と瞳が死んでんだよ⁈」

 亜久間は真顔で望夢を見つめた。「そのうちわかるわ」

 望夢は一気に怒り心頭に発し、全感情を吐き出した。「いい加減たぶらかすのはやめろ‼︎お前は何者なんだ⁈おれに何しに来た⁈おれはどうすりゃいい⁈瞳はどうしちまったんだよ⁈」

「そのうちわかるわ。あなた次第で、瞳ちゃんを救える。今から頑張れば、間に合うわ」

「頑張るって何をだよ⁈」

 望夢は亜久間に掴みかかろうとしたが、亜久間は宙に舞い上がって避けた。

「あたしのレッスンを。言う通りにすれば、瞳ちゃんを救える」

 亜久間は希望に満ちた表情で望夢を見下ろした。望夢は疑惑と怒りのこもった表情で亜久間を見上げた。

「今日はこの辺にしとくわ。じゃあ、あなたの世界に帰りなさい」

 望夢は光に包まれ、高所から落っこちる感覚に襲われた。落ちている間も、亜久間の声が聞こえてきた。

「私が変えてみせる!あなたも、未来も!だからしっかり着いてきなさい!あなたは私の大事な教え子よ!」

 どこまで落ちても、その声はしっかり耳に入ってきた。望夢はどこまでも落ちていく恐怖に目をつぶった。




 望夢は飛び起きた。

 日が昇ってからまだ間もない早い時刻。

 望夢は放心状態だった。大量に汗をかいていて、鼓動も速い。言うまでもなくあのタイムスリップが原因だ。ベッドにいるということは、夢であったことは確かだが…。

 望夢は目を凝らして天井を見つめた。「思い出せねぇ…」

 あれ程の体験をしてきたのに、断片的にしか夢の記憶がなかった。

 えーと…ハイヒールで蹴られて…タバコふかした男に着いていって……お墓?…!そうだ、誰かが、死んじゃうんだっけ⁈

 望夢は急いでベッドから降り、ドタドタと階段を駆け下りた。

 リビングに駆け込むと母が「あら望夢、まだ朝早いんだから、そんなに足音立てちゃ駄目でしょ」と注意した。

「そうだぞ」寝ぼけ眼の親父も上半身を起こした。「こんな朝早くからどうした?」

 望夢は二人の顔を交互に見ると焦って尋ねた。「母ちゃん!親父!何ともない⁈無事⁈」

 二人はキョトンとして顔を見合った。

「別に?平気よ?」

「どういう意味だ?お前こそ大丈夫か望夢?」

 二人はまったく問題なさそうだ。むしろ、望夢の方に問題あり。

 望夢はようやく取り乱している自分に気づいて、深呼吸し、「ごめん。何でもない。まだ時間あるからもう一度寝てくるよ」

 望夢はそう言って階段を上がった。母と親父は不思議そうに首を傾げた。

 望夢はベッドに寝転んだが、とても二度寝できる面持ちではなかったため、定時まで天井を見つめてボーッとしていた。

 7時になると、望夢は準備をし、家を出た。するとちょうど玄関前に瞳が歩いてきた。

「お!おはよう!」笑顔で挨拶する瞳。

「お、おーす」と望夢はぎこちなく返した。

「ほら、時計の時間直してきたよ!これでもう遅刻はなしー!」瞳はドヤ顔で腕時計を見せつけた。

「おう、そうか」望夢は訝しげに瞳を見つめた。

 瞳は笑った。「今日テンション低くない?何かあったの?」

「あ、いやー、その…」望夢は頭を掻いた。「…怖い夢を見た」

「いや子供か!ははは!レッツゴー!」瞳はノリツッコミで望夢を誘い出した。

 瞳はキビキビと前を歩き、望夢は後ろをとぼとぼ着いていって電車に乗り込んだ。

 望夢はつり革を握りながらスマホをいじる瞳の横顔を見た。……起きた直後のあの嫌な予感…瞳が関係してたっけ?まさか瞳が死ん……

「なあ、瞳?」と望夢は反射的に呼びかけた。

「ん?」瞳は目を向けた。

 望夢は聞き方に迷って、とっさにこう言ってしまった。「…調子どうだ?何か変わったことはないか?」

「⁇」瞳はキョトンとしたが、すぐに笑みを浮かべた。「何急に?別にどうもないよ、いつも通りだけど?」

「そっか」望夢はふーっと息を吐いた。自分は何に怯えているんだいったい?

「そういう望夢こそ、何か変だよ?顔色悪いし」

「そ、そうか?」

「うん!そんなに怖い夢だったの?しばらくはお母さんと一緒に寝たら?」とからかう瞳。

「ざけんなこのヤロー!」

 望夢は瞳の冗談で我に帰った。億劫な望夢を笑う瞳。二人はそんなやり取りをしながら、電車を降り、校舎に向かった。

「元気出しなよ!望夢この前から変だよ?悪魔に取り憑かれたギャー!とか」瞳はにやけながら話した。

 望夢は取り乱した自分を思い出してうんざりした。「わかってるよ!もう自分でも何が本当で何が嘘なのかわかんないや…」

「え、何?もしかして望夢、異性にフラれちゃったとか⁈」

「んなわけねーだろ!」望夢は電車の騒音に劣らないくらい声を張り上げた。

 瞳はふふっと笑った。「そうだよね。いつもフラれてばっかりだもんね。慣れてるよね!」

「お前マジで黙らせてやろーか?」望夢は握った拳を見せつけた。

「キャー、怖いよー」

 校舎を横目に、歩きながらそんな話をしていると、望夢は校門の前である人物を視界に捉えた。芽傍だ。芽傍は望夢も瞳もチラとも見ることなく、校門をくぐった。

 瞳も芽傍に気づいていた。「望夢も芽傍くんくらい落ち着いてたら良いのに〜」

「やだね。あいつに似るくらいなら今のままでいる方がマシだね」

「いや、芽傍くんの方が手間かからないし」瞳はまた笑った。

「うっせ。あいつの名前聞くだけでもうんざりだ」

「まったく。あ、8時20分!」瞳は校舎の時計を指差し、自分の腕時計を望夢に向けた。「ほら!もう大丈夫!あ、大丈夫じゃないのは望夢か」

「はいはい、もういいよ」望夢は飽き飽きして校門を抜けた。

 瞳はまた笑うと、走って望夢の背中にタックルして追い抜いた。望夢はつんのめった。

 瞳は振り返りながら叫んだ。「何かあったらいつでも話しなよ!そうやって頑固でいると、また取り乱しちゃうよ!」

 瞳は校舎前で親友の玲奈の合流し、一緒に校舎に入っていった。

 望夢は瞳のしたことにも言ったことにも、どうとも思わなかった。ただ、そんな瞳や、両親、ついでに芽傍の姿を見て、いつもの日常に戻ってきたことを実感した。記憶はおぼろだが、あんな夢のせいで誰かが死ぬんじゃないかと怯えてるなんてバカバカしい。

 望夢は深呼吸すると踏み出し、自分の日常に身を投じた。

自分の将来と、瞳と芽傍の衝撃の未来を知った望夢。果たして望夢は未来を変えるために成長できるのか⁈

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