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第9話

その場から走り去ったキャロラインは、人気のないテラスへとたどり着いた。

そこを目指していたわけではなく、気がついたら足がそこへ向いていた。学園内で、キャロラインのお気に入りの場所の一つだ。

小高い場所にあるテラスのベンチは、ちょうど乗馬場を見下ろす位置にあった。


(こんなときでも、無意識でエドワード様を求めているなんて。みじめで、傲慢だわ) 


キャロラインはベンチに座り、いつものように乗馬場を見下ろすが、当然ながらそこにエドワードの姿はない。


いつも放課後に乗馬の訓練をするエドワードは、馬の世話も買って出ていた。ブラッシングする時に浮かべる優しい顔が、キャロラインのお気に入りだった。

彼がどんな思いで、努力していたかも知らずに。


ふと気づくと、2つ隣のベンチに、いつの間にかニコラスが腰掛けていた。キャロラインとは反対方向を向き、足を組んで座っている。誰か生徒や教師が近づいて来たら、遠ざけるつもりのようだ。


(そういえば……セドリック様が仰っていたわね。ニコラスを、忠犬だと……)


キャロラインはニコラスが犬になった様子を想像して、クスクスと笑った。


**


ニコラスは驚いて振り向いた。

「……落ち込んでるかと思ったら。何ですか」

少しふてくされているようだ。ベンチを回り込み、キャロラインの隣まで移動する。


「心配してくれたのね」

「当たり前でしょう。あんな言い方をされて……」


キャロラインは体を傾け、ニコラスの肩に寄りかかった。

ニコラスは一瞬ぎしりと固まったが、自然な様子でキャロラインの肩に手を回して支えた。


「……私、全く気づかなかった。エドワード様があんな風に思っていたこと」

「あれが本心だと?」

「そうね。あんなに真剣で、切ない表情を見たのは初めて……。今まで、彼の何を見ていたんだろう」


ニコラスは腕の中のキャロラインをちらりと見た。

落ち着いた様子でぽろぽろと言葉を発している。

ニコラスに対してというより、自分自身に対して話しているのかもしれない。


「だけど……私が彼にとって、重荷でしかなかったことは、明白ね……。空回りして、ばかみたい。」

キャロラインは涙を堪えるように深呼吸をした。

「私から言わなきゃいけなかったのに、だめね」


「……誤解は解かないのですか」

「誤解?」

キャロラインはニコラスを見上げた。


「哀れんでいる、と言っていたでしょう。俺には、そんな風には見えません」

「ニコラス……」

「あいつが、可哀想だから婚約者にしたと?同情心から、毎日毎日顔を見るために乗馬場へ通ったと?……まさか。うちのお嬢様は、そんなに暇じゃない」


憤るニコラスに、キャロラインはつい笑顔になった。

「ふふ……ありがとう、私のために怒ってくれて」

「俺はただ……どんな形でも、貴方の気持ちを蔑ろにされることが、耐えられないんです」


幼心に、エドワードを婚約者にしたい、次期侯爵にしたいと思ったのは、哀れみからじゃない。

むしろーーー


「絶対に手に入れたい存在があったら、自分が持つ一番いい条件を提示するのは、子どもとしては当たり前ですよ」


キャロラインが当時持っていた全てのものの中で、いちばん価値があるもの。それが、自らの婚約者の地位だった。


「ふふ……そう思うと、すごく可愛いわね。駆け引きも何もない」

「そうです、宰相の娘としては失格ですよ」

冗談めかしてニコラスが言う。


それでも、ちゃんと手に入れた。初対面で、警戒されてもおかしくなかったのに、必死で説得したのだ。キャロラインの婚約者になる利点を。

思えば、そこが誤解の始まりだったのかもしれない。


「私……自分の気持ちに気づかなくて、一度もエドワードに伝えたことがないの。でも……最後にもう一度だけ、『交渉』をしても、いいかしら……?」


背筋を立て、前向きになったキャロラインに対し、ニコラスは大きなため息をついた。

(……はあ。本当は、複雑なんだが……)

ニコラスとしては、ずっと反対してきたエドワードとの婚約だ。ここで破棄になり……自分が次の婚約者になることが、一番理想のはずだった。

(だけどそれは、お嬢様が自分で選んだ時だ。こんな風に侮られたままでは、侯爵家として許せるものではない)

なにより、キャロラインが笑っていることが、ニコラスにとっては最重要なのだ。


ニコラスは微笑むと、キャロラインの頭に手を乗せた。

「次は伝え方を間違えないようにな」

兄としての台詞に、キャロラインは「はい!」と応えた。



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