騎士と王女は最後に愛を誓いあう
「ルーミア王女殿下、敵勢は城門を突破したそうです。もうここまで来るのにそう時間はかからないかと」
神父であり、王女殿下の従者である男は淡々と報告する。その神父の顔色と表情には変化がみられなかった。そして王女殿下は何か考えた後、俺を横目で見る。その目はどうにかなりますか?と問うているようであった。俺はそれを見て、首を振る。王女殿下はそれを見て、若干微笑む。なぜ微笑むのか、と疑問に思うが、その疑問を言わせないように王女殿下は口を開く。
「そうですか、もう終わりですね。お父様たちは?」
神父はこちらを一度見た後、王女殿下に向き直す。
「国王陛下と王妃殿下は玉座にいるはずです。第一王子は城下で戦死、第二王子は敵を押しとどめているはずです。まだ国王陛下と王妃殿下には会いに行こうと思えばまだ行けると思いますが」
王女殿下は首を振る。
「やはりお父様とお母様は生きるつもりがないのですね。では私もそうします」
王女殿下の発言は場を戦慄させる。俺は声をかけようと思うが何を言えばいいかわからず黙ってしまう。俺は周りを見渡す。王女殿下付きの侍女とメイドたちは涙を目に浮かべていた。俺が王女殿下に目を戻すと、王女殿下は笑顔だった。まるで何も気にしていないかのように。王女殿下は口を開く。その声色はいつもと何も変わらないものであった。
「今まで私に付き従ってくれた皆様ありがとうございました。これからは自分の人生を歩んでください。大人しく降伏すれば命までは取られないはずですし、王族が使う用の逃げ道もありますので逃げたい人たちは逃げてください。」
周りは絶句する。そして一人の侍女が声を上げる。
「いやです。私は最後まで王女殿下と共にいます」
周りもそれに同調するようであった。王女殿下はそれを見ると困ったような表情になる。
そして、ゆっくりと首を振る。
「家族や友人がいるものもいるはずです。私よりその人たちのところへ行ってください」
「王女殿下を見捨てたとなれば家族にも怒られます。ですからどうか」
一人の騎士は声をあげる。王女殿下はまた首を振る。
「家族のためにも生きてください。怒られたとしても一緒に生きていくべきです」
その言葉には黙り込むしかなかった。そして一人の侍女が泣きながら王女殿下に感謝の意の言葉を言った後、頭を下げ部屋を出ていく。それを皮切りに部屋にいる人が減っていく。
最初は16人いたが、最終的には半分の8人が残っていた。俺は残った人間の表情を見た後、横にいる王女殿下に声をかける。
「残りは王女殿下と共にいます。それが望みですのでどうか」
そう言うと俺は頭を下げる。俺の後ろで同じ意思を持つ者たちも頭を下げたようであった。王女殿下は少しの沈黙とともに俺に声をかける。
「説得しても無駄なようですね、なら許します」
俺と同じ意思を持つ者たちは感謝します、という。そして頭をあげる。王女殿下は困ったような表情だったが、若干嬉しそうな表情をしていた。そして俺の目をまっすぐ見つめる。俺は訳が分からないが王女殿下を見つめ返す。そして若干頬を赤くする。その後王女殿下は一度深呼吸をする。そして口を開く。
「アーギルと2人きりにさせてください。大切な話をしたいのです」
名前を呼ばれた俺は驚く。周りも若干驚いたようだが、部屋からでる。部屋から出るとき神父はさらりと結界を張ったようだった。そして全員が部屋から出ると王女殿下は俺を先ほどと同じように見つめる。そして深呼吸をして、口を開く。
「アーギル、私はあなたに一番感謝しています。あなたのおかげでここまで生き残ることができました。そして大変なこともあったけど、ある程度幸せだったといえます」
「私はあなたを守り切れなかった騎士です。私はあなたをこの若さで死なせることになってしまったのですから」
「いえ、私は20年生きれたので十分です。あなたがいなければもっと前に死んでいた」
王女殿下の顔は晴れ晴れとしていた。だが、俺は唇をかみしめる。声を発しようとするが、突如王女殿下は立ち上がり、俺の手を取る。
「そんな顔をしないで、あなたのせいじゃない。それに私はあなたのそんな顔を見たくない」
俺は声をだせなかった。王女殿下も俺を見つめたままであった。俺は王女殿下の顔を見ながら一度咳払いをした後、王女殿下に仕えてから、そしてその感情を自覚して言えなかった言葉を俺はいう。今この時にしか言えず、もうごまかす必要もなかったからこそであった。
「私はルーミア王女殿下を一人の女性として特別な感情をもっていました。それは護衛騎士としては相応しい感情ではないものです。すみません、あなたにふさわしい騎士ではなくずっとごまかしていました」
王女殿下は一瞬驚いた顔をして、目から涙をこぼす。俺は反射的に謝ると、王女殿下は首を振る。
「私はうれしかったのです。私のこの感情が一方的なものではないか、と思っていたのですから、私もあなたを一人の男性としてお慕い申し上げていました」
そう言い、王女殿下は笑う。その笑みはとてもきれいだった。俺は王女殿下の体を引き寄せ背中に手を回し抱く。王女殿下も一瞬驚いた後、俺の背中に手を回す。
「アーギル、この状況でやることではないのでしょうけど、私はあなたと結婚したという事実を残したいのです。リュークがいるので神父はいます」
俺は驚くも、私もですという。それを聞くと王女殿下は目を閉じる。俺は王女殿下の唇にキスする。そしてしばらく抱き合ったままでいたが、俺は王女殿下を一度離す。王女殿下は少し名残惜しそうであった。俺はそれを見て、手を取る。王女殿下はそれに一瞬びっくりとするも、手を握り返してくる。
「リュークたちを呼びましょう。結婚の契約をするなら急がないと」
「そうですね、殿下」
「ルーミアです、そう呼んでください」
「わかりました、ルーミア」
俺は少し恥ずかしくなりながら、そう呼ぶ。ルーミアは満点そうな顔であった。俺は外にいた者たちを呼び戻す。そしてリューク達が部屋に入ってくる。リューク達は俺とルーミアが手をつないでいるとこを見ると一瞬驚くが、侍女とメイドはおめでとうございますとルーミアに向かって言う。騎士たちは全員頷き、やっぱりお似合いだなとかつぶやいている。その雰囲気の中、リュークは若干苦笑した後口を開く。
「誓約書は用意できませんし、簡易なものにさせていただきます。それでもよろしいですか」
俺は少しびっくりしながらルーミアとともに頷く。おそらくルーミアは俺が少し離れた先に話を通していたようであった。
「では、汝アーギルはルーミア王女殿下にすべてを捧げ、永遠に愛することを誓いますか」
俺は「誓います」、という。そう言った瞬間ルーミアが握る力を強くする。
「汝ルーミア王女殿下はアーギルにすべてを捧げ、永遠に愛することを誓いますか」
ルーミアは誓います、という。
「では、誓いのキスを」
そして、俺はルーミアを引き寄せ、キスをする。その瞬間、周りの人間全員が拍手をする。そしてしばらく全員が余韻にひたる。だがすぐさま全員は雰囲気を切り替える。雰囲気を切り替えたリュークはルーミアに向かってひざまずく。
「では、王女殿下。私はこれで」
「リューク、今までありがとうございました。そしてこのようなことを承諾してくれて感謝します」
「王女殿下の命とあれば断る理由はありません」
そう言い、リュークは部屋を去る。俺はリュークに顔を下げる。他のものも同じよう逃げていた。リュークはおそらくこのためだけに残っていたのだ。従者ではあったが、それは教会との協定のためだったのであるから。
「アーギル、あなたにお願いがあります」
「何でしょう、殿下、いえルーミア」
「私はあなた以外の人間の手で殺されたくないのです。お願いできますでしょうか。辛いことでしょうけどお願い申し上げます」
俺は王女殿下と手をつないでないほうのこぶしを強く握る。その後、周りを見る。周りの人たちは俺を見つめている。全員、覚悟を決めていたようであった。俺はその顔と表情を見て覚悟を決める。そして極力落ち着いた声色で答える。
「承りました。苦しみも痛みも最大限ないようにさせていただきます」
「アーギル、ありがとうそしてごめんなさい」
「ルーミア、でもその前に笑顔を見せてください。私はあなたの笑顔を最後に見たいのです」
ええ、とそういいルーミアは笑顔を見せる。その笑顔はいつも通りのものであった。俺はその笑顔を見ながらルーミアを抱き寄せ、痛み止めの魔術を行使しながら、心臓に短剣を突き刺す。
「アーギル、愛してる」
「私も愛しています」
そして、しばらくして、ルーミアは絶命する。俺はまぶたを閉じさせ、体を持ち上げ、部屋にあった椅子に座らせる。そして俺は額にキスをした後、どうか安らかにといい離れる。
俺が離れると侍女とメイドは近づき、泣きながら王女殿下の服の乱れや化粧を直していた。それを見ていると、近くが騒がしくなってくる。どうやら敵の兵士たちが近づいてくるようであった。
「アーギル隊長、どうしますか?」
一人の騎士が俺に聞いてくる。俺はすぐに答える。
「自害したいものはいそげ、自分で死ぬのが怖いというものは誰かに頼め。戦って死にたいというものは外に行け」
残った全員は頷く。そして俺は王女殿下の手を取り扉のほうを見つめる。周りのものたちは思い思いの方法で死んでいく。そして俺以外の全員が死ぬと部屋の扉が壊される。兵士たちは部屋の様子を見て凍り付く。この部屋の様子に驚いたようであった。俺はその兵士たちに向かって大きな声で言う。
「我が名はルーベルドルン王国第一王女ルーミアの筆頭護衛騎士のアーギル=クライス。ルーミア王女殿下の死体はこちらにある。こちらを大事に扱ってもらいたい」
敵の兵士は困惑した様子であった。
「私に抵抗の意思はない。王女殿下の顔がわからないというならわかる人間を連れてこい」
俺はそう言い、腰に差していた長剣を投げ捨てる。そうすると後ろから兵士をかき分け一人の男があらわれる。
「俺はアッテルダム王国のグンナー=ホーキス子爵だ。要件は把握した。丁重に扱うことを女神アートの名のもとに約束する」
「感謝する」
俺はそう言い持っていた毒薬を飲む。そして俺の意識は消えていく。その最中、俺にはルーミアが笑顔でこちらを見ている姿が脳裏に見えた…