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近衛八重は容赦しないⅡ

「数日後、私をいじめていた首謀者は突然クラスだけでなく学年中の女子から無視されるようになりました。しかも彼女には前に付き合っていた彼氏がいたらしいんですけど、おそらくその男から流出したであろう卑猥な行為の写真がばら撒かれたんです」

「まじか」


 近衛の報復に俺は戦慄した。

 北嶋がされたことやされそうになったことを考えると近衛の報復は度が過ぎている、とかそういうことを思ったのではない。


 近衛が当時から北嶋と親しくて義憤に駆られたとかならまだ分からなくない。ただ、おそらく近衛が誰かのために怒るということはありえないことだ。

 だから彼女は単に身近で不愉快なことが行われていたから制裁を下した、ということに過ぎないのだろう。


 そしておそらく正義感があった訳でもない。他人事の理由でそこまでのことを安々と出来てしまうことに俺は狂気のようなものを感じた。きっと世界が灰色で出来ている彼女はストッパーが軽いのだろう。もし屋上から飛び降りようとしていた時に彼女のストッパーが外れていたら、と思うとぞっとする。


「とはいえその報復が行われ、彼女がいじめにあっても私は孤立したままでしたけどね。むしろ私が裏で糸を引いてるんじゃないかとか余計に恐れられましたし」


 色んな意味で触れづらい存在になっただろうな。


「そんなある日、私は教室に忘れ物をしまして、でもクラスメイトとも顔を合わせたくなかったので遅い時間に取りに行ったんです。そしたらいたんですよ、夕方の空き教室に一人佇む八重さんが。やっていることはひどいことなのに、それでも不思議ときれいだな、と思ってしまいました」


 ふと近衛は飛び降りようとしていたときもきれいだったな、と思い出す。思うに、彼女には俺たちには理解出来ない純粋さのようなものがあり、それが時々容姿と合わさってきれいに見えるのだろう。


「何をしていたんだ?」

「全生徒の机の中に例の写真を入れて回っていたみたいです。で、言うんですよ。見られたかと思ったけど北嶋さんだし、まあいっかって。だから思わず私は言ったんです、もうこんなことしないでって。こんなことされても嬉しくないし、そもそも私も標的じゃなくなっただけで無視はされたままだったですし」


 まあ、北嶋が裏で何かしていようとしていなかろうと、こんなことになれば不気味に思われるだろうな。


「近衛は何て言ったんだ?」

「これくらいしておかないとこれからも彼女はこういう下らないことをやめないよって。私はやめてって言ったんですけど、別にあなたとは無関係に私が不愉快だと思うからやってるって言われてしまったんです。ただ、結局翌日からそいつは学校に来なくなったんで自動的に終わりましたけどね」


 確かにいじめなんて首謀者は何か痛い目に遭わなければ、飽きるまでやめないだろう。

 もし彼女が学校に来続ければ近衛はやめなかったのだろうか、とぼんやり考えてみるが結論は出なかった。


「そうか。まあそんなことされたら来られないよな」

「結局、学校の事情でその事件はうやむやになりましたね。一応そいつの元彼だけは写真をばらまいたから停学とかになった気もしますが」


 学校も学校でクソみたいな対応だが、近衛ならそうなるだろうと分かっていてやったのかもしれない。


「なるほどな。え、でもその流れであいつと仲良くなったのか?」


 いくら助けてくれたとはいえ、その話だけ聞くと異常な人間としか思えないんだが。俺なら絶対に仲良くしようとは思わない。

 その疑問は北嶋も予期していたようで、苦笑いを浮かべる。


「はい、私も最初はドン引きだったんですけど、一段落した後一応菓子折りを持ってお礼に行ったんです。助けてもらったのは事実なので。そしたらもうこんなことにならないように治安のいい偏差値の高い学校行った方がいいよってアドバイスくれて。でもそんなに頭良くなかったので、それから勉強教えてもらいました」

「そ、そうか」


 解決手段が力業だった割に、アドバイスの内容はえらく実用的で無難で、そして前向きなものだったので感心する。根っこの部分が他の人と違うだけで、基本的にはハイスペックな人物らしかった。


「藤嶺はうちから遠いんですけど、八重さんが一緒にお母さんに話に行ってくれて。そのおかげで今は一人暮らしで通ってるんです」


 それはすごいな。しかし親も娘に近衛のような友達がいたら嬉しいだろうな。きっと親の前では近衛は素晴らしい友人だったのだろう。


「元々八重さんは成績がいいからここ目指していたらしくて、私の勉強も見てくれたんです。教え方は丁寧で分かりやすいですし、色々気遣いもしてくれましたし、最初の印象も変わって大分仲良くなりました」


 ふと、近衛はどんな気持ちで北嶋の勉強を見たんだろう、と思ってしまう。それも「いじめから助けた友達に勉強を教える」という「素晴らしい行為」をすれば心が満たされるかもしれないと思ってやったのだろうか。


「でも、今でも時々思い出すんです。あの時見せた冷たい表情を。あれは一体何だったのでしょうか」

「悪いけど、それは俺にも分からない。そして辛いことなのに話してくれてありがとう」


 俺にはそう言うことしか出来なかった。

 中学の時の近衛の話は興味深かった。何にも価値を感じないという心境が攻撃的な現れ方をするとそうなる、ということなのだろうか。


 とはいえ、話し終えた北嶋は意外とすっきりした表情をしていた。案外誰かに打ち明けてしまいたい話だったのかもしれない。確かに自分の内にため込んでおくには恐ろしい話だ。こんな話を同じ学年の人には出来ないし、俺みたいなあんまり関係ない人というのがちょうどいい相手だったのかもしれない。

 そして北嶋が近衛の本質に近いところにいる理由も分かった。


「ただ、助けてもらった上に仲良しの相手にこんなこと言うのも変なのですが、やはり八重さんはどこか歪みのようなものを抱えていると思うんです。だから何とか出来たらいいな、と」


 いくら結果的にはいい方向に作用したとはいえ、やったことだけ見ればまともな人間がやることではない。もしかしたら大人になることで解決するのかもしれないが、近衛の内面はその時と何かが変わったようには思えない。

 分別を身につければうまく隠して生きていくことが出来るようになるのかもしれないが、それは根本的な解決ではない。それとも、そうして生きていくうちに彼女は変わることが出来るのだろうか。


 北嶋は何とかならないですか、と言いたげにこちらを見つめるがやはり一筋縄ではいかないということが分かっただけだ。


「悪いな、聞いておいて何だが何も力になれなくて」

「いえ、話しただけで少しすっきりしました」


 とはいえ、北嶋は肩の荷が下りたような表情をしているのでひとまず俺は満足する。

 そこまで話したところで予鈴が鳴り、北嶋はお先に失礼します、と言って校舎に戻っていったのだった。

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