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北嶋姫乃は沈黙しない

 光嶺に釘を刺された俺は一年生の教室に近づくことも出来なかったので、やむなく手段を変えることにした。


 ある意味ストーカーよりもたちが悪いが、登校時に校門の内側に隠れて地味子を待ち伏せしたのである。たまたま校門の内側には植え込みがあり、そこに姿を隠せば探そうとしている相手でなければこちらの姿を見つけることは難しいだろう。


 万一光嶺にばれたらややこしいことになるが、俺が待ち伏せしているのは近衛ではなく地味子だからセーフ、と言い聞かせる。


 俺が植え込みに潜んでいると、その前を一年生から三年生まで様々な生徒が通り過ぎていく。これまで他人のことをわざわざ観察することはしなかったが、いざこうして眺めてみるとやはり全員どこかしら違いがある。制服の着崩しや化粧のような目に見える違いもあれば、雰囲気やテンションのような抽象的な違いもある。


 そう考えると近衛は確かに多少常人離れしているが、それでもそれは「みんな違う」ということの範疇に収まるのではないか……と納得しようとしたが、やはり無理だった。


 ちなみに近衛は一年C組の学級委員長である五木茜と一緒に登校していた。うちは進学校ということもあり友達同士でも家が離れていることも結構あるので、必ずしも仲良しグループが固まって一緒に登校する訳ではない。


 近衛と五木は雰囲気よさそうに談笑している。近衛は光嶺と話している時とも地味子と話している時ともまた違う雰囲気だった。


 五木茜は眼鏡を掛けて髪を三つ編みにし制服をきちんと着ているという絵に描いたような委員長だが、近衛に対してはリラックスして話しているようだった。というか、順調に一年C組についての知識を得ていっている自分が怖い。


 そんなことを思っていると、目の前を光嶺が通っていくのが見えてどきりとする。が、幸いなことに光嶺は友達との雑談に夢中でこちらへの注意はおろそかだった。



 そして光嶺をやり過ごして数分後、ようやく地味子はやってきた。幸いなことに彼女は一人でうつむき加減に登校している。名前も分からない相手に対する声をかけるのはなかなかためらわれたが、教室に入る前の今しかない。


 教室というのは部外者を拒む不思議な雰囲気がある。そのため他クラスに堂々と入っていけるのはそれだけでかなりのステータスを持っている証とも言える。まして学年が違えばなおさらだ。しかも俺の場合、教室に近づいた時点で光嶺にアウト判定を受ける可能性が高い。


 だから彼女に声をかけられるのは教室の外にいる今しかないと思い込むことで、思い切って彼女に声をかける。


「あの……ちょっといいか?」

「え、私!?」


 全く知らない先輩に声を掛けられた彼女は分かりやすくうろたえた。シャツのボタンはきっちり留めて学校指定のグレーのベストを着ており、スカートの丈もおそらくそのまま。本人からほのかににじみ出る暗い雰囲気と合わさって地味な印象が強いが、よく見ると庇護欲をそそるようなあどけなさがあり、可愛い。


「俺は二年の天塚晴だ」

「わ、私は一年の北嶋姫乃です」


 困惑しつつも俺が名乗ると名乗り返してくれる。やはり相手が陰キャだと光嶺と話しているときのような緊張感がなくて話しやすい。最悪言葉を間違えたとしても相手に悪印象を抱かれるだけで終わりそうだ。


「北嶋は近衛と仲がいいのか?」

「は、はい、そうです。……あの、もしかして先輩は噂の近衛さんを追いかけている方ですか?」


 北嶋は遠慮がちに尋ねてくる。光嶺と違って拒絶よりも困惑の方が表に出ている。ストーカーという言葉を婉曲にぼかしているところが少し可愛い。

 というか俺有名過ぎじゃないだろうか。近衛が有名だから仕方ないのか。


「まあそんなようなものだ。ということはやっぱり近衛の友達なのか」

「は、はい」


 北嶋は俺に警戒しつつも頷く。しかし一体どうやったら警戒心を解くことが出来るだろうか。知らない先輩に話しかけられているから警戒しているのか、俺が近衛のストーカーだから警戒しているのか。


 少し考えたが、光嶺と違って彼女とはもう少し平和的に話せるのではないか。

 俺は嘘にならないように、そして細かいところをぼかしながら言う。


「実は俺、近衛とは知り合いで、何か悩みがあるみたいなんだが教えてくれないんだ。それで俺は近衛のことを聞かせて欲しくてさ」

「分かるんですか?」


 彼女は少し驚いたような顔をする。確かに近衛はぱっと見、悩みとは無縁そうだからな。近衛に悩みがあると思う人自体が少ないのだろう。


「何となくだがな」

「そうですか。それでしたらもしかしたら少し力になれるかもしれません」


 それまで困惑だった北嶋の態度が一転して協力的なものに変わる。

 どうやら俺が近衛の悩みを知っていたことで北嶋は俺を信用したようだった。本当に仲が良くなければそのことに辿り着かないと思ったのだろう。実際、一方的に近衛を好きでストーカーをしているというだけでは知りえない情報だ。

 近衛の場合、彼女との関係を仲がいいと表現するのが適切なのかは分からないが。


「じゃあ昼休みに屋上に来てくれ。そこで話を聞かせて欲しい」

「分かりました」


 さすがに校門前で話しているのは目立ちすぎるし、朝だと時間もない。話が長くなりそうな雰囲気もあったので、昼休みに仕切り直すことにした。




 昼休み、俺が施錠された扉の前に行くと、そこにはすでに困惑した北嶋が立っていて申し訳ない気持ちになる。こんなことなら急いで来ておくべきだった。


「悪いな、少し授業が長引いて」

「いえ、間違えたかと思いました」


 後輩の前でこんなことをするのは非常に嫌なのだが、仕方なく俺は南京錠に針金を突っ込む。これから話を聞こうとする相手の印象を悪くしているだけな気がするんだが。


 北嶋はそんな俺の手元をじっと見つめたが、幸い何も言って来なかった。北嶋のようなタイプなら言いふらすこともないだろう、と思うことにする。


 屋上に出ると、俺はいつものベンチに座る。相変わらず照り付ける日差しは強いが、今日は風があるので教室よりも涼しい。うちの学校も早く教室にエアコンをつけて欲しいものだ。


「失礼します」


 北嶋は俺の隣に座り、お互いに弁当を広げる。


「まず北嶋は近衛とはどういう友達なんだ?」

「中学からの友達ですよ」


 その答えを聞いて俺は納得した。異なるスクールカーストの人間同士の仲がいい場合、それが一番よくある理由だと思う。

 中学のころはまだそこまでスクールカーストがはっきりしていないため、小学校のころからの友達同士とか、たまたま入学してすぐ席が近かったとかで仲良くなったものの、だんだんお互いのスクールカーストが分離していくというのはよく見る関係だ。


 すると北嶋は不安そうに尋ねた。


「……やっぱり私と八重さんが仲良しだと変ですか?」


 近衛が光嶺のグループにいる以上そういう不安を抱く気持ちはよく分かる。


「分かんねえよ。光嶺たちと仲がいい近衛と北嶋と仲がいい近衛のどっちが本物なのか、どっちも本物なのか」


 それともどっちも偽物なのか。


 俺は弁当箱の中の冷凍食品の唐揚げを口に入れる。

 すると北嶋は俺の答えにほっとしたのか、くすりと笑う。


「本人の前でひどいこと言いますよね」

「悪いな。とにかく俺は近衛のことがよく分からないって話だ。それで近衛とはどんな話をするんだ?」

「普通に学校の話とかですけど」


 残念ながら俺は他愛のない話をする相手がいないので、普通にと言われても具体的なイメージが思い浮かばない。授業の愚痴とかだろうか。


「あ、でも最近は本の話とかしますね。私よく本を読むので」


 それは北嶋のイメージ通りだ。


「どんな?」

「最初は日本の文学とかだったんですけど、最近は哲学の話になってきて困ってます。私も詳しい訳ではないので、頑張って勉強していますね」


 それからしばらくアリストテレスやプラトンの話をされたが、正直よく分からなかった。おそらく北嶋自身もまだ噛み砕いて理解するに至っていないのだろう。

 そのため彼女には申し訳ないが、俺は話を聞きながら別のことを考えていた。近衛は自分の状況を打開するヒントを文学や哲学に求めたのだろう。人類の歴史は長いから、その中には近衛と同じ悩みに行きついた人がいてもおかしくはなかった。


 俺が読むような小説は大衆小説やライトノベルが多く、近衛の悩みの役に立つようなものはあまりない。生まれて初めてもっと頭が良さそうな本を読んでおかなかったことを後悔する。


「……という感じです」

「おお、なるほどな」


 今日は帰ったら勉強しないといけないな、と思う。しかし文学→哲学と来たら次は宗教だろうか。ただ、これで近衛が生きる意味を神とかに見出したら何か嫌だ。そう思うのも俺が日本人だからだろうか。


「それで、近衛はどんな反応だったんだ?」

「うーん、普段はあまりそういう反応は見せないんですけど、珍しく『これじゃない』というような感じでしたね。近衛さんは一体何を探してるんですかね」


 北嶋は光嶺よりは近衛の本質のようなものに迫っている印象があった。迫っているというよりは近衛がさらけ出しているというのが正確かもしれないが。

 あまり全てを話す訳にもいかないので俺はある程度ぼかして言ってみる。


「答えじゃないか?」

「何のですか?」

「分からない」

「そうですか。でも、こんなこと話せる人は初めてです。私、八重さん以上に仲のいい人いないから……」


 やはり北嶋はよほど近衛のことが好きなようだ。光嶺も近衛のことは大事な友達と思っているようだし、タイプが真逆の人とたった三か月でそれぞれここまで仲良くなれるというのは本当にすごい。


 そして北嶋は意を決したように俺の目を見る。


「本当はここまで話すつもりはなかったのですが、話したくなってしまったので話しますよ。私と八重さ

んが出会った時のことを」


 その表情を見た俺は、やはり彼女には近衛とはただの友達という以上の何かがあるのだな、と改めて確信する。

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