近衛八重は隙がないⅡ
放課後、俺は帰宅する生徒に紛れて一年生の教室に向かった。遠目からC組の教室を眺めると、近衛はクラスの中心で三人の女友達と仲良く話していた。
その中に一人、茶髪に派手なメイクをした、見るからにグループの中心と思われるギャルっぽい女子がいる。ちらっと見た限りでは明らかに彼女を中心に会話が回っていた。彼女こそ三山が言っていた光嶺という人物だろう。
他の女子も光嶺ほどではないがギャル風の外見とテンションをしており、その中に混ざっていると近衛もまるで生粋のギャルのように馴染んで見える。
しばらく遠くから見ていると、もう一人の女子を加えて彼女たちは教室を出ていった。見た感じ仲は良さそうで、特に不自然な点はない。昼休みに近衛から何も聞いていなければ仲がいいんだな、という感想しか出てこなかっただろう。
さらに俺は彼女たちがいなくなると、教室から出て来た陰キャそうなC組の女子に声をかける。彼女は他の生徒に比べてやや下向きだし、放課後の喧噪に満ちた教室の中でどこか肩身が狭そうにしていた。
「あの、ちょっといいか?」
「は、はい、何でしょう!」
急に知らない先輩に話しかけられた彼女は見るからに戸惑って変な声を上げている。まだ入学して三か月ほどだが、同じ年齢で同じ制服を着ているのにすでに教室内で陰と陽がはっきりと分かれているというのはすごい。そして相手が陰キャでかつ後輩だと声をかけやすいと思ってしまう。
「クラスに近衛っているだろ? あいつ普段はどんな奴なんだ?」
「近衛さんですか? 私はあんまり接点ないですけど、光嶺さんたちと仲が良くて、クラスの中心! って感じです。でも私みたいな人にもちゃんと挨拶してくれますし、前に体育の時間で二人組になる相手がいなかったとき、困っていた私と組んでくれたんです!」
最初はおどおどしていた彼女だったが、近衛の話になるとだんだん饒舌になってくる。その様子を見る限り、親しいという訳ではないが近衛に好意を抱いているようだった。
うーん、予想外に完璧超人だな。俺が何で陰キャっぽい奴を選んで声をかけたかというと、陰キャは陽キャのことをひがんで悪く言いがちなので近衛の隙みたいなところが見つかるかと思ったのだが、そんなことはなかった。
昼休みに近衛が言ったことが事実なら、近衛の外面がいいのはおそらく全部作為的なものだから何の参考にもならない。
「じゃあ何か悩んでることとかは?」
「さあ……近衛さんの悩みなんて想像もつかないですね」
彼女はそう言って首をかしげる。
まあそんなに親しい訳でもないクラスメイトに分かる訳もないか。
「それより、何でそんなに近衛さんのことを聞きたがるんですか?」
「え、いや、それは……じゃあまたな!」
俺は慌てて彼女から離れる。まあ俺のことをあまり言いふらすようなタイプにも見えないし大丈夫だろう。俺はあと二人ほど似たような生徒に声をかけてみたが、得られた答えは大体同じだった。
実は裏で気に入らない生徒の名前を書いたデスノートを作っているとか、嫌いな奴と話した後は唾を吐き捨てているとか、そういうのは大げさにしても何でもいいから彼女の作り物ではない感情が分かるようなエピソードが欲しかったのだが、そう簡単には見つからないようだった。
まあ、校舎の屋上から飛び降りようとしていた以上のエピソードがそうそうあるとも思えないが。
翌日の昼休み、俺はいつものようにぼけーっとしながら屋上で弁当を食べていた。他に誰の気配もない屋上はのどかで、昨日の同じぐらいの時間には目の前で近衛が飛び降りる寸前だったとは信じられない。
昨日は初日だったのであまり仲良くなさそうなクラスメイトを当たってみたが、やはりまじめに調べるならちゃんと仲のいい生徒にあたってみないといけないか。
「やっぱり光嶺あたりに話を聞いてみないと進まないのかな」
「やっぱり私の話をこそこそ聞き回っている人って先輩でしたか」
「げっ、近衛!?」
屋上のドアが開き、近衛がこちらに歩いてくるのが見える。昨日と違い、今日はちゃんと弁当を持っている。この屋上の扉は南京錠しか鍵がないから内側から鍵がかからない。
近衛はそんな俺の反応を見ておかしそうに笑う。
「何ですかその反応は。ゴキブリでも見たかのような反応しないでください」
「だってお前、もう屋上には来ないんじゃなかったのかよ」
「先輩が変なことするからいけないんじゃないですか! 私のことを聞き回っている不審な上級生がいるって言われて、知らない振りするの大変だったんですよ?」
彼女はため息をつくと俺の隣に座って弁当を広げる。怒ったような顔をしているが、おそらく本心はそんなに怒っていないのだろう。でも負の感情は普通にあるっぽいし怒っているのか?
いや、本当に怒っていたら横には座らないだろう、と思い直す。
でも怒った振りをしているということはそれは素ではないということだから嫌だな、という面倒な気持ちも湧いてくる。
だめだ、やはり近衛八重という人間が分からなすぎて考えれば考えるほど思考がぐちゃぐちゃになっていく。
「それをわざわざ確かめに来たのか?」
「そうですよ、全く」
そして近衛は女子らしい可愛い弁当を広げると箸をつける。
「じゃあ何で俺と弁当食べてるんだ?」
「私の調査が進んでいるのか聞いてみたいと思いまして」
「悪いけど現状何も進んでないな」
「今後どうするつもりなんです? あまり派手にされると私も火消しが面倒なんですが」
火消ししてくれてるのか。それは悪いことをしたな。まあこの件が広まると近衛も嫌だろうからな、と思ったがそれだと俺の行動はただの嫌がらせである。
「うーん、やっぱり一番仲がいいのは光嶺なのか? だったら彼女に話を聞いてみるか」
俺が何気なく言うと、近衛はぱっと表情を輝かせる。
「それはいいですね。みっちゃんも私に謎のストーカーがいるって訝しんでましたし、今後も私をストーカーするなら早めに話をつけておいてください……まあ決裂したらアウトですけど」
近衛は不穏なことを口走る。アウトって何だよ。
「いや、俺はストーカーなんてしてないが」
「こそこそ私の情報を聞いて回るなんてストーカーそのものじゃないですか」
残念ながら、そう言われてみると否定出来なかった。
「なあ、光嶺は何て言ったら納得してくれると思うか?」
「さあ……。ちなみに先輩はもし友達がストーカーに遭っているとして、どんな事情があったら納得しますか?」
「……難しいことを聞くな」
全く納得するビジョンが見えないんだが。
ちなみに最近は友達がいないのでまずそこから想像出来ない。
「まあ、みっちゃんは悪い子ではないので誠意を持って話したら納得してくれると思いますよ。でも、言うまでもないことだとは思いますが、私が実はみっちゃんたちと遊んでいて全然楽しいと思ってないとかそういうことは言わないでくださいね」
「言う訳ないだろ」
さすがにそんなことを言うつもりはなかったが、それだと本当に光嶺を説得するビジョンが見えない。
結局この日は何となく近衛と一緒にお昼ご飯を食べて終わった。当たり障りのない会話をしていただけだが、俺みたいな会話が得意でない相手にも気まずさを感じさせずに話を繋げてくれる。俺は改めて近衛のコミュニケーション能力の凄さを実感したのだった。