近衛八重は隙がないⅠ
一体なぜ俺は近衛八重にあそこまで言ってしまったのだろう。昼休みが終わった後、俺は授業中ずっとそんなことを考えていた。
確かに彼女の容姿は可愛い。俺の学年にも彼女を狙っている奴はいるらしいし、異性として好きになるには申し分のない相手だ。
ただ、どちらかというと俺は近衛に勝手に親近感を感じているのだろう。さすがに彼女ほどという訳でもないが、俺も最近は特に楽しいと思うこともなくだらだらと人生を送っていた。
ただ、彼女は全てを持っていてなお無であり、俺は漠然と物事へのやる気のないだけなので全然違うが。近衛の悩みに共感する人はそうそういないだろうが、俺の悩みは多分ありふれたものだ。クラスに数人は同じことで悩んでいるやつはいるだろう。
そんなことを考えているうちに五限が終わった。授業の内容は全く頭に入っていなかった。
しかし考えているだけではらちが明かない。とりあえず彼女の情報をもっと集めてみよう、と決意する。
「ちょっといいか?」
考えた末、俺は隣の席の三山に声をかけた。彼は俺と違い、お調子者キャラとしてクラスの中心にいる男で顔も広い。よく男子同士で「この学年だと〇〇が一番可愛い」「いや、××だ」などと大声でしゃべっている。近衛は一年生の中では有名だから彼女のことも知っているだろう。
「うおっ、天塚じゃん! 珍しいな、俺に声をかけてくるなんて!」
三山は俺が声をかけると大仰に驚いてみせる。
基本的に俺は何か用件があるときしかクラスメイトには話しかけない。人間関係が苦手、というほど大袈裟なものでもないが、頑張ってまで友達が欲しいとは思わない。そんな思考でいるうちに気づくと一人になっていた。
だからこうして急に話しかけると驚かれてしまうのだろう。
「いや、えーと、その、一年の近衛八重について話を聞きたいと思ってな」
初めて声を掛けたからか、俺はかなりどもってしまう。くそ、久しぶりにクラスメイトに雑談を振ったらこれか。
が、そのどもり具合を三山は俺が恥ずかしがっていると解釈したらしく、驚きから一転にやにやとした表情になる。
「おいおい天塚、まさかお前あれか? これか?」
そう言って三山は右手の小指を立ててひらひらさせてみせる。俺の近衛に対する感情をそういう短絡的なものに結び付けられるのは釈然としないが、面倒だしそれでいいか。今後も情報収集をする以上、それが一番怪しまれないだろう。
俺が考えていると、三山は察したよ、という表情で俺の肩をぽんぽん、と叩く。
「ただの陰キャかと思ってたが、近衛に目をつけるとはなかなか見る目があるじゃないか。俺も出来る限りは協力するが、残念ながら彼女は大人気なんだ。だから誰にも肩入れ出来ないのさ」
ただの陰キャとは余計なお世話だ。まあそう見えるのは否定しないが。しかしやはり近衛は大人気なのか。容姿が良くて愛想もいいのだから当然ではあるが。
俺の沈黙をよそに三山は勝手に話を続ける。
「近衛八重、一年C組。部活には所属していない。誰にでも優しく社交的。友人である光嶺らのグループだけでなく、他のクラスメイトの評判もいい。誰にでも分け隔てなく接するため、学年を超えて好きになる者は多数」
三山は嬉々として話す。心底こういう話をするのが好きなのだろう。光嶺という名前は聞いたことがないが、きっと陽キャリア充でトップカーストの女子なのだろう。
しかし誰にでも分け隔てなく接するというのは本来ならいいことに聞こえるが、近衛の秘密を知ってしまうと素直に感心できない。彼女は世界が全部灰色に見えると言っていたが、それが本当なら光嶺もモブクラスメイトも等しく灰色なのだろう。本来なら全員に塩対応するところだが、近衛は他人に愛想よく振る舞うことが得意だから全員に愛想よく振る舞っているのだろう。
そう考えると闇が深い。まだ、本心ではどうでもいいと思うクラスメイトには打算だと割り切って愛想よく振る舞っているタイプの方が人としては正常な気がしてきた。
……まあ、誰とも必要最低限にしか話さない俺に言えることじゃないが。そういう意味では俺も分け隔てなく接していると言えなくもない。
「だが、安心しろ。近衛はここまで俺が知る限り二回告白されて二回とも振っているし、彼氏がいる気配もない」
まだ七月の初めだというのに、もう二回も告白されたのか。最近の高校生は出会ってから告白するまでのインターバルが短すぎないだろうか。
「それは良かった」
「そうだろ? 他に何が知りたい?」
「そうだな……じゃあ趣味は?」
俺の言葉に三山は首を捻る。
「うーん、実はこれといったものはないんだよな。光嶺グループでは寄り道してお茶したり、カラオケしたり、ショッピングに行ったりしているらしいけど、別にそういうのは趣味ではないからな」
「そうか……。なら悩みとかは?」
「さあ、ないんじゃないか? いつも楽しそうにしているし」
三山は首をかしげる。いつも楽しそうというのは俺も思っていたことだ。
まあ、こいつから分かる情報はこの程度か。
「ありがとう、参考になった」
「俺も天塚がちゃんと青春していて安心した。せいぜい頑張れよ!」
三山が生暖かい笑みを浮かべて俺に親指を立ててくるが、お前はどの立場なんだ、と思わなくもない。ちょうどこのタイミングで先生が教室に入って来たので、その話は終わった。