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終焉

 やがて空が白み初め、どこからか鳥のさえずりが聞こえてきて、俺たちはようやく行為を止めた。


「もうこんな時間か……」


 それを見てようやく俺たちは我に返る。さすがにお互い疲れていたが、どこでやめていいのかが分からなかった。相手の体を離してしまえばそのまま相手がいなくなってしまいそうだった。

 窓から差し込む朝日はそのきっかけだった。


「うん、徹夜しちゃったね」


 八重の声は少しかすれている。抑えていたとはいえ、夜通し声を上げていて疲れたのだろう。


「何か徹夜明けの朝日ってエモいよな」


 同じものでも、見る人の状態が違えば全然違って見えるということはここ最近嫌と言うほど経験したことである。

 俺の言葉に八重は少し名残惜しそうに頷く。


「うん。でも、いつもの徹夜とは違うエモさだよ、これは」

「そうだな。ちょっと水持ってくる」


 俺が立ち上がろうとすると、八重は寂しそうな顔をした。まるで急に何歳も幼くなったかのような甘えぶりだ。たかがキッチンまで行くだけだというのに。

 仕方がないので八重の手を握ると安心した表情になってくれたので、ようやく俺はキッチンに向かう。


 二つのコップに流しで水を汲んで持ってくる。そう言えばお風呂上りにお茶を飲んで以来何も飲んでなかったのでかなり喉が渇いていた。


「ありがと」


 八重がコップを受け取ると、しばらく俺たちはベッドに腰かけて無言で水を飲んだ。水を飲み終えた俺は、言いたくはなかったがその言葉を口にする。


「……さすがに今度こそ寝るか」

「うん。でも、起きたらいなくなっているなんてことないよね?」


 八重はこちらを不安そうに見つめる。

 ようやく手に入れた、俺たちのあるべき幸せ。俺たちは今二人ともそんな気持ちを抱いているだろう。そして、それを手放してなるものかという気持ちも同じだった。だから痛いほど八重の気持ちは分かった。


「ある訳ないだろ……でもどうせならお互い手を繋いで寝るか?」

「いいこと言うね」


 そう言って八重は俺に手を差し出す。


「今度こそ寝るからな?」


 そう言えば昨日の夜は手を繋ぐところから始まったな、ということを思い出しながら俺は言う。俺の言葉に八重は苦笑した。


「さすがにもう疲れたよ」

「俺も」


 そう言って俺はしっかりと手を握る。先ほどはそれで熱情が溢れ出てしまったが、今度はしっかりとした安心感のように包まれた。


 昨日の朝早起きしてからずっと起きていたということもあって、一気に眠気が押し寄せてくる。俺はそれに誘われるままに目を閉じた。もしかしたら、今までの人生で一番安らかな眠りにつけたかもしれない。


 どれくらい寝ただろうか。ふと俺はどんどんという耳障りなノックの音が聞こえてきて目が覚めた。昨夜ずっと起きていたせいか、そこそこの時間眠っていたはずなのにまだ寝足りない。傍らの八重はまだ俺の手を握ったまますやすやと気持ち良さそうに眠っている。


 が、俺が反応せずにいるとノックに続いてインターホンが連打される。


「何なんだ一体。宗教の勧誘か?」


 俺は疑問とともに不快に思ったが、確認するためにはベッドを降りてインターホンのカメラを確認しなければならない。そのためには八重の手を離すことになってしまう。


 それが嫌でだらだらしていたが、なおもノックとインターホンの連打は止まらない。しかもドア越しに何かこちらに向かって叫ぶように声が聞こえてくる。

 さすがの音量に耐え兼ねて八重も「ん……」と声を上げる。


「……何の音?」


 八重も寝起きはあまり強くないようで、眠そうに目をこする。もしかしたら初めて見つけた彼女の弱点かもしれない。


「ちょっと見てきていいか?」

「うん」


 俺は手を離すとインターホンの画面を確認する。そこに立っていたのは、知らない大人の男だった。さらに耳を澄ますと、外からは「姫乃!?」「大丈夫!?」と呼ぶ声が聞こえてくる。


 それを聞いてようやく俺は思い至る。案外早く見つかったが、よくよく考えれば北嶋の両親はそんな遠くに住んでいる訳ではなかったのだろう。だから連絡がつかなくなってもすぐに駆け付けることが出来たのだ。


 俺はそれを見てゆっくりとベッドに戻る。そんな状況にも関わらず、思いのほか早く見つかったな、という鈍い感想しか湧いてこない。

 戻って来た俺に八重は少しだけ心配そうに尋ねる。


「どうだった?」

「北嶋の親みたいだ」

「あはは、晴れて私たち共犯だね」


 そう言って八重は再び俺の手を握る。その顔にはわずかな寂しさも混ざっていたが、圧倒的に幸福感に満ちていた。


 最初に包丁を持ちこんだのは俺とはいえ、途中からは明らかに八重が率先してやっている。北嶋があるがままに証言すれば俺たちは両方とも捕まるだろう。

 この行為がどのくらいの罪になるのかは分からないが。それでも一緒に前科を背負うという共通点は俺たちは新たな繋がりを見出すのに十分だった。どういう罪になるのかは分からないが、それも同じくらいだったらなお嬉しい。


 俺は八重の手を握るとそのままベッドに戻る。


「ね……最後に」


 先ほどまで眠そうだった八重の顔が再び昨夜のように上気していった。単に最後だからということなのか、この状況に対する背徳感がそうさせるのか。


 俺は頷くと、無言で八重の唇を塞ぐのだった。

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