取材Ⅲ
「とはいえ、その時はそう思いましたが、時間が経って我に返ったんです」
てっきりその流れで犯行に及んでしまったのかと思ったが、天塚晴はここではまだ一時的に熱に浮かされたような状態だったらしい。とはいえ、犯罪に手を染めた動機はここまでである程度出そろったようだ。
俺が近衛八重と会った時、彼女は俺に対しては作った近衛八重の人格で対応していた。お店の店員だったら絶賛されそうな、にこやかな営業スマイルを浮かべて応対してくれたが、肝心なことは何も話してくれなかった。事件のことについて聞くと申し訳なさそうな顔をして謝るばかりだった。本当に話したくなかっただけなのだろう。
そんな彼女が自分にだけ心を開いてくれるとなれば嬉しくもなるのかもしれない。誰でも「自分にだけ見せてくれる顔」「自分にしか救えない相手」という存在には弱いものだ。少しベクトルは変わるが、俺も昔は「この件は俺にしか記事に出来ない」と金にならないことを追い回していた時期がある。若気の至りではあるが、「自分だけ」というのはそれだけ魅力的な響きだということだ。
それはさておき、俺は先ほどの話を改めて考えてみる。そもそも俺は自分の書いた記事で一発当てて有名になりたいし、金を稼いでいい女と付き合いたいという気持ちもあるのでまず近衛八重の気持ちが理解出来ない。
だから近衛八重の要求通りにすれば天塚晴が彼女と同じ気持ちになるのかは分からないし、仮に天塚晴の気持ちが変わったとしてそれで近衛八重が満足するのかもよく分からない。
「実はすでに君の親御さんからも話を聞いていたんだよ」
「そうですか。何て言っていましたか」
「ちょっと無気力な普通の子だと思っていたって言っていた」
俺はてっきり天塚晴はそこで親に対する不満を述べるかと思ったがそうではなかった。
ちなみに、彼の父親は当然ながら天塚晴が「何もない訳がない」と言われてキレた件の真相を知らないようだった。「そう言えば前に突然キレたがあれは何だったんだ?」と首をかしげるばかりだった。当然柏木さんの件も覚えてないだろう。
親子とはいえ、他人の気持ちなんて全ては分かる訳がないよなあ、と思う。
彼は俺の言葉にこくりと頷く。
「でしょうね。俺も正直自分ではそう思っていたので」
「そうだ、君は普通だ」
が、今度は俺の言葉に天塚晴はえっと小さく驚いた。俺が今の話を聞いて天塚晴に異常性を見出すとでも思っていたのだろうか。もちろん天塚晴が完全に普通かと言われるとそんなことはないのだろうが、それを言えば完全に普通な人物の方が少ないだろう。
別に彼の異常性というものを肯定して気分を良くさせて話を聞き出しても良かった。というのも、俺はこの手の事件を起こすような人物はどこか特別になりたいという欲望を抱えているのではないかと思っている。
今回の件に即して言うと、天塚晴は近衛八重と同じ存在になりたいと考えているのではないか。そして俺も近衛八重についてはさすがに普通とは言えなかった。近衛八重という特殊な人物が天塚晴という普通の人物に影響したということではないか。
だから天塚晴は自分が普通と言われたことについて複雑な思いがあるのだろう、少し物足りなさそうな表情になる。
「だけど俺は……」
「君はまだ知らないだろうが、人は人生で何回か、何かに嵌まることがある。普通の人は趣味だったり恋だったりするんだが、それがネトゲだったりパチンコだったりするとそれ一つで人生を崩壊させることもある。君の場合は、たまたま嵌まった穴が底なし沼だったというだけで、穴に嵌まること自体は大したことじゃない」
俺も他人に説教できるほど大層な人間ではないが、それでも天塚晴に比べれば多少の人生経験はある。
俺はよく何かしらの事件を起こした人を取材することは多かったが、そういう人たちの中には何かに嵌まって人生を棒に振った者が多かった。
「そうですか……」
天塚晴は心なしか落ち込んだようだった。やはり近衛八重と同じ土俵に立ちたいという気持ちがあるのだろう。しかし俺が気を遣ってやる義理もない。
「君がもし普通ではなかったとしたら、その部分は全て近衛八重の影響でそうなったというだけだ」
「……言われてみれば、それはそうかもしれません。特にこれから話す部分は特に」
が、天塚晴も思い当たるところがあるのか、意外と素直にそのことを受け入れた。「近衛八重に影響されて」というフレーズが気に入ったからかもしれない。
そして天塚晴は語り始めた。
彼がどうしてその犯罪に実際に手を染めるようになってしまったのかを。
そして近衛八重と迎えた結末を。