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近衛八重の考えることは全く分からない

「そうだ、それよりもう夕飯の時間だしご飯食べに行こうぜ」


 気まずくなった俺は慌てて別の話題を口にする。


「そうですね、そろそろお腹すきました!」


 幸い近衛も俺の提案に乗ってくれて、少しほっとする。


 その後俺はついいつもの癖でマックに入ろうとしたところ隣から不穏な気配を感じ、慌てて歩く先を変えて普通の洋食屋に入った。近衛が口を開く直前だったのでセーフということにするが、もしマックに入っていたらさぞなじられたことだろう。

 席につくと俺はカレーを、近衛はオムライスを頼む。


「ところで近衛は今日どうだった?」


 話題がなくなったこともあり、俺は核心的なことを尋ねてしまう。

 俺の問いに近衛は少しの間考えて口を開く。


「はい、楽しかったですよ……というコメントを求めている訳ではないのですよね?」

「多分」


 いや、本当に楽しかったのならそれが一番いいんだが。

 ただ、近衛が本心でそう思っている可能性はおそらく低いのだろう。もちろん全く楽しくなかったという訳ではなかったと信じたいが。

 近衛は真顔になると少しだけ言葉を選んでから口にする。


「前に付き合った相手は私のことが本当に好きだったんです。それで、私を楽しませようとあれこれ手を尽くしてくれたんですよ。それでここは楽しむところだなって思うところでは楽しそうに振る舞うというデートをしていたんです。でもそれってしんどいじゃないですか」


 俺から振った話とはいえ、まじめな話になって俺は少し緊張する。俺はその前の男よりも近衛の役に立てているのだろうか。いや、俺の場合自分が楽しんでいただけだったから問題外だな。エスコートもしているのかされているのか分からないぐらいだったし。


「でも先輩相手だとそういうのがなかったので、リラックス出来たと思います」

「……それは褒めてるのか? 遠回しにディスってるのか?」

「さて、どっちでしょう。ところで先輩は楽しめましたか?」

「もちろん楽しかった。だから……」


 俺が続きを言おうとした時だった。不意に近衛の人差し指が俺の唇の前に現れて俺の言葉を止める。アニメや漫画でしか見たことがない仕草を堂々とやってくる彼女に俺はついドキリとしてしまう。


「それ以上は駄目ですよ、先輩」


 そして近衛は少しだけ寂しそうな表情になる。


「元々そういう話だったじゃないですか。私たちがこのまま一緒にいてもお互い幸せになることはないんです」

「……」


 近衛の言葉に対して、俺は何も言い返すことは出来なかった。

 ただ、前に近衛が俺に対して「無」と言っていたのはやはり嘘だったのだな、とぼんやりと思った。本当に「無」だったらここまで執拗に拒絶することはないだろう。自分は無だから先輩は好きにしてください、とでも言うような、もっとドライな対応になる気がする。


「分かった。なら最後だから展望台に行かないか?」


 ララパークの屋上は子供用のミニアトラクションパークみたいになっているのだが、その中に小さな塔が建っており、そこからならこの付近の街が見渡せる。そんなに大したところではないが、デートの最後に行くにはいいところだと思った。


「分かりました。最後に夜景で〆るというのは悪くないと思いますよ」


 近衛はどうしても今回のデートを、俺が別の女の子と結ばれた時の参考ということにしたいようだった。俺からすればそれは寂しいことだが、それでもないよりはましだ。


 俺は二人分の会計をして店を出ると、近衛の手を引いて展望台への階段を登った。

 エレベーターを降りて屋上に出ると少し肌寒い風が俺たちの肌に吹き付ける。夏服の近衛は少しだけ寒そうだった。こういうときさっと上着でもかけてあげられればいいんだがな、と思うが俺も制服しか持っていない。

 周囲のカップルに混ざって俺たちは手すりから夜景を眺める。少し離れたところには藤嶺高校も見えた。


「お、あれうちの高校だな」

「そうですね。あの屋上で私たち会ったんですよね」


 それから少しの間、俺たちはお互いのことを思い返す。

 近衛と過ごした時間は短かったが、もう会うなと言われると途端に寂しくなってくる。近衛も似たように思ってくれている、という風に見えるのは俺の心がそう願っているからだろうか。

 不意に近衛がこちらを見上げる。


「先輩、これで本当に、最後に出来ますよね?」


 言葉だけ聞けば出来の悪い子供を諭しているかのようであったが、彼女の瞳は何かを切実に訴えかけていた。

 何というのが正解なのだろうか。やっぱり嫌だと言うべきなのか。少しだけ考えてみたが、答えは出ない。結局、俺は近衛が求めている言葉を安直に口にすることしか出来ない。


「ああ、これで終わりにしよう」


 俺の口をついて出た言葉に近衛は少しほっとしたようだった。


「良かったです。私てっきり、先輩の未練を断ち切るためのデートで先輩が逆に未練を抱いてしまったのではないかと心配してました」

「そ、そんなことねえよ」


 内心未練だらけだったが、必死に取り繕う。そんな俺の様子に近衛はくすりと笑った。もしかしたら俺の内心など手に取るように分かっているのかもしれない。


「それなら良かったです。では最後に、そんな先輩に御褒美です」


 そう言って近衛は俺の背に腕を回すと、ちょこんとつま先立ちして、俺の頬に唇を触れさせる。


 あまりに一瞬の感触に俺は最初何が起こったのか分からなかった。そして何が起きたのか分かった後も呆然として立ち尽くしてしまう。


 が、すぐに近衛は俺から離れると照れたような笑みを浮かべる。


「では、明日からはまた他人と言うことで。さようなら」

「お、おお」


 そう言って、近衛は俺が満足なことを言い返す前に走り去っていってしまった。俺はその場に呆然と立ち尽くしたまま取り残されてしまう。

 今のキスは一体何だったのだろうか。本当に言葉通りの意味だったのだろうか。だが、それ以外に一体何があると言うのだろう。


 ただ、もし本当に近衛が俺と最後にしたいのなら、頼んでもないのにそんなことをするのだろうか。やはり彼女にも何らかの俺への未練があるからこそああいう行動に出たのではないか。

それともそういう考え自体が俺の妄想に過ぎないのだろうか。


 その晩、様々な考えが頭の中をぐるぐるして、俺は家に帰っても全然寝付けなかった。


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