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近衛八重は浮かれない

 翌日、俺は例の喫茶店の前で近衛を待っていた。近衛より後になる訳にはいかないと授業が終わるなりこの場所まで息を切らして走って来たおかげで、とりあえず先手をとることには成功した。


 先手を取ることが出来たので、どうにか緊張を落ち着ける時間を得ることが出来る。そうだ、俺が緊張していると近衛のことを好きだと思われる。それは宜しくない。余計に近衛は俺を遠ざけようとするだろう。


 いや、それとも一か八か好意を表していった方がいいのか? とはいえあいつに力押しで挑んで勝てるとも思えないが。いや、それを言ったら小細工も通じる気がしない。


 唐突に降って湧いた問題に俺は頭を悩ませる。授業中のシミュレーションでは出来るだけばれないようにいこうと思ったんだが……


「お待たせしました~。あれ、何で瞑想してるんですか?」


 近衛が手を振りながらこちらに歩いてくる。そして俺が悩んでいる様子を見て首をかしげる。そんな何気ない仕草もいちいち可愛く見えてしまう。

 それを見て俺は慌てて顔を上げる。


「いや、瞑想はしてねえよ。どこの世界にデート前に瞑想する奴が……あ」


 そこで俺は自分でデート、という単語を口にしたことに気づく。

 こうして俺が頭を悩ませていた問題は主体的な結論を降すことなく、勝手に答えが出てしまっていた。ちょっとでもそういう意識がなければ「デート」という言葉は出てこないはずだ。


「ちょ、ちょっとそんな反応されるとこっちまで恥ずかしくなるじゃないですか……」


 近衛は真顔を保とうとしていたが、俺の反応に照れたのか、すっと目を伏せる。ただの共感性羞恥でないことを祈りたい。


「で、今日はどこに行くんですか?」

「ララパークでどうだ?」


 ララパークは学校の最寄り駅から電車で一駅移動した駅にある大型ショッピングモールである。買い物施設の他に映画館、レストランなども揃っており、時々イベントも開かれている。この辺では一番大きいところではないか。休日にうちの生徒はよく遊びに行っているらしいが、絶妙に距離があるので放課後に行く者は少ない。


「先輩にしては悪くないチョイスですね」

「俺のことを何だと思っているんだ」

「ふふっ」


 近衛はおかしそうに笑う。これは近衛の心からの笑顔であり、かつ性格を作っている時の笑顔でもあると思った。どちらの性格でも楽しんでくれているんだな、と思うと俺も微笑ましくなる。


「何笑ってるんですか」

「いや、別に」


 近衛は目ざとく俺の笑いに気づく。こうして一緒に歩いていると本当にデートのようだった。いや、俺が近衛との距離を縮めたいと思っているという点では本当にデートと言って差し支えないのかもしれない。


 俺は少しだけためらったが、近衛に向かって手を差し伸べる。無視されたらなかったことにしよう、と思ったので何も言わない。近衛はしばらく逡巡していたが、やがて俺の手を握り返してくれた。近衛の柔らかい手が俺の手に触れて、鼓動が早くなる。


「まあ、せいぜい今日は最後なので思い出作らせてあげますよ」


 ちょっと照れたような声でそう言いつつも、その手がほんのりと汗ばんでいて俺は近衛も緊張しているんだ、と勝手に嬉しくなる。

 もっとも、近衛の緊張が単に異性と手を繋いでいることによる緊張なのかは俺には分からないが。


「ところで世のリア充たちはララパークで何をしているんだ?」


 俺が尋ねると近衛は信じられない、という顔をする。


「何をするって買い物に決まってるじゃないですか」

「でも何を買うんだ? まさか夕飯の食材とか買う訳じゃないだろ?」


 俺の言葉に近衛は一瞬絶句した。


「え、先輩は誰かと一緒に買い物とかしたことないんですか? そんなことも知らずによくララパークを選びましたね? 実際に買うのは服とか雑貨とかが多いですかね。もっとも半分以上ウィンドウショッピングかもですが」


 なかなか大変そうだ。そんな俺の表情を近衛は敏感に察してくれたようだ。

 そして呆れたようにため息をつく。


「分かりました、ショッピングだと荷が重いと言うなら映画にしましょう。何で私がリードしているのか意味不明ですが」

「映画!? 素晴らしいな!」


 映画を見るだけなら俺でも出来るからな。幸いララパークには映画館も併設されている。

 が、喜ぶ俺を近衛は疑わし気に見つめる。


「……今映画なら見るだけでいいから楽って思いませんでした?」

「そ、そんな訳ないだろ! ちょうど映画が見たかったんだよ!」


 相変わらず近衛は他人の心の機微には敏感である。伊達にクラスの人間関係を支配している訳ではない。


「じゃあ、何か見たい映画ってありますか?」

「え……」


 何も考えていなかった。

 まずい、このままでは……


「やっぱり別に映画が見たい訳ではなかったのでは……」

「パラサイト」


 とっさに俺は最近一番人気があるらしい作品を挙げる。

 それを聞いた近衛は露骨に失望した表情になる。


「それがデートで見にいく映画ですか。今後一生彼女出来ないのでは」

「じゃあ、この世界の片隅に、で」

「じゃあじゃないです。今後普通の人とデートしても困らないようにちゃんと勉強してください」


 近衛は不機嫌そうに言う。


 その言葉に俺の胸はちくりと痛んだ。やはり彼女にとって俺は近衛ではなく、別の普通な誰かと結ばれるべき存在なのだろう。こんな風に親し気に接してくれるのも、俺の思い出作りのために本当に善意だけでやってくれているのかもしれない。

 とはいえ今後俺が普通の人とデートしている姿は思い浮かばなかったが。そもそも普通の人とは何だろうか。



 そんなことを話しつつ俺たちは電車に乗り、ララパークへ向かう。電車に乗る時だけはうちの生徒に見られないか不安だったが、端の方の車両に乗ることで何とか見つからずに済んだと思う。


 平日とはいえ、近所の中学や高校の学生が授業終わりに遊びに来ており、ララパークはそれなりの賑わいを見せていた。


 俺たちはまっすぐに映画館に向かうと、飲み物とポップコーンを買って入場した。館内には俺たち以外にも制服姿のカップルや友達グループをちらほら見かける。普段は制服姿のカップルを見ると自分とは関係のない存在に思えたが、今日は俺たちも外から見ると同じように見えるということに気づき、どきりとする。


 席に座って間もなくすると、注意や予告編が始まり、館内が暗くなる。そこで俺は勇気を出して左に座る近衛に向けて左手を差し伸べる。近衛それに気づくと右手で握り返してくる。周りが暗くて感覚が研ぎ澄まされているせいか、妙に近衛の手が温かく感じられる。

 ちなみに映画を見ている最中も妙にドキドキして映画には集中出来なかった。スクリーンは見ていたはずなのに全然内容が頭に入ってこない。


「あー、おもしろかったですね」


 映画が終わり、館内が明るくなると近衛は俺の手を離し、一つ大きく伸びをする。彼女の方は俺のことなど気にせず純粋に映画を楽しんでいたようだった。


「そ、そうだな」

「本当ですか? じゃあどこがおもしろかったのか言ってみてくださいよ?」


 近衛はいたずらっぽく笑う。

 これは俺が近衛の方ばかり意識して映画に集中していなかったことを知って聞いている顔だな、と俺は確信する。


「いや、えーと……」

「ほら、やっぱり見てないじゃないですか」


 そんなんじゃ他の人とデートするとき困りますよ、と近衛が言いそうな気がしたので俺は慌てて話題をそらす。どういう意図であれ俺はその言葉を聞きたくはなかった。


「お、あっちにペットショップがある。見にいこう!」

「ペットショップはいいですね。動物が嫌いな人はそうそういないので安牌ですよ」


 今度はちゃんと近衛が嬉しそうにしているので俺は安心する。

 近衛のお墨付きを得た俺たちはペットショップに行き、可愛らしい犬や猫を見て「可愛い」と言うだけの中身のない会話を繰り広げた。


 しかし近衛とは中身のある会話をすると必然的にシリアスな話になってしまうため、逆に中身のない会話の方が心地よかった。近衛の方も犬猫に「可愛い」と言っている時だけは素のままのようで、横から見ている俺も心が安らぐ。


「次はどこ行きます?」


 ひとしきり犬猫を見た後、近衛が試すように言う。とはいえ、何となく要領は掴んだ。同じ要領でこなせるところと言えば……


「よし、あのお店に行こう」


 俺が指さしたのは主に女性用の雑貨を取り扱うお店である。近衛はそれを見て複雑そうな顔になる。そしてなぜか俺のことを心配するように言う。


「あの、いいんですかそんなに難度の高いところで」

「え、そんなに高いのか?」


 正直何も考えずに決めたところはある。そんな俺の反応に近衛はため息をつく。


「はあ、分かりました。後学のために行ってみましょうか。私は楽しめるので別にいいんですけどね」


 何か不穏な気配を感じつつも、俺たちは店に入る。

 入ってすぐに分かったのは、圧倒的に客の女性比率が高いということだ。店員にいたっては全員女性であるし、客もカップルを除けば男はいない。

 取り扱っている商品も女性向けの小物や小物入れ、バッグ、髪留めばかりだった。全体的にオレンジやピンクの色合いが強くて、周りを見ているだけでくらくらする。

 呆然としている俺に、近衛はいたずらっぽく笑いかける。


「でもせっかく来てしまった以上は付き合ってくださいね」

「お、おお」


 それからしばらく、俺はアウェーの地でひたすら近衛に生返事の相槌を打つだけのボットと化した。俺は心を無にして、「可愛い」「おお」「すごいな」の三フレーズだけでその場を乗り切ることにする。


 が、あと少しで店を一周し終えるというころ。近衛が俺に二つのヘアピンを見せる。片方はピンク基調で花の飾りがついたもの、もう片方は水色基調で星の飾りがついたものである。近衛はそれらを交互に前髪にあてつつ、俺に尋ねる。


「これ、どっちが似合うと思います?」

「ええ!?」


 まずい、さっきの三フレーズでは対応出来ない問題が来た。しかも近衛は心なしか楽しそうで、俺を逃がしてくれる雰囲気がない。仕方なく俺は答えを選ぶことにする。まあ、二つに一つだからな。


「……星の方が似合うと思う」

「ふーん、そっか」


 そう言って近衛は両方のヘアピンを棚に戻す。


「何だ、聞いておいて買わないのか」

「だって買ったら思い出になってしまうじゃないですか」


 近衛は不意に真顔になってしまった。その表情は俺を絶対に寄せ付けないという強い拒絶が現れていて、俺は何も口にすることが出来なかった。

 仕方なく俺も無言で店を出る。


 ちなみに体感時間は数時間だったが、後で時計を見たら十分ほどしか店には滞在していなかった。

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