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五木茜はそこまで真面目じゃない

 その日の放課後、ストーカーも禁じられた俺は仕方なくまっすぐ家に帰ろうとしていると、一年生の廊下で偶然五木茜の姿を見かけた。優等生そうな友達と何かしゃべっているが、友達の方は用があるのか手を振って別れる。


 それを見て俺は彼女にも一応話を聞いてみるかという気持ちになった。光嶺とも北嶋とも違うタイプだろうから、近衛についてまた違った印象を聞かせてくれるかもしれない。

 俺はどんどん知らない相手に話しかけることへの抵抗を失っていっているのを感じつつ声をかける。


「なあ、ちょっといいか?」

「な、何ですか?」


 五木は怪訝な声とともに振り向く。俺はこの活動を通じて順調に知らない女子に話しかける度胸のようなものがついてきている。将来、ティッシュ配りや客引きのバイトをするときに役に立つかもしれない。そういうバイトをしたい訳では全くないが。


「悪いな、急に声をかけて」

「いえ、というか……あなたはもしかして近衛さんについて嗅ぎまわっているという方ですか?」


 五木は疑わし気な目でこちらを見つめてくる。そんなに俺は有名なのか。

 ちなみに声をかける度胸はついてきたものの、話術やコミュニケーション力は特に上昇していないので俺は答えに詰まる。


「い、いや、それはそうなんだが、別にやましいことはないんだ」

「じゃあ何ですか? 彼女のことが好きなんですか?」


 当然五木は俺のことを警戒する。


「ありていに言うとそうだ」


 最初は方便で言っていただけだが、だんだん本当に俺が近衛のことを好きになっているような気がしてきたので、少しだけ恥ずかしくなってしまう。

 いや、これは人間的に気になっているだけで別に異性として気にしている訳ではない。俺は自分にそう言い聞かせるが、五木の方は俺のこの何とも言えない反応を図星を突かれた故の照れだと解釈したのか、納得したような顔になる。


「そうなんですね。それで私にも近衛さんの話をして欲しいってことですか?」

「話が早くて助かるな」


 とは言ったものの、立ち話をするのも何だし、かといって校内で学年が違う俺たちが話しているのは悪目立ちする。ただでさえ俺はストーカーとして一年C組では有名になってしまっているのでこれ以上は目立ちたくない。

 学校内で人目を避けて話すのはかなり難しい。ちなみに彼女は真面目そうなので、屋上にはあまり誘いたくない。あれ普通に軽犯罪だろうし、怒られそうだ。


「仕方ない、近くのマックにでも行くか」


 言ってから気づく。みんな当たり前のようにしているが、そう言えば学校の帰りに寄り道するのは校則的にはまずかったはずだ。

 が、俺の様子に五木は不本意そうに溜め息をつく。


「いや、別に私は委員長だからといって潔癖じゃないですよ」

「そうか。何にせよ悪いな」


 確かにステレオタイプな委員長のイメージを勝手に当てはめるのは失礼かもしれない、と少し申し訳なくなる。

 藤嶺高校の近くにはマックがある。あまり俺たちが二人で歩いているのを見られたくないし、多分向こうもそうなので俺たちは逃げるようにマックに入った。


 が、すぐに俺たちはその判断を呪うことになる。二人とも普段寄り道などしない人種だったから忘れていたが、店内に入ると当然のようにそのマックはうちの生徒で溢れていた。その光景を見て俺は一瞬でドアを出る。


「……よし、駅への道から外れよう」


 今は下校の時間だが、大体の生徒は駅の方へ向かう道を歩いていく。電車通学が多いからというのもあるし、遊びに行くにしても駅の周りが多いためだ。そのため、その道を外れると周囲の生徒はぐっと減る。


 正直、五木と俺という明らかに接点のない組み合わせで歩いているのをお互いの知り合いに見られたくなかったので、人目が減ってほっとする。


「何か一気に閑散としてきましたね」

「そうだな。……もうあそこでいいか」


 俺はその辺にある初めて見た喫茶店を指さす。明らかに学生が入るタイプのところではないが、この際人が少なければどこでも良かった。五木も特に異論はなさそうだったので店に入る。


 店内にはおしゃれな音楽流れており、パソコンを開いているサラリーマン風の男や優雅なティータイムを楽しんでいる女性などがいるが、基本的に空席が多い。場違いな感じを我慢しながら俺たちは適当に隅の方に座る。


 そして何気なくメニューを開いて困惑する。何で普通のコーヒー一杯が一番小さいサイズで四百円もするんだよ……。マックの四倍じゃねえか。


 その後俺たちは示し合わせたかのように四百円のコーヒー(一番安い飲み物)を一杯ずつ頼んだ。ちなみに普通のコーヒーとの味の違いはよく分からなかった。


「それで、何から話せばいいですか」

「近衛とどうやって知り合ったか、とか、どんな印象か、とか」

「そうですね、とはいえ知り合ったきっかけというほどのものはないです。私は委員長として提出物の回収とか、連絡事項の伝達とかをしていたので、普通に話す機会はあったんです。ただあえて仲良くなったきっかけがあるとすれば真山さんの件ですかね」

「真山さん?」


 知らない名前だ。また一つ俺は一年C組に詳しくなっていくのか。


「はい。五月のゴールデンウィーク明けごろ、真山さんが光嶺さんたちとちょっとしたトラブルを起こしてしまったんです。それで困った真山さんが私に相談してきたんですけど、委員長って言うなれば先生の雑用みたいな感じで別にクラスのまとめ役ではないじゃないですか」


 五木は身も蓋もないことを打ち明ける。クラスのまとめ役みたいな生徒が委員長もやっていることもあるが、大体まじめで断れなさそうな性格の人がさせられているイメージがある。


「話それるけど、そう思うなら何で委員長やってるんだ?」

「ホームルームを仕切ったりするのが好きなんです」


 そういうタイプか。俺が感心していると五木は言っていて自分で恥ずかしくなったのか、咳ばらいをする。


「こほん、とにかくそこで助けてくれたのが近衛さんなんです。何と言えばいいんですかね、うちのクラスを一番動かしている女子は光嶺さんだと思うんですけど、一番力がありそうなのは近衛さんって言うか。普段はそんなに自分が自分がっていうタイプじゃないですけど、いざというとき一番強そうというか……何かいい言葉が見当たらないです」

「要するに黒幕タイプだと」

「すごく悪意を感じますが、しっくりくるのに腹が立ちます」


 そう言って五木はコーヒーに口をつける。半分以上冗談のつもりだったんだが、しっくりくるのか、と少し呆れてしまう。まああいつにとっては人間関係も楽勝らしいからな。


「その後も委員長なんてやってるせいで、大したことではないんですけど、ちょくちょく人間関係の相談とか来るんです。ほら、光嶺さんみたいなタイプって声かけづらい人からすると結構声かけづらいじゃないですか」

「それは俺も分かる」

「初対面の後輩に声かけまくってるのによく言いますね」


 同意しただけなのに、五木は真顔で異議を唱える。

 何かだんだん俺に対して辛辣になってきてないか?


「で、近衛さんもそういうのあったらどんどん教えてって言ってくれたので、よく話すようになった訳ですよ」


 委員長の五木と権力者である光嶺と親しい近衛は確かに裏からクラスを支配する黒幕のようだな、と思って俺はふと気づく。近衛は意図してそれをやっているのではないか?


「五木の方から相談を持ち掛けているというよりは近衛の方から声をかけてくることが多いのか?」

「そうですね、最近は私から声をかけてくることも多いですが」


 俺はその答えを聞いて確信する。中学の時に校内でエスカレートしたいじめを目撃した近衛は高校ではそれを繰り返さないよう、表からも裏からも人間関係を掌握しようとしているのではないか。


 クラス内で普段近衛と接点のなさそうな女子も近衛に助けてもらったことがあると語っていたし、近衛はクラスで問題が起こらないようにある程度気を配っていたのではないか。


「近衛は他クラスにも親しいやつとかいるか?」

「そうですね……時々ですけど、他クラスの中心的な子とかとも話しているのを見ますよ……何ですか、彼氏でも疑っているんですか?」


 五木は怪訝な目でこちらを見る。


「いや、そういう訳ではない」

「大丈夫ですよ、大体女子なので」


 近衛なら彼氏がいない状態で男子とあんまり仲良くしすぎると、告白がやまないだろうな。だから男子とはあまり親しくしないようにしているのではないか。それでもすでに何人かに告白されているというのはすごいが。

 あと、クラスの中心的な男子と絡むと女子からのやっかみも凄そうだ。


「ありがとう、色々参考になった」

「こんなこと聞いてどうするんですか?」


 五木は首をかしげる。正直俺も聞いたうえでどうするのかはよく分からない。


「まあ、色々な。悪い、時間とらせてしまって」


 そう言って俺は二人分のコーヒーの代金を払う。くそ、八百円あれば文庫本一冊買ってお釣りがくるか、ラーメンの一杯でも食べられるのに。やはりマックは偉大なんだな、と改めて俺は思い直した。

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