取材Ⅱ
「まさかそんなことがあったとは」
俺は近衛八重の中学時代の話を聞いて思わず唸ってしまう。実は天塚晴と会う前にすでに近衛一家と話していたのだが、そこで聞いた近衛八重像は上っ面に過ぎないもののようだった。
ちなみに近衛八重本人は「起こった出来事が全てです」と頑なにそれ以上のことを話してくれなかった。うかつなことを話して自分たちのことをおもしろおかしくニュースで取り上げられたくないという気持ちは俺にも分からなくはない。それに引き換え天塚晴は事件の経緯を今のところ事細かに語ってくれているが、この差には何か意味があるのだろうか。
そして本来近衛本人を一番よく知っているはずの近衛夫妻は俺の問いに首を傾げるばかりで大したことは話してくれなかった。彼らはこれまで十五年間築き上げてきた“近衛八重”を心から真の人格だと信じていたようだった。
しかし天塚晴の話を聞く限り、夫妻が思い込んでいた近衛八重の「明るくて社交的で友達も多く、他人思い」という性格は完全に作り物に過ぎない。そして夫妻の言う「完璧を演じ過ぎてどこかにストレスが溜まったのだろう」という言葉はおそらく正しくない。
十五年間暮らしていた家族でも気づかないということはあるのだろうか。ただ、逆に生まれた時から優等生の皮を被っていたのであれば変に思う余地はないとも言える。とはいえ、後で一応北嶋姫乃にも話を聞いてみる必要はある。そうすれば天塚晴の発言の裏もとれるだろう。
俺がそんなことを考えている間に天塚晴はコーヒーを飲んでいた。一気に話したから喉が渇いているのだろう。
彼の話は詳細で、ただの記憶にしては異様にはっきりしている。
「君は記憶力がいいのか?」
「いえ、特には……ただ八重との日々は俺の人生において価値のあるものだったので特別鮮明に記憶しているのでしょう」
それは確かにと思ったが、仮に全てをはっきりと記憶していたとしても、話す意志がなければこんな風に話すことはないだろう。なぜ近衛八重は沈黙しているのに彼は話そうとしているのか。
とはいえ、万一それを訊いて口を閉ざされても困るので、その質問は最後にとっておくことにする。
「ちなみに君は近衛八重の北嶋姫乃いじめの際にとった行為をその時どう思った?」
「それはいいとか悪いとかですか?」
天塚晴はやや警戒した表情で尋ねた。俺が彼女のやり方に第三者から見た正義感でケチをつけるのではないかと思っているのだろう。ただ、残念ながら俺は自分と関係ないところで過去に起こったことを糾弾するほどの正義感は持ち合わせていない。面白い記事が書けるなら悪事を暴くこともあるし、火のないところに煙を立てることもある。
しかし彼の警戒ぶりを見ると、よほど近衛八重にご執心のようである。そんなに彼女が批判されるのが嫌なのか。お前は近衛八重のナイトのつもりか、と尋ねたくなってしまう。
「それでもいいし、もしくは意外とか彼女ならやりそうとかでもいい。俺は純粋に君の考え方が知りたくて聞いただけだ」
「俺はそれを聞いても特にそれまで作っていた八重の人物像が変わることはありませんでした。もちろん、より詳細にはなりましたが。結局、彼女にとってクラスメイトはその程度の存在だったということですよ」
「なるほどな」
それを聞いて俺は二人が確保されたときに、北嶋姫乃が手足と口をガムテープで拘束されてクローゼットに閉じ込められていたという話を思い出した。確かに、そういう心境でなければ出来ないことであろう。
もっとも、そういう形で発見されていた北嶋姫乃が思いの他近衛八重と関係が深い人物であったことは衝撃であった。聞いている限り二人は本当に仲が良さそうに思えたのだが。
そこで俺はふと“サイコパス”という言葉を思い出す。最近ではちょっとでもおかしなことをすると(本気かどうかはともかく)すぐにサイコパス認定する風潮があるが、話を聞く限りでは近衛八重こそまさしくそれではないか、と思いスマホでサイコパスと検索してみる。
しかし出て来た項目の中には「自己欲求の実現」というものがある。近衛八重には今のところそれに類するものはなかったし、そもそもサイコパスは屋上で自分の身を危険に晒すようなことはしないだろう。そう考えると近衛八重はサイコパスでもない気がする。
「何を調べているんですか」
「いや、一応サイコパスの特徴をな。まあ違ったようだが」
「はい、八重をそんな言葉ではくくらないでください」
天塚晴は心底近衛八重を特別な存在と思っているらしく、ありきたりな言葉で括られるのを嫌がっている。面倒だなと思いつつ、聞いている分にはその反応はおもしろくもある。
「ちなみに君は善か悪で言えばどちらと思う?」
「どちらかと言えば悪のような気がしますが、俺はもしその場に居合わせても八重を止めません」
正直な答えに俺は苦笑するしかない。やはり天塚晴は自分を近衛八重のナイトか何かと思っているようだった。彼の認識によると彼が彼女の唯一の理解者のようだからそれも仕方のないことなのかもしれない。それにそう思ってくれていた方が話を聞くのに都合はいいので助かる。だから俺は話が終わるまでは天塚晴のモチベーションを下げるようなことは言うつもりはない。
「なるほどな。では続きを聴こうじゃないか」
「分かりました」
そして天塚晴は淡々と話を続けた。