4-幕間2 パーティー命名
その日はルージェナの冒険者ギルドに足を運んだ。
ゴタゴタ続きで先送りにしていたラフィルの冒険者登録の付き添いである。
実年齢は登録条件を満たしているものの、見た目が伴っていないラフィルを一人で冒険者ギルドへ行かせるのは少々具合が悪い。
半年程度のキャリアのオレでもいないよりはましだろうと、レクチャーも兼ねてついて行くことにした。
冬季に入ったせいか、ギルドを利用する冒険者はさほど多くない。
おかげで列に並ばずにすんだ。
受付でラフィルの手続きをすませる。
ギルドタグができるまでの間、備え付けのソファで待っていると、
「おいおい、さっきから聞いてりゃてめえみたいなガキが冒険者になるだあ? いつから冒険者ギルドはガキの遊び場になったんだ?」
不機嫌そうに顔をゆがませた冒険者がそんなことを言いつつ、乱暴にオレたちが座っている椅子を蹴ってきた。
膝の上にのせているラフィルが見上げてくる。
早速出番のようだった。
オレは先輩冒険者として小さな駆け出し冒険者に説明してやる。
「いいかい、ラフィル。こう見えてこの人は冒険者ギルドをとりまとめるギルド長だ。新人冒険者が入ってくるたびにこうしてチンピラ冒険者のふりをして実力を測るお仕事をしている。きちんとご挨拶しなさい」
「はい! ラフィルです。今日から冒険者になります。よろしくお願いします!」
「ちげえよ!? 誰がギルド長だ! お前も真に受けて挨拶してんじゃねえ!」
ギルド長じゃないだと?
いや、オレがテスト前にネタばらししたからとぼけてるのか。
凝り性だな。
「ギルド長、この子は近接戦闘タイプじゃないのでそのあたりの配慮をお願いできませんかね? テストは弓の的当てなんてどうでしょう。なかなかのもんですよ。ギルド長の頭の上にリンゴでものせてもらえればすぐにお見せできます」
「やらねえよ! さっきから何の話だ!?」
「……え、本当にギルド長じゃない? ただのチンピラ冒険者?」
「馬鹿にしてんのかてめえ!?」
なんてことだ、先輩風を吹かせてした説明が間違いだったなんて……。
とんだ赤っ恥だ。
経験にばかり頼ると痛い目を見るという教訓なのだろうか。
「こんな乳くせえガキにギルドを出入りされちゃあ、冒険者が舐められるだろうが! 痛い目を見ないうちにさっさと失せやがれ!」
頭の悪い言いがかりだな。
パーティーを組むわけでもないのに、ラフィルのせいで評判など落ちるわけがない。
それに前評判で舐められようが、実力で黙らせればいいのだ。
男の恫喝にラフィルは目をパチパチさせていた。
視線をオレに移すと、
「ユーマさん、この人は悪い人なんですか?」
「まあ、そういうことになるな」
「なるほど……、こわいです!」
「とってつけたようなリアクションじゃないか」
時間差で抱きついてくるラフィルの頬をぷにぷにと突っついていると、
「おい、聞いてんのか! 小遣いが欲しいなら娼館に身売りでもするんだな! エルフならさぞいい値がつくだろうよ!」
「くたばれ、プリティー・エルフパンチ!」
オレの頭の血管が切れるのは早かった。
ラフィルの腕に手を添え、拳を前に突き出させる。
小さな手が冒険者の胸元を小突いた。
「……てんめえ、さっきから舐めた真似しやがって……! ――ふべらっ!?」
ついでに風魔法を重ねた。
顔を真っ赤にしていきり立つ男は突風に呑まれ、ちょうど入ってきた別の冒険者と入れ違いに外まですっ飛んでいった。
薄笑いで見守っていた外野がどよめく中、勝利のガッツポーズを高く掲げる。
冒険者ラフィルの鮮烈なデビューである。
これで今後ちょっかいをかけてくるアホが減ることだろう。
◇◇◇
「と言うわけでパーティー名をつける」
「話の流れがさっぱりつかめんのだが」
ホワイトボードを引っ張ってきて、所属メンバーを集めて、いざ命名会議を始めようという段階で水を差したのはヴェルだった。
「ラフィルの冒険者登録をしたときに聞かれたんだ。今までも打診されていたんだけど、いいのが思いつかなくてつけてなかったんだよな」
一定以上の実績のあるパーティーはだいたい名前がついている。
冒険者につけられる異名のようなものだ。
パーティー名があれば外部の依頼者からの覚えもよくなり、割のいい指名依頼や有望な冒険者のスカウトもしやすくなる。
異名と違って自分たちでつけられるため、ハードルも低い。
「ふうん、いいんじゃない。冒険者っぽくて」
乗り気のエアリスだったが、ヴェルは命名には否定的だった。
赤い瞳をけだるげに細め、反論を述べる。
「必要あるか? 現状、依頼にも補充人員にも困ってはいまい。それに名があれば覚えはよくなるだろうが、逆に言えば悪評もあっという間に広がるということだぞ」
「う、それは困るわね」
もしもラフィルの一件で奔走していた時、オレたちに『スーパーハリケーン』みたいなパーティー名があったとしたら、下手したら事件後に『スーパーハリケーン(幼女誘拐犯)』という注釈がついていてもおかしくはなかった。
嵐のように現れ、嵐のように幼い少女を連れ去っていく。
犯罪組織であるニーズヘッグなんかよりよっぽど印象が悪いな。
「特にこのパーティーは何かと問題を抱えている。これからなにも起きないなどととても私は楽観できんな」
エアリスはさておき、放蕩魔王に逃亡奴隷。
いつ火がつくかわからない火薬庫のようなパーティーである。
「自分を棚に上げるなよ、ユーマ。最大の問題は他ならぬ貴様だ。何かと事件に首を突っ込んではそのたびに大騒ぎしているだろう」
酷いことを言う。
毎度、向こうから事件が懐に飛び込んでくるだけで、オレは悪くない。
トラブル誘因体質なのは認めるが、文句をつけられたって治せない。
「お前の言いたいこともわかるけどさ、結局今だって悪評は『煌炎』の名に降り積もってるわけだし、だったらいっそパーティーで引き受けた方がいいだろ」
「私の冒険者としての異名が泥ぬれになろうとどうでもいいが……」
そういうことならとヴェルは了承した。
とりあえず各自で適当に候補となるパーティー名をあげていき、その中から良さそうなものを選ぶということになった。
「やっぱり、パーティーの特色を表したものがいいと思います」
「『猫耳愛好会』」
「『猫耳と愉快な仲間達』」
「猫耳使用禁止!」
間髪入れずにオレとヴェルが案を出すと、即刻縛りが入った。
なんてことだ……猫耳を禁止されたら準備していた候補が一気に半減してしまう。
ヴェルも大打撃だったようで苦しい表情だ。
「パーティー名は冒険者チームの象徴になるのよ! どこの誰が名前に猫耳が入ったパーティーを強そうだなんて思うのよ!」
「エアリス、人はありきたりな強さだけでは生きられん」
「優しさと思いやりこそが本当の強さなんだ」
「それっぽいこと言ってごまかそうとしないで! 却下よ、却下! あたしはかっこいい名前をつけたいの!」
せっかく書いた案をエアリスがペンで真っ黒に塗りつぶしてしまった。
禁止項目ができたことで一気に難易度が上がった。
「そもそもパーティーで獣人族はあたしだけじゃない。パーティーの特色って言うならもっと全体的なものにするべきでしょ」
「とは言ってもなあ」
パーティーに特色がないわけではない。
ありすぎるくらいだ。
種族にしろ、戦闘スタイルにしろネタには困らない。
しかし豊富だからこそかえってひとまとめにするのが難しい。
オレが頭を捻っていると、エアリスが人差し指を立てて、
「そうね、ちょっとずつずらして組み合わせるなら……『月下の魔狼』とか?」
「ほほう、その心は」
「ラフィルが使う弓を半月に見立てて、魔術師組と獣人族のあたしで魔狼よ」
エアリスが得意そうにそのアイデアを披露する。
自信満々に出しただけあってなかなか練られた名前だ。
語感も悪くないし、かっこよさも申し分ないが、一点だけ引っかかる部分があった。
「なぜにオオカミ?」
「い、いいでしょ! 狼も猫も似たようなものよ!」
全然違うと思うが。
この猫娘は狼に何かコンプレックスでもあるのだろうか。
一応それらしい案が出たのでホワイトボードに書き留めておく。
ふと見ると、ラフィルがこっそり『異種族ハーレム』などという案を足していたため、ついでに消しておいた。
残念そうにされたが、そんな恥知らずな名前で冒険者家業はやりたくない。
ただでさえ世の男からひんしゅくを買うような奇麗所が集まった構成なのに、そんな名前にした日には夜道を歩けなくなる。
「他のパーティーのを参考にしてみますか? 受付嬢さんにいくつか聞きましたから」
「へえ、どういうのがあるんだ?」
「有名どころだと『ワルキューレ』、『金剛狩人』と言うのがあるらしいです」
ラフィルがメモした紙に目を通して読み上げると、エアリスが解説してくれた。
「両方ともSランク冒険者が所属するパーティーね。『ワルキューレ』は女の冒険者だけで結成されたパーティーで、『金剛狩人』はリーダーの異名が『金剛』だったからそこからとったんじゃない?」
「なるほど。……ところで、オレたちのパーティーのリーダーは誰だっけ?」
「強さ順ならヴェルになるけど」
「私はごめんだ。ユーマあたりにやらせておけ」
なし崩し的にリーダーに指名された。
そんな雑に決めていいのか?
監督責任が増えるのはともかく、パーティー名に持ってくるのはやめてくれよ。
「あとは昔活動していた冒険者パーティーの名前にあやかるとかもあるわね」
過去に栄光をつかんだ冒険者パーティーと重ね合わせることでその幸運のおこぼれにあずかろうということなのだろう。
もちろん実力不足だと名前倒れになる。
「それだと、『テンペスト』、『ヴィントミューレ』とかがよさそうです」
「どっちも風関係の名前だな」
「はい。『テンペスト』は風魔法を得意とした高ランク冒険者のパーティーで、『ヴィントミューレ』は異種族のパーティーだったそうです」
「風魔法は珍しくないが……異種族のパーティー?」
「記録では人族に獣人族、エルフの三人パーティーだったとされていますが、なんと噂によれば魔族まで在籍していたとか。すごいですね!」
それは……なんというか、怖いもの知らずだな。
よりによって種族間対立の最も激しい時期にそんなパーティーを組むとは。
まあ、魔族というのは異種族のメンツを聞いて誰かがふざけて足したのかもしれないが、こんなに似通ったパーティーがあったとは驚きだ。
「活動期間が短く、ランクも低かったのでマイナーですが、人魔戦役を引っかき回すほどの活躍をしたそうです。異色で謎めいた人員構成というのもあって、一部界隈では人気のパーティーだって受付嬢さんが言ってました」
名前の響きもいいし、共通項のある由来も悪くない。
二人の意見も聞こうとすると、
「『ヴィントミューレ』?」
「『ヴィントミューレ』……」
エアリストヴェルが妙な反応をしていた。
一人は反芻するようにその名を口ずさみ、一人は苦虫を噛みつぶしたかのようだ。
「どうしたんだ? 心当たりでもあるのか?」
「ああ、うん。ちょっとね……。勘違いじゃなかったら、たぶんあたしの――」
「私がいつか皆殺しにすると誓ったパーティーの名だ」
「え!?」
ヴェルの物騒な発言に何か言いかけていたエアリスが目をむいた。
「み、皆殺しって……」
「名前を聞いて思い出した。奴らには過去に耐えがたい屈辱を受けたのだった」
「え、でももう十何年も前のパーティーでしょ? ヴェルとは関わりないじゃない」
「さあな、私の近しい親類が屈辱を受けたとかなんとか。とにかくメンバーは見つけ次第、地獄に送れと我が一族に代々伝わっている」
たった十何年前の話なのに脈々と受け継がれてきた感を出すな。
どうせ彼女自身の話なのだろう。
しかし、オレはふと疑問を覚え、ヴェルにだけ聞こえるよう耳打ちする。
「低ランクのマイナーパーティーが魔王にちょっかいなんてかけられたのか?」
「奴らのランクなど知らん。だが、『ヴィントミューレ』の総合戦力はあの時点では勇者パーティーを上回っていた」
は? 勇者一行を越えてた?
どんな化け物パーティーだよ。
「勇者パーティーなんぞより、よっぽど目障りな存在だったな。人族国家の征服などどうでもよかったが、奴らだけは殺そうと思った。おっと何をされたかなど聞くなよ。思い返すだけではらわたが煮えくりかえる」
一体彼女は何をされたんだろう。
というより人魔戦役が激化したの、そいつらのせいなんじゃねーのか?
「ところでエアリス、先ほど何か言いかけてはいなかったか? 『ヴィントミューレ』について心当たりがあるなら是非聞いておきたいのだが」
「さ、さあ? 獣人族ならあたしの遠い親戚かもって思っただけよ?」
「ふむ、親戚か。どおりでこの猫耳が気になるはずだ」
「『ヴィントミューレ』の獣人族冒険者は猫じゃないでしょ!?」
「よく知っているな」
なおも口を滑らせ続けるエアリスの猫耳のふちをヴェルがなぞるように指を這わせ、プレッシャーをかける。
エアリスは緩むそうになる口を押さえ、身震いしていた。
「そんな因縁があるなら他のにするか。良さそうだと思ったんだけどな」
「いやそれでかまわん」
「気にくわない名前なんじゃ?」
「なに、些末なことだ。『ヴィントミューレ』の名で活動していれば奴らと縁のある人間も現れるだろう。万が一メンバーの誰かがのこのこと顔を出せば……」
その時が来るのが楽しみだとヴェルは悪辣に笑った。
そんなわけでオレたちのパーティー名は『ヴィントミューレ』に決まった。