4-幕間1 冬の訪れとこたつ猫
次章に入る前に日常回やその他もろもろを挟みます。
寒さが厳しくなり、本格的に冬の季節が始まった。
街から街への移動が大変とのことで、オレたちは寒さが落ち着くまでの間、ステラの屋敷で厄介になることになった。
ニーズヘッグ関連のごたごたは下手人と依頼主を捕らえたことで解決をみたが、まだまだ油断はできない。
滞在させてもらうのと引き換えにステラの身辺に目を光らせる毎日だ。
その日のルージェナは天候が崩れた。
街のある地域は豪雪地帯というほどではないが、一月に一度の割合で膝下ぐらいまでは雪が積もる。
手が空いているオレは朝から除雪作業に駆り出された。
「よっ……と」
除雪用のスコップでせっせと道を作る。
オレが元の世界で住んでいた場所も似たような気候であるため、手慣れたものだ。
ただ敷地面積が広すぎる。
領主の屋敷だけあって豪邸で、庭も広大だ。
除雪箇所を絞らないと来年の春先までかかるな。
重機があればいいのだが。
「いっそ魔法で手数を増やしてみるか」
試しにスコップを風魔法で操ると上手くいった。
単純な動作だから同時並行で複数操れそうだ。
スコップに隊列を組ませて一気に作業を進めていると屋敷のメイドであるフェルシーが微妙な顔をしていた。
「効率はいいですが、見ていて気分はよくありませんね」
「それはまたどうして?」
「まるで見えない人間がそこにいるみたいです」
「ああ……」
先日、透明化の魔法をかけられたニーズヘッグの手先がステラ主催のパーティーを荒らしたのはまだ記憶に新しい。
風もまた透明なものだから錯覚してしまうのはわかる。
そういえば似たようなシチュエーションの物語があったな。
主人に雑用を与えられた魔法使いの弟子が魔法をかけた道具に代わりにやらせた結果、大惨事になるような話が。
魔法がオレの制御下を離れて暴れまわることはないが、魔法ばかりに頼って楽しているとしっぺ返しが来そうである。
雪の量が量だから力は借りるが、自分でもやっておくか。
白い息を吐きながら労働に従事していると、指先が冷えてくる。
厚手の手袋をしているが、解けた雪が染み込んでくる。
温風を挟めばマシになるか?
空気の温度を上げるには分子の振動を活発にして……。
「フェルシーは魔法が氷属性だから寒さに強そうだよな」
「ええまあ。ですが、誤差のようなものです」
「ヴェルも炎属性だからか熱に強いな。火にかけた鉄鍋とか平然と素手で掴むし」
「いえ、そこまでいくと彼女が特殊というだけでは……」
あらゆる物質は魔力を帯びているから魔力抵抗の関係で同属性への耐性は高くなるという仕組みだったか。
残念ながら風属性にはそんな特典ポイントがない。
風に強くなるとは?
ちょっとした哲学である。
事象操作を使えばオレに空気関連の影響は及ばないが、それこそ特殊な事例だ。
鍛えれば属性関係なくある程度レジストはできるようになるらしい。
オレの魔法技能の習得は早い方なのだが、レジストだけはさっぱりだ。
「寒いものは寒いので早く終わらせましょう」
「終わる頃には手が凍り付いてそうだ……」
適宜手を止め、かじかんだ指を揉みほぐす。
うんざりしながら雪を除けた場所と残った場所を見比べる。
「この調子だと昼までかかるな。オレたちって一応、客分扱いだったような……」
「働かざる者食うべからずです。タダ飯喰らいに居場所はありません」
「これだけ働くんだ、さぞ立派な食事が出るんだろうな」
「その辺りの心配は不要です」
フェルシーが自慢げに言う。
まあ、この屋敷の食環境は国でも随一なのは誰もが認めるところだ。
「昼食はてんぷらだそうです。あなたは知らないでしょうが、揚げ料理の一種で独特な味のつけ汁に浸して食べる……」
「ああはいはい、てんぷらね。だったら海老天は外せないよな。あとは白魚の天ぷら、山菜系やキノコがあるともっといい。天つゆもいいけど、塩で食べるのもおつだぞ。主食は米とそば、どっちも捨てがたいな」
先んじて詳しく語ってやるとフェルシーがぐぬぬ、と悔しそうにする。
その手の知識でオレにマウントを取るのは無理だぞ。
てんぷらは久しぶりだから楽しみだ。
◇◇◇
昼食に舌鼓をうった後、ステラから良いものがあると教えてもらった。
それが何かは見てのお楽しみと秘密にされたが、期待していいだろう。
「この部屋か?」
屋敷の一角の教わった場所にある妙な部屋。
扉の規格が他の部屋と違い、引き戸だ。
存在自体は知っていたが、入ったことはなかった。
「和室? 畳に、障子まで貼ってある……凝ってるな」
随所にちりばめられた日本の名残に嬉しい気分にさせられる。
部屋の中央にはこたつが鎮座している。
冬と言えばやはりこたつだ。
さっそく休憩がてら使わせてもらおう。
こたつ布団をめくり、足を入れるとちゃんと温かい。
こたつの中で足を組みかえていると、細長いものがつま先に触れた。
コンセントのコードだろうか。
「……いやでも電気なんて通ってないよな? 熱源はなんだ?」
不思議に思って手を突っ込んでみると妙にフカフカしている。
指でつまみこたつの外に出すと、栗色の尻尾だった。
しげしげと見つめつつ無言でその感触を確かめていると、尻尾はこたつの中に引き戻され、代わりに持ち主がひょこっと頭だけ出す。
「何するのよ」
「お前が何してんだ……」
エアリスが中で居を構えていた。
この猫耳少女、こたつを堪能し過ぎである。
「よくわからないけど、不思議な引力に吸い寄せられて気づいたらこうなってたわ。最初は足だけ入れてたんだけど、だんだん体が引き込まれて……」
とろんとした目でエアリスがほふう、と吐息を零す。
「凄いわよね。足の低いテーブルに毛布を掛けた単純なつくりで、温める機能がついてるだけなのにこの居心地の良さ……。離れがたいわ」
「こたつって言うんだ。まあ、気持ちはわかる。不思議だよな」
「へえ、そんな名前なのね、このマジックアイテム」
マジックアイテム……ならエネルギーは魔石か。
古代遺跡からこたつが発掘されるのか?
いや、ステラが保温機能だけ取り出してこたつ型に改良したのか。
こたつの上に置いてある木籠のみかんを一つとる。
こういう細かな様式美が分かっているからステラは最高だ。
ふすまを開け、縁側越しの雪景色を眺めながらみかんの皮をむいていると、エアリスが物欲しそうに見ていた。
上目遣いで「あーん」と口を開けて待ってる。
ねだられるがままにみかんの粒をエアリスの口に放り込む。
みかん丸々二つお腹に収めたところで満足したのか、うつらうつらとし始めた。
普段の凛々しさが失せ、可愛らしさだけが前面に出てる。
なんだろうこの胸のざわめき……。
エアリスの猫耳をモフろうと手を伸ばしても逃げるどころか自ら委ねてくる。
されるがまま撫でられ、心地よさそうに喉を鳴らしていた。
「……なんと」
ありていに言ってエアリスは猫化していた。
またたびも猫じゃらしも効かないのに、こたつは効果てき面らしい。
新大陸を発見した冒険家の気分だった。
これさえあれば一生猫耳に困らない。
ステラの言ってた良いものっていうのはエアリスのことだったのか。
「猫さんや、いつから入り浸ってるんだい?」
「んー……朝から」
人が外で寒い思いをしている間にこたつでぬくぬくしてやがったのか。
昼時もいなかったが、食べてないのか?
干からびるぞ。
「今日の剣の鍛錬は? もう済ませたのか?」
「外寒い。中あったかい。おやすみなさい」
「お前、剣を握ってから鍛錬を一日も欠かしたことがないって前に言ってなかったか!? 土砂降りでも強風でも休まなかったのにそんなんでいいのか!」
「一人の剣士である以前に一匹の猫だもの。こんなの出されちゃしょうがないわ」
「剣士やめちまえ!」
大丈夫か、このこたつ。
使用者の脳細胞を破壊して猫に退化させるような甚大な副作用とかないよな。
マジックアイテムの名を冠してるだけに不安だ。
「エアリス、こたつから出なさい。それは人を駄目にする」
「いやにゃ」
にゃ、とか言いだしたよ、こいつ。
いよいよやばいな……。
酒が入って前後不覚になった時もエアリスはこんな感じになるが、しらふでこれだ。
マジックアイテムの有害な副作用説が現実味を帯びてきた。
引っ張り出そうとするが踏ん張りが強い。
子猫のようなつぶらな瞳をしてる癖に猛獣のような筋力だ。
和室に居づらくするために窓を開けて外の冷気を取り込んでみるも、こたつという究極の装甲を得たエアリスはどこ吹く風だ。
ならばとこたつの方をどけようと手をかける。
しかし、どういう押さえ方をしているのか、これも動かない。
攻防の一瞬の隙を突いて魔法でこたつ布団をめくりあげ、冷気を直接送る。
これは効果があったのか、エアリスが正気に戻りかけ成功の兆しが見えたが、暖房機能ですぐ無効化された。
なんだ、この自動回復システムは。
防御力が高い上に時間経過で回復するとか無敵かよ。
「もういいや。そのうち出てくる――」
放っておこうとしたら足を刈られ、オレは派手に転倒した。
足首を掴まれ、こたつの方へずるずると引きずられる。
ええい、放せ! 怖いんだよ!
「一緒にぬくぬくするにゃあ」
こたつに潜む猫耳が仲間を増やそうとしていた。
畳に爪を立てて抵抗するが、徐々にこたつに呑み込まれていく。
つに全身がすっぽり収まってしまった。
……なるほどこれはあったかい。
つい長居したくなる。
そして、とっても柔らかな感触だ。
エアリスに抱き枕のごとく両手を回されじゃれつかれているせいで胸やら太ももやらが遠慮なく当たってしまっている。
「これは猫これは猫これは猫これは猫」と心の中で唱えて精神の安定に努めるが、ゴリゴリと自制心が削られているのがわかる。
うっかりすると、自分が何をしでかすかわからなかった。
「お前、そんな無防備にしててぱっくり美味しく頂かれても知らないぞ……」
うんうんと頷かれるがどこまで理解しているのか。
どこまでならやってしまっても許されるか考えだしたら泥沼にはまりそうな気がしたので大人しく昼寝をすることにした。
ちょっとした役得だ。
密着したまま一、二時間ほどうとうとしていると、
「……あれ? あたし何してたんだっけ」
不意にはっきりとした声音で隣のエアリスが呟く。
語尾が消え、目には理性の光が戻っていた。
こたつの中の温度が下がっている。
魔石に内蔵されていた分の魔力が枯渇して、電源が落ちたのだろう。
ぐぐっとしなやかに伸びをしてから、エアリスは隣に寝転がるオレを見つけた。
「って、ユーマ!? なんでこんなくっついてるの!?」
「お前に引っ張り込まれたんだが……」
「あたしが? そんなことするわけないでしょ」
エアリスは惚けてる感じではない。
本気で覚えがないようだった。
「お、オレがみかんをむいてお前に食べさせたりしたのは? 頭を撫でられに来たり、にゃあにゃあ言ってたりしてただろ? こたつから出そうとしてもなかなかでなくて、剣士である前に一匹の猫だとかなんとか……それも覚えてないのか?」
「何言ってるの、ユーマ……? 夢でも見てたんじゃないの……あ、そうよ、剣の鍛錬しなくちゃ! うわ、いつの間にかもうこんな時間! 寝過ぎたわ!」
エアリスがバタバタと慌ただしく和室から出て行った。
取り残されたオレはこたつから這い出て、遠巻きにする。
「………」
みかんの皮がそのままになっている。
あれは夢でも妄想でもない。
何の変哲のなさそうな暖房器具だが、一人の人間の知性と記憶を吹っ飛ばしていた。
こたつはやはり悪魔の道具である。