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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第四章 取引と奇縁のリーファム商会編
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4-16 開示される歴史の裏側



 一瞬、頭がステラの言った内容を受け付けなかった。


「ま……魔王!? こいつが?」

「そうよ。今でも信じられないけど、私の鑑定魔法にはそう出てる。この魔法の前では偽名は無意味。その人の本当の名前がわかる。彼女は間違いなく十五年前の人魔戦役を引き起こした魔王その人よ」

「……確かなんだな」

「ええ。あるいは同姓同名の別人ね」

「それはあり得るのかよ!?」


 とはいえ、偶然一致するような名前じゃない。

 ヴェルの過剰反応からして人違いという事もないだろう。

 しかし、オレはまだ認められないでいた。


「ヴェルが魔王だなんて……そんなはず。だって魔王といったら……」


 傲岸不遜で人を見下し、他に類を見ない絶大な力を誇り、圧倒的な風格とカリスマを持った人物で、ヴェルと重なるところなんて一つも……。


 ………。


「大変だ、ステラ! こいつ、魔王だわ!!」

「さっきからそう言ってるんだけど!?」

「え? ちょ、待って。なんでオレのパーティーに魔王がいるの?」

「知らないわよ!? こっちが聞きたいわよ!」


 オレもステラもてんやわんやだった。

 ステラはヴェルの正体を鑑定した際に一度驚きを消化したはずなのに、慌てふためくオレに感化されて感情をぶり返させたらしい。

 

「いや、でも、だって魔王が仲間なら……世界の半分はオレのもののはずだ!」

「勇者気取りか、貴様」


 長い沈黙をようやくヴェルが破る。


「貴様なんぞ猫耳の半分をくれてやるのでさえ過分なぐらいだ」

「むしろお前に半分取られたんだが!?」

「猫耳半分で魔王を味方につけたのだ。破格だろう」

「破格というか、格落ちというか……」


 世界の半分で勇者を仲間に勧誘するのが慣例の魔王を、猫耳の半分で一本釣りしたのか、オレは。

 我ながらとんでもないことしてるな。


「本当にお前は魔王なのか」

「……そうだ。ヴェルンハルデとは仮初の名。私の真名はエーベルハルテ・ヴィルヘルム・スカーレットと言う。今代の魔族の王だ」


 そう改めて名乗ると、ヴェルは悠然とした態度でオレたちと向き合う。

 漂う王者の威容に自然と畏敬の念が湧く。

 勝手知ったる仲間の姿だというのに今は酷く遠く感じる。

 手を伸ばせば届くはずなのに。

 ヴェルはオレから視線を切ると、ステラの方に目をやった。


「よくもまあ、私の正体に気付けたものだ」

「話を聞いていたと思うけど、私の鑑定魔法の力のおかげ。簡単に言えば相手のプロフィールを読み取ることのできる魔法よ」

「なるほど、そんなふざけた魔法があるのか。油断したな」


 くくっとヴェルが喉を鳴らして笑う。

 しかし、すぐさま微笑を顔から消し去ると、


「だが、知ってなお逃げずにのこのこついてくるとは愚かさも極まるな。兵を率いることもせず、単身でこの私の前に身を晒すとは自殺志願者か? せめて殺され方ぐらい己で選びたいというなら聞いてやらんでもないが」

「死ぬなんてまっぴらごめんよ。二度とね」


 ぞっとするほど冷たいヴェルの視線に臆しながらもステラは屹然と言う。


「もしもあなたが本物の魔王なら、兵をかき集めたところでいたずらに犠牲者を増やすだけでしょ。逃げられるとも思えない。秘密を知ってしまった以上、交渉で何らかの妥協を引き出すのがベストと考えたまでよ」

「その交渉とやらを私が受けてやる義理がどこにある。貴様ごときに私が望む対価を差し出せるというのか?」

「交渉の余地があるから私は生かされている。違う?」


 馬鹿にしたように鼻で笑うヴェルにステラは一歩も譲らない。

 交渉の場は彼女の本領だ。


「デメリットを打ち消すことでメリットとするわ。私はあなたの秘密を胸にしまう。あなたは私に手を出さない。それであなたは夕凪君の信頼を裏切らずに済む」

「信頼? そんなものは破綻しきっている。他ならぬ貴様の軽い口のせいでな」

「秘密を暴露したのは悪かったわ……。ごめんなさい。けれど、関係の破綻なんてあなたがそう思い込んでるだけよ。あなたは夕凪君の気持ちを聞きもしないで、決めつけて、勝手に諦めて、離れようとしてる」

「………」


 ……まあ、ステラの言う通り魔王という正体には度肝を抜かれたが、今更それでヴェルの見方が変わったりはしない。

 戦争で多くの人間を殺めたのはとっくの昔に聞き及んでいる。

 人の命を軽んじるつもりは毛頭ないが、オレにとって人魔戦役など遠い世界の過去の出来事でしかない。

 歴史の教科書に載ってる事件、あるいはゲームのイベントぐらい他人事だ。


 そんな奴に外からどうこう言う権利はない。

 命の懸かった選択に口出しできるのはその場で血を流す当人だけだ。


 それでもヴェルがどんな人間かわかった上で、オレは仲間に誘ったつもりだ。


「それと、ずっと引っかかってるのよね。あなたの年齢」

「ヴェルの年齢?」

「だから同姓同名の別人も疑ったんだけど……ねえ、夕凪君は彼女いくつだと思う?」


 話の本筋から逸れたステラの質問に頭を捻る。

 長命種という魔族の種族柄や老成した立ち振る舞いから結構な年上だと推測していたが、明確な答えは聞いたことがない。


「……二百歳とか、三百歳とか?」


 女性の年齢だから若めに見積もった方がいいのかとも思ったが、そういう気遣いの場面でもないだろうと率直な回答をしたところ、ヴェルの眼光から殺意の燐光が零れた。

 自分の命を気遣った方が良さそうだった。


「はあ、私もラフィルさんのことを誤解してたけど、夕凪君も人のこと言えないでしょうが。彼女はまだ二十二歳よ」

「二十二歳!? そんななのか?」


 大人と言えば大人だが、思っていたより若い。

 魔族の年齢換算ならオレたちとそんな変わらないんじゃないのか?


「いや、けど、それじゃ辻褄が合わない。明らかにおかしい。だって人魔戦役が終わったのは十五年も前で、こいつはまだ……」


 ほんの七歳ほどの幼い少女で。

 とても魔王軍なんてものを率いられるはずもなく。


 ……ああ、そういうことなのか。

 

 ようやく理解できた。

 だから彼女は頑なに話したがらず、口をつぐんでいるのだ。

 プライドの高い彼女だからこそ疑義を持たれるリスクを背負ってなお無言を貫く。

 まったく厄介な性格をした魔王様だ。


「話してくれよ、ヴェル。十五年前に何があったか」


 ヴェルンハルデは静かに目を伏せる。



◇◇◇



 彼女はしばらくの間黙っていたが、やがておもむろに言葉を紡ぎ出した。


「当時の私はまだ右も左もわからないほどの幼子だった。本来ならば魔王として軍を率いることはおろか、戦場に出ることすらなかっただろう」


 それは酷く当たり前で、言うまでもないことだ。

 弱冠七歳ほどの幼い子供を戦争の旗頭にするなど正気の沙汰ではない。


「だが、それでも私は魔王に選ばれた」


 なぜなら彼女が魔族の中で最も力を持っていたからだ。

 限度を超え、常識を覆すほどの強さを誇っていたからだ。


 魔族にとっての王座とは王の血族が継承するものではなかった。

 世襲制ではなく実力での奪い合い。

 四大貴族と呼ばれる魔族の中でも特に力を持った勢力から魔王が選出されるそうだ。

 時に争いが激化し、数年に渡って王位が空席になることもある。

 

 魔王は『王』であるとともに『将』でもある。

 力が重視される魔族の文化では力こそが絶対にして唯一無二の価値を持つのだ。

 そして、その選定基準によって魔王の席に彼女が座った。


 スカーレット家の長女であるエーベルハルテ――もといヴェルンハルデ。

 彼女は生まれながらにして魔王の器だった。

 桁外れの身体能力を持つ肉体に莫大な魔力を宿し、特異な魔法を扱えた。


 ――『破壊魔法』。


 この世のありとあらゆる防御を破壊する最強の矛であり、

 この世のありとあらゆる攻撃を破壊する最強の盾である。


「貴様には三度ほど見せたことがあるよな?」

 

 一度目はレストアの鉱山にて。

 二度目はラフィルの首輪の時。

 三度目はラグクラフト・エインズの剣を破壊した。


 個人的に言わせてもらえれば、あれは破壊なんて生易しいものではない。

 世界からの消滅、と表現した方がしっくりくる。

 あの魔法を受けた対象は跡形もなく消え去るのだ。


「破壊魔法を身に纏って殴れば相手の防御など紙に等しい。全身に纏えばいかなる攻撃、魔法の干渉にさらされなくなる。まさしく何者も寄せ付けない絶対の力だ」


 魔族にも多くの強者がいたそうだ。

 中には歴代の魔王と遜色のない実力の持ち主もいた。

 しかし、幼子であるはずのヴェルに土をつけられる者は一人としていなかった。

 

 ゆえに彼女は魔王になった。


「なった……なっただけだな。当然力があるだけでは何もできない。自分で物を考え、判断し、押し通せなければ無力と同じだ。あの時の私は体のいい傀儡でしかなかった。なまじ力があっただけに実に都合のいい存在だったことだろう」


 元々、スカーレット家は落ち目だった。

 輩出する人材は並以上とは言え、大貴族にしては脆弱。

 当主であったヴェルの父親も振るうほどの力はなく、十分な後見人にはなれなかった。

 

 結果、ヴェルはお飾りの魔王になった。

 表向きは最高位の権力者でありながら、その実態は崇め奉られ、恐れられるべき魔王としては屈辱的なものだった。


 いくら魔王にふさわしい力を持とうと年端の行かない子供だ。

 政治の慣れた大人に対抗できるわけがない。

 

 人族を憎み、滅ぼすように洗脳じみた思考の誘導を受けた。

 それを止める者はいなかった――否、既にいなくなっていた。


「気づけば我がスカーレット家は潰されていた」


 別陣営の大貴族の手回しで父も母も死に、血縁者は軒並み殺されていた。

 魔王の座を奪われたことへの腹いせだったのかもしれない。

 当時のヴェルは何も思わなかった。


 家族と触れ合ったのは物心つくまでの僅かな期間のみであり、王になってからは尚更繋がりが希薄になっていた。

 親子とは言え、弱者が強者である魔王に近づくことはあってはならない。

 そんな横暴な理由からだった。

 

 もしもヴェルが擁護していたらスカーレット家は存続したかもしれないが、ヴェルにとっては弱者であることの方が悪であったのだ。

 自分が守らなければ立ち行かない家など、滅ぼされてしかるべきだと考えた。

 そう考えるように教え込まれ、刷り込まれていた。

 

 何が悪で何が善か。

 自分が何を為すべきなのか、何を為したいのか。

 わからないままに彼女は王座に座り続けた。


「そして、人魔戦役が再び幕をあげた」



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