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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第四章 取引と奇縁のリーファム商会編
78/82

4-15 ショウ・ダウン



「死ね」


 ただ一言それだけ言い捨て。

 コキリ、とヴェルが首を鳴らした。


 それから刹那ののち、彼女の姿が掻き消えた。

 直接浴びせられたわけではないのに心臓を握り潰されるかのような殺意だけが尋常ではない速度でステラに迫ったのがわかった。


 わけがわからない。

 意味が分からない。

 これはどういう状況なんだ? 

 どうしてヴェルがステラを?

 ごちゃごちゃした思考の中で、助けないと――と、それだけが浮かんだ。


 得意の事象操作を駆使した風魔法の高速展開で動き出す。

 ヴェルの攻撃が一手早く、オレの反応が一瞬遅れた。

 ただでさえ圧倒的な差のある実力にさらなる悪条件が追加されたが、オレを間に挟んだ立ち位置だったのが幸いした。

 

 殺気に当てられ石像のように固まったステラを風で突き飛ばし、ヴェルの貫き手を風で押さえ、自身を風で強化し足りない力を補う。

 ギリギリで割り込みが間に合った。

 ミシミシミシ! と重機に挟まれたような力が加わり、攻撃を止めた腕が軋んだ。


 軽減してるっていうのにこの馬鹿げた力は……!

 痛みで周囲の空気へ行っていた干渉がキャンセルされ、片ひざをつく。


「っ、ユーマ……」


 オレの横槍にヴェルの真紅の瞳が揺れた。

 僅かな時間動きを止めたが、すぐに迷いを断ち切ると尻もちをつくステラににじり寄る。

 オレはそれを痺れの残った手で遮った。


「よせ……やめろ、ヴェル」

「邪魔をするな。貴様はそこで大人しく寝ているがいい。すぐに済む」

「やめろっつってんだろうが! ヴェルンハルデ!」

 

 派手な音をたてて、激情のままに地面の石畳を踏み砕く。

 こんなのではコケ脅しにしかならないだろうが、こちらに注目を向けられればいい。

 腕にも振動が響いたが、意識から除外する。

 オレはヴェルを真正面から見据えた。

 ヴェルはこれまで見たことがないほど苦渋と困窮を露わにしていた。


「は……話なら後でいくらでも聞いてやる。謝ってほしいならいくらでも謝ってやる。罰したいというならそれも甘んじよう。だが今は……今は、そこをどけ!」

「ふざけんな。見過ごせるわけないだろ!」


 ギリリッとヴェルが歯を嚙み鳴らしたのがわかった。

 どうして言う事を聞かないのだと苛立たし気に睨み付けてくる。


「ユーマ、貴様……! この私を敵に回したいか……!」

「敵に回したくないから、仲間のままでいてほしいから止めてるんだよ!」


 オレの叫びにヴェルは少しだけ殺気を削ぐ。

 だが、退くつもりはないのか、臨戦態勢を解こうとしない。

 予断の許さない睨み合いが続く。


 どうしてヴェルは動かない?

 彼女が本気を出せばオレを蹴散らすことだってできるはずなのに。

 いや、それは、おそらく……。

 

「なにを怖がってるんだよ、お前は」

「何を言っている。この私が怖がっているだと?」

「ああ、はっきりと怖がってるね」


 普段、泰然自若に構えているヴェルがここまではっきりと心を乱している。

 それはオレを誤って傷つけたことだけが原因ではないはずだ。


 敵意のこもった目には別の感情が混ざっている。

 恐れ、焦り、困惑……その混沌とした感情はヴェル自身にも整理がついていない。

 だからこそこんな行動に出た。

 だからこそこれ以上の行動が起こせない。


 彼女のこの急変には覚えがある。

 レストアの鉱山でオレに魔族であることがバレた時と酷似している。

 

 しかし、それだけの理由なら彼女がここまでの凶行に走るはずがない。

 ステラが言ったのも別のことだった。

 今までヴェルがひた隠しにしてきたこと。

 ステラの一言がその隠し事に無遠慮に触れてしまったのだろう。


「あの時、お前はオレの方を見てたよな」


 ステラがそれを口にした時、ヴェルはオレを見て何事か確認していた。

 聞かれてしまったか、知られてしまったか。

 だが、オレはピンと来ていなかった。

 だからヴェルはそれ以上余計な事を言わせまいとステラに手をかけようとした。


「何を恐れてオレの方を見たんだ」


 答えはもう出ている。

 彼女にはステラを殺すことはできない。

 

「そろそろお前の隠し事とやらを教えてくれてもいいんじゃないか?」


 その言葉でヴェルは観念したように脱力した。



◇◇◇



 すでに日は完全に沈み、夜空には星々が輝き始めていた。

 あれからヴェルは終始無言を貫いていた。

 何を言うでもなく街の郊外へとふらりと歩き出した彼女のあとをオレは追った。 


 ステラもその道行きに同行を申し出た。

 殺されかけられたというのに大した胆力だ。


 ヴェルを止めた腕が妙に痛むから歩きながら撫でさすっていると、


「腕、痛むの? 私が診てあげるわ。……うぇ、骨にひびが入ってるわね」

「ひび? どおりで違和感があるわけだ……」


 ローブの中からありあわせのポーションを口に含む。

 変な風に折れていないなら接ぎ木がなくとも治るだろう。

 舌に残る苦みの余韻に顔をしかめながら空き瓶を懐にしまう。


「鑑定魔法はそんなことまでわかるんだな」

「まあね。診察の真似事だけど」

「その魔法、どうしてヴェルに使ったんだ?」

「それは……」


 ヴェルに鑑定魔法を使うことになったあらましをステラから聞き出す。


「ラフィルをずっと『煌炎』だと勘違いしてた!? なんでそんなことに……」


 それまで『煌炎』だと思っていた少女の他に『煌炎』を名乗る少女が現れた。

 そのことに混乱してつい鑑定魔法を使用してしまったと。

 事情は分かったが、理解はできない。

 どう拗らせたらあの愛くるしくて無害な少女を恐れることになるのか。


「だ、だってほらラフィルさんって長寿のエルフでしょ? だから実年齢が見た目通りじゃなさそうだったし、夕凪君のパーティーを事前に調べたら三人だけだったし……だからてっきり正体を隠した『煌炎』かと」

「それはニーズヘッグにラフィルの存在を知られたくなかったからだ」


 冒険者登録をすれば記録に残ってしまう。

 冒険者ギルドが情報を安易に漏らすとは思わないが、慎重を期した。

 事実、ステラも冒険者ギルドから情報を得てたみたいだしな。


「だいだいラフィルを鑑定すればそれこそ一発でわかることだろ」

「鑑定できるはずないじゃない。性格破綻者が多いって言われてる高ランク冒険者に魔法をかけたら何されるかわからないでしょ。ラーメン屋でのこともあったからさすがに控えたわよ。……結局使っちゃったけど」


 オレのせいでもあるのか。

 性格破綻の部分も微妙に否定しづらい。


「屋敷の人間が妙に怯えていたのはエルフの女王云々ではなく……」

「異名持ちの冒険者の機嫌を損ねたくなかったからでしょうね……」


 ここにも不幸なすれ違いがあった。


「あの夜のパーティーは? あいつ、派手な活躍はしてないだろ。炎魔法を一度も使わなかったし、剣をもって前線に出ることもなかった」

「あれはてっきり夕凪君やエアリスさんを信用して力を抑えてたものとばかり……現に二人のおかげで死者は出なかったわけだし」


 どうしていちいちそう見事なフォローを入れる!

 どれだけ曇ったフィルターをかけてラフィルを見ていたんだよ!?

 ありのままの情報を受け入れればすぐわかったはずだぞ!


「……まあ、いいや。そこはどうでもいい」


 ヴェルのあとをしばらくついていくと、人気のない湖のほとりで止まった。

 彼女は一人ふてくされたように黙したまま、話の輪に加わらないで静かに湖の水平線を見つめていた。

 

「彼女は夕凪君の仲間、なのよね?」

「仲間だよ。間違いなく」


 オレの断言にステラはなぜか難しい顔をしている。

 怪我させられた相手になぜそんなことが言えるのかが不思議なんだろうが、模擬戦じゃ叩きのめされるなんて日常茶飯事だったからな。

 多少の怪我なら許容できなくもない。

 

 さすがにステラを殺していたら限度を超えていたが、それは防げた。

 後は納得のいく釈明を聞ければいい。……いいのだが。


「………」


 奴はあくまで話す気はないらしい。

 仕方なくオレはもう一人の当事者であるステラに尋ねる。


「お前は鑑定魔法でヴェルの何を知ったんだ?」

「名前とか、種族とか、年齢とか……あとはスリーサイズも」

「あのなステラ、オレは真面目な話をしてるんだ。最後のやつは後にしてくれ」

「ごめんなさ……聞き出そうとしてるじゃない!」


 コホン、と咳払いをしてステラが場の空気を切り替える。


「夕凪君は知らないの?」

「何を?」

「えっと、人魔戦役のことなんだけど」

「あんまり詳しくないな。数百年にわたって人族と魔族が戦争を繰り返してることと、魔王が軍を率いていること、つい十五年前にここで勇者と魔王の一騎打ちがあって、その相討ちをもって戦争が終わったことぐらいか」

「本当に基本的なことしか知らないわね……」


 積極的に調べようとしなかったからな。

 これまで寄った街に図書館なんてなかったし。

 ミネーヴァにはあったかもしれないが、そんな余裕はなかった。

 

「あとは……そうだな。こいつがその戦争に参加していたことぐらいか」


 ふと、思い出し付け加える。

 特大の爆弾だろうと思って口にしたが、彼女はむしろあきれた様子で、


「知ってるわよ、そんなの。当たり前じゃない」

「知ってるって……お前はヴェルと初対面なんじゃないのか」

「はあ……その様子だとやっぱり知らないみたいね」


 ステラは頭痛を堪えるように頭をもみほぐした。

 彼女の表情は、オレが別世界の人間ならではの常識のない変な質問をした時にエアリスが見せるそれと同種のものだった。

 

「だったらこれも知らないだろうからついでに教えてあげるわ。あの手記の筆者でもある勇者のフルネームはネギシ・ユーナ。人魔戦役の立役者でもある彼女の名前はこの世界では常識と言えるほど有名なんだけどね」

「だからそれがどうしたんだ」

「そして、もう一人。勇者とあいまみえた魔王の名前が……」


 と、そこでステラがヴェルの方をもう一度見た。

 何も語ろうとはしない彼女の後姿を。


「エーベルハルテ・ヴィルヘルム・スカーレット。彼女のことよ」



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