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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第四章 取引と奇縁のリーファム商会編
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4-13 フェルシーの評価と事の顛末

 


 フェルシーは元奴隷である。

 人族と魔族の間で起きた戦争のせいで幼くして親の庇護を失った彼女には奴隷に身を落とすしか生きるすべがなかった。

 みじめで明日への展望などない最低辺の暮らし。

 使い捨ての消耗品として馬車馬のように働かされる毎日。


 そんなフェルシーを救ってくれたのがステラだった。

 温かい食事に柔らかなベッド。

 さらにはきちんとした教養を身につけさせ、魔術師としての戦い方を習わせた。

 幼いフェルシーの目にはステラが女神のように映った。


 ステラが過剰な畏敬を嫌がったのもあって、年を経るにつれ信仰じみた考えは緩和されたが、感謝の念が途絶えたことはない。

 フェルシーはステラに『人間』にしてもらったのだ。


 だからこそ敬愛する主人に危害を加えかけた悠真を蛇蝎のごとく嫌っていた。

 誤解が解けようと、和解をしようとその事実は消えない。

 どころか、二人が意気投合したことでますます敵意は募った。

 初対面のはずなのにまるで十年来の友達のように、身内にしか見せたことがない砕けた態度でステラに接される悠真が気に食わなかった。


 気に食わないが……しかし有能な人間ではあった。

 分析力と実行力を兼ね揃え、幾度となく窮地を覆した。

 ステラを凶刃から身を挺して守りもした。

 フェルシーとて同じ場面に遭遇すれば同じように行動しただろうが、悠真は使用人と違ってステラに対する忠義も恩義もない。

 にも拘らずとっさに動けたのは、彼が引き受けた仕事に真摯だったから。

 

 それを契機にフェルシーは色眼鏡で少年を見ることをやめた。

 

 事件の一夜が明けた翌日。

 いつまで現れない悠真の様子を見に、フェルシーは廊下を歩いていた。


「まったく人がせっかく評価しているというのに寝坊とは……」


 愚痴を言いながらもフェルシーの表情は柔らかい。

 昨晩あれほど奮戦したのだから、疲れが体に出たのだろう。


 悠真に貸し与えられている使用人部屋の前で足を止める。

 まだ起きている気配はない。

 フェルシーはため息を吐きながら軽くドアをノックした。


「……返事がありませんね?」


 何の気なしにドアノブを手をかけると、簡単に回った。

 カギは掛けていないらしい。

 そんなことに気が回らないほど疲れていたのだろうか。

 フェルシーは最後に「入りますよ」と声をかけてからドアノブを捻った。

 

 そこにはベッドで眠る悠真の姿があって――彼の腕は幼い少女を抱いていた。


 バキン、と握ったままのドアノブが破損した。

 フェルシーは自分の頬が痙攣するのを止められなかった。

 目頭を手で押さえ、深呼吸を繰り返し、気持ちを落ち着かせ、詠唱を始める。


「……凍てつく氷よ、我が命に従いて顕現せよ」

「っ!? な、なんだ、魔法!?」


 さすがと言うべきか、悠真は高まる魔力に気づいた。

 慌てふためいて部屋を見回し、やがてフェルシーの姿を見つける。


「ふ、フェルシー? なんだ、脅かすなよ。心臓に悪いだろ……」

「はい、おはようございます。さっそくで悪いのですが、言い残すことはありますか?」

「言い残すこと? っていうか、そのお手元の氷は一体……」


 そこまで口にしたところで悠真は気づく。

 眠りにつく前までは一人だったはずのベッドに、なぜかもう一人にいることに。

 手を出せば犯罪者認定間違いなしの幼い容貌のハーフエルフの少女は肌が見えそうなほど薄いネグリジェを着て悠真の腕の中ですやすや眠っていた。


 状況をひも解けば、ごみを見るかのようなフェルシーの眼差しも納得だ。

 この場合、ラフィルの実年齢は免罪符にならなそうだった。

 

「……んぁ」


 寝ぼけ眼でラフィルが半身を起こした。

 悠真の胸板に頬をすりつけていたが、フェルシーに気づき目を瞬かせる。

 悠真の必死のアイコンタクトに状況を理解したラフィルは一つ頷き、体を隠すように意味深にシーツを引き上げた。


「激しい夜、でしたね?」


 顔を赤くして、愛おしげにお腹をさするラフィル。

 既成事実を作ることに余念がなかった。

 身内の手酷い裏切りに悠真は退路が断たれたことを悟った。


「……話し合おう」

「死んでください、変態」


 その日、屋敷のベッドが一つ残骸と化し、フェルシーの悠真への評価が再暴落した。



◇◇◇



 怪我の治療と、事件の経過を見守るために約束の期限が過ぎてもオレたちはステラの屋敷に滞在していた。

 ステラはパーティーの後処理や事件の首謀者特定に忙殺されている。

 怪我したオレの代わりにエアリスを引き連れて連日調べに出歩いていたが、結論が出たのか衛兵を動かした。


 ごたごたが収まって数日。


「ヘイ、夕凪君。ちょっとデートに行かない?」


 仕事明けで妙なテンションだったステラから誘いを受けた。

 暗殺の依頼者も捕らえたとのことで、オレたちは屋敷の外に足をのばすことにした。

 

 こそこそと隠れるよりは堂々としいていた方が案外バレにくい。

 そんな考えがあるが、それにも限度がある。

 ステラが着ている服こそ平民相応のものだったが、自慢の水色の髪を惜しげもなくさらしているせいで視線が絶えなかった。


「そんなきょろきょろしないでよ。私の正体がバレるでしょ。心配しなくとも周りの人間は私のことを謎の美少女としか思ってないわよ」


 自分で美少女とか言っちゃう辺りが残念だ。

 社交界では何人が騙されてきたのだろう。

 しかもドヤ顔のところ悪いけどもこれ絶対にバレてますよ、お嬢様。


「昔は変装が未熟だったせいで身バレすることもあったけど、完璧かつ自然な変装術を習得してからは一度だってバレたことはないわ」


 それは変装の腕前が上がったんじゃなく、市民がステラの奇行に慣れたのでは。

 そんな風に思ったがご満悦な少女の顔に何も言えなかった。

 妙なところで抜けてるよな、この才女は。

 

 訓練された地元民のスルースキルに感心しながら歩いていくと市街地を抜けた。

 湖に隣接した港に出たようだ。

 船はあるようだが、漁船といった感じではない。

 水上輸送に利用するだけで湖では魚業をやってないらしい。


「でかい湖だな」

「そうね。きれいだし、とても戦争の名残とはとても思えないわ。でもこの湖ができた時の被害は本当に酷かったみたい。住人のほとんどが避難してたけど、戦いの余波で街の建物のほとんどが壊れたとか」


 勇者と魔王の一騎打ち。

 人魔戦役における最大戦力のぶつかり合い。

 人の成せる域を逸脱した力をもって尋常ではない破壊の跡を残した。


「できたクレーターに近くの川から水が流れ込んで今の大きな湖になったの。大きな川とも繋がっていたから交易に使えないかって話になって……それが今日の商業都市ルージェナになったってわけ。おかげで街は廃れずに済んだわ」


 ステラがルージェナの街並みを感慨深そうに眺める。


「人魔戦役によって被害をこうむった街が、人魔戦役の戦いの名残でできた湖に救われるなんて皮肉な話だけどね」


 そう締めくくると、案内するように先を歩いていたステラがこちらを向いた。

 雰囲気が変わったことで前ふりの終わりを察する。


「ニーズヘッグに暗殺依頼を出した人間が分かったから教えとくわ。犯人は私の叔父、ゴッソ・エスペランサだった」

「黒そうな奴がそのまんま黒かったってことか」

「ただ話は単純じゃなくて、ゴッソに入れ知恵した人間がいたの。リーファム商会を目の敵にする店の商会主が複数人ね」


 ステラの話を要約するとこうだ。

 借金濡れで困り果てたゴッソに商会主たちが話を持ち掛けたらしい。

 ステラの暗殺を企て、リーファム商会を乗っ取らないか、と。

 ご丁寧に彼らの持っていたニーズヘッグとのパイプと資金まで貸してくれたそうだ。

 

 実際の所、血縁関係にあると言えど、ステラの後釜に収まれる見込みはなかったが、ゴッソは一も二もなくこの話に飛びついた。

 仮にも自分の姪の命を金のために奪おうとした。

 救いがたい屑だな。


「まあ、商会主連中はゴッソがリーファム商会を乗っ取れるかどうかなんてどうでもよかったらしくて、スケープゴートとして利用してたみたい」


 商会主たちはステラを排除できさえすればよかった。

 ステラがいなくなればリーファム商会は消える。

 ゴッソにリーファム商会の商会主というエサをちらつかせ、ステラの暗殺を担わせた後は罪をかぶって自滅してもらえば、自分たちまで累は及ばない。


「リーファム商会が潰れれば従業員を囲い込める。そうすれば私が開発した商品のレシピなんかも得られると算段をつけていたようね」


 目障りなライバルが消え、新商品の足掛かりもゲットできる。

 成功すればまさしく一石二鳥だったが、現実はそううまくはいかない。

 企みに加担した者はもれなく御用となった。

 

「スピーディーな解決だったな」

「種明かしするとエアリスさんにお願いして手伝ってもらったわ。怪しい人間に片っ端から直球の質問をぶつけてみてね。それがなかったら向こうの目論見通り、ゴッソで捜査の手が止まってたかも。商会主をやってるだけあってタヌキだったけど、エアリスさんの能力にかかれば形無しね。本当にあの力は惜しいわ」


 ステラの領主代理の権限にかかれば証拠がなくとも逮捕できる。

 冤罪なら職権乱用だが、エアリスの嘘看破能力があればその心配もない。

 遠慮なく牢屋にぶち込んで取り調べられる。


「ニーズヘッグについては何かわかったか?」

「それがさっぱり。窓口はいくつか潰せたけど、調査は途中で途切れて本丸は謎に包まれたまま。ルージェナの中ならある程度無茶できるけど、街の外までとなると私の裁量を越えちゃうし……パトロンから邪魔も入りそう」

「深追いはしない方がいいかもな。また暗殺者を差し向けられてもつまらない」


 尻尾はつかめなかったか。

 戦いには勝ったが、敵を負かすところまではいかなかったということか。

 ニーズヘッグという組織はこれからも変わらず暗躍し、オレたちの前にその影をちらつかせるのだろう。


「お父様とお爺様に報告だけしとくわ。政治的手腕はあの人たちとんでもないから」

「侯爵って言ったら貴族の位は上から二番目? だよな。偉いってのはわかる」

「国の重鎮よ。ニーズヘッグのことも把握してるはず」


 だとしたら探りを入れるのはそちらに任せよう。

 味方になってくれれば心強いが……。

 オレもオレで清廉潔白な身とは言えないからな。


「なにはともあれ、ありがとうね。夕凪君が体を張って頑張ってくれたおかげで何とか生きてるわ。部下も一人も死なせずに済んだ。ちょっとゴタゴタして遅くなっちゃったけど、本当にありがとう。――心から感謝してる」


 そういうと、ステラは深く頭を下げた。

 オレは包帯を巻いた手のひらの無事を示すようにひらひらさせ、


「仕事の一環だからな。やることをやっただけだ。そんなに畏まるなよ」

「……そうね。だったらその仕事には報酬できちんと報いないと」


 ステラは微笑をたたえて、手を合わせた。


「勇者の手記についてよ」



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