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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第四章 取引と奇縁のリーファム商会編
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4-12 騒がしい夜


 

 喉元めがけて振り回された刃の切っ先を一歩下がってやり過ごす。

 なるべくギリギリの方が反撃に転じやすいのだが、オレはそんな強心臓じゃない。

 〝風読み(フォーサイト)″で安全だとわかっていても、委ねきれない。

 余裕をもって回避を行い、攻撃につなげる。

 後衛が本職のオレはいつも刃のやり取りに肝を冷やしている。


 まとまっていたならば大規模な魔法で一網打尽にできるのだが、あくまでステラを狙って散開しながら突破をかけてくる。

 エアリスも苦戦というほどではないが、攻めあぐねているようだ。

 接近して敵から強引に攻撃を引き出しているが、カウンターには限界がある。


 だが、直に戦っていると色々と見えてくるものがあった。

 それを伝えようと、戦いの手を休めずにエアリスにコンタクトをとる。


「エアリス、ちょっといいか?」

「なに? 言っとくけど、ようやく目に頼らずに気配を探るのに慣れてきたところだから、あたしに意見を求められても困るわよ」


 エアリスが牽制の眼光を鋭く飛ばしながら応じる。

 きちんと視線の先に殺気をぶつけられ、足を地面に縫い付けられたように動けないでいる敵がいるのだから恐れ入る。

 この短時間で適応したってのか。

 実戦のさなかにどんだけ目まぐるしく成長してるんだ。


「そう込み入った話じゃない。現状打破をするための作戦会議だ」

  

 オレの言葉にエアリスの猫耳がピクリと反応する。 

 ひっきりになしに敵が来るため手は止まらないが、興味を惹けたのがわかった。


「おそらく透明化の魔法を使えるのは一人だけだ」


 あまり悠長に説明してる暇はないため、本題から切り出す。


「透明化の魔法ってそんなありふれたものじゃないだろ? エアリスみたいに個人特有の技能魔法か、それに準じたもののはずだ」

「でも現実にこうして大挙して現れてるわけだけど」

「きっと一人が全員に魔法を付与してるんだ」


 人には魔力抵抗があるから付与は簡単ではない。

 しかし、時間と魔力をかければ魔法の効果を浸透させることもできる。

 エアリスは魔法が苦手なタイプだからやれないが、これだけの人数の透明魔法持ちをかき集めたと言われるよりは信憑性がある。


 なにより倒したはずの敵の透明化が持続している。

 術者本人じゃない証拠だ。


「でも、それって同じことじゃないの? 一人が魔法をかけて回っていようと、それぞれが自分に魔法を使っていようと」

「いや、術者が一人なら叩くのはそいつだけでよくなる。大本を断てば……」

「透明化の魔法が一気に解除されるってわけね!」


 確証はない。

 技能魔法のタイプによっては術者とは独立して効果をもたらすタイプかもしれない。

 魔法の細かな分類は複雑怪奇でややこしいのだ。

 推測の域は出ない。

 だが、賭けてみる価値はある。

 

 もたらされた朗報にエアリスは喜色を浮かべるが、ふと我に返り、

 

「でもどうやってその術者を探すの? この中にいても誰かわからないんじゃ……」

「片っ端から敵をぶちのめして当たりが出ることを祈る!」

「今やってることと何も変わらないけど!?」


 聞いて損したと、戦いと戻ろうとするエアリスに続けて言う。


「あとは、もしも本当に術者を倒して解ける類の魔法なら、敵は危ない橋を渡りたくないはずだ。いつでも逃げられる安全な場所で高みの見物をしている」

「なら……ユーマの力で見つけられる?」

「ちょうど一人だけホールの奥で突っ立ってる奴が……」


 そこでオレは魔力の波動を感じた。

 透明化の効果時間が切れて魔法のかけ直しをしようとしてるのか?

 だったら発信元をたどれば術者を特定できるが……。


 空間把握をより鋭敏に研ぎ澄ませて索敵するが、その作業の途中で思い違いを悟った。

 展開されてるのは目当ての魔法じゃない。

 攻撃を目的とした自然魔法だ。


 位置を気取られないように無詠唱で通常の数倍の時間を掛けてゆっくりと生み出す。

 しかも悪質なことにその魔法すらも色を失い、目視を阻害している。

 それがステラに向けられようとしていた。


「気を付けろ! 魔法で狙われて……!」


 警戒を促しかけたところで氷弾と矢が飛んできた。

 魔法を行使しようとしていた魔術師を瞬く間に無力化する。


「馬鹿にしないでください! 言われずとも魔力の波動ぐらい読めます!」

「ユーマさんは目の前の敵を!」


 フェルシーは周囲に氷を浮かべ、ラフィルは矢に弓をつがえながら言う。

 余計なお世話だったようだ、と味方の叱咤激励に低迷していた戦意を持ち直す。

 

「エアリス! オレは今から大本をぶっ叩いてくる!」

「わかった! だったらあたしはその間、敵を食い止めるわ!」


 ホールの天井すれすれを越え、目標と定めた敵に飛び掛かる。

 下がる気配を見せたため、先に退路を風の防壁でシャットダウンする。


「……ふうむ、やはり偶然ではないようだね。これは確証を持った人間の行動だ」


 独り言がつぶやかれ、剣が鞘を滑る音がする。

 迎撃するように振るわれた一閃を、オレは咄嗟に力に任せて弾き返した。

 これまでの敵は苦痛や驚き以外で声を発さなかったのに対し、こいつは妙に饒舌だ。

 慢心とも違う余裕に満ちた態度に頭が警鐘を鳴らす。


「しゃべっていいのか? 位置がバレるぞ」

「今更下手な芝居は打たなくてもいいとも。これだけ見事に返り討ちにされている彼らを見れば、君や彼女が何らかの手段で私の術を破っているのはわかるさ」

「私の術、ね。お前が透明化の魔法を操っていた魔術師で間違いないみたいだな」

「おっと、これはいらぬ情報を与えてしまったらしい。おしゃべりなのは私の悪い癖だ。あれはいつだったか、暗殺対象を前にぺらぺら口を回したせいで、その隙に……おや、私とのおしゃべりはお気に召さないようだ」


 くだらない過去話に取り合わず、剣を振るう。

 防御ごと打ち砕くつもりで剣に風圧を載せたが、上手く流された。

 透明化解除のためにさっさと仕留めてしまいたいが、一筋縄ではいかなそうだ。


 弾丸を撃とうと空いた手を広げるが、引っ込める。

 直後、指先を真空の刃が掠めた。

 危うく指が切り落とされるところだった。


「透明化の魔法に加えて風魔法まで……」


 まだ隠し玉があったのか。

 先手先手を打たれて、肩透かしを食らい、思うように戦えない。

 掴みようがない霞を相手にしている気分だ。


「その獣人族の女剣士は避けて行きたまえ。なに、近づかなければ噛みつかれることもない。見えてはいないはずだ」


 エアリスの能力の全貌を解き明かしたわけではないだろうが、彼女が能動的には戦えないことは露見してしまったらしい。

 獣扱いにエアリスから怒気が発されるが、文句をつけてる暇がない。

 守勢に回った剣士一人ではカバーできる範囲に限りがある。

 

 加勢に行きたいがオレも釘づけにされている。

 こいつだけは野放しにできない。

 仮にこの場を凌いでも透明化の魔法持ちを逃がしたら終わる。

 戦いから暗殺に仕切り直されたら、防衛は不可能だ。

 

「君が抜け、獣人族の女剣士も捨て置かれ……残った盲目に等しい彼らはさて不可視の暗殺者相手にどれほどもつかな?」

「そうそうお前らの思い通りにさせてたまるかよ!」


 剣を大振りに薙いで男を退かせる。

 その隙にテーブルに並べられたワインボトルをありったけ掻っ攫い、中の空気を膨張させてコルク栓を弾き飛ばす。

 逆さにしたボトルからあふれる赤ワインを空中に溜めた。


 赤色の液体を打ち上げ、風に乗せて広くホール中に散布する。

 無差別に、無色透明の襲撃者たちも例外なく色付きの雨でペイントされた。


「ほほう……なかなか面白い手品だが、残念」


 しかし、色がついたのは一時的だった。

 襲撃者たちに付着した汚れまでもが徐々に色を失っていく。

 やがて彼らは再び空間に溶け込んだ。


「この魔法はかけたものを透明にする。透明で在り続けさせる。たとえ血で塗れようともペンキをぶちまけられようとも数秒で元通りだよ。透明化を解くには私の保有魔力が底をつくのを待つか、倒すしかないと言っておこう」

「っ、便利な魔法だな。いっそクリーニング屋にでも転職したらどうだ!」

「汚れは見えなくなるだけで綺麗になるわけじゃないさ。彼らの服は後で洗わないとね」

「代わりの服なら囚人服が用意してあるだろうよ!」


 早く倒さねばという焦りが前のめりの攻めを選択させる。

 守りを薄めて攻撃に比重を傾け、肩口とわき腹を浅く刃で裂かれながら踏み込むが、読まれたようにいなされ、距離を詰めさせてくれない。

 あからさまに時間稼ぎをされている。

 

「相打ち覚悟かい? お姫様のピンチによほど焦っていると見える。無理もない、透明というハンデを無視して戦えるのは君だけのようだしね。ちょっとは鍛えてはいるようだが、中庸な使用人たちでは肉盾になるのがせいぜいだろう」

「言ってろ! お前さえさっさと倒せれば!」

「馬鹿にしないでください。――そう言ったはずです」


 それは誰に向けられた言葉だったのか。

 冷ややかに語るフェルシーの声に、ピシリと何かの割れる無機質な音が共鳴した。

 ガラスではなく、薄氷の踏み割れる音。


「うらぁっ! そこだあっ!」


 続くレグルの気勢のこもった無骨な鋼の閃きで一人の襲撃者が屠られた。

 見れば足場が氷の板にて埋め尽くされている。

 

 ほんの少しでも重さが加われば、脆く砕けるような厚さに設定されたフィールド。

 誰かが踏めば必然的にレグルの知るところとなる。

 透明化の利点はほぼ死んでいた。


 オレは先ほどのフェルシーの言葉を噛みしめていた。

 強さが上だからと言ってオレは心のどこかで見くびり、保護者気分でいたのだろう。

 戦力として数えていなかった。

 

 フェルシーはそれに反駁した。

 舐めるなと、馬鹿にするのも大概にしろと行動で意地を示した。

 オレはそれを受けとめ、今度こそ後ろを気にするのをやめた。

 

「……やれやれ、これは一本取られたようだ。舐めすぎたかな。いくら見えないからと言って正面から殺しに行くのは賢くなかった。依頼主だからといっておかしなオーダーはつけないでほしかったものだよ」

「魔法の能力と使い方がマッチしてなかったのはそのせいか」

「当然じゃないか。私の自由にできたなら警戒される前に暗殺していたよ。夜中に寝所にでもお邪魔してね。どうも依頼主はリーファム商会の評判も落としたかったようで……おっと、またしゃべり過ぎた。私の良くない癖だ」

「どっちでもいいぞ。捕まってからしゃべるのでも、ここでしゃべるのでも。暗殺者としての風聞なんて気にするな。どうせ今日で廃業だ」


 〝風読み(フォーサイト)″の範囲を絞る。

 構えるより早く動き出されたが、オレは取り乱すことなく冷静に切り結べた。

 強敵だが、パワーと手数、先読みではこちらが上回っている。

 焦りが抜けたのもあって、十合も打ち合わないうちに優勢がこちらに傾いてきた。


「本当にやりにくい相手だよ、君は。このままじゃ、私までやられてしまいかねない。少し戦い方を変えさせてもらうとするよ。――〝乱流斬舞(タービランス・フラッター)″」


 詠唱で刃を基軸として風が舞う。

 オレの使い方と似ているが、あれは加速や質量の付与ではなく刃そのものの増設だ。

 武器のリーチは伸びるどころか枝分かれし、氾濫している。

 形状はもはや剣とさえ言えないだろう。


「……絶えず流動する風の刃か」

「ご明察。本当に自分が透明なのか不安になるよ。ただこればかりは見えていても関係はないさ。不定形な風ゆえに自在に形を変えられる。見切って躱したつもりが、気づけば真っ二つなんてことも……っと、いけないいけない。またしゃべり過ぎた」


 真一文字に空を切ると、追随して床やテーブルが切り裂かれた。

 刃の軌道は読めても範囲が読めない。

 剣で受け止めても、風の余波で体がズタズタになるだろう。


「それじゃあそろそろパーティーの幕引きだ。最後のダンスとしゃれこもう」

「勝手に一人で踊ってろ。〝風の弾丸(エア・バレット)″!」

 

 誘いに乗らず、距離を保って一方的に撃つ。

 向こうは剣を盾代わりに弾幕を遮ろうと試みるが、貫通して命中させた。

 それでもなお我が身を顧みず、直進してくる。

 捨て身で致命打を与えようという腹積もりだろう。


 猛攻を潜り抜け、剣の切っ先をオレの顔面に突きこんできた。

 オレは半歩横にずれ、刺突を虚空へ通す。

 

 しかし、それは数ある刃の一つでしかない。

 無作為に舞う風魔法が肩口の肉を抉り、首に走る血管を引きちぎる――そんな未来がいつまでたっても訪れないことに、相手は動きを止めた。

 複雑な表情までは読めないが、きっと不可解を顔一面に飾っていたことだろう。


「おかしい、なぜ……風が、やんだ?」 

「――『事象操作』。自分が生み出した空気にとどまらず、元から世界に存在する空気、ひいては人が生み出した空気すらも簒奪し、掌握する力だ」

  

 来るとわかっていれば空気を媒介にしたありとあらゆる攻撃はオレに通用しない。

 触れるもの全てを切り裂くほど荒れ狂う風も凪いでしまう。

 風の刃系統の魔法は未習得だったが、生み出すのではなく壊すことならできた。

 

 やりにくいって言ってたな。

 敵ながら同情するほどに能力の相性が悪かった。

 透明化は見通され、風の制御は容易く奪われる。

 天敵と言ってもいいほどだ。


 大きく泳いで無防備になったところを鞘のついた剣で獲る。

 ミシリと軋んだ手応えを残して透明な身体は地面に沈み、手からこぼれた剣が床タイルを滑っていった先で可視化された。


 やがて会場には既に倒れた襲撃者や右往左往する男たちの姿が現れだした。



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