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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第四章 取引と奇縁のリーファム商会編
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4-10 かくしてパーティーの幕は上がる



「本日は我がリーファム商会の主催するパーティーにお越しいただき、感謝申し上げます。皆様のご支援のおかげでリーファム商会は近年まれに見る飛躍的な成長を遂げ、多くの分野で成果をあげました。また……」


 壇上で挨拶を述べるステラをぼんやり眺めながら、人心地つく。

 慌ただしかったが、パーティーの準備は手抜かりなく終えられた。

 まずまず成功と言っていいだろう。

 

 普段の蓮っ葉な振る舞いを見ていると感じにくいが、こうして身なりと言葉遣いを改めれば立派な淑女だ。

 人を惹きつける演説の手腕も大したものだ。

 所作の一つ一つが堂々としていて、それでいて淑やかを失っていない。

 壇上に立つステラは眩しいほどに輝いていた。


 会場も大勢の来賓客で賑わっている。

 ここにいる人々はステラの支援者、もしくは新たに出資しようと考える者たち。

 それぞれが社会的な地位や財力を持っている。

 皆、煌びやかなドレスや燕尾服で着飾り、会場を華やいだものにしていた。


「それでは皆様、どうぞごゆるりとパーティーをお楽しみください」


 ちょうどそこでステラの挨拶が終わり、パーティーが始まる。

 立食形式の堅苦しくない形態のパーティーで、来賓の客は思い思いの相手を見つけ、コネクションを作っていた。

 ステラは特に人気で、話し込んでいる彼女の相手がいなくなるのを手ぐすね引いて待ち構えている者が散見された。


 異種族排斥を旨とするクロニクル教徒もいるとのことで、エアリスとラフィルは裏方仕事だ。

 冒険者の宴会などと比べるべくもない煌びやかな場にオレ一人がぽつんと紛れてしまっていることに場違いさを感じてしまう。

 無難に仕事をこなしつつ、機を見てテラスに逃げた。


「ふう、夜風が気持ちいいな……」


 冬の訪れを感じさせるひんやりとした風で会場から持ち帰った蒸し暑い空気を払う。

 窮屈な執事服でひっきりなしに動いていたせいで服の中まで汗で蒸れていたが、手であおいでいる内に不快感は解消された。

 服の首元を緩め、しばらく涼んでいると背中に声をかけられた。


「こんなところで何をしているのかしら、この執事さんは」

「ステラ……?」


 振り返るとパーティーのホストであるステラがじとりとした目で見ていた。


「お前こそどうしてここに? パーティーの主役がこんなところで油を売っていていいのかよ。この機会に新しい出資者を募るんじゃなかったのか。お前と話したそうにしていた客が行列を作ってたぞ」

「挨拶回りやら商品説明やらがひと段落着いたから、ちょっと休憩してるだけよ。そしたらうちのパート従業員が仕事をさぼってるのが見えたから」


 ステラはオレの横に陣取ると、だらしなく手すりに身を預ける。

 非の打ちどころのない振舞をこなし続けていただけあってお疲れのようだった。

 集った客から完璧と持て囃された少女の人間らしい一面に頬が緩む。


「別にさぼってたわけじゃ……ついさっきまでちゃんとトレイ片手に客にアルコールをふるまってたよ。だけど途中、やけに絡んでくる貴族に遭遇してさ。酒にうるさい貴族で扱いがまるでなってないだの、選出が雑だの文句をつけられて……酒までひっかけられた」

「それで嫌になって逃げだしたと。私だって大変なの我慢してたのに」


 暗に根性なしとなじってくるステラにオレは首を振って弁解する。


「いや、そこまで言うならと厳選した強めの酒をブレンドして飲ませたところ、見事に倒れたもんだからフェルシーに追い出された」

「なんてもの飲ませてんのよ!?」

「『竜殺し』と『春の芽吹き』をブレンドしたオリジナルカクテル。名前はそうだな……『竜の息吹』なんてそれらしくていいんじゃないか?」

「私は酒の名前が聞きたかったんじゃない!」


 頭を抱えて叫ぶステラの声が静かな庭に響く。

 壇上のステラに見惚れていた客の誰かがこの場面に遭遇したら目を剝いて驚いだだろうが、生憎とこの場にはオレたち二人以外の姿はなかった。


「ああもう何してくれてんのよ。後で文句を言われたらどうすんのよ」

「憎き敵を討ち、なおかつ穏便に仕事から外される方法を考えたらああなった」

「全っ然、反省してないでしょ!?」


 ステラは青筋を浮かべて、がくがくと襟首を前後に揺らした。

 それから荒ぶる感情を沈めるべく額に手を当てて呼吸を整えると、切り替える……というよりは記憶から抹消するように頭を振った。


「まったくもう好き勝手やって……まあ、いいわ。人の家の使用人に無礼を働く礼儀知らずに礼を尽くしてもしょうもないし」


 気持ちに整理をつけたらしいステラが外づくりのたおやかな微笑で、


「ところで夕凪君。侯爵家の令嬢であるこの私が着飾っているのよ? 男として何か一言あってしかるべきじゃない?」

「え、あ、一言って……?」

「なんでもいいわよ。感想とか思ったこととか、ね?」


 ステラはその場でくるりと一回りした。 

 彼女が着ている肩の露出したイブニングドレスがふわりと舞った。


 ドレスは藍色を基調としたカラーリングで一纏めにされた美しい水色の髪とよくマッチしている。

 元々良かった素材は薄く化粧を施したことで花開いた。

 リップを塗った唇はみずみずしさを帯び、視線を惹きつけてやまない。

 先ほど会場を歩き回っていた際に散々耳に入ってきた賞賛ですら足りないぐらいだ。


 気安く接してきた少女の変貌にオレは照れくさくなる。

 じっと見つめてくるアイスブルーの瞳から耐えられず目線を逸らし、最初に浮かんだ一言を少女に送った。


「……胸元が厳しいな」

「散々引っ張っておいてそれ!?」


 羞恥で顔を真っ赤にしたステラが胸を押さえる。

 侯爵令嬢として社交界の場で幾度となく同じようなデザインのドレスを着ているはずだが、改めて指摘されると恥ずかしいらしい。

 我に返るともいう。

 

 それが当たり前という常識の中で育ったのならどうとも思わなかっただろうが、彼女の中には別世界で生きて培ったもう一つの視点がある。

 前世の記憶があるというのも考え物だな。


「ああもう、辱められた……。ある意味、これまでのどんな歯の浮いた賛辞より心に響いた。今日はもうこの格好で人前に出られる気がしない……」

「リーファム商会の発展のためだ。身を削って頑張るんだな」

「他人事のように……だいたい、これ以上商会を大きくしてもね」


 ステラは手すりに重ねた腕の上に気だるげに頭を預ける。


「私がね、あっちの世界のアイデアを持ち込んだのは暮らしを豊かにするため。食べたいものがあったし、科学が発展してない分不便もあったから。そして、商会を興したのはみんなの暮らしを豊かにするため」

「みんなっていうのは……」

「フェルシーやレグルみたいな寄る辺のない人たち。みんな様々な事情で最低辺に落ちて、明日も知れぬ生活を送っていたわ。知識では知ってたけど、初めて奴隷やスラムの住人を目の当たりにした時は衝撃的だった」


 そうだ、貴族という恵まれた生まれの彼女。

 そして、日本という平和な国で安穏と暮らしてきたオレ。

 どっちも頭でっかちの世間知らずで、切迫した苦境やどうにもならない現実に挫折したことはなかった。


「侯爵令嬢でも……ううん、侯爵令嬢だからこそ勝手なことはできない。自由にやるには実績と別の立場が必要だった」

「それがリーファム商会か」

「うん。鑑定魔法と前世の知識だけじゃ全然足りなくて、試行錯誤の連続だった。両親を説得して、経営を学んで、人脈を作って……ほんっと苦労したわよ」


 苦労を語るわりにステラは楽しそうだった。


「やりがいはあるんだろ?」

「ま、世界は広がったわね。見える景色も変わったかな。夕凪君は? 冒険してきたんでしょ? 私にばかり話させないで教えてよ」

「オレか。そうだな、苦労話ならいくらでもあるぞ。けど、犯罪に抵触していない範囲で話すとなると難しいな……」

「社会で生きる上で最低限の条件じゃないの!?」 


 主に敵対種族である魔族の隠匿と街を治める王国貴族への反逆行為だ。

 どちらもギロチン台への特急券である。

 一生胸にしまっておかないといけない。


 ステラは指を組んでググっと背を伸ばして一息置いた。

 表情を改め、オレに向き直る。


「ねえ、夕凪君は今後もうちで働く気があったりしない?」

「オレが? お前の商会で?」


 唐突なステラの勧誘に面食らう。

 冗談かと思いきや、ステラの表情は真剣そのものだ。


「基本的な教養は十分な上に、私と同じだけの持ち出しの知識がある。仕事の呑み込みも早いし、護衛の仕事もなんなくこなせるぐらい強い。一緒に働いてくれるなら心強いわ。好待遇で迎えるわよ?」


 どう? とステラが小首をかしげる。

 正直、心が動かされないでもなかったが、オレの答えは決まっていた。


「悪いな。前に言った通り、オレは元の世界に帰らなきゃならないんだ。悠長にこんなところで働いてる暇はないよ」

「……そっか、残念。夕凪君みたいに気兼ねのない同僚が欲しかったんだけど」


 少しだけ寂しそうにステラは言った。

 オレから顔を隠すように体を反転させ、月夜を仰ぐ。

 

「エアリスさんにもフラれちゃったし、人望ないなあ」

「あいつも断ったのか」

「そうよ。まあ、もし気が変わったらその時は教えて。いつでもこの商会で雇ってあげるから。その時はもちろんエアリスさんも忘れずにね」

「……覚えとくよ」

「そろそろ戻らなきゃ。それじゃあ、また後で」


 ステラは貴族令嬢らしくドレスをつまみ、淑やかにお辞儀をする。

 オレも叩き込まれた礼を返し、パーティー会場に戻るステラの姿を見送り――、


 去りゆく彼女の手を取った。

 

「え? どうしたの夕凪君……?」


 困惑するステラを手の届く範囲に置き、神経を周辺の警戒にあてる。

 会場から差し込む光源では満足に見渡せない。

 オレは視界から薄暗い中庭を外さないまま、ステラに短く告げた。


「誰かが屋敷の近くで魔法を使った」

「嘘……こんなところで? まさか襲撃? き、気のせいじゃなくて?」


 気のせいを完全に否定することはできない。

 見間違い、聞き間違いと同じように魔力の波動を誤認することがないでもない。

 だが、こうして感じたからには警戒すべきだ。

 事前に襲撃者の存在が明るみに出ているなら尚更だ。


 風魔法で調べることもできるが、大っぴらに魔法を使えばそれこそ騒ぎになる。

 襲撃を確信できるまでは迂闊に動けない。


 異変があればすぐわかる。

 パーティーの会場である屋敷周りには多くの衛兵が配備されている。

 普段以上に警備が厳重で、最も襲撃が困難なタイミングだ。

 相当な手練れでもなければ気取られずに侵入することはできない。

 この中を突破してくるのか?

 それは暗殺というより……もはやテロだ。


 じっと耳を澄ませるが戦闘の気配はない。

 数分経ってステラがおずおずと「やっぱり夕凪君の思い過ごしなんじゃ……」と、言いかけたところですぐ近くを魔力が通過したのを感じた。

 集中していなければ、見過ごしそうなほど微弱な量。

 攻撃系統の魔法じゃない。

 それならもっと早く、それこそ魔法が現象化する前に感知できる。

 

 この感覚には覚えがある。

 これはそう、強化魔法で勘を先鋭化している時のエアリスのような……まさか。


 一つの可能性に行きあたり、ステラを見る。

 彼女はいまだに状況が飲み込めないのか、棒立ちだった。

 身に迫る脅威にあまりに無防備だ。


 とにかく遮った。

 考えがまとまらないまま、直感で動く。

 ステラと、魔力を発している『それ』との間に割り込ませるように腕を伸ばす。

 魔法を使う手間も惜しかった。

 

 ――直後、その右手の甲を何かが貫いた。



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