4-9 犯人探しで会議は踊る
「……ということがあったわ」
ステラの執務室で情報共有をする。
この場にいるのはオレを含めて六人。
商会側の代表三人と、冒険者組の三人だ。
皆一様に難しい顔をしている。
間食用にと皿に積まれたタイヤキの顔が妙に間抜け面だった。
おやつ作りの散策がとんでもないことに発展したものだ。
「襲撃者は衛兵に引き渡して牢屋送り。ついでに尋問して情報を絞り出させたわ。敵もプロでなかなか口を割ろうとしなかったけどね」
ステラはにやりと笑った。
尋問にはエアリスが力を貸した。
対象の本名がわかり、そこから身元を割れるステラの鑑定魔法。
いくら嘘偽りを並べようと一発で見破れるエアリスの強化魔法。
情報の秘匿を重んじる裏家業の人間にしてみればこれ以上なく嫌な組み合わせだったことだろう。
「襲撃者はニーズヘッグという組織に所属していたわ。目的は私、ステラ・エスペランサの暗殺。動向を見張ってたところ、私が屋敷を抜け出したから好機とみて人気のない倉庫街で襲い掛かって来たみたい」
「最初からつけられてたのか……」
ニーズヘッグの関与を知って、ラフィルが表情に陰りが生まれた。
ラフィルの育った故郷はニーズヘッグに滅ぼされている。
震える指が見えて、オレは彼女を膝に載せた。
無言で見上げられてその頭を撫でる。
僅かでも不安を拭えるように。
されるがままラフィルは目を伏せ、小さな体躯をもたれかけさせてきた。
そんな無言のやり取りをしていると視線が集まったため、オレは誤魔化すように咳払いして、乞われもしない説明を差し挟む。
「ニーズヘッグはいわゆる犯罪シンジケートだ。聞きかじった話では金になるありとあらゆる犯罪に手を出してるらしい。オレたちも一度かち合った相手だけど、実態はほとんど謎だな。命令系統も具体的な構成人数もわからない。貴族とも繋がりがあるみたいだし、一筋縄ではいかないのは確かだ」
ここでオレが奴らの手先に遭遇したのは果たして偶然だろうか。
オレはかの組織に人員と金の損害を与え、取引相手の一人を失わせた。
命を狙われる理由には事欠かない。
いや、さすがに自意識過剰か。
狙いがステラの暗殺だと明言されていたし、襲撃者はオレのことを知らないようだったから、やはり無関係と考えるべきだ。
所詮オレは通りすがりの冒険者。
たかだか一冒険者にいちいちかまけるほど犯罪組織も暇ではないはずだ。
メンツ云々もあるから一概には断言できないが……。
「つくづく夕凪君がいて助かったわ」
「ユーナギ君?」
「悠真君」
エアリスに首を傾げられて、しれっと言いなおすステラ。
嘘を見抜く猫耳に尻尾を揺らしながら見つめられ、ステラは目を泳がせていた。
興味を移すためにエアリスの鼻先にタイヤキを差し出す。
「ほーら、エアリス、タイヤキだぞ。美味しいぞ」
「魚パン? ん、なんか入ってる……」
「あんこ。豆の砂糖煮だな」
「変わった味ね……甘すぎなくてパン生地に合う。でもなんで魚の形?」
そんな感想を述べながらもぐもぐとタイヤキに食いついていた。
完成品を食べたことがある身としてはまだ改良の余地がある味なのだが、初めて食べる人間にしてみれば満足できる出来栄えのようだ。
「とにかくこの後の事よ。第二波を考えて動かなきゃなんないわ」
「まだ続くってのか? 襲撃者の取り逃がしはねえんじゃ?」
「尋問で後詰めの人員がいることが判明したわ。人数までは知らされなかったみたいで、あとどれだけいるかは不明だけども」
敵の残数もわからず、潜伏場所もわからない。
いつどこから来るかもわからない襲撃者に怯えて神経を常に張らないといけない。
「襲撃する側より襲撃から守る側の方が大変だな」
「襲撃するより……?」
「物の例えだ。依頼主は? 誰がニーズヘッグにお前の暗殺依頼を出したかわからないかったのか? それさえ突き止められれば」
「残念ながらまだよ。間に連絡係や仲介を何人も挟んですぐにはわからないシステムをとってるらしくて、捜査が難航してるわ。衛兵に命じて本元を辿らせてるけど、もうしばらく時間がかかりそうね」
頬杖をついたステラは緊張感なくペン立てを指ではじく。
まがりなりにも後ろ暗さ満載の犯罪組織だ。
それぐらいの用心はしているか。
「下手人から遡るんじゃなくて直接依頼主に見当をつけられないか? 動機があって、金があって、犯罪組織との伝手がある奴。候補は限られるんじゃないか?」
「……とは言われてもね。貴族って立場を忘れても急速な発展を遂げた商会の商会主なんてやってたら邪魔には思われるでしょう」
「それで暗殺か? 動機としては弱くないか」
貴族殺しは上から数えた方が早いほどの大罪だ。
間に人間を立てたとしても発覚した際に払わされるリスクを考えれば、よっぽど旨みのあるリターンがなければ、おいそれと実行できないだろう。
「お前を殺すことで直接的な利益が転がり込んでくる人間は? 例えば……リーファム商会の実権を握れるとか、エスペランサ家を継げるとか」
「私が死んで……ううん」
「ありません。リーファム商会の裁量権はお嬢様が掌握しています。従業員もお嬢様を慕う者ばかり。万が一お嬢様の身に何かあった場合、移譲ではなく空中分解が起こるでしょう。継承権に関してもお嬢様は侯爵家の一人娘ですから」
推理は的外れのようだ。
別路線で考え直そうとした時、ステラがぽろりと零した。
「……ゴッソ、とか?」
「なるほど、失念していました。あの男ならやりかねませんね」
「とびっきり怪しいもんだからむしろ盲点だったぜ」
オレたちは置いてけぼりにして主従三人が口々に頷く。
ずれた認識の歩調を合わせようと、ステラが補足する。
「ゴッソ・エスペランサ。血縁上は私の叔父にあたる人物よ。一言で評するなら……典型的なダメ人間ね。酒とギャンブルに溺れて、金があれば見境なくつぎ込む。父に商会を任されたことがあるけど、好き勝手やった挙句倒産。借金まみれよ」
そりゃまたあからさまに怪しい容疑者が浮上してきたな。
「面識はあるはずよ。前に屋敷に金を無心しに来てた男がいたでしょ」
「……ああ、あの小汚いおっさんか。しつこく金をせびったくせに、もらえないと分かった途端暴言を吐いて帰っていった」
本当に聞くに堪えない暴言の数々だった。
直接言われたわけではないのにオレも腹を立てさせられた。
『たまたまうまくいった小娘が調子に乗りやがって』
『素性の知れない奴隷やスラムのゴミを雇うなんて狂ってるとしか思えない』
『獣まで屋敷で働かせるとはついに頭がおかしくなったか』
努力をしない人間が、努力している人間を貶す。
見ていて気分が悪くなる。
最後の一言が決め手でうっかり意図的にオレは手を滑らし、熱湯の入ったティーポットの中身をゴッソの頭皮にご馳走してしまったぐらいだ。
ドジっ子執事である。
ドジなら何をしても許されるのである。
オレを目の敵にしていたフェルシーも許してくれたぐらいだ。
「ステラが死んだらあいつに遺産が入るのか?」
「銅貨一枚すら入らないんじゃない?」
「暗殺を依頼できるだけの金は?」
「借金まみれって言ったでしょ」
「犯罪組織との伝手は……」
「アウトロー寄りの人間だけど、その道に精通してるわけじゃないからなさそう」
犯人当てをする探偵気分で目をつむり、寄せられた情報を吟味する。
導き出された推理はずばり、
「容疑者候補から外していいんじゃないか?」
「でも怪しいのよねえ。今に目にものを見せてやるとか言ってたし、最近になっていずれ財産は全て俺のものだとか」
「それ言って殺したら馬鹿では」
「馬鹿なのよ、あいつ」
いくら馬鹿でも脅迫まがいのことを口にして、後日その通りのことが起きればまずいということぐらいわかりそうなものだ。
罪を自供しているようなものだぞ。
しばらく聞き役に徹していたエアリスがやるべきことを明確化させる。
「とにかくあたしたちは暗殺の依頼者を洗い出している間、ニーズヘッグの手からステラさんを守りきればいいってわけね」
「ええ。楽観はしませんが、さほど難しいことではないでしょう。あの練度の魔術師に代わる補充人員などすぐに整えられるものではないですし、心強い味方もいます」
おやおや、それはオレのことかな?
そこまで期待されたら応えないわけにもいかない。
最初の悪印象から随分と変わったものだと感慨に浸るが、よくよく見るとフェルシーの視線はオレではなくオレの膝にちょこんと座るラフィルに注がれてた。
……なんでこの子、そんな期待の目で見られてるんだ?
「とりあえず屋敷周辺の警備を強化すっか。お嬢は当分外出禁止な」
「えー、囮捜査とか面白そうじゃない?」
この不用意な発言によりステラの執務室の窓には脱走防止の鉄格子が嵌められ、ドアには外からの解錠のみを受け付ける錠前が取り付けられることとなった。
オレもステラに死なれては困る。
勇者の手記の情報は彼女の頭の中に保管されているのだ。
◇◇◇
その日から警護体制を一新し、戦える人間はステラの傍に常駐した。
外出は徹底的に控え、やむを得ない用事がある時は護衛を手厚くする。
効果はあったのかあれ以来襲撃は鳴りを潜めている。
監視されている様子もない。
警備の厳重さに諦めたというなら助かるが、あの組織のしつこさは折り紙付きだ。
依頼者をどうにかしない限りは緩めない方がいいだろう。
その依頼者もまだ判明していない。
捜査は空振りが続いている。
しかし、虱潰しにしていけばいつか調べがつく。
ニーズヘッグのことをヴェルにも伝えようと思ったが、捕まらなかった。
宿に戻っている様子もない。
ギルドで情報を集めたところ、数日前に街の外に出かけるのを見た人間がいた。
どうやら湖の方面に向かったらしい。
観光に飽きて魔物の討伐依頼でもこなしに行ったのだろうか。
宿に書置きを残したが、返事はなかった。
そして、一日二日と過ぎ。
そのまま何事もなくパーティーの当日を迎えた。