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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第一章 開幕と冒険の辺境編
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1-7 どんでん返し



 エアリス曰く、オレの詠唱は恐ろしく短いらしい。

 特に意識したことはない、というよりも他の魔術師を一人も知らないオレには比較のしようがないのだが、彼女が言うならそうなのだろう。


 そしてオレはこの決闘に臨む際、杖を手にしていなかった。

 杖は魔法の発動媒体となるものでこれがあれば魔法の発動を早めたり、威力を上げられるため、ほとんどの魔術師にとっては必須のアイテムだ。

 杖じゃなくとも、装飾品型のものなどがあるそうだがこれは高価で希少品。

 つまりオルゲルトから見て、オレは戦闘態勢にすら入っていない状態だったのだ。


 そして、とどめとしてオレはつい先ほど登録したばかり。

 冒険者の中でも最も低いFランクという肩書を頂戴している。


 長々と話したが何が言いたいのかというと、オルゲルトはまさかオレが接近までの短い時間に有効な魔法を完成させられるはずがないと思い込んでいるであろうということだ。

 予想が出来なければ身を守ることもできない。

 つまりは呆気ない幕切れだ。

 しかし、これは正しくも間違いだった。


「――っ! 遅えええええっ!!」


 オルゲルトは詠唱が終わるよりも早くこちらへ接近しようとしてきた。

 予想通りの行動。

 しかし、予想外の動きのキレ。

 トップスピードと思われた速度からの更なる急加速にオルゲルトの姿がぶれる。

 人間離れした強い踏み込みで床がミシリと軋み、足跡が残った。

 オルゲルトの纏う雰囲気が一変し、空気が歪んだ。


「……んん?」


 ちょっと待とうか、なんだそのスピード?

 さっきとはケタが――いや、次元が違う速さだ。

 これは果たして、人間に出せるスピードなのか?


 まさか今の今まで手を抜いていた?

 え? ギルドに昼間からたむろしてる暇なチンピラ? ……え?


 まとまらない思考の中で、迫りくる拳から顔を守ろうとオレは反射的に腕をクロスさせ、来たるべき痛打に備えるが、顔面狙いかと思っていた拳の攻撃はフェイント。

 もう片方の拳がみぞおちに叩きこまれた。

 その鋭く重い一撃に防具をつけているにも関わらず、とてつもない衝撃が突き貫ける。

 身体の動きが、思考が、あるいは心臓の鼓動すらも一瞬すべて停止した。


 体をくの字に折り、強引に吐き出させられた空気を求めて必死にあえぐ。

 うまく肺に酸素が入って行かない。

 痛みをこらえ、オルゲルトの方にせめてもの抵抗と鋭く目を向ける。

 オルゲルトはニヤリと笑い返し、両手を組んでオレの背中へと振り下ろしてきていた。

 容赦など微塵もなかった。


 背骨に響く衝撃。

 オレはその攻撃をもろに受けて地面へとたたきつけられる。

 手を床に付けて勢いを和らげる暇すらなく、したたか顔を打ち付ける。


 しかし、攻撃はこれで終わりではなかった。

 オルゲルトはその場でくるりと一回転し、勢いのまま蹴りを叩きこんでくる。

 暴力が凝縮されたような強烈な回し蹴り。

 地面に這いつくばるオレにその蹴りをかわす暇があるわけもなく、体がボールのようにぶっ飛ぶのを他人事のように見ていた。

 視界の中の風景が次々と目まぐるしく変わっていく。


 十数メートルほど吹き飛ばされただろうか。

 数秒ののち、オレはギルドの食事スペースに突っ込んだ。

 騒がしく椅子やテーブルをなぎ倒し、料理の乗った皿をぶちまけ、ようやく止まった。


 全身を鈍い痛みが襲う。

 もしかしたらどこかしら骨が折れてしまっているのかもしれない。

 口の中でじんわりと鉄の味が広がる。


 人間一人をこれだけの距離吹き飛ばすなんてどれだけの怪力を誇ってやがる……。

 もう一発もらったら確実に意識が飛ぶ。

 オレの予測は見事に外れた。

 こいつ全然小物じゃないぞ。

 技術もスピードもパワーも一級品の本物。

 肉弾戦のプロフェッショナル、世界を狙えるレベルだ。


「やりすぎたか? いや……おいおい、もしかして今の数発で終わりなんてことはねえだろうな? これでもだいぶ手加減してやったんだぜ。もちろんまだまだいけるよな? なにせ将来のSランク冒険者様なんだからよお。ぎゃはははははは!」


 オルゲルトは何事か呟いてから、にやにや笑いながらこちらに近づいてくる。

 やばい、早く体勢を立て直さなければ。

 焦りが募るばかりで体が思い通りに動かせない。

 これは十秒や二十秒の短い時間で復活できるようなダメージじゃない。


 この状況でオレにできることは何か考えろ……!

 きっとなにかあるはずだ。

 勝てなくてもいい、この場を無事に脱することさえできれば……!

 今、オレに残された手立てはたった一つ――。


「……あれしか、ないか……」


 呟き、オレは体に力を込めた。

 右手を床につき、腹筋と体幹に力を入れ、上体を起こす。

 全身に痛みが走るが気力で何とかねじ伏せる。

 オルゲルトはそんなオレを訝し気に見るが、手を出してはこなかった。


「……なんだ? まだ何かするつもりか、てめえはよ? もう体のいたるところがボロボロじゃねえか。立ち上がることすらできてねえ。体を起こすのがやっとって感じだぜ? そんなんで何ができるってんだ」 

 そこで、ふと何かを思いついたかのような表情を浮かべ、口角をつりあげる。


「それとも今から土下座で謝るか? なら聞いてやらんことも……」

「すいませんでした!」


 流れるようにオレは土下座に移行した。

 恥も外聞もない行動に痛いほどの沈黙が辺りを包んだ。

 やけにゆっくりと時間が過ぎる。

 オルゲルトは怪訝な顔をしていたがやがて、

 

「……ちっ、つまらねえ野郎だ。二度と冒険者ギルドに面を見せんじゃねえ」


 興ざめだといわんばかりに踵を返すと、その場から立ち去っていく。

 冒険者ギルドの中にもほっとしたような空気が流れた。


 難を逃れたオレは顔をあげ、オルゲルトの方を見る。

 

 そして、その無防備な背中に魔法を叩き込んだ。

 

 使用した魔法の名前は〝突風(ストリーム)″。

 最大規模の風を最大風速で叩きつける魔法だ。

 言うまでもなく、攻撃を悟られないために無詠唱による発動である。


「なっ! はぁ!? 卑怯――」


 さすがというべきか、オルゲルトは直前で背後に迫る魔法に気付いた。

 だが、すでに防御も回避も間に合わない。

 ギョッとした表情を浮かべ、体を硬直させる。

 オレへの罵りの言葉を口にしようとするが、言い切る前に風に飲み込まれた。

 

 普通に撃っては避けられるかもしれない。

 何しろ相手は世界を相手に戦っていけるレベルの男だ。

 それを危惧したオレはオルゲルトの不意を突くために念入りな小細工を仕掛けた。

 それはもうオルゲルトの不意打ちに負けず劣らずの小物臭あふれる小細工を。


 説明するまでもなくわかるとは思うが、戦いの前のテンプレシミュレーションである。

 まさか自分が土下座する側に回るとは世の中わからないものだ。


 もしかしたら頭を下げてもなおオルゲルトが暴行をやめなかった可能性もあったが、人の目があるギルドの中でそこまではするまいとオレは読んだ。

 頭脳プレイの大勝利である。


「ぐ、おおおぉぉぉおおっ!?」


 オルゲルトはスピードを衰えさせないまま勢いよくギルドの壁に衝突した。

 轟音とともに壁に大きな亀裂が走る。

 それでもまだ止まらない。

 

 ごく僅かな停滞を挟み、オルゲルトの体は壁を突き抜ける。

 そのまま大穴の向こうへと姿を消した。

 それを見送りながらズボンについた汚れを払う。


「う……嘘だろ? オルゲルトさんがあんな坊主にやられただと……?」

「いやいや……あの人はあれで最高位の……」

「ギルドの壁が……駆け出し冒険者であんなのありかよ?」


 周りで見ていた冒険者や受付嬢さんは突然の出来事に思考が追い付いていないのか、一人の例外もなく唖然とした表情で固まっていた。

 はたしてオレがいきなり不意打ちをしたことに驚いたのか。

 オルゲルトという冒険者を倒したことに驚いたのか。

 どっちでもいいか。


「ふぃー、激戦だった……」


 結構足に来ていたので、オレは近くの壁に寄り掛かった。

 エアリスの忠告を無視して安物の防具を選んでいたら不意打ちする余力もなかったな。

 最初の三連撃で再起不能のダメージを負っていただろう。


 それにしても、勝利とは何て空しいものなんだろう。

 勝っても得るものがない戦いは特に。

 というか本当に勝ったと言えるのか、これ?

 無駄に小物臭をアピールし合って終わっただけのような……。

 結局オレがオルゲルトより数枚上手の小物だという証明にしかなってなくないか?

 ……深く考えるのはやめよう。勝ちは勝ちなんだから!


 オレはオルゲルトを吹き飛ばした方を見つつ感想を漏らす。


「顔はともかく、あの強さは口が裂けてもゴブリンレベルだなんて言えないな……」





「――当然だ。子鬼なんかと一緒にすんじゃねえ。俺は『悪鬼』だ」


 聞き覚えのある声。

 思わず振り返ると、あり得ない光景が目に飛び込んできた。

 オレはそれを見て絶句する。

 開けたばかりの大穴から、瓦礫を押しのけながらオルゲルトが潜り抜けてきたのだ。

 ゴキゴキと首を鳴らしながらゆっくりとこちらに向かってくる。


 バカな、生身で壁を突き破ったんだぞ……。

 なんで意識が残ってる?

 なんで何事もなかったように立ち上がって歩ける?

 

「ちっ、こんなクソガキに痛手を貰うとはな……油断したか。我ながら情けねえ」


 痛手と言いながらも、オルゲルトの足どりはしっかりとしている。

 オレを叩きのめすには十分すぎるほどのパフォーマンスが発揮できるだろう。

 そんなオレの予想を証明するかのようにオルゲルトは拳を握りしめた。


「覚悟しろよ、クソガキ。いや、マジで覚悟しろ」

「ごめんこうむる! 〝風の弾丸(エア・バレット)″!」


 オレは焦りながらも素早く魔法を展開し、接近を防ごうとした。

 しかし、オルゲルトは動じない。


「ふん……っ!」


 短く息を吐き、腕を薙いで空気の弾丸を振り払う。

 ドガガガッ! と腕が肉を打つ鈍い音をたてるが、オルゲルトは顔をしかめるだけでそれ以上気にする様子もない。

 魔法はいとも簡単に打ち消された。

 オルゲルトはそのまま地面を蹴ると一気に近づいてくる。


 オレは少しでも距離を取ろうと、圧力に押されるがまま後退る。

 だが、これは悪手だった。

 まだダメージが抜けきっておらず、うまく足が動かない。

 オルゲルトの踏み込みのほうがずっと速い。

 まずい、そう思ったときにはすでに目の前にはオルゲルトの迫りくる拳があった。


 次の瞬間、視界に火花が飛び散り、ホワイトアウト。

 殴られたのだ、とやや遅れて理解する。

 そのまま先ほどのオルゲルトの辿った軌跡を真似るかのように後ろにぶっ飛ばされる。

 勢いのついた体はギルドの木製の床を水を切る石のごとく、何度もバウンドした。


 三度、四度と細かく地面を跳ね、五度目にしてようやく運動が収束する。

 そして、その時にはもう満身創痍だった。

 かろうじてわずかに指先が動くだけで、体が全く言う事を聞かない。


「……っ……」


 声がかすれ、意識が混濁してはっきりしない。

 自分が立っているか倒れているかさえもあいまいだ。

 

 視界が完全に暗くなりきる前に、オルゲルトがゆっくり近づいてくるのが見えた。



少しずつ読んでくれる人が増えてるみたいで嬉しいです。

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