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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第四章 取引と奇縁のリーファム商会編
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4-閑話4 加速する勘違い


 

 ラフィルは自分の弱さに悩んでいた。


 ラフィルという少女の人生は無力感の連続だった。

 始まりは犯罪組織ニーズヘッグに連なる者たちによる村を巻き込んだ奴隷狩り。

 エルフの血を引くラフィルを狙ってきた連中になすすべなく何もかもを奪われた。

 ラフィルの抵抗など、歯牙にもかけられなかった。


 奴隷生活の大半は無力な自分への自責の念に苛まれて過ごした。

 あの時、自分に戦う力があればまた違った結末になったのではないか、と。

 大切な家族や知り合いを失わずに済んだのではないか、と。

 昼となく夜となく考え続けた。


 ミネーヴァでの一件でもそうだ。

 ラフィルは何もできず、ただ囚われのお姫様のように事態の推移を見守るだけ。

 戦いに介入するどころか人質に使われ、足を引っ張ることさえあった。

 そのせいで悠真が殺されそうになったりもした。


 この世界で生きるのに力は不可欠だ。

 権力の後ろ盾も知り合いのツテも皆無な人間が生きていくとなればなおさら。

 それがなければ再び奴隷に舞い戻ることとなる。

 

 今はまだ悠真たちに守られているからいい。 

 『殺戮姫』の名で畏怖されるエルフの女王の威光も利用できる。


 だが、それではダメだ。

 人に寄りかかってばかりではダメだ。

 他でもない自分自身が強くならなければならない。

 彼らと――彼と一緒にいるために。


 それにしてもさすがは悠真だ。

 ラフィルの心のわだかまりを綺麗に晴らしてしまった。

 彼はいつだって欲しい時に欲しい手を差し伸べてくれる。

 いつかは自分が悠真を助け、支えられるようにならなくてはならない。

 

 ラフィルは立ち上がった。

 刃を潰した剣を手に中庭の方を歩いていく。


 できることを一つずつ。

 さしあたっては剣術の腕を磨いてみよう。

 小さな少女はそう決心した。


「……にしても、凄かったな。あの人」

「ああ、エアリスさんだろ」


 中庭では先ほど行われていた模擬戦の批評が使用人たちの間で行われていた。

 とりわけ目をひいたのはエアリスとレグルの一戦だ。

 あれほど見応えに富み、参考になる模擬戦はそうそう見られない。

 使用人たちは興奮も冷めぬままに語り合った。


「レグルが負けるところなんて久しぶりに見たぜ」

「最後に見たのは二年前か? 指導に来たCランク冒険者相手に負けたんだったよな」

「負けたって言ってもなかなかいい勝負だったけどな」

「あいつ使用人の中じゃあ、飛びぬけて強えし」


 剣術というくくりではレグルはステラの配下の中でトップの実力の持ち主だ。

 魔法ありならフェルシーも並ぶだろうが、近接戦で敵う者はいない。

 それだけにレグルの敗北は彼らにとって衝撃だった。


「何がすげえって、あの見切りだよな。レグルの攻撃がかすりもしなかったんだから」

「あの速さは反則だろ。あれって種族差か?」

「いやあ、前に指導に来た獣人族の冒険者もあそこまでじゃなかったぜ」

「あれで中堅の冒険者っていうんだから自信無くすよ」


 鍛えているつもりだったが、世界は広い。

 自分たちより上の実力者であるレグルすら年の変わらぬ少女に完封負けしたのだ。

 

「エアリスさんはリーファム商会に入るのか?」

「ステラ様が勧誘中なんだってよ。ずいぶんとご執心みたいだぜ」

「ぜひ来てほしいな。彼女が来てくれたら模擬戦にも張り合いが出そうだ」

「だな。学べることも多いだろうよ。俺もあんな身こなしができるようになりたいもんだ」

「ん……そういや、エアリスさんの他に……」


 使用人の一人が話を振りかけた時だった。

 彼は突如口にしかけた言葉を失い、細かく震えながら尻もちをついた。

 同僚の急変に周りの人間が慌てて介抱に入る。


「お、おい、いきなりどうした! 気分でも悪いのか!?」

「……ぁ……」

「なんだ? 聞こえるようにはっきりしゃべってくれ!」

「あ、あれを……あれを、見ろ……」


 体を震わせながら使用人が指を刺した方向。

 そこには模擬戦用の剣を握りしめた一人の少女の姿があった。


「――ッ!?」


 使用人たちの喉が干上がった。

 見間違いではないかと祈る気持ちで目を何度もこする。


「な、なあおい、まさかあれって……!」

「金髪碧眼の見た目が十歳ちょっとの少女……。つ、通達にあった『煌炎』だ」

「そんな! なんでこっちに!?」

「刃を潰した剣を持っている……ってことは模擬戦がしたいってことか?」

「どうして俺たちなんかと!」


 使用人たちは未曽有の命の危機に震えあがった。

 

 エアリスが相手なら彼らも歓迎しただろう。

 たとえ敵わなくとも、その経験は必ず糧となるだろうから。

 しかし、異名もちの冒険者相手となると基礎スペックからして違いすぎるため、正直得られるものはなく、どころか命を失うばかりだ。


 が、そこである使用人の頭上に閃きが走る。


「ま、待て、ひょっとすると恐れる必要はないのかもしれない!」

「そんなわけないだろ! 相手はAランク冒険者だぞ!?」

「いいから落ち着け。『煌炎』はその名の通り、炎魔法を扱う一流の魔術師。エルフであることからもそれは間違いない。だが、はたして剣の腕前はどうだ?」

「! た、確かに、両方極める奴なんてそうはいない。それにエルフは種族柄そこまで近接戦闘が得意じゃなかったはずだ!」

「なんだよ、脅かしやがって……ま、体でも動かしたくなったってとこか?」


 もたらされた推察に弛緩する空気。

 ならば一つ剣の使い方を教えてやろうと腕をまくる者もいた。


「違う……」


 最初に少女を発見した使用人がなぜか瀕死の体になりながらささやくように呟く。

 力ない声であったが、それはその場の全員の耳に届いた。


「違う? 違うって、何が?」

「俺は……俺は聞いたんだ、エアリスさんに……」

「だから何を!」

「奴は……剣術も化け物だ。ドラゴンをも一刀両断にしたらしい……」


 荒唐無稽な話に使用人たちの理解が著しく遅れる。


「は、はははは……面白くない冗談だな。そんなこと人間にできるはずが」

「信じろよ! あのエアリスさんをして敵わないと言わしめた相手だぞ! 戦いに負けた後は思う存分に獣耳をモフられるそうだ!」

「だ、だが、ここにエアリスさんはいない。俺たちが狙われる理由なんて……」


 そのとき考え込んでいた使用人がぼそりと漏らした。


「……もしかしたら鬱憤晴らしかもしれない」

「ど、どういうことだ?」

「高ランク冒険者は総じてプライドが高い傾向にある。なのにあんなメイド服を着せられて働かせれらているんだ。内心は業腹なのかもしれない」

「そんな! 俺たちにはなんの関係も――!」


 悲痛な叫びはそこで途切れた。

 少女がすぐそこに立っていたためである。

 その愛らしい姿の背後には大鎌を持ち、眼孔から燐光を放つ死神が付き従っていた。


「あの……」

「……っ! は、はい。どうかしましたか?」


 アイコンタクトによって選出……もとい生贄に差し出された少年が対応する

 震える足を精神力で抑え、仲間の裏切りに歯ぎしりしながらなんとか笑みの形を作る。


「わたしも模擬戦に混ぜてもらえせんか?」

「も、模擬戦にですか……?」


 その場にいた全員が「来やがった……」と心の中でうめいた。

 しかし、彼らは逃げ出さなかった。

 死の足音を感じながらもその場から離れようとしなかった。

 突然動いては相手を刺激してしまうかもしれないという懸念があったからだ。


「(おい、どうする!? このままじゃここにいる人間全員が皆殺しだ……!)」

「(だ、だけど、下手なことを言って断ったらそれこそ危ない)」

「(全員で一斉に逃げ出すか? 運が良ければ何人かは逃げられるかも……)」

「(馬鹿言うな……。この屋敷に勤めている以上逃げ場なんかない。それに元奴隷やスラムの住人の俺たちがまともに生きていけるのはここだけだ……)」


 いくら議論を重ねても解決の目途など立ちはしない。

 自分たちにすでに逃げ場がないという事実を明確にしていくだけだった。

 だが、そこに一筋の光明が差し込む。


「(……いや、死なずに済むかもしれない)」

「(何! 本当か!?)」

「(ああ、さっき『煌炎』は模擬戦に混ぜてくれと言っていた。あくまで模擬戦。生き死にに関わるようなことはしないはずだ)」

「(そ、そうか。そうだよな!)」


 弛緩した空気が使用人たちの間で流れかけたその時だった。


「手加減なしでお願いします。わたしも持てる力全てを使ってやらせてもらいます!」


 使用人たちの目から光が消失した。

 全力となるともう模擬戦だとかは関係ない。

 少女にとっては普通の模擬戦のつもりでも使用人たちにとっては普通の殺し合い……否、一方的な虐殺劇になる可能性がある。

 それこそドラゴンが人とじゃれあうようなものだ。 

 

「か、勘弁してください。俺は病気がちの妹の面倒を見ないといけないんです! ここで死ぬわけには……!」


 矢面に立たされた使用人の少年は必死に抵抗した。

 こんなところで死んでたまるものか、と。

 ありもしない架空の妹の存在をでっち上げてまで戦いを避けようとした。


 しかし、ラフィルにはわからない。

 どうして彼らがそんなに悲壮的な顔で死すら覚悟してしまっているのか。

 使用人たちの剣の腕が素人の自分に劣るはずがないのに。


「死? そんなことには……」


 ならない、と言いかけてラフィルはふととあることを思い出した。

 巷で恐れられているエルフの女王の存在。

 エルフの血を引くラフィルに危害を加えたとあっては自分の身が危ないと使用人たちは考えたのではなかろうか。


(そう言えば……)


 屋敷を案内された時、レグルがやたらと耳を注視していた気がした。

 きっとエルフであることに気付き、気を付けるよう伝令を回したに違いない。


 そうであるならば無理強いするのも申し訳なく思える。

 エルフの女王との面識がないラフィルには基準がわからない。

 鍛錬でつく生傷程度ならば大過なく済むと思うが、女王が極端な性格でないという保証もなかった。


「……そうですね、そうかもしれません」

「(やはり命の瀬戸際だったのか……)」

「わかりました。どうもお騒がせしてすいません」


 ラフィルは丁寧に頭を下げた。

 動きの一つ一つに気を張っていた使用人たちも呼応してびくりと体を反応させる。 

 そして、それがただのお辞儀であることに胸をなでおろすと同時に、Aランク冒険者に頭を下げさせたという事実に顔色を明滅させた。


「い、いえ! お気になさらず!」


 調子の外れた発音で叫ぶ使用人の少年を笑う者は一人としていなかった。

 そんなことを気にする余裕は一片たりともなかった。

 そして、少女の姿が見えなくなるや全員が力なくへたり込んだのだった。

 

 後日、この中庭での一幕の噂話が流れたことで、ますますラフィルが恐れられるようになったのは言うまでもない。



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