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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第三章 信念と自由の奴隷少女編
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3-閑話5 『悪鬼』と『剣聖』の語らい



 辺境の街カリス。

 そこの冒険者ギルドに一人の訪問者があった。

 簡素な鎧に身を包み、剣を腰から吊るした精悍な男。

 ただ剣の据わりが悪いのか、しきりにその位置を調整する仕草が見られた。


 現れた新顔に冒険者たちは注目する。

 どうやら拠点を移しに来た流れの冒険者というわけではないらしく、ギルドの利用にやや戸惑っている印象を受けた。

 しかし、新人冒険者にしては佇まいが尋常ではない。

 冒険者ランクが上の目端の利く者ほど濃密にその強者の気配を嗅ぎつけた。

 

 もちろん傭兵や騎士崩れの者が職を求めて冒険者になることはよくあることで、こと強力な魔物が多く生息する辺境では一から冒険者を目指す若者の方が珍しい。

 つい数か月前に活動していた黒髪の少年が初めてギルドに訪れ冒険者登録をしたいと言いだした時は皆、彼を命知らずのいかれた奴だと笑ったものだ。

 直後、笑えない事態を引き起こしたのは今でも語り草になっている。 


「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でいらっしゃいましたか?」

「ああ、すまないがギルド長に会わせてもらいたい」

「ギルド長、ですか……?」


 男の予想外の注文に受付嬢は戸惑いながら聞き返す。

 ギルド長は何かと忙しく、見ず知らずの人間に時間をさけるほど暇ではない。


「えっと、約束等はございましたでしょうか?」

「約束はしていない。ここのギルド長には昔少しばかり世話になっていてな。所用で近くまで来たため寄らせてもらった。できれば会っていきたいのだが」

「申し訳ありませんが、アポイントのない方をギルド長に会わせるわけには……」

「――構わねえよ。通せ」


 規則に沿って受付嬢が口にしかけた断りの言葉を奥の部屋現れた大柄な男が遮った。

 冒険者ギルドカリス支部のギルド長、オルゲルトだ。


「ぎ、ギルド長!?」

「こいつは俺の古い知り合いだ。心配なんざしなくていい」

「心配はしてませんけど……そんなことより、仕事の方はどうしたんです!? 今日中に処理しなくてはならない書類がいっぱいありましたよね!」

「あん? 大丈夫だ、問題ねえ。きっちりごみ箱に突っ込んで処理して置いた」


 オルゲルトの言葉を聞きつけた受付嬢を含めたギルド職員が崩れ落ちる。

 ここ連日、厄介な仕事が殺到したことによるオーバーワーク状態へ、追い打ちをかけるように行われたトップ直々の業務妨害。

 ギルド職員からのオルゲルトへのヘイトは閾値を超えていた。


「誰でもいい、あのゴブリン面に怒りの鉄槌を……!」

「Aランク冒険者だ! Aランク冒険者のパーティーに依頼を出せ!」

「で、できるわけねえだろ! 相手は元Sランカーだぞ!」

「畜生っ! このギルドに救いはないのか!? もう一度壁に突っ込ませてやりたい!」

「どうして行っちまったんだ! あの黒髪の坊主は!」


 ギルド内は阿鼻叫喚だった。

 『悪鬼』に懸けられている討伐依頼の懸賞額がまた跳ね上がることだろう。

 ただし遂行できる人材の不在が永遠の課題だ。

 

 オルゲルトはそんな職員たちの心の叫びに耳を貸すことなく、大股に男へ歩み寄る。

 

「にしても、パッとしねえ格好だな。『剣聖』の名が泣くぜ」

「今は勤務外ですので騎士鎧を着るわけには……ご無沙汰しています。オルさん」


 オルゲルトの声にラグクラフトは深々と頭を下げた。

 


◇◇◇



「久しぶりだな。人魔戦役が終結してパーティーを解散して以来か?」

「ええ、もう十五年になります」


 所変わって、オルゲルトの執務室。

 二人はテーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。


「変わりませんね、オルさんは。相変わらず滅茶苦茶やっているようだ」

「はっ、あんな書類なんざ無くともギルドは回んだ。いちいちやってられるか」


 破かれた書類が叩き込まれたゴミ箱を見て、ラグクラフトは苦笑する。


「で、辺境に寄り付かなかったてめえが一体どういう風の吹き回しだ?」

「別に避けていたわけではないんですが……辺境はそう気軽に行けるような場所ではないですし、オルさんがいるにしかり俺に緊急の任務が回ってくることもないですから、足を運びにくいんですよ」


 もう昔のようには集まれない。

 それぞれの立場もさることながら、最も大事なピースが欠けてしまっている。

 そして、それが埋まることはもうない。


「実は遠出の任務中にこの辺りで救援の要請がありまして」

「要請? てめえが引っ張り出されるとなるとAランクの魔物でも大量に湧きやがったか? そういや、レストアで大規模侵攻があったらしいな。そっち関係か?」

「いえ、ミネーヴァの領主の屋敷に押し入った賊を制圧せよとのことでした」

「くっだらねえ……わざわざ『剣聖』を呼びつけるような用事でもねえだろうが。いつもそんな使いっ走りをさせられてんのか、てめえは」


 ラグクラフト・エインズは平民出身である。

 それゆえに騎士団副団長の地位を持っていながら、貴族に疎まれていた。

 剣の腕前においては並ぶ者がいない使い手でありながら騎士団団長に任ぜられないのもその辺りの事情が絡んでいる。


 疎ましいが、遊ばせておくには惜しい戦力というのが実情だ。

 それゆえに彼はよく事件解決や魔物の討伐に駆り出される。

 命じられるがままに唯唯諾諾と従うラグクラフトの様はオルゲルトにしてみれば非常に不愉快なものだった。

 

「俺やあいつみたいに冒険者になりゃあよかったんだ。なのにわざわざ堅苦しい宮仕えを選びやがって。俺にはさっぱり理解できねえな」

「俺は……騎士ですから」


 ラグクラフトは寂しそうに笑った。

 オルゲルトもそれ以上、言い募ろうとはしない。


「それで襲撃犯を捕えたついでにこっちに顔を見せに来たってわけだ」

「……襲撃犯は取り逃がしました」

「到着よりも先に逃げ出していたか。無駄足だったな」

「いえ、到着自体は間に合いました。しかし、正面から突破されまして……」

「あ? てめえが正面から突破された?」


 オルゲルトの目の色が変わる。

 『剣聖』を正面から打ち破る戦力となると、ちょっと思いつかない。

 元Sランカーとはいえ、現役を退いたオルゲルトでもいいとこ五分五分だろう。


「なんだ? まさかその襲撃犯は『氷絶』のアホだったってオチか?」

「まさか。彼女はそんなことしませんよ。それに破られたのは剣技で、です」

「……信じられねえな」


 今度こそオルゲルトは驚きを露にする。

 ラグクラフトの剣の実力は少年期から突出していた。

 年月を経て磨かれ、研ぎ澄まされた今となれば剣で渡り合える者など一握りだ。


「相手は誰だ。グラディスか? それとも……まさかバルタザールのジジイか?」

「わかりません……。ただ少なくともその二人ではなかった」


 心当たりが空振りに終わって黙り込むオルゲルト。

 眉唾な話だが、それは現実として横たわっている。

 ラグクラフトはこんなつまらない冗談を言う男ではない。

 どちらかと言えば、真面目で融通の利かない頭の固い人間だ。


「その襲撃犯ってのは何だ? 何が目的で領主の屋敷を襲った?」

「……それが」


 ラグクラフトに下されたオーダーは屋敷に押し入り、領主暗殺を目論んだ賊を捕縛するか殺害するかしろというものだった。

 急行すると、襲撃犯は衛兵の詰め所に立て籠もっていた。

 話では包囲する衛兵相手に数名足らずでもう一週間も粘っているのだとか。


 早急に事態を収めようとラグクラフトは詰め所を両断した。

 そこにいたのは黒髪の魔術師と猫耳の女剣士――そして後から知ったことだが犯罪組織によって領主に売られようとしていたハーフエルフの奴隷だった。


 バキン! とオルゲルトの椅子のひじ置きが握りつぶされた。


「ど、どうしました? オルさん?」

「……いや、何でもねえ。俺は関係ねえ」


 戸惑うラグクラフトにオルゲルトは顔をあげずに白を切る。

 あげられるはずがなかった。

 そんな特徴的で向こう見ずな冒険者コンビなどそうはいない。

 ひとまず、次に会ったらもう一度ぶん殴るとオルゲルトは心に決めた。


「まさかそいつらにやられたってわけじゃねえよな?」

「ええ、まあ。前情報の冒険者ランクを逸脱した実力でしたが、油断しなければ負けることはなかったでしょう。負けたのはその後に現われた紅髪の女です」


 ラグクラフトの情報を元にオルゲルトは脳内で照会する。

 紅髪の女剣士……最近名をあげた『煌炎』だろうか。

 冒険者ギルドにおいて最速の昇格を果たしたレコードホルダーだ。

 どういう経緯があったかは知らないが、あの二人と行動を共にしているらしい。


「その三人……逃亡奴隷も含めて四人か。指名手配行きか?」

「……いえ、この事件はなかったことになりました」

「なに?」


 言葉の意味を測りかねたオルゲルトが問い返す。

 

「被害者であるザイトリッツ・ギュンターは犯罪組織ニーズヘッグと関わりを持っていたそうで、これまでも違法奴隷を組織から購入していたとか。聞き取りは難航していますが、続々と証拠品が出てきています。そもそも事件の発端はこのユーマと言う冒険者がニーズヘッグの構成員と小競り合いを起こしたことらしく……」


 彼らを逃がした後、ラグクラフトはルドルフという衛兵から事のあらましを聞いた。

 ニーズヘッグの手から奴隷狩りによって違法に奴隷にされたハーフエルフの少女を少年が助けたことから始まった一連の騒動を。


 翌日、少年が詰め所に出頭しルドルフに事情の説明を行うも、彼が不在の間に領主から命令が下り、派遣されたニーズヘッグの構成員に少女は連れていかれた。

 その後、少年は仲間の少女と協力して領主の屋敷から奴隷の少女を再度救出したものの、街の門を閉鎖され、立ち往生。

 困った彼らは衛兵の詰め所に籠城、ラグクラフトと対面することとなった。


 もちろん彼らがやったのは犯罪行為だ。

 一人の少女を助けるためのものとは言え、法を破る免罪符にはならない。

 

 だが、ラグクラフトは彼らを見逃すことにした。


「ふん、あいつらを勇者と重ねたか」

「………」


 かつての勇者パーティー。

 彼ら彼女らも同じようなことをしていたからだ。


『ま、待ってください、勇者様!? これは明らかに王国の法に反している!』

『まったく頭が固いなあ、ラグ君は……』

『固いとかそういう問題じゃない! こんなことをしてはただでは……』

『今更無理だね! もうわたしの右手は獣耳っ子たちをモフることしか考えていない!』

『ぐっ、また変なことを言い出した……オルさんも見てないで止めてください!』

『あん? 知るかよ、面倒くせえ。好きにすりゃあ、いいじゃねえか』

『全部焼き討ち』

『ああもう! ノーゼルフィアさんまでそんなことを!』

『さすがフィーちゃん! 話が分っかるぅー! 後で一緒に獣耳っ子モフろうね!』 

『ちょ、まっ、本当にシャレにならない! シャレにならないから!?』

『レッツファイア』

『行っけー!』

『おいよせ、やめろおおおおおおおおお!!』


 二人の脳裏に映るのはかつてのパーティーの記憶。

 あの時は人魔戦役のどさくさに紛れて行われた獣人族の奴隷狩りが原因だったはずだ。

 

 勇者は獣人の子供たちが売買されるオークションに突撃をかました。

 結局は勇者の威光で事なきを得たが、一歩間違えれば国家反逆罪になりかねなかった。


「今思い出してもキリキリと胃が痛みます」

「懐かしいな。馬鹿の手綱を握るのも楽じゃねえもんだ」

「いや、あなた放置していたでしょう。止める気なかったでしょう。手綱をとろうとして引きずり回されてたの俺だけですよ」

「そんな昔のことは忘れた」


 鼻をほじくりながらそんなことを言うオルゲルト。

 忘れたと言いながら目を合わせようとしないのはなぜだろうか。


「……まあいい。てめえがそう決めたなら俺は口を挟まねえさ」


 言いながらオルゲルトは口元を緩めた。

 杓子定規なこの男が法を曲げて何かを守ろうとしたのが嬉しかったのかもしれない。

 以前の彼ならば躍起になって捕まえようとしただろう。

 それをしなかったのはかつての勇者の行いを否定したくなかったからか。


 時間もいい頃合いだった。

 オルゲルトは椅子から身を起こす。


「いい話を聞けた。思い出話に花を咲かせるのもなかなか悪くねえもんだ。また来いよ。今度は仕事のついでじゃなく、休暇でもとってな」

「……残念ながら、しばらく休暇は取れそうにないです」


 ラグクラフトの声の質が変わった。

 どこか硬質的で強張ったような口調にオルゲルトは黙って続きを促す。

 そうして声を絞り出すように告げられた内容は、


「……近々、勇者召喚が行われます」

「な、――っざけんじゃねえぇぇぇえええええ!!」


 和気あいあいとした雰囲気を一転させ、オルゲルトが怒声を張る。

 丸太のような剛腕を振るい、テーブルを木屑へと変えた。

 ラグクラフトはそんな破壊を目前にしても動じることなく、そっと目を伏せる。


「どういうつもりだ、ラグクラフト・エインズ!」


 二人の間に隔てる物が無くなる。

 オルゲルトがラグクラフトの胸倉を掴みあげた。


「答えろ! 俺はどういうつもりだと聞いてんだ! あれは俺たちが使っていいもんじゃねえ! そんなことも忘れちまったのか!」


 怒鳴りつけられてもラグクラフトは力なく首を振るだけ。

 弁解する様子すらないその態度は一層オルゲルトの怒りに油を注ぐ。


「てめえはわかってるはずだ。異世界から人間を呼び出して戦わせることの傲慢さが。てめえは知ってるはずだぞ。戦いに駆り出されたあの娘が裏でどれほど苦しんでいたか。家族に会いたいと、故郷に帰りたいと、切望する人間の気持ちがわかるか? あれをもう一度繰り返そうっていうのか、てめえは! 人魔戦役は終わった! 勇者なんて必要ねえ!」


 激しい糾弾にラグクラフトもついに顔を上げ、


「そんなことは……そんなことはわかってる! 俺だって勇者召喚には反対だった!」

「だったらとっとと……!」

「もう無理なんだ!」


 宙づりにされ表情を歪めたラグクラフトが怒鳴り返す。


「勇者召喚はすでに決定されたことだ! 王族はもちろん多くの貴族の支持も受けている! もう俺なんかがいくら言おうと覆せない! 俺の力じゃもう止められないんだ……。俺にそんな力は……ない」

 

 ラグクラフトとてあらん限りの手は尽くしていた。

 何度も国王に召喚を取りやめるよう訴えた。

 しかし、上申は空しく棄却され、逆に王都から遠ざけるように仕事を与えられた。

 実力や実績を伴っていない他の人間であれば謀殺の危険もあった。


 悔しさと無力感で血が滲むほど拳を握りしめる。

 その様子にひときわ苛立たしくオルゲルトは舌打ちし、乱暴に解放した。


「また魔族との戦争をおっぱじめる気か? この国は……」


 オルゲルトの問いに答えられる者はいなかった。



次章、『取引と奇縁のリーファム商会編』。


――


プロット変更で迷走しかけましたが、三章はこれで完結です。

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