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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第三章 信念と自由の奴隷少女編
52/82

3-9 魔法剣士の戦い方 前編



 領主屋敷の前で多くの私兵たちの注目を浴びる。


 オレの背後には残骸となった屋敷の鉄柵があった。

 新しく開発した剣と魔法の合わせ技で力任せに無理やり破壊したのだ。

 鉄柵は強度のある鋼鉄製で、実験台にはもってこいだった。

 

 元は門であったものはところどころ曲がり、ひしゃげ、破損してしまっている。

 きれいに真っ二つに切り裂かれるのを期待していたのだが、うまくいかないものだ。

 まあ、素人同然のオレの剣の技量じゃ仕方がない。

 威力は魔法で底上げできるが、精度だけは本人の技量に依存する。


「お……おい、あれって!」

「まさか賞金を懸けられていた魔術師か!?」

「馬鹿な! 逃げるどころか屋敷に仕掛けて来ただと!?」


 惨状を見て、私兵たちがようやく寄って来る。

 変装はしていなかったが、行動を起こすまで気づく者はいなかった。

 オレの正体にあたりをつけるのが遅れたのは、まさか直接屋敷まで乗り込んでくるとは思いもしなかったからだろうか。

 心理の隙間と言うやつだな。


 オレの捜索のため私兵の大部分を街の方に派遣しているようだったが、まだそれなりの人数が屋敷に在中していた。

 ただ、面倒だなという思いはあっても、無理だなんて弱気は出てこない。


「この強力な魔法……間違いない! 手配されている魔術師だ!」


 私兵たちの怒声が耳に心地いい。

 敵意の中の称賛に口元を緩めながら立ち塞がる人垣を切り開きにかかる。

 頭の上を飛び越えるのは簡単だが、後々の事を考えると盛大に暴れて屋敷の中の人間を引きずり出してしまう方がいいだろう。

 そんな思惑をもって構えるが、私兵たちは一定の距離を保ったまま動こうとしない。


 出方を見ているのか? とも思ったがどうやら違うらしい。

 私兵たちはオレと無残に破壊された鋼鉄製の門を交互に見ている。

 表情には躊躇や警戒、恐れが見られた。


 さっきのあの破壊行為がそのまま示威行為となったのだろう。

 狙ってやったわけではないが結果オーライだ。

 さすがにこの人数が一斉に雪崩れるように来たりしたら手加減が難しくなる。


「こ、こいつが領主の奴隷を運んでいた馬車に襲撃をかけたっていう魔術師か!」

「ああ! 何でも奪った奴隷に欲望の限りをぶつけたという話だ!」 


 ……あれ、今なんか会話の内容がおかしくなかったか?

 前聞いたやつより酷くなってる。

 ラフィルに手なんかだしてないんだけど。


「は、はあ!? 奴隷ってさっき運ばれてきてた奴だろ!? まだ子供じゃねえか!」

「ああ、重度の変態だ。……まあ、そういうと領主の趣味も相当なもんだが……」

「つ、つまりこいつは幼い少女の味が忘れられなくて再び襲いに来たっていうのか!?」

「やべーよ! こいつマジでやべーよ!」


 よせ、やめろおおおおおおお!

 そんなことをした覚えは一切ないぞ!? 

 オレは決して幼い少女に欲情するロリコンの変態じゃない!

 

 誰だ、こんなデタラメな情報流しまくった奴!

 絶対に許さねえ、原形をとどめないほどボコボコにしてやらあ!


「ま、待て。戦いの前に誤解を解こう。オレは私利私欲のためにここに来たんじゃなくて、あくまであの女の子のことを助けようと……」

「寄るんじゃねえ、変態魔術師! もうすでにネタは上がってんだ!」

「そうだそうだ! もう街中の噂になってる!」

「俺の従弟のガキなんてお前の所業のせいで髪色が暗いからって石投げられたんだぞ!」

 

 とにかく風評被害が酷い。

 たった一言の弁明にすら何十倍もの罵声が浴びせられる。

 くっ、これが権力者を、街一つを敵に回す恐ろしさってやつなのか……!


「な、何をぐずぐずしているっ! そいつの生死は不問だ! すぐに処分しろ!」


 見上げると、屋敷の窓から太った男がそう声を張り上げているのが目に入る。

 偉そうにしているのを見るに、あいつがミネーヴァの領主か。

 つまりは衛兵に圧力をかけ、おかしな情報を流した責任者ってわけだ。

 ほうほう、なるほど。


 ……ぶっ殺してやるッッッ!


「〝風の弾丸(エア・バレット)″ォォォッッ!」

「ヒッ……!?」


 怒りのままに詠唱を叫び、弾丸を撃ち込む。

 しかし、弾丸の到達前に領主は悲鳴を上げて部屋に引っ込んだ。

 武術の心得のない人間では避けるどころか弾丸の認識すらできないはずだが……。

 しまった、あからさまに殺気をぶつけ過ぎたか。


「こ、このっ……! おい、私兵ども! その不届き者をさっさと殺せっ!」


 領主は声に怒りをにじませ、怒鳴りつける。

 姿を見せないのは小賢しくも先ほどのやり取りで危険を学習したからだろう。

 命令を受けた私兵たちは手に持った弓矢を一斉に構え、弦を引き絞った。


「殺せぇええええええええっ!」


 領主の絶叫ともとれる怒鳴り声を合図に矢がオレに向かって降り注ぐ。

 すぐさま風魔法を操り、その場から跳び退く。

 一泊置いたのちオレがいた場所に矢が突き刺さった。


 領主への制裁を後回しにし、一か所にとどまらないように足を動かし続ける。

 屋敷の庭は広く、逃げ回るのに困らない。

 追手は多いが、すぐに追い詰められることはなさそうだ。


 私兵たちから後続の矢が放たれた。

 振り返りざまに風魔法で散らしにかかるが、いくつか潰し損ねる。

 オレは足でブレーキをかけ、体を反転し、真正面から矢に向かい合った。


「〝風読み(フォーサイト)″……と〝追い(ブースト)″」


 詠唱しながらヴェルから借りたオリハルコンの大剣を構える。

 オレに向かって飛来する矢は六本。

 ギリギリ許容範囲内といったところか。

 頭からつま先にかけて、更には足元に生え茂る雑草を網羅するまで集中を高める。


 剣術の第一前提として相手の動きが見えなければならない。

 エアリスは第六感、ヴェルは観察眼を持っているが、オレにはどちらもなかった。

 そして、時間をかけて習得しようと思うほどオレは根気が良くなかった。


 そういうわけで開発したこの風魔法――〝風読み(フォーサイト)″。

 空気の流れから初動を見極め、攻撃の軌道を読みとく魔法だ。

 エアリスやヴェルとの模擬戦の経験を踏まえ、完成させた。

 さらには〝追い(ブースト)″にてスピードとパワーを上乗せ、基礎能力の向上を図った。


 ――その結果がこの急造仕立ての歪な剣術だ。


 剣を振り回し、飛来する矢を次々に的確にさばいていく。

 へし折り、流し、弾く。

 剣の動きを纏わせる風で細かく調整し、丁寧に矢に合わせていく。

 何本か矢がギリギリのところをかすめた。

 かすかに体が硬直するが、同様に風魔法の操作で強制的に体を突き動かす。


 念願の一線級の剣捌き。

 だけど、やっぱりこれは褒められた戦い方じゃない。

 技術の積み重ねである剣術を一足飛びにものにしているのだ、やはり無理をしている。


 〝風読み(フォーサイト)″は繊細な魔法で連続使用にはむかない。

 〝追い(ブースト)″で無理やり剣を加速させているため、体に大きな負担がかかる。

 純粋に前衛として戦うにはまだまだ持続時間が短い。

 魔法剣士を名乗るには結局地道な鍛錬は避けて通れなさそうだ。


 直近の危険がないことを確認して、小休憩を兼ねて魔法を一旦解除。

 もちろん、黒剣のアシストはそのままだ。

 これを解除したら重みで体が地面にめり込みかねない。


「な、なんて奴だ! 矢を剣で弾きやがった! あいつは魔術師じゃないのか!?」

「くそ、ただの変態じゃないという事か!」


 まずはオレが変態であるという固定概念から崩してみて欲しい。

 オレは間違っても変態なんかじゃなく、ただちょっと猫耳萌えで、悪魔属性好きで、年齢のストライクゾーンが広いだけの健全な青少年だ。


「か、囲め! いくらなんでも全方向からの攻撃には対処できないはずだ!」

「そうだ! 見える範囲には限界がある!」


 目敏く可能性を示唆した私兵に、それは正しくないと心の中で告げる。

 オレは風の流れを通して空間そのものを把握しているのだ。

 視界はこの場合関係ない。

 見えていなくとも空気さえあればその存在を感じ取れる。


 もっとも読み取れる範囲が無限ではないのは事実だし、物理的に対処できる数に限りがあるのもこれまた正しいため、飽和攻撃は遠慮してもらいたい。


 もう少しギアを上げることはできるが、過剰強化は体への負担が馬鹿にならない。

 それに風を纏うという原始的な方法で力の伝達を行っているのだから、うっかり操作を誤ればオレの手足が小枝のようにぽっきりといってしまう。

 さきほど行っていた強化が最も適した魔法の運用度合いだ。

 

 そんなわけで毎度おなじみの妨害魔法。


「〝塵旋風(ノイズ・ウインド)″!」


 自身を中心に砂を巻き上げ、視界を阻害する。

 こちらの位置さえ隠せば狙い撃ちにされることはない。

 見当をつけられたところで少数ならば風でいくらでも矢の軌道をずらせる。

 オレも視界が奪われるが、〝風読み(フォーサイト)″を併せて使えば問題なく行動できた。


 感知した盲目の敵に向けて片っ端から無詠唱で弾丸をぶっ放し、剣の横っ腹を叩きつける。

 気分は暗闇に紛れ敵を屠るアサシンだ。


「れ、連携をとれ! 散らばると一人ずつやられるぞ!」

「いや、それよりも防御だ! 魔力切れになるまで耐え続け……うぐっ!」


 私兵の中には鎧などの防具を装備している者もいるが、空間把握をもってすれば防具の隙間を狙うピンポイントショットも可能だ。

 盾を構えて防御に徹する者にはもれなく〝圧空砲弾(プレス・カノン)″。

 容赦なく吹き飛ばす。


 この砂の結界を破るなら遠距離からの魔法か、剣士なら気配を辿るしかない。

 私兵の中のごく数人が当てずっぽうで位置を当ててきた。

 空気を切り裂く刃の軌道から頭を引っ込めることで負傷を免れる。


 短く息を吐き、大剣を振り抜き反撃。

 攻撃後の隙を補いつつ、その男は防御しようとするが力が足りない。

 止めるには最低でも五倍の体重がいるだろう。


「ぬあ……!?」


 黒光りした刃は障害物などないように真一文字を描く。

 剣の形をした暴力を受け流し損ねた男は構えた剣ごと吹っ飛んで行った。

 他の私兵に場所を特定される前に背景に溶け込むように移動する。


「お、俺たちは一体何を相手にしてるんだ……!?」


 状況をうかがい知れぬ砂嵐の中を私兵の怒声や悲鳴が飛び交う。

 魔法で感知した敵の人数は半分を切ろうとしていた。



◇◇◇



「くっ、まさかこれほどまでだとは……」


 庭の乱戦を見るウェルナーの口からそんな言葉が漏れる。

 悠真の力量は前回相対した時に測ったものを遥かに凌駕していた。

 多めに見積もっていたつもりだが、まだ軽く見ていたらしい。

 単なる力押しならまだ手も打てるが、ああも多彩な引き出しがあるとどうしようもない。


 また屋敷に来るというのも予想できなかった。

 ニーズヘッグ相手に怯まずにラフィルを連れ去った実績はあったが、あれは裏組織の実力や規模を甘く見ていたためのものだと考えていた。

 領主を通して衛兵を動かせば必ず自身の保身に走り、奴隷を見捨てると見越していた。

 しかし、悠真は逃走を選択せず、懲りずにラフィルを助けに来た。


「おい! 一体なんなのだ、あれは!?」


 ギュンターの余裕の表情は一転して焦りに変わっている。

 その事を嘲笑ってやりたいと思ったが、ウェルナー自身の立場も同様に危険な状況に陥りつつあるため、それは叶わない。


「……報告していた魔術師の男です」

「き、聞いていないぞ! 貴様の話ではあの魔術師は手ごわいが、数をぶつければどうとでもなるとのことだったではないか!」


 それは口から出まかせを言ったのではなくウェルナーもそう計算していた。

 いかに優れた魔術師でも魔力には限りがあり、また前衛なしでは近接戦もこなせない。

 そんな目論見を悠真は常識ごと易々と打ち壊す。

 

 ウェルナーは冷静に状況を分析する。

 私兵が突破されるのはもはや時間の問題だろう。

 街にはまだ多くの私兵が残っているが、それが戻ってくるのは間に合わず、間に合ったところでせいぜい時間稼ぎにしかならない。

 

「……仕方ない、か」


 ウェルナーは剣を抜き、その切っ先をギュンターの方へと向けた。

 突然のウェルナーの凶行にギュンターの表情に脅えが走る。


「なっ、何の真似だっ!? 貴様は今自分が何をしているのかわかっているのかっ!?」

「検討の結果、取引の続行は不可能だと判断した。騒ぎが大きくなりすぎた。これではエルフ奴隷の存在が明るみに出て、エルフの女王の目に触れるのも時間の問題だろう。だからこちらは商品だけ回収して撤退させてもらう。あの魔術師が来ない内にな」


 そう言ってウェルナーは窓の外で戦いを繰り広げる悠真に目を向ける。

 しかし、ギュンターに向けた剣が取り下げられることはない。


「そ、そうか。残念だが、こうなっては仕方がない。……だ、だが、それならば私に剣を向ける必要などないだろう!? さっさと……」

「ところがそうもいかない」


 ギュンターの言葉をウェルナーが途中で遮る。


「あの魔術師……やはりニーズヘッグにとって障害になる。早急に排除する必要がある。……が、あれを片付けるとなると組織内でも上位の方々にお任せするしかない。そうなるとすぐには不可能だろう。だからあの魔術師には……」


 ウェルナーはニヤリと笑い、その悪辣な考えを披露した。


「領主殺しの罪をかぶってもらう」

「なっ……!」


 先ほどギュンターはいかにも自分が組織への影響力を持つ顧客であるかのような発言をしていたが、それは事実ではない。

 他にも組織の顧客は大勢いる。

 それはカレンディア王国内のみならず周辺諸国にも及ぶ。

 所詮、ギュンターはその大勢の中の一人でしかなく、死んでもなんら困りはしない。


「領主殺しともなれば確実に騎士団が動くはずだ。あの魔術師はカレンディア王国に消してもらうとしよう。それにお前の口から俺たちの組織の情報が漏れても困るしな」

「ま、待て! 待ってくれ! 金なら払う! だから……!」


 冗談ではないことを悟ったギュンターは必死に説得を試みるが、ウェルナーは残虐な笑みを深めるだけでまともに取り合おうともしない。


「あばよ。ザイトリッツ・ギュンター」


 ウェルナーはギュンターの喉元めがけて剣を突き出した。

 ギュンターは対処しようとするどころか、迫りくる恐怖に目をつぶり、身を強張らせるだけで動こうとすらしない。

 仕留めた。ウェルナーはそう確信した。

 しかし、寸前で横から入り込んできた白色の剣に阻まれる。


「っ!? お前、は……?」


 ギュンターの殺害に失敗したと悟るや否や、ウェルナーは素早く距離をとる。

 視線を横にずらすと、いつの間にか一人の少女が立っていた。

 栗色の髪をなびかせた猫の獣人族。

 かなり整った顔立ちをしている。

 商品として売れば、エルフほどではないにしろ、いい値がつくだろう。

 日頃から奴隷を扱う者の性分か、ウェルナーは頭の中でソロバンを弾いてしまった。


 ――目の前の少女はそんな弱々しい存在ではないというのに。


「ユーマが表で暴れて注目を集める。その隙にあたしが裏から忍び込んでラフィルの身の安全を確保する。そんな段取りだったんだけど、なんでこうなったのやら……」


 頭痛を堪えるかのように少女は眉間を揉む。

 やがて心の中で折り合いをつけられたのか、ゆっくりと顔をあげ、


「言っとくけど領主殺しの罪なんて厄介なものを受け取る気はないわよ」


 瞳に勝気の色を宿して獣人族の女剣士はウェルナーにそう宣言した。



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