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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第三章 信念と自由の奴隷少女編
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3-閑話4 二度目の救出



 ラフィルがそっと手を首元にあてると首輪の無骨な感触に当たる。

 首に感じる無機質な金属の冷たさが、つかの間の自由の終わりを告げていた。

 また今までのような地獄が、あるいはそれ以上の地獄が待っているのだ。


 手当を施された後、ラフィルは馬車に押し込まれた。

 それから馬車に揺られること数十分。

 一軒の屋敷の前で止まる。

 ここが組織の顧客である領主の屋敷なのだろう。

 さすがは大物貴族ともいうべき威容で、屋敷の前の庭は練兵場に使えそうなほど広い。


 辺りには私兵と思われる武装した男たちが何人も見られた。

 領主は多くの傭兵や元冒険者を抱え込み、私兵として手元に置いているのだ。


「ぐずぐずするな。さっさと歩け」

「……っ」


 そんな中、ラフィルはウェルナーに引きずられ気味に屋敷の中へと連れていかれた。

 屋敷の者に応接間に通され、いくばくか待つ。

 高価な家具や美術品が誇示するかのように置いてあったが、ラフィルにそんなものに気を配る余裕はなかった。


 やがて華美な服に身を包んだ一人の男が現れた。

 ややという控えめな表現には無理があるほど腹のでている男だ。

 顔にも肉が付き、たるんでいる。

 ミネーヴァの領主、ザイトリッツ・ギュンター伯爵だ。


 部屋に入ってきたギュンターはラフィルを見て粘着質な笑みを見せる。

 とっさにラフィルは顔を伏せ、顔に浮かんだ嫌悪を隠した。

 ギュンターに気づかれれば、どんな目に遭わされるかわからない。


 ギュンターはラフィルの表情の変化に気付かなかったらしく、何も言わない。

 代わりにウェルナーの姿を見て不機嫌そうな顔になる。 


「……ふん、ようやく連れてきたのか。儂が大枚はたいて購入した商品をこうもたやすく逃がすとはな。捕えなおしたからよかったものを……。もし、逃がしたままであったなら貴様の首なんぞ簡単に飛んでいたぞ」

「申し訳ありません、領主殿。予期せぬ闖入者が現れたもので」


 顧客の前だからか、ウェルナーは敬語を使って応対する。

 しかし、頭こそ下げているものの、領主から見えない位置では侮蔑の表情を浮かべていた。

 顧客と言っても決して仲の良い間柄ではなく、互いに利用し、利用されるような最低限の信頼で成り立った関係でしかなかった。


「闖入者、か。確かユーマとかいう男だったな。貴様が異常に恐れるものだから一体何者かと思えば……調べてみれば何のことはない、たかがDランクの冒険者風情ではないか。そんな者に後れを取るとは、どうやら貴様らの組織は随分と人手不足らしい」

「言葉もありません。……しかし、その男はおそらく只者ではないでしょう。何せトップシークレットであったはずのこの奴隷の輸送を事前に知っていたのですから」

「それはただ単に貴様らの組織の情報伝達がいい加減だったからではないのか? 一介の冒険者にそんな真似ができるはずないのだからな。大方、メンバーの誰か……もしくは貴様自身がどこかの酒場で酔って口を滑らせたのだろう」


 ギュンターはウェルナーの言葉を取り合わず、小馬鹿にしたような口調で言う。

 ウェルナーはそれを否定したいのだろうが、襲撃してきた人間がいる以上、輸送の情報がどこかで漏れていたのは事実であるため、無言を保った。

 ……ただの偶発的な事故であったことをこの場でラフィルだけが知っている。


「以後こういったことがないようにしろ。私のような顧客からの信頼がなくなれば、貴様らの組織などあっという間に消え去るのだからな。せいぜい気を付けろ」

「……は。肝に銘じておきましょう」


 そこでギュンターはラフィルのほうへと向き直り、嘗め回すように全身を見た。

 そして、満足そうに下卑た笑いを浮かべる。


「なかなか悪くない。やはりエルフはいい。何十年にもわたって若さが保たれることもさながら、特筆すべきはこの美貌よ。少々高額だったが、それだけの価値はある」


 そう言うと、ギュンターはラフィルに手を伸ばしてきた。

 その手の行く先が明らかに欲望を満たそうとするためのものだと悟ると、


「……っ!」


 触れられる寸前でラフィルはその手に反射的にはねのける。

 おぞましい。ギュンターに体を好き勝手に触られることを想像すると、全身を芋虫が這い回るかのように身の毛がよだった。

 だが、その行為はギュンターの神経を逆なでした。

 

「あ……」


 ラフィルが自分の失敗を悟った時はもう遅かった。

 ギュンターは顔を真っ赤にして激怒する。


「き……貴様あっ! 奴隷の分際で主人に逆らうつもりかっ!」


 いきなり拳だった。

 ギュンターの握られた拳がラフィルの顔を捉える。

 その拳は素人が力任せにふるった雑なものだったが、体重の差がものを言った。

 小柄なラフィルは堪え切れず、苦痛の呻きをあげながら転がる。


 幸いにも、応接室の床にはふかふかの高級そうな絨毯が敷かれていたため、衝撃はごく小さいものとなったが、それで終わりではなかった。


「この……! この……!」


 ギュンターの怒りは収まらず、倒れるラフィルのもとへ足音荒く迫り、蹴りぬく。

 一度では飽き足らず、何度も何度も踏みつけた。

 ラフィルは悲鳴を押し殺し、必死にもたらされる痛みに耐えた。

 身を縮こまらせ、ひたすら耐え続けた。


(このまま死ぬ、のかな……)


 ギュンターの執拗な攻撃の中、ラフィルはぼんやりと考えた。

 死ぬと考えてもさほど恐怖は浮かばなかった。

 むしろ安堵すらあった。

 どちらにせよ最後はみすぼらしく死ぬのだ。

 それが今か、それとも何年後かの違いしかない。

 それに今殺されれば、犯されることもなく、苦しい思いをせずに済むのだ。

 

 だが、ラフィルの悲壮な覚悟に反して、ギュンターの蹴りは突然やんだ。

 視線だけあげると、ギュンターの荒く呼吸をする姿が目に入った。

 スタミナが切れたらしい。

 顔に脂汗をしたたらせながら苦しそうにしている。

 

 ギュンターは怒りの発散に体がついてこず、忌々しげにラフィルの事を睨み付ける。

 それから傍観を決め込んでいたウェルナーに詰め寄ると、


「なんだこれは!? まったく調教がなっていないではないか!」

「この奴隷の調教は数年がかりで、それこそ心を折る寸前までやりました。おそらくは一度あの魔術師の男に助けられてしまったからでしょう。そのためにこいつはおかしな希望を持ったに違いありません」

「そんなのは貴様らの落ち度だ! 貴様らがみすみす逃がしたからだろう!」

「……お望みなら今一度こちらで預かって調教を施しますが? 今度こそ完全に立ち直れなくなるまで痛めつけることもできます」


 そう言ってウェルナーはラフィルを冷ややかに見下ろした。

 しかし、ギュンターはその提案を一蹴する。


「結構だ! 貴様らは信用がならん! また何かへまをやらかして逃がすかもしれんだろう! そんな奴らに預けられるか!」


 なおもギュンターはウェルナーに向かってねちねちと嫌みを言い続けていたが、時間の経過とともに徐々にその怒りも収まってきたようだ。

 フンと鼻を一つ鳴らすと、声量を元の大きさに戻した。


「まあいい。奴隷を一から調教するというのもまた一興だ。徹底的に痛めつけ、こいつに身の程を知らせてやる。……貴様も用が済んだのならさっさと消えろ。目障りだ!」

「では、私はこれで」


 ウェルナーはギュンターに頭を下げ、部屋から出ていこうとする。

 だが、そこでふと思い出したかのように足を止める。


「ところで魔術師の方はどうなりました?」

「宿に私兵を送っている。衛兵にも圧力をかけて懸賞金を懸けさせた。もちろん生死問わずな。今頃、どこかの路地裏で虫の息だろう。時期に報告が上がってくるはずだ」


 それを聞いてラフィルは強く下唇をかんだ。

 血が滲んだが、それでも力は弱めない。


 自分のせいで悠真をこんなことに巻き込んでしまった。

 そのことがラフィルに強い後悔と罪悪感となってのしかかった。

 あの時に悠真に手を伸ばしさえしなければ、少なくともこんなことにはならなかった。

 自分一人が泥をかぶれば丸く収まった。

 

(わたしと関わったから……わたしのせいで……)


 三年前にラフィルを狙って村を襲った集団。

 そして、今回の事件。

 自分が関わってしまったばかりに周りの人間を不幸にしてしまった。

 行く先々で害を振りまくなど、まるで疫病神だ。


(ごめんなさい……本当にごめんなさい……)


 自責の念で押し潰されそうになる。

 

 ――その時、轟音とともに屋敷がかすかに揺れた。


「な……何だ!? 一体何が……!?」 


 ギュンターは慌てて窓のほうへと走り寄った。

 もたついた動作で窓を開け、その肥えきった身を窓から乗り出す。

 ウェルナーも他の窓から辺りを見回した。

 そして、二人の視線が同じ場所に向けて固定される。


(……まさか……)


 二人の意識が逸れた今ならあるいは隙を突いて部屋から抜け出せたかもしれない。

 だが、ラフィルはそうしなかった。

 ぼろぼろの体に鞭を打ちながらゆっくりと窓に近づき、外の風景に目を走らせる。

 すぐさま壊れた門のところに想い人を発見した。

 

 その姿を認めた瞬間、ラフィルの胸から熱いものが湧き上がる。

 目からはぼろぼろと涙がこぼれてきた。

 無事であったことに対する安堵、そして希望が胸中で激しく渦巻いた。

 こんなことになってもなお彼は救いに駆けつけてくれる。


「ユーマさん……!」


 黒々とした刀身の大柄な剣を携えた少年の姿がそこにはあった。



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