3-8 偽りの英雄は愚鈍に進む
気づいたら五十話です。
ラフィルを詰め所に預けたオレはなるべく人通りの少ない道を選び、宿へ向かった。
裏組織と言うからには暗殺もお手の物だろう。
人混みにまぎれ、いきなりナイフでぐさりとやれれてはたまらない。
すでにウェルナーとその仲間は街の外に逃れていると思うが、慎重に行動するに越したことはない。
少なくともこのミネーヴァにいる間は警戒する必要がある。
周りの様子を窺いながら奴らのとりそうな手を考える。
あとはそう……。
遠距離からの狙撃なんてあるかもしれない。
もっとも魔法を使えば感知できるし、弓を構えている人間を見落とすこともない。
なんなら直接襲いに来る可能性の方が――。
と、そこまで思考を巡らせたところで歩みを止める。
どうやら誰かに後をつけられているらしい。
まさか本当にウェルナーがこの街で潜伏していて、殺しに来たのか?
しかし、それにしては行動を起こすのが遅い気がする。
狙うなら衛兵の詰め所に向かう前であるべきだ。
その時ならラフィルも一緒だったし、衛兵に情報が渡ることも防げたかもしれない。
それに尾行の手際がお粗末だ。
冒険者暮らしで多少感覚が鋭敏になったとはいえ、本職と比べるとまだまだ拙いオレにあっさり看破されるなんて三流もいいところ。
もしかして尾行者でも何でもなく、たまたま向かう方向が同じなだけか?
確認をとっておこうと振り返る。
すると観念したのか、物陰から五人の見知らぬ男が現れた。
格好は暗殺者というよりかは冒険者や傭兵と言った人種に近しい。
「さっきから後をつけてきてるが、オレに何か用でもあるのか?」
自意識過剰だったら嫌だな、と心配になりながら聞く。
「は? 何言ってんの?」とか言われたら恥ずかしさで引きこもるかもしれない。
ちょうど詰め所の宿舎も貸してくれるという話であるし、ちょうどいい。
そんな準備万端で迎えたオレに男たちの一人が、
「用ねえ、まあ、あるっちゃあるんだが……。その前にちょっくら確認したいことがある。お前は冒険者のユーマでいいのか?」
「良いか悪いかで言えば、もちろんいいけど」
「へっ、そりゃついてるぜ」
オレの返事に男たちが笑みを浮かべる。
なんだ? 今日の占いで悠真君に出会えればラッキーとでもでたのか?
異世界じゃあんまり出会えそうにない名前だけれど。
「お前には懸賞金がかかってる。金貨三十枚、三百万レンドのな」
「懸賞金? 誰から?」
「この街の衛兵からに決まってんだろうが。なんでも貴族様の奴隷に手を出したらしいな。ずいぶんと馬鹿なことをする奴がいたもんだぜ」
はて? ラフィルの件ならもうすでに片付いたはず。
まだ情報の伝達が行われていないのか?
いや、そもそもルドルフは指名手配には踏み切っていないと言っていたはずだ。
もちろんミネーヴァにはいくつも衛兵の詰め所があり、別の地区を担当する詰め所が独断で動いたということもあり得るが……。
しかし……貴族の奴隷だと?
こいつらは一体なんの話をしている?
「残念ながら今頃その懸賞金は撤回されているはずだ。つい三十分ほど前に詰め所で責任者と話をつけてきたからな。だからオレを捕まえても一銭にもならないよ」
「捕まりたくないからって適当なことをほざくな。情報屋がわざわざ足を運んで持ってきた情報だ。間違いなわけがねえ」
「だから誤解だって。オレは罪なんて犯してない」
「はっ、犯罪者はみんなそう言うんだ。言い訳なら詰め所で衛兵にでもするんだな」
オレの弁解に耳も貸さず、男たちは武器を抜く。
別に詰め所に連れていかれたところで困りはしないが、二度手間だし、何より無抵抗だとこの連中に怪我をさせられそうだ。
男たちは五対一という人数差に絶対の自信があるのか、にやにやと笑う。
「悪く思うなよ」
「ほう? ならばもし私がここで貴様らを叩きのめしても、悪く思わないでくれるということだな?」
「あん? 誰……」
男は最後まで言う事が出来なかった。
言い切る前に上から落下してきた人間に踏みつぶされたからだ。
注意を喚起する間もなかった。
目を覆いたくなるような仕打ちだが、鎧や兜を身につけているため大事には至らない……と思いたい。
足蹴にされた男はそれきり起き上がることはなかった。
「な、なんだ、お前らは!」
「まさか俺たちから獲物を横取りしようと……!」
動揺する男たちに最初に落ちてきたヴェルはいつもながら冷め切った視線を向ける。
「失礼な奴らめ。人をハイエナのように……ん? ハイエナってネコ科だったか?」
「知らないわよ!? もしそうだったとしてもそんなことで怒ったりしないから!」
ヴェルの疑問に答えるのはエアリス。
さすがに人の上に着地するという鬼畜な真似はできなかったのか、こちらは地面に降りた。
状況はよくわからないが、とにかくオレも会話に混ざった。
「人の獲物を奪い獲るのはどちらかと言うとライオンの方だ。これはれっきとしたネコ科の動物だからやっぱり謝ったほうがいいぞ、ヴェル」
「そうか。悪かった、エアリス」
「だからなんであたし謝られてるの!? ヴェルのそんな沈痛な顔初めて見たわよ!」
いいんだよ、こういうのはノリなんだから。
と、なんとなくいつものように猫耳ネタ弄りをしていると、
「おい! シカトしてんじゃねえぞ、コラ!」
「こいつらも仲間のようだな。なら一緒に連れてけば報奨金が出るかもしれねえ」
「なんなら女には少しばかり楽しませてもらおうぜ!」
「おう、すげえ上玉だ! こんなのはそうそうお目にかかれねえからな!」
男たちはエアリスとヴェルを見て舌なめずりをする。
勘違いしているだけならあまり怪我をさせたくなかったが、こういう連中か。
なら叩きのめしてしまっても構わないだろう。
「おい、片方は獣人だぞ」
「かまいやしねえよ。薄汚い獣耳さえ切り落とせば同じだ」
「「――は?」」
オレとヴェルの凍てついた疑問符が重なった。
◇◇◇
最後の不用意な発言で彼らの処遇は決したと言ってもいいだろう。
男たちを蹂躙するのにオレとヴェルの二人で一分とかからなかった。
「ユーマ、貴様の風でブーストした拳で殴るという戦い方は悪くなかったぞ」
「ヴェルもあえて一撃で意識を刈り取らない戦法はグッドだ」
「当たり前だ。何もわからないうちに倒しても意味がない」
「その通り、奴らには自分の罪を悔いる猶予が必要だ」
「奴らは猫耳を侮辱した」
「命があるだけマシだな」
「イエーイ!」とヴェルとハイタッチで戦いを締めたところ、「お願いだから、その謎の連携やめて!?」とエアリスから懇願が入った。
とは言え、地面に転がっているわりと酷いありさまの連中を気遣う様子もなく。
やはり先ほどの発言には腹に据えかねるものがあったのだろう。
「冗談はここまでにして。なんでお前らがここにいるんだ?」
「そんなのはわかりきっていることだろう。貴様が衛兵と交渉に失敗したからだ」
「失敗? まさか、何事もなくきちんとやり通したぞ」
「でも、こいつらが言ってたみたいにユーマは手配されているわよ」
「それはたぶん情報にタイムラグが発生して……」
「手配されたのはつい二、三十分前。ほとんど最新のものだ」
「二、三十分前……?」
それはちょうどオレが詰め所を出た時間じゃないか。
別の詰め所がタッチの差でオレを指名手配にした……という説明をつけられなくもないが、それはいささか苦しいものがある。
そのタイミングを狙いすましたと考える方が自然だ。
まさか衛兵たちはオレがラフィルから離れるのを見計らっていた?
ラフィルを確保したのち、オレを改めて襲撃犯として確保するために……?
なぜ? どうして?
衛兵はニーズヘッグを捕まえたいんじゃないのか?
……待てよ? さっきの賞金目当ての連中は何と言っていた?
たしか貴族の奴隷に手を出した、とか。
「お前らはオレの指名手配の情報を聞いて、オレを探してたのか?」
「いいえ、その前に宿に領主の私兵を名乗る連中が現れたの。それでてっきりユーマが衛兵との交渉に失敗したんだと……。指名手配のことはここに来る途中で耳に挟んだわ」
「領主の私兵……?」
宿に来たのはオレを待ち伏せするためか。
しかし、衛兵ではなく、領主の私兵が動いたとなると……。
「ニーズヘッグがラフィルを売ろうとしていたのは……この街の領主?」
この情報の拡散する速さから見るにおそらく最初から準備されていたのだろう。
衛兵もまさかこの街を統治する貴族には逆らえまい。
こう考えれば全てつじつまが合う。
迂闊だった、どうしてその可能性を一度も検証しなかったんだ、オレは……!
「しくじったなら話は早い。さっさとこの街からずらかるぞ」
「ま、待ってくれ。ラフィルが衛兵の詰め所にいるんだ」
「……なるほど、連中が強硬な手で来たのはそのためか。問題の奴隷さえ手元にさえあれば、どうとでもできるからな」
くそっ……、三十分前のお気楽な自分を殴ってやりたい!
抜けているにもほどがあるぞ!
もうラフィルは衛兵の詰め所にはいないか。
情報を拡散させた時点でオレが戻ってくる可能性も考慮して場所を移すだろう。
ただ、この街の領主が売却先なら街からは出ない。
いっそシンプルに領主の屋敷に運ばれたと考えるのが妥当か?
ならば……。
「あの娘のことはもう諦めろ」
「……なんだと?」
思考を中断させられ、オレはヴェルを睨み付けた。
ヴェルはひるむことなく冷静にオレの目をじっと見つめ返す。
そして、同じ内容を繰り返した。
「諦めろと言ったのだ」
その言葉に思わず激高しかけた。
だが、ヴェルの有無を言わさない眼光にオレの頭に上っていた血はやや引いた。
一度目を閉じて、深呼吸してから改めて問いかける。
「……なんでだよ」
「貴様はわかっているのか? 今、自分が何をしようとしているのか?」
「もちろんラフィルを助けに行くんだ。それ以外にない」
オレがそう答えると、ヴェルはため息をつく。
直面した事態への温度差に忸怩とした思いが掻き立てられるが、ヴェルはあくまで泰然とした構えを崩すつもりはないようだった。
「その回答では不十分だな。聞き方を変えよう。貴様は今、ラフィルを助けに行くと言っていたが、その行動の過程と結果に何があるか理解しているのか?」
「行動の過程と結果?」
そんなもの簡単だ。
領主の私兵を蹴散らすという過程を経て、ラフィルを助けるという結果を得る。
ただそれだけ、それだけのことだ。
「どうも貴様は抜けているな。抜けているというか、あえて考えないようにしているのか。今ここで事を構えればこの街の衛兵、賞金につられた傭兵、領主の子飼いの私兵、ラフィルを売ろうとしている組織――その全てが敵に回るのだぞ。貴様に味方はいない。どころかカレンディア王国の貴族の屋敷に押し入り、奴隷を奪ったとなると……」
ヴェルは一旦そこで言葉を切り、オレに目を向ける。
続く言葉は子供にもわかる。
「カレンディア王国そのものが動く恐れがあると?」
「そうだ。まあ、正確に言えば王国の有する騎士団が、だな」
一国の所有している軍隊を敵に回す。
一個人が相対するにはあまりにも大き過ぎる力だろう。
「貴様が今すべきことはエルフの女王に情報を伝え、救出を頼むことだ。それを危惧したからこそ領主は口封じのために宿に私兵を送り込んできたのだろう。なに、心配するな。すぐにあの娘が死ぬようなことにはなるまい。領主も購入には大金を費やしたのだろうからな。貴様はただエルフの女王とやらに全て任せておけばいい。それが最善だ」
確かにヴェルの言う通りそれが最善の策だろう。
今後のことを考えるなら、その通りにするべきだ。――だけど。
「それは誰にとっての最善なんだ?」
「………」
ヴェルはオレの指摘に答えようとはしなかった。
聡明な彼女にわからないはずがないのだ。
そんな悠長なことをしている間にラフィルがどんな目に遭うかなんて。
「悪いけど、オレはもう決めてるんだ。オレはあいつを助ける」
無感情に、無表情にヴェルはオレの顔を眺める。
それから揶揄するように言った。
「貴様は傲慢だな」
その短い批評は思いのほか胸に刺さった。
「自分ならあの娘を助けられるとでも思っているのか? ……いや、できるだろうな。貴様が全力をもってこの件に当たればうまくいく可能性は非常に高い。もちろん後のごたごたは回避できないだろうが、今だけは何とかなる」
途中から肯定に流れたが、「今だけ」という部分をヴェルはことさらに強調した。
そして、説教の内容が肯定したままで終わるはずもなく、
「だがな、毎回こんなことをやるつもりか? 目につく奴隷を片っ端から助けようとするのか? そんなことをしていたらキリがあるまい。あの娘一人なら面倒を見きれんこともないが、十人、二十人となればもう無理だ。あの娘は世界一不幸なわけでも特別悲惨なわけでもない。エルフの血を引いているのは珍しいが、不当な理由で奴隷にされる者など、ごまんといるのだぞ。あの娘一人を助けることに意味などない」
ヴェルが射貫くようにオレを見る。
「貴様は自分を正義のヒーローとでも勘違いしているのではないか?」
その問いかけに重苦しい沈黙が流れる。
なんとも的確で身につまされるような言葉にすぐに反論を返せなかった。
ヴェルの目はオレを掴んで放さない。
この問いから逃げることは許さないとばかりにその眼光は鋭い。
「……そうだよ。きっとお前の言ってる事は正しい」
当たり前だ、ヴェルはオレよりずっとこの世界で長く過ごしているのだ。
酸いも甘いも知り尽くしている彼女が間違うはずがない。
「オレには奴隷になったやつ全員を助けることはできないし、お前の言う通りラフィルは世界一不幸なわけでも、特別悲惨なわけでもない。オレがやろうとしてることは砂漠の砂を拾い集めるような行為で、自己満足に等しいものなんだろうよ」
別に悪ぶるわけでも、照れ隠しでもないけども。
「だけど、全員を助けられないからって目の前の救える女の子を助けないのは違うだろ。論点のすり替えだ。それにお前こそ何か勘違いしてるんじゃないか? オレは間違っても正義のヒーローなんてものになったつもりはないぞ」
なぜなら正義のヒーローのような無償の奉仕ではなく、正義に準じるわけでもなく、ごく自己中心的な理由で助けに行くのだから。
オレは哀れな奴隷の少女を助けに行くのではない。
「オレはただ単にハーレムメンバーを取り返しに行くだけだ」
せっかくメンバー入りしたハーフエルフ。
好感度がすでに振り切れてしまっている彼女を見捨てる道理はない。
「ちっ、わからず屋が。論点のすり替えを行っているのはどっちだ」
適当に煙にまこうとしたが失敗したらしい。
理詰めで論破するには年季が違いすぎるし……どうしたものか。
一触即発の空気はなくなったが、依然として互いの主張はぶつかり合ったまま。
それでもいくらか緩んだ空気にヴェルは深々と溜息を吐くと、
「こういうことは口に出した途端に安っぽくなるからあまり言いたくはないのだが……」
そう前置きをして、ヴェルは空を仰ぐ。
あるいはそれこそ照れ隠しだったのかもしれない。
「私はな、貴様を気に入っているのだ。仲間としても、友人としても、一人の人間としても気に入っている。貴様と過ごす時間は悪くないものだと思っているし、たとえ一国の民全員の命と貴様のどちらかを選べと言われれば迷うことなくユーマ、貴様を選ぼう」
突然のヴェルの告白にオレは目をしばたいた。
ヴェルは普段、こういった自分の本心を決して口にしようとしない。
はぐらかして、斜めに構えて、言わなくてもわかっているはずだと言外に示すだけ。
そんな信頼も悪くはなかったが、今のは反則だ。
滅多に聞けない彼女の飾らない吐露に、心の内が不意に熱さに見舞われる。
「だからこれも貴様のためだ。口で言ってきかないのなら、叩きのめしてでも、引きずってでも貴様の蛮行を止めてやろう。感謝しろとは言わんが――悪くは思うな」
そんな熱は、躊躇なく剣を抜き放つヴェルを前に冷え込んだ。
冷え込んだというか、背筋が凍りついた。
……訂正。空気なんて少しも緩んじゃいなかった。
『煌炎』ヴェルンハルデ。
敵でも味方でも変わらず危険な女である。
害意がないのは百も承知だが、それでもその黒色の刀身の鈍い輝きに身がすくむ。
そのままオレの方へ足を踏み出そうとして――留める。
「……なんの真似だ、エアリス」
ヴェルが平坦な声でオレたちの間に割って入ったエアリスに問う。
てっきり彼女は静観を決めこむか、ヴェルに味方するものと思っていたが……。
「貴様にもわかっているはずだ。今ユーマがやろうとしていることは、一時の義憤に駆られた愚かな行いで、この男の身を亡ぼす行為だということは」
「もちろんわかってるわ」
ヴェルの怒気を受けても一向に揺るがず、エアリスは答える。
「だけどあたしもその一時の義憤に駆られた愚かな行いで助けられたクチなの。だから、あたしにはユーマを止めることはできない。せめて仲間として手助けをする」
「いや、ラフィルの救出はオレ一人で……」
「それは聞けないわね。ユーマがあたしたちの制止や忠告を振り切ってでもあの子を助けに行くようにあたしも好きなようにやらせてもらうわ。拒否するのは自由だけど、ユーマが屋敷に襲撃をかけるなら、別行動だろうとあたしも突貫する。でもどうせなら連携をとった方が成功率も生存率も上がるでしょ」
続けて「それともここで倒していく?」とエアリスはにやりと笑ってみせた。
そこまで言われてはオレも白旗を揚げざるを得ない。
断ったら数の暴力で蹂躙されるだけじゃないか……。
一方、一人だけ反対意見を掲げるヴェルは目に見えて苛立ちを深めていた。
「言ったはずだ。叩きのめしてでも、引きずってでも貴様の蛮行を止めると。それが二人になったところで私の意志は変わらんぞ。それとも二人がかりなら私の制止を振り切れるとでも思ったか? 残念ながらまだ貴様らのコンビよりも私の方が上だ」
「無理だな。エアリスがこっちについたならお前に勝ちの目はない」
オレの断言にヴェルは不愉快そうに眉根を寄せた。
「少し戦える幅が広がったからといって随分とつけあがってるようだな、ユーマ」
「そんなんじゃないさ。ただ戦力的に敵わなくとも戦略的な勝利は得られるってだけだ」
あくまで冷静にそう言い切るオレにヴェルは些細な異変も見逃すまいと警戒を上げ、エアリスは頼もしそうに肩越しに振り返る。
そんな仲間たちの方向性は違えど、ある意味同じ期待を受ける中、
「いくらお前でも気絶した人間を二人も抱えて街から脱出できないぜ!」
と、敗北前提の目論見を述べると二人は途端に脱力したような悲しそうな顔になった。
きっと今頃街中で検問が敷かれている。
そんな厳戒令の中を少女誘拐犯と猫耳を担いだ人物が歩けば、必ず衛兵の目に留まるし、仮に振り切れたところで門は突破できない。
ヴェルが魔族としての力を発揮すれば別だが、それでは意味がなくなる。
「それに万が一、街から連れ出されてもオレは何度だって戻ってくる。何度負けたって、諦めない。どうやってもお前に勝ち目はないよ、ヴェル」
「記憶破壊するか……」
「待て、今とんでもないリーサルを突きつけられた気がする」
ヴェルは今度こそ毒気が抜けたように息を吐いた。
「……いいだろう、勝手にしろ。私は手助けなどしない。やるなら貴様ら二人でやれ」
わかっている。
ヴェルにとって最も避けなければならないのは正体が公に露見することだ。
領主とやりあうことで、無用な注目を集めることを嫌がったのだろう。
だから無理強いはできない。
「だが餞別ぐらいはくれてやる。いや、貸してやる」
そう言うと、ヴェルは抜き身の剣を地面に突き刺した。
「私は先に次の街へ行く。いいか、あくまでこの剣は私のもの。それを貴様に貸し出してやるだけだ。必ず返しに来い。くれぐれも忘れるな」
これはヴェルなりの思いやり、無事に帰って来いというエールなのだろう。
借りパクなんてしたら何をされるかわからない。
死んでも返さないとな。
去り際、ヴェルは背を向けたまま最後に一言だけ言う。
「ちょうどいい機会だ。今回の件で己の甘さを自覚し、痛みをもって学ぶのだな。目の前のことしか見ようとしないのは賢者の行いではない」
ヴェルの諫言を受けてもオレは振り返らなかった。
垣間見える彼女の不器用な気遣いを嬉しく思いながら、それでも考えは曲げない。
別々の方向に歩き出しながら剣に手をかけ、
「オレはクールで、カッコよくて、いつでも頼りになる男だけれど――自分を賢いだなんて思ったことは一度もねーよ」
風魔法による補助を使い、一時的に人外の膂力を再現する。
オレは地面に刺さった肉厚の剣を勢いよく引き抜いた。