1-5 冒険者ギルドにて
寄り道も終わり、いよいよお待ちかね冒険者ギルド。
ギルドの建物はひときわ目立つところにある四階建ての大きなレンガ調の建物。
入り口に剣と斧をモチーフにした看板が掛けられている。
建物に入ると幾人か冒険者らしき人々が見受けられた。
昼前であるためか、それほど混雑していない。
オレのようにローブを着ている者もいるが数は全体から見れば一割から二割。
魔術師の人口は少ないのかもしれない。
ギルドの内装は市役所と場末の酒場を足して二で割った感じだ。
周りの人間が品定めするような視線を送ってくる中、受付のほうへと歩いていく。
エアリスは「用事がある」と言ってギルドの建物の上階へ上がっていった。
登録にはそれほど面倒な手続きは必要ないそうだから、こっちは一人で足りる。
「……っと、あそこか」
人が並んでいないカウンターへと足を踏み入れる。
そこには何枚もの書類と格闘している受付嬢さんが座っていた。
青色の髪にグレーの目をしている一つか二つ上であろうお姉さんだ。
美人であることには間違いないのだが、普通の人族であることに若干落胆する。
残念、ひそかに獣人族やエルフであることを期待していたんだけどな。
まだどちらの種族も見ることができていない。
男の獣人族は何度も見ているがそれはノーカウントだ。
それこそ十人はすれちがっているはずなのだが、その中に女性の獣人族はいなかった。
屈強な男の獣耳やしっぽなぞ見ても嬉しくもなんともない。
やたらと露出のある屈強なウサギの獣人を見たときなんて思わず舌打ちが飛び出てしまい、エアリスに胡乱気に見られてしまった。
それはさておき、とにかく登録を済ませよう。
受付嬢さんは顔をあげてオレの姿を見つけると、にっこり微笑んだ。
「ようこそ冒険者ギルドへ! 本日はどのようなご用件でいらっしゃいましたか?」
「ええと、冒険者登録を頼みたいんですけど」
「新規のご登録ですね」
受付嬢さんは手慣れた手つきで書類を取り出し、ペンとともに渡してくる。
「こちらの書類に名前、年齢、戦闘技能について記入してください」
「わかりました」
書類の名前の欄にユーマ、年齢を十七、戦闘技能のスペースには風魔法と記載する。
最後にギルドの規則に従うという旨の誓約書にサインした。
受付嬢さんにギルドの規則について尋ねると、いろいろと細かい内容はあるものの、常識を守って行動すればおおむね問題はないとのことだった。
世界が違えば常識も違うのではないかという心配はあるが……。
人に迷惑をかけなければ大丈夫か。
書き洩らしがないかを確認し、書類を受付嬢さんに返す。
受付嬢さんはさっと内容に目を通した後、書類をもって裏手へと引っ込んでいったが、数分もしないうちにすぐに戻ってきた。
冒険者の証明となるギルドタグの発行にはもうしばらく時間がかかるそうだ。
「では、タグができるまでの間に冒険者ギルドについて説明をさせていただきますね」
すでにエアリスから冒険者の仕事は聞き及んでいるが、抜けを補完する意味でも念のため聞いておくことにした。
彼女の説明を要約するとこうだ。
冒険者の仕事内容は大まかに分けて討伐、調査、護衛、採集、雑用の五つ。
個人的に受けることもできるが、報酬に関する揉め事や手違いを避けるならギルドが仲介した仕事を請け負う方が無難らしい。
討伐はその名の通り依頼の魔物を倒すというもの。
依頼をこなしたことの証明として、『魔石』の提出が義務づけられている。
魔石というのはすべての魔物の体内に存在する魔力の結晶で、燃料として様々な製品に使用されるとのことだ。
調査は魔物の発生数や何らかの不自然だと思われる事案を調べ、事件や事故が起きるのを未然に防いたりする。
レポートの提出が必須であるため、冒険者からの人気はよくない。
しかし、その分報酬はほかのものと比べていくらか割高に設定されている。
護衛はある一定期間、対象の警護をするというものだ。
雇用主との面談があるため、一定の信頼と実績が必要となる。
中にはそのまま専属の護衛として、転職する者も少なからずいるらしい。
採集はポーションの原料となる薬草や、武器や防具の素材となる魔物の部位を集める。
討伐依頼と重なる部分があるため、併せて依頼を受けることが多い。
また、あらかじめ依頼を受けていなくても規定額で売ることが可能だ。
雑用は本当に雑用である。
屋根の修理から、人探し、手紙の配達と、もはや便利屋扱い。
駆け出しの冒険者が受けるものだが、オレはエアリスのおかげでパスできそうだ。
これらの依頼が冒険者ギルドの一角にあるボードに張り付けられており、そこから受けるものを選んで受付に持っていき、手続きをする。
ただし基本的に自分のランクと同じかそれ以下のランクの依頼しか受けられない。
例外的に自分よりもランクが高い人がパーティーにいる場合、それに応じたランクの依頼を受けることが可能らしいが、あまりお勧めはしないそうだ。
身の丈に合わない依頼を受ければ失敗する可能性が格段に高まるからだ。
また、依頼によっては失敗のペナルティーとして罰金が科せられることがあるらしい。
冒険者ランクはFランクからSランクまでの七階級。
もちろん冒険者ギルドに入りたてのオレはFランクからのスタートとなる。
なお、冒険者はDランク以上でようやく一人前とみなされる。
「ランクは依頼をこなしていけば上がる仕組みになっています。ただし、BランクとSランクへの昇格にのみ試験が必要となりますので注意してください。ユーマさんは魔法を使えるそうなのでEランクならすぐ上がれると思いますよ」
魔法が使えるのはやはり大きなアドバンテージなのか。
技能に言及されることなくランクアップを約束されるとは魔法様々だな。
「頑張って依頼を受ければ明日中にEランクになれますか?」
「かなりハードなスケジュールになるでしょうけど……不可能じゃありませんね」
「ほう、つまりは一週間もしたらSランクということですね?」
「はい。夢を見るのは自由です」
調子に乗ってみると、受付嬢さんの笑顔の種類が変わった。
「馬鹿かこいつ」「図に乗るな」等々の熱い思いが込められたような笑顔だ。
「まったくこれだから物を知らない新人冒険者は……」
はあ、とあきれたようにため息を吐く受付嬢さん。
営業スマイルは見る影もなく、頬杖を突きながら苛々とカウンターを指で叩く。
なんとなく姿勢を正さねばならないような気がしてオレはその通りにした。
「いいですか? そもそも平均的な冒険者が一つランクを上げるのにおよそ三年かかるんです。しかもたいていはCランクどまり。『魔法が使えるなら』と先ほどは言いましたが、付け焼刃の魔法が通用するのはほんの最初だけです。具体的にはEランクに上がって終了です。このまま魔法の才に胡坐をかいていれば最初の昇格試験どころか次のDランクにたどり着くことすら難しいでしょう」
そう言うと、傍らにあったギルドの資料を開き、放ってくる。
受付嬢さんの豹変に唖然としながら目を通すと、いくつか統計が載せられていた。
その中で一つだけ特に目を引く項目があった。
「冒険者になりたいという人は本当に多いんですよねえ。口減らしで村から追い出された農民から相続にあぶれた貴族まで。皆さん一財産を築こうと冒険者になるわけですが、実際に冒険譚のような活躍をできる人がどれほどいると思います?」
新人冒険者の一年目の存続率、およそ五十パーセント。
つまりは、二人に一人が消えている。
消えすぎてないか?
「ああ、安心してください。それは引退した人が含まれているので死亡率ではありません」
「で、ですよね! 冒険者が性に合わないって辞めたりとか……」
「魔物に腕を食われたりしてそのまま引退したり、依頼に出たっきり帰ってこなかったりした人たちが多分に含まれています」
オレの手から紙の資料がばさりと落ちた。
「この中で特に多いのは身の丈に合わない依頼を受けた冒険者です。依頼は基本的に適正ランクのものしか受けられませんが、個人的に魔物を狩るのは禁止されていないのでしばしば欲をかく冒険者が出るんですよね。素材の需要はいくらでもありますし。ですが、たいていそういう冒険者は死にます。下手な英雄願望なんて持たない方が身のためですよ」
「……あの、もっと夢と希望をくれませんか?」
「残念ながら当ギルドではそのようなものは扱っていません。他をあたってください」
受付嬢さんは取りつく島もなかった。
それから瀕死のオレにとどめを刺すように続ける。
「Sランク冒険者でしたっけ? それがどんなものか知っていますか? 凡人と呼ばれる人が死に物狂いで強くなってようやくBランク。もって生まれた天才的な才能に地獄のような特訓を積んでAランク。そして、人類の枠を叩き壊した謎の生命体がSランクです。今現在は四人登録されていますが、彼らは一人の例外もなく鼻歌交じりで軍隊を相手取れますね。そんなものになれるなんて思ってるんですか?」
「身の程を知りましたか?」と受付嬢さんが小首をかしげる。
なぜこうもこの受付嬢さんは駆け出し冒険者の憧れを叩き壊しに来るのだろう。
絶対にギルドの受付に置くべきじゃないよ、この人。
……いや、知っているからこその忠告か。
「そもそもあなたのような歳の冒険者だとSランクはおろかCランクになることさえ酷く困難です。百人いたら九十九人はDランク以下でしょうね」
その言葉を聞いて、オレの脳裏にあの栗色の髪の少女の姿が思い浮かぶ。
彼女の冒険者ランクはCランク――つまりは百人のうちの一人。
やはり彼女の卓越した身体技能はやはり同年代の冒険者の中でも抜きんでているらしい。
オレが黙っていると、受付嬢さんは納得したとでも解釈したのか話を締めくくった。
「説明は以上です。ギルドタグができるまでもう少し時間がかかかりますので、あちらのブースでもうしばらくお待ちください」
「ためになる話をありがとうございました……」
いささか棒読み気味の礼を述べ、受付嬢さんに示されたブースへと向かった。
今更何と言われようが冒険者になることに変更はない。
他にできる仕事などないし、危険に関してもある程度は承知の上だ。
ちょっと空想していた夢に修復困難なレベルのひびが入ったが、先に現実を知れてよかったと言えなくもない……気がしなくもない。
いいさ、別に一獲千金を狙いたいわけではない。
生活に困らないレベルの金を稼いで、ささやかな冒険ができれば十分だ。
エアリスだって先の浅慮にはオーガ戦で懲りていたみたいだし、安全路線で行こう。
魔物の討伐なんてなくても冒険や観光はできる。
Sランク冒険者云々もできたらいいなぐらいの大言壮語のつもりだった。
なんて自分を全力で納得させつつ、ソファのような縦長の椅子に腰を下ろす。
エアリスはまだ帰ってくる様子がない。
用事とやらはもう少し時間がかかるものなのだろう。
暇つぶしに隣に備え付けられてある棚から小冊子を取り出す。
それからギルドに関する細かな規則が載せられているページを適当にめくっていった。
「おい、そこの新入り」
小冊子を読み込んでいると、突如声をかけられた。
一瞬、ギルドタグが出来て呼ばれたのかと思ったが、それにしては早すぎる。
訝しげに顔をあげ――驚愕した。
オレの目の前には巨漢のゴブリンが立っていた。
見上げるほどの体格の良いゴブリンが下卑た笑いを浮かべ、オレを見下ろしていた。
「よお。てめえ、さっきSランクになるだなんてたわごと喚いてやがったよな? 何ともおめでたい頭をしているじゃねえか。ぎゃはははははは!」