2-閑話3 剣士の証明
ヴェルンハルデ――改め、ヴェルを仲間に加えた後日。
オレとエアリスはミスリルの袋を担いで武器屋に出かけた。
理由は言わずもがな後回しにしていた剣のオーダーメイドを頼みに行くためである。
ついでにオレも武器を作ってもらうことにした。
ミスリル鉱石は余分にあるし、キマイラの魔石のおかげで懐は温かい。
どんな武器にするかはまだ迷っている。
魔術師ならメイスにするべきだが、やっぱり剣も捨てがたい。
ヴェルの加入で前衛が充実し過ぎて、オレが近接武器を振り回す必要性は一切なくなったのだが、それはそれ。
剣はいつだって男のロマンだ。
両刃の西洋剣もさることながら、刀があれば最高の気分を味わえるだろう。
「でもよくヴェルを口説き落とせたわね。あんなに一人でいることに拘ってたのに」
「多少は揉めたけどな。猫耳をちらつかせれば勧誘自体は聞いてくれたぞ」
「あたしをダシに使ったの!?」
人は利益がないと動かないからな。
いい後押しになってくれた。
「あいつ欲張りでさ、そのせいで猫耳の占有権の折り合いがなかなかつかなくて」
「揉めたってまさか猫耳の分配の話!?」
「最終的には一対一の公平な比率で納得してもらえた」
「あたしは!? 所有者本人の分がないんだけど!」
「人は寛容の精神こそ大事にすべきだ。分け与える心が優しさを生むんだ」
「まずはあたしに優しくして!」
慈愛の心をもってモフってあげよう。
「うう……なんでこんな人ばっかり……。パーティーメンバーを増やすのはいいけど、変な人ばっかり入れないでよ。猫耳目当ての人なんてそうそういるはずないけど」
それは何かのふりなんだろうか。
まあ、エアリスの猫耳は二つしかないから二人以上になることはないだろう。
なお尻尾で妥協してくれる人物ならば加入の見込みありだ。
オレたちが武器制作を頼もうとしている武器屋は鍛冶師が兼業している店である。
丹精込めて作った武器をいい加減な武器屋に卸すわけにもいかず、始めたのだとか。
腕はこの鍛冶が盛んなレストアの街でも一、二を争うほどだそうだ。
「って、エアリスはギルドで紹介されたんだっけ。……これが?」
目的地は商業区の端に追いやられたような場所にあった。
その目立ちにくい立地のためか、率直に言ってあまり繁盛してないようだ。
繁盛していないどころか、すでに潰れてかかっている。
看板は黒ずみ、よく目を凝らさなければここが店であるということすらわからない。
というかこれで店なのか?
店舗以前に廃屋か何かの間違いじゃないのか?
「場所はここで合ってるのか? 知られざる名店が誰にも知られぬまま潰れてるけども」
「住所はここになってるわ。ギルドで情報を貰ったのは昨日だから引っ越してるならそっちの住所を教えてくれてるだろうし、ましてや潰れてるはずないんだけど」
「じゃあ情報を貰ったすぐ後に潰れたとか?」
「何があったらそんなことになるのよ……」
とは言いながら、エアリスの反論に力はない。
道すがら上機嫌にうねっていたしっぽは今や力無く垂れ下がっている。
「こ、この荒み具合は一日やそこらの経過じゃないわよ。一年とか二年とか、それなりの年月が経たないとこうはならないわ。だからきっと大丈夫!」
何が大丈夫なんだ、それは。
廃屋状態のまま営業してるのはそれはそれでダメだろ。
「まあ、こうしていても仕方ないから、とりあえず店に入ってみましょ。もしかしたら中は意外とまともかもしれないし」
意外性を求めなければならない時点で望みは薄かった。
ドアノブを回すと「最後の役目を終えたぜ」と言わんばかりにボキリと折れて、より不安を掻き立てさせられたが、知らないふりをした。
中も外装に負けず劣らず酷いありさまだ。
店内には人の気配がなく、床は軋み、天井には蜘蛛の巣が張っている。
しかし、廃屋という考えは武器の陳列された棚で改めさせられた。
他の何もかもが手抜きであるのに、武器だけは丁寧に管理されていたのだ。
さすがに宝石のごとくショーウィンドウの中に並べられているわけではないが、一つとして雑多な扱いをされている武器がない。
普通の武器屋なら中古品の買取りをしているため、安売りの武器も置かれているものだが、この店に置いてあるのはどれも一級品の新品。
「すごいわね。王都にもこんな品揃えの店はそうそうないんじゃない? もう少し外装を整えれば人が殺到すると思うけど」
「それが嫌であえてあんな酷い外装にしているのかもな」
剣に関して詳しい知識があるわけではないオレですら業物だと分かる。
オレたちはしばらく店に来た理由も忘れ、魅入っていた。
しばらくして奥の工場から一人の鍛冶師らしき男が現れた。
背はエアリスよりも頭二つ分ほど低く、あごにもじゃもじゃのひげを蓄えている。
また煤なのか地なのかはわからないが肌が全体的に浅黒く、両腕の筋肉はたくましい。
第一印象はドワーフだ。
この世界にドワーフという種族はいないらしいが。
「あ、すいません。剣のオーダーメイドを頼みたいんですけど」
エアリスがそう言うと、男はジロリと睨んでくる。
しかし、すぐに興味を無くしたのか、視線を外した。
「えっと……あの、この店の方ですよね?」
「帰れ」
「……え」
「帰れと言ったんだ」
店でかけられる最初の言葉が「いらっしゃいませ」じゃなく「帰れ」だと?
どんな斬新な接客術だ。
オレは先ほど壊したドアノブを魔法でこっそり隅に追いやりつつ、困惑しているエアリスと応対を代わる。
まさかこれが態度の悪さの原因だとは思わないが念のため証拠を隠滅しておく。
「ここって武器屋じゃないんですか?」
「ちげえよ。鍛冶屋だ」
「いや、だから新しい剣を作ってもらいたいって言ってるわけで……」
「同じだ。おめえらに剣を売る気はねえし、打つ気もねえ」
それだけ言い、奥の工場へ引っ込もうとする鍛冶屋の親父をエアリスが焦った様子で呼び止める。
彼女はここに来るまでに様々な犠牲を払ってきたのだ。
猫耳とか、しっぽとか。
そう簡単には引き下がれないだろう。
「あ、あのお願いします! 材料のミスリルはもう揃えてありますから!」
エアリスはミスリル鉱石がつまった袋をカウンターに置く。
袋には相当量の鉱石が詰まっており、剣どころか鎧に盾に兜に小手といった防具一式に費やしてもまだ余剰分が出るほどだ。
だが、鍛冶屋の親父はそれを遠目に眺めるだけで手に取ろうとはしない。
「そういう問題じゃねえ」
「よ、予算も多めに出せます! なんなら相場の倍でも……!」
「費用の問題でもねえよ。気分の問題だ。……仮に百歩譲って剣を作るにしてもおめえの分だけは絶対に作らん」
鍛冶屋の親父は指をさして言った。
指の向かう先は意外なことにオレではなく、エアリスだった。
「……あたしが獣人族だからですか?」
指をさされたエアリスは声のトーンを落として言う。
視線もやや下がり気味になるが、鍛冶屋の親父は鼻を鳴らしてそれを否定した。
「ちげえよ。女だからだ。戦いってのは男の仕事であって、女がやるもんじゃねえ。剣士なら特にだ。少なくともうちの店じゃ絶対に売らん。他を当たれ」
「獣人族の国では十五歳を過ぎれば男女関係なく戦士として扱われるんです!」
エアリスはなおも食い下がる。
しかし、鍛冶屋の親父の態度は変わらない。
「ここは獣人族の国じゃねえ。人族の国だ」
どうやらこの親父はかなり古臭い考えの持ち主らしい。
エアリスは言葉に詰まったらしく、口を固く結んでしまった。
「オレは男なんですけど。オレに剣を作ってもらえない理由は?」
「恰好を見るにおめえは魔術師だろうが。魔術師は杖を振ってりゃいいんだ」
「将来的には魔術師から魔法剣士にジョブをクラスアップする予定なんで」
「わけのわからねえこと言ってんじゃねえ。魔法を馬鹿にする気はねえが、だからって剣の道を甘く見て貰っちゃ困る。両立できるほど甘えもんじゃねえんだよ」
オレは両方の技術を極めつつある魔族を一人知っているが。
よく考えたらあれはオレが目標にしている戦闘スタイルそのものだな。
空を飛べて、剣を振れて、魔法を放てる。
この用事が終わったら稽古をつけてもらうのもいいかもしれない。
「おめえらに売るような剣なんぞこの店には置いてねえ。さっさと帰れ。商売の邪魔だ」
鍛冶屋の親父はしっしと犬を追い払うかのように手を振る。
しかし、曲がりなりにも剣の注文をしようとしている人間に対して、商売の邪魔だから出ていけとは一体どういう了見なんだろうか。
このままではらちが明かないな。
一旦出直すか、いっそ別の鍛冶屋に仕事を依頼しよう。
オレがエアリスにそう声を掛けようとした時、彼女は顔を上げた。
「おじさん、この街を大規模侵攻から救ったのは誰か聞いていますか?」
「あん? ……ああ、なんでも『煌炎』とかいう異名持ちの冒険者がほとんど一人でやったんだってな。たいした奴だ。で、それがどうした?」
「その『煌炎』っていうのは女の冒険者です」
鍛冶屋の親父の表情がここに来て初めてピクリと反応する。
ヴェルの素性を知らなかったのだろう、渋い表情を浮かべた。
「もし彼女が女だからと言って戦いに身を置くのをやめていれば、今回途方もない数の犠牲が出ていたでしょう。……いえ、最悪このレストアの街の名前が地図から消えてなくなっていたかもしれません」
「………」
エアリスは静かに、しかし力を込めて言葉を続ける。
「戦いに性別なんて関係ないんです。男でも戦いの不得意な人はいますし、逆に女であっても戦える人はいます。戦いは男だけが受け持つものじゃありません」
ここでいったん言葉を切り、エアリスは鍛冶屋の親父を真正面から見据える。
「戦いは、戦える者が受け持つべきなんです」
「……おめえがその戦える者だとでも?」
「あたしは五歳の頃に初めて剣士の父に剣を握らされてから、十年間みっちり仕込まれてきました。剣の振り方も剣士としての心構えも。それから今日に至るまでも剣を握らなかった日は一日としてありません」
エアリスからは剣気を発せられていた。
研ぎ澄まされたその気は戦いに身を置いた者にしか得ることはできない。
確かな気迫をもってエアリスは断じる。
「――あたしは剣士です」
そう締めくくるなり、エアリスは口を閉じた。
あとは鍛冶屋の親父の判断を待つだけということなのだろう。
鍛冶屋の親父はしばらく何かを思案するかのように机を人差し指でトントンと叩いていたが、やがてエアリスの方を一瞥して、
「手」
「え?」
言葉の意味を測り損ね、首を傾げるエアリス。
鍛冶屋の親父は不機嫌そうに自分の足りない言葉を補った。
「手を見せてみろ」
エアリスは言われるがまま、おずおずと利き手を差し出す。
そこには子供の頃から何度も剣を振るい、何度もマメを作り、何度も潰して、皮膚が厚くなった手があった――剣士の手だ。
鍛冶屋の親父はその手をややしばらく眺める。
さっきまでとは打って変わった真剣な表情で、何かを測り取るかの如く。
エアリスの剣の強さ、これまで積みあげてきたものを。
やがて鍛冶屋の親父は表情を緩め、ふっと息を吐き出した。
「……ふん、いいだろう。作ってやる」
「! あ、ありがとうございます!」
エアリスは思わずといった様子で頭を下げた。
伏せられた顔は喜びの表情で彩られていた。
ようやく念願のミスリル製の剣が手に入るのだ、無理もない。
鍛冶屋の親父は口の端にわずかに笑みを浮かべながら、カウンターに置かれたミスリル入りの袋を担ぎ、奥の工房へと引っ込んでいった。
すぐに仕事に取り掛かるつもりなのだろう。
しかし、その途中でふと何かを思い出したかのような顔になり、歩みを止める。
「……そうだ。一応、おめえの手も見せてみろ」
「え」
指名されたのはもちろんオレだ。
くっ、有耶無耶にできると思ったのに……まずい!
「さっさとしろ。おめえも剣が欲しいんだろ?」
「え、あ、いや、でも……」
「ついでだからおめえのも作ってやる。クラスアップとやらが何かはよくわかんねえが、魔法同様に剣も使えるように努力してきたんだろ?」
「ま、まあ……それなりに……素振り、とか」
「だったらその証を見せてみろ」
「うぐぅ……」
どう誤魔化すべきか必死で頭を働かせるが、一向に良案が出てこない。
あっという間に時間切れとなった。
「ぐずぐずすんな。時間がもったいねえ」
そう言って鍛冶屋の親父は強引にオレの手を取り、開かせる。
そこには子供の頃にバットで素振りをし、いくつかマメを作り、いくつか潰して、やや皮膚が厚くなった手があった――大リーガーの夢に破れた者の手だ。
「………」
「………」
オレは店から蹴りだされた。
次章、『信念と自由の奴隷少女編』。
――
これにて二章は完結です。
三章は来月頭に投稿する予定です。
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