2-14 絆の力
祝勝会はギルド関係者だけでとり行われた。
お偉方が顔を見せればボイコットをすると遠回しにヴェルンハルデが脅した結果だ。
冒険者、ギルド職員で店を貸し切り、料理と酒に舌鼓をうつ。
健闘をたたえ合う際に苦笑いが入るのもお決まりだ。
ただし参加者は自由気ままで大騒ぎが大好きな冒険者である。
いつまでも大人しくしているはずがなかった。
堅苦しい挨拶もそこそこに祝勝会は一転、馬鹿騒ぎへと変貌していく。
「っていうか、オレがギルドに戻った時も酒盛りをしてた気がするんだが……。どんだけ酒が飲みたいんだ、こいつら」
「あー、外の片づけそっちのけで飲み始めてたわね。あたしはヴェルに捕まってそれどころじゃなかったけど」
ちびちびと酒に口をつけながらエアリスと話す。
未成年ではあるが、この世界には飲酒に制限はない。
元の世界の法律を振りかざして止める人間もいないため、好き勝手やっている。
打ち上げや祝勝会は冒険者にとっては恒例のイベントだ。
オレやエアリスはある程度自制しているが、節操のない冒険者パーティーなどは依頼が成功したらほぼ毎回のように開いている。
浴びるように酒を飲み、報酬を使い果たして翌朝に頭を抱える冒険者もザラだ。
その辺は当然のことながら自己責任である。
ただ集まりは飲みだけに使われるわけでもない。
次の依頼で組む約束やパーティーへの勧誘やスカウトの場にも使われる。
そして、それはヴェルンハルデも例外ではない。
普段ならAランク冒険者を誘うなんて酔狂な真似はしなかっただろうが、酒が入っていたのと同じ戦場に出た連帯感で声をかける者が後を絶たなかった。
「あ、あのヴェルンハルデさん、俺たちのパーティーに入ってみませんか?」
「あっ、てめえ卑怯だぞ! 抜け駆けするつもりか!?」
「そんなとこよりぜひウチへ!」
一人が勧誘しはじめたのを皮切りに一斉に人が群がってくる。
その人気ぶりにヴェルンハルデはめったに緩めない頬を綻ばせ、
「なぜ私が貴様らのような雑魚と組まねばならん。魔物の餌にするぞ」
評価しているという発言はどこへ消え去ったのか、最悪に見下した表情で罵った。
一部の層にはご褒美かもしれないが、大抵の人にとってそうではない。
傷つけられた冒険者は胸を押さえて崩れ落ちた。
言い分としてはわかるが、もっと言い方ってものがあるんじゃないだろうか。
「そ、そんなこと言わずに試すだけでも!」
「そうそう、ウチは女の子もいるから気兼ねしないぞ!」
「俺たちは十年、冒険者をやってる! だからサポート面は任せてくれよ!」
彼らの復活は存外早く、アピール大会は続行とされた。
だが、その中で相手パーティーへの誹謗中傷が混ざり始め、売り言葉に買い言葉が返され、ついには取っ組み合いが始まるという混沌と化していく。
その中心でヴェルンハルデは自分の毒舌の切れ味の鈍さに顔をしかめ、
「なぜ貴様らはそうも諦めが悪いのだ……」
「ああ、あそこのユーマっていう冒険者があんたがドジっ子で戦闘以外はからきしって言ってたから俺たちが役に立つんじゃねえかなって……」
オレが走り出したのと、ヴェルンハルデがとびかかってくるのは同時だった。
だが、店の出口へ三歩進めた時、ヴェルンハルデは上を取っていた。
追いかけっことオレの人生終了のお知らせ。
「何か言い残すことはあるか?」
「し、死ぬ前にエアリスの猫耳を思う存分モフりたいです」
その遺言を受けてエアリスはどこだとヴェルンハルデが目を彷徨わせる間を利用して、オレは拘束から命からがら抜け出した。
とどめを刺そうと動くヴェルンハルデだったが、冒険者たちに取り巻かれる。
今から密告者の口を封じても手遅れと悟り、ヴェルンハルデは追撃を諦めた。
「言ったはずだ。私は足手まといと組む気はない。早々に失せろ」
「いやでもドジっ子なんだろ、あんた」
「鉱山の中でうっかり炎魔法使って爆発を起こしたって……」
「ウチはドジっ子でも大歓迎だぜ!」
「どこへ行った、あの男! 今度こそ灰も残さず焼き尽くしてくれる!」
煽りに煽られたヴェルンハルデが憤慨し、こそこそと人垣に隠れるオレを探す。
親しみを持たせようと吹聴したのが裏目に出たか。
のこのこ出ていったら拾う骨も残さず火炙りにされるな。
なおもぎゃあぎゃあやっていたが、埒が明かないとみるやヴェルンハルデは、
「私は雑魚と仲良しごっこをする気はないと言った。それでも諦めんと言うならいいだろう、かかってこい。私に勝てたらパーティーでもなんでも入ってやる」
「う……、それはいくらなんでも……」
突きつけられた宣告に周囲の勢いが一斉に削がれる。
仮に全員まとめて、かつ今後の生活に支障をきたす怪我をさせないことを保証されたとしても、気軽に挑めるほど『煌炎』の異名は軽くない。
大規模侵攻を退けたのを目の当たりにしたのならなおさらだ。
「せ、せめてハンデを……」
「……ふむ、確かに結果の見えた勝負もそれはそれでつまらんな」
弱々しい懇願の声や盛り下がったテンションに何か思うところでもあったのか、ヴェルンハルデはしばし考え込んだ。
「そうだな。ならば飲み比べで私に勝てば考えてやらんでもない」
「「「「お、おおおおおおおお!」」」」
彼女にしては珍しい大盤振る舞いに場が沸き立つ。
心境に変化でもあったのかと思いつつ、好ましい変化であることに違いはない。
そのことを嬉しく思いながら、
「よし、オレが一番手だ。あの時の雪辱をここで晴らすぜ!」
「しれっと出て来たな貴様……」
名乗りを上げるオレをじと目で睨みながらこぼすヴェルンハルデ。
それに構わずオレは目についた酒を二本準備する。
ところがヴェルンハルデはそれを見咎めると、オレの手から酒瓶を奪い取った。
「この酒はダメだ」
「ん、アルコール度数がキツイか? そんなに強くないと思うけど」
「だからダメだと言っている。いくら私でも容量には限度があるのだ」
言いながらヴェルンハルデは給仕に酒を持ってこさせる。
明らかに高そうなその朱色の酒はラベルに『竜殺し』と銘打たれていた。
新品のそのコルクを引き抜くとなみなみとグラスに注ぎ、おもむろに手をかざす。
ボッ! と発火した。
「これぐらいでなければ全員潰せんだろう?」
絶句する冒険者たちを前にヴェルンハルデは酷薄に笑う。
しまった、この自信満々な表情……最初に出てきたのは失敗だったか。
何食わぬ顔で踵を返したオレにヴェルンハルデの腕が伸びる。
強引に振り向かされ、瓶を突っ込まされ、喉を焼け付く液体が通り――。
「ぷはぁっ! なんのこれしき!」
「では二本目だ」
容赦のない追い打ちにオレは目を回してぶっ倒れた。
◇◇◇
冷たい床の硬い感触に意識が浮上する。
状況の補完に四苦八苦したが、そこそこ強い酒への耐性がうまく働き、記憶の欠落といった事態だけは避けることができた。
頭の内側から叩かれるような鈍痛に堪え、顔を上げる。
「が、がんばれ! もう少しで瓶が空くぞ! まだ一本目だけどな!」
「お前でもう二十人目だ! さすがのこいつの顔色も変わってきて……ねえな!」
応援したいのか、それとも心を折りたいのかどっちかにしろ。
つーか、二十人抜きって化け物かよ……。
でもこの様子だとオレが意識がなかったのはほんの一時間ほどか?
そばを通りかかった給仕に水を持ってきてもらい、一息つく。
随分と場が荒れ果てている。
ヴェルンハルデの飲み比べ以外でも勝手に潰れた奴もいるだろうが、とにかく酔いつぶれて床に転がっている人数が尋常じゃない。
酔って引っ掛けたのか酒瓶やその赤い中身が零れ、後片付けが大変そうだ。
もう少し休んでからヴェルンハルデに挑戦するか。
さすがに一人だと手に負えない。
前の奴らを捨て石にしつつ、いい頃合いで美味しいとこ取りさせてもらおう。
だが、そんなふうにオレが鷹揚に構えてられたのも最初だけだった。
一人潰れ、二人倒れ、五人蹂躙され、十人が蹴散らされた頃から脂汗が浮かんできた。
やべえ、ここにきても奴に酔った様子がほとんどない
最初から酒が入ってたとは言え、多くの冒険者が二、三杯でダウン。
たまに一瓶空くこともあるが、二瓶まではいかない。
『竜殺し』の名前は伊達じゃない。
それ以上にそれを十数本と空けてけろりとしているヴェルンハルデが尋常じゃない。
オレが倒れた後に挑戦したのであろうエアリスを酔い潰し、膝の上に侍らせたヴェルンハルデは快調に空瓶と屍を積み重ねていく。
この段階に来ると冒険者たちはヴェルンハルデをパーティーに引き入れることよりも、なんとかして勝ちをもぎ取りたいという空気になってくる。
誰でもいいからこの女を止めてくれと悲痛な叫びが聞こえるようだった。
挑戦者は限界を尽くし、後続へ希望をつなぐ。
皆、笑顔で仲間の勝利を祈りながら倒れて行った。
オレは何度か席を外しつつ、その光景を一時も忘れまいと心に刻む。
「後は全部任せた……。お前、しかいねえんだ。俺たちの仇、を……」
最後の一人がオレの腕の中で意識を手放す。
お前ならできる、お前になら任せられると言い残して。
寸前に胸を叩かれたせいで催した吐き気を必死に飲みながらオレは頷いた。
あっぶね……危うく胃の中身をリバースするところだった。
今のオレに無用な衝撃を与えるんじゃねえ。
「くだらん茶番は終わりか?」
まったくもってその通りなんだが、もう少し配慮して言え。
「ヴェルンハルデええええええええええッッッ!!」
オレは騒音迷惑なんてそっちのけで酔いに任せて叫び散らす。
叫んだせいでまた気持ち悪くなってきたが、それに構わず声を張り上げる。
我ながらいい具合に酩酊していた。
「クククク……弱者は群れたがるもの。それがなぜだかわかるか? 己が強くあろうとすることを諦め、弱さを隠そうとするからだ。見るに堪えんことよ」
「違う、これは弱さじゃなくて強さだ! 一人じゃお前には届かないとわかっていた。だけど、みんなは捨て石になる覚悟でも戦い、オレに託してくれたんだ! それだけは絶対に否定させないぞ!」
酔っぱらったテンションとその場の妙な雰囲気に突き動かされるままオレとヴェルンハルデは愉快な舌戦を繰り広げた。
美味しいとこ取り? そんなの知らんな。
オレは皆の遺志を受け継いだだけだ。
「御託はいらん。さっさと来い。捻り潰してやろう」
いくらか酒気を帯び、色気と妖艶さをまとったヴェルンハルデが舌なめずりをする。
さすがに無傷ではないが、まだ余裕を残してるな……。
このままだと初戦の二の舞になる。
つい数時間前にオレを地に沈めた酒が一本丸ごと出される。
もうグラスなどという小細工は不要ということだろう。
オレは心臓が締め付けられるほどの緊張感を味わいながら瓶に手を付けた。
コルクを抜くとアルコールの強烈な匂いが吹き付ける。
それだけでもう死にそうだったが、ここまで来てそんな無様は見せられない。
「仲間と力を合わせればどんな難敵も打ち崩せる! それを証明してやるよ!」
最後にそう言い捨て、瓶をさかさまにして呷る。
「……っ、……っ、……っ!」
一口飲むごとに灼熱の暴力が口で、喉で、腹で猛威を振るう。
視界を明滅させながら、異物を体外に吐き出そうとする体の防衛機構と戦う。
人の苦しむさまを見物するヴェルンハルデも目に入らない。
ただ無我夢中に瓶の中の朱色を飲み干す。
休憩もペース配分も考えず、嚥下だけに身体機能を集約する。
「っ、……くはぁ! 飲み切った!」
空瓶を音を立てて雑にテーブルに置き、口元を拭う。
余波で何本か同じ銘柄の酒瓶が落下し、砕けたがこの達成感の前では些細なこと。
オレは競争相手の少女に万感の思いで指を突きつけ、
「オレの勝ちだ、ヴェルンハルデ!」
「まだ一本飲み切っただけではないか。私が瓶を空ければ続行……む?」
ヴェルンハルデはオレの勝利宣言を鼻で笑い、酒瓶を探すが見つからない。
それもそのはず、さっき事故を装ってテーブルの上から突き落としたところだ。
すでに瓶はガラスの破片で、中身は零れきっている。
正々堂々?
知ったことか!
勝ちゃあいいんだよ勝ちゃあ!
「ちいっ、猪口才な真似を……ならば別の酒で」
「それは通らないぞ! 勝負の酒を指定したのはお前だ。どんな理由があろうと飲めなくなった以上ヴェルンハルデ、お前の負けだ!」
いよいよ酔いでおぼつかなくなってきた足を踏ん張り、拳を突き上げる。
散っていった仲間へ勝利を捧げるように高く高く突き上げる。
「これも全部みんなが時間稼ぎをしてくれたおかげ……絆の力だ!」
「小細工を弄するにしても、もう少し早ければ犠牲は少なかったはず。なぜ貴様一人が生き残る構図に……? 貴様、他の連中を捨て石にしただろ」
「絆の力だ!」
言い張るように言い、オレはぶっ倒れた。