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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第二章 烈火と暴走の大規模侵攻編
33/82

2-10 ひとまずの和解



 ヴェルンハルデが倒れて丸一日。

 こんこんと眠り続けていた彼女に動きが見えた。


 目を覚ましたのか、もぞりとオレの背中で動く。

 ヴェルンハルデは自分が陥っている状況が読めずにいるのか、しばらく沈黙を続けた。

 しかし、自力で考えるのを放棄したのか、深いため息とともに、


「……貴様は一体何をしている?」

「可愛い女の子を拾ったから、お持ち帰りしようとしてる」


 オレの至極当然の返答にヴェルンハルデは再び黙りこんだ。

 何やら後頭部に痛烈な視線を感じる。

 おそらくはじと目だな。

 醸し出される雰囲気的にそんな気がする。


「……何のつもりだ? なぜ私を助けた?」


 オレの発言をまともに取り合わず、ヴェルンハルデはなおも詰問してきた。

 つれない態度に少々意地悪をしたくなったオレは、


「おいおい、そんなこと訊ける立場だと思っているのか? 今の立場を考えてみろよ」

「絞殺だろうと焼殺だろうと刺殺だろうと好きなものを選べる位置関係だな。これ以上望みようがないほどに有利な立場だと思うが?」


 ヴェルンハルデが声に険が込めて凄む。

 まったくもってその通りだった。

 しかし、いくら待てども彼女がその脅しを実行する様子はない。


「絞殺と焼殺はともかく刺殺は無理だろ。剣はオレが預かってるからな」


 取り上げたのは背中から刺されることを恐れたわけではなく、単純に彼女の腰に大剣が吊り下げられたままでは運ぶのに都合が悪かっただけだ。

 第一、彼女がその気になればどんな安全策を講じようとも無駄だろう。

 

 正直なところ、ヴェルンハルデを助けるというのはなかなかに危険な賭けだった。

 賭けに負けていれば、抗う間もなく殺されていたはずだ。


 とは言っても勝算自体は十分にあった。

 命を賭けて――命を懸けて勝負に出てもいいと思えるほどには。

 そして今、こうしてヴェルンハルデと穏便に話し合えている時点で、ひとまず第一の関門は乗り切ったと見ていいだろう。


「鋼などなくとも、指一本あれば刺殺などたやすいが?」


 ヴェルンハルデの殺意が耳をくすぐり、白指が喉元に這わせられる。

 あれ、まだ第一の関門も乗り切れてなかったか?

 艶めかしい動きなのに脳内の危険信号が止まらない!


 内心でぶるりと震えながらも精いっぱいの虚勢を張り、脅迫を鼻で笑う。

 あからさまに声がうわずってしまったのはご愛嬌。


「や……やれるものならやってみろ。だが、危ないところを助けてくれた恩人に対してそんな仕打ちをすることを、果たしてお前の高潔な精神とやらが許してくれるかな?」

「拾ったいたいけな少女を誘拐して欲望の限りをぶつけようと目論む外道を始末するためならば、多少の融通は利くだろうな」

「そこまでは言ってないし、いたいけという単語にも激しく異議を唱えるぞ!」


 魔法を使わせれば戦略兵器級の戦果を生み、拳を握らせれば身の丈の倍以上ある魔物の群れを怯えさせるような人間に、いたいけという形容詞は使われない。


 それにしても相変わらずの辛辣な態度だ。

 これでもオレは意識のない彼女をここまで運んできた恩人であるわけなのだが。

 風魔法の力に頼ったとはいえ、少女一人となぜかそれに迫る勢いの重さを持つ大剣を運ぶのには随分と苦労させられた。


 ひょっとして冗談を真に受けられちゃったか?

 これは下心なんてない、あくまで善意に基づいた行動であるというのに。

 この心意気が伝わらないなんて、なんて報われないんだろうか。


「落ち着け。どうやら誤解があるようだ。お前、オレの行動を勘違いしているな? オレが無防備な少女にそんな邪な思いを抱くわけないだろ。お前の服に若干の乱れが見られるのはきっと気のせいだ」

「気のせいかと思っていたが、今の発言で気のせいではない気がしてきた」

「いや、それは長時間背負われていたせいでしわができたんだ。さすがのオレも意識のない少女の胸を好き放題触るような変態じゃない」

「誰も服の胸元が乱れているなどとは言っていない」

「いやいや、ただの予想だって。ほら、その証拠に服の背中の部分も乱れているだろ?」

「ただ単にセクハラされた範囲が広がっただけにしか思えんが」

「いやいやいや、信用しろってこのオレを。お前を支えている両腕に感じる太ももの柔らかさを堪能している以外にオレにやましい気持ちはない」


 オレがはっきりとそう論破するが、ヴェルンハルデは黙って身をよじった。

 残念ながら身の潔白は証明できなかったらしい。


「いい加減、話をそらすのをやめて答えろ! なぜ私を助けた!」


 話が一向に進まないことに苛立ちを覚えたのか、彼女は声を荒げた。

 だが、声の感じからして怒りよりも困惑が強いようだ。


「それてなんかないさ。たった今助けた理由を語ってやっただろ」

「ふざけるな!」


 ヴェルンハルデが咆えるように噛みつく。

 怒気を叩きつけられるが、ただの乱れた感情の発露でしかないそれは人を委縮させるどころか、なんら影響を及ぼすこともない。


「私は貴様のことを口封じのために殺そうとしたのだぞ! なのになぜ……!」

「殺そうとした? じゃあどうしてその前に穴底に落ちかけてたオレを助けたんだ?」


 自罰的なヴェルンハルデの主張にずっと抱えていた矛盾を切り返した。

 思いもよらぬ反論だったのか、ヴェルンハルデは返答までにかすかな空白を作る。


「……っ! だからなんだ! 私は魔族で人族の敵だ! 人魔戦役でも数えきれないほど多くの人族を殺した!」

「だけど今回レストアの街を大規模侵攻から守っただろ?」


 一つ一つ、ヴェルンハルデの言い分を潰していく。

 戦ってる最中はとても気が回らなかったが、ゆっくり考えると様々なことに気付けた。

 だからこそオレは彼女を助けてみようと思った。

 彼女を信じてみようという気持ちになれた。


 良い行いで悪い行いが打ち消されるとまでは言わないが、行動には何か意味がある。

 それをないがしろにして処断を決めてしまえばきっと後悔する。


 オレの反論で返す言葉に詰まったヴェルンハルデが忌々しげに舌打ちをする。

 背負っているため彼女の表情は見えないが、間違いなく不機嫌だ。


「そんなもの……理由になるか。そんなことで……」


 ヴェルンハルデは絞り出すかのように言った。

 声がかすれていたため、ところどころ聞き取り損ねる。


「……本当になんだというのだ、貴様は……!」


 複雑な感情がヴェルンハルデの中で渦巻いているのがわかる。

 彼女自身その感情を扱いかねているようだった。

 きっと今回のことだけではなく、過去のあれこれも関わってくるのだろう。


 だが、深入りするのは時期尚早だ。

 素直に話してくれるほど、こいつはオレの事を信頼してくれてはいない。

 だから――、


「オレは何も聞かない」

「なんだと?」

「だから何も聞かない。過去の人魔戦役で何があったのだとか、魔族のお前がどうして人族領にいるのかだとか、お前が使おうとしていた魔法が何なのかだとか、それでオレに何をしようとしていたのだとか、オレは一切聞かない」


 気になりはするが、好奇心で人の秘密を暴いてもロクなことにならない。

 今知れていることだけでも十分ヴェルンハルデは信用に値すると、無防備に自分の背中を貸しても問題ないと、オレはそう判断した。

 

「だからまあ、なんていうか……そう気負うなよ」

「そんなわけにいくか。私は魔族で、貴様は人族だ」


 なあなあで締めようとするもヴェルンハルデは頑なに拒んだ。

 頑固だと呆れる一方で、それがこの世界の普通で、常識なのだろう。

 異端はオレの方だというのは認める。

 

 だけど、その常識が正しいことだとは思わない。

 少なくともオレが従ってやる義理はない。

 ツンデレ強キャラ傲慢人間不信の悪魔っ娘、上等じゃないか。


「種族なんてたいした問題じゃねーよ。同族同士でも争うことはあるし、逆に他種族でも馬が合えば仲良くやれるだろ。それともお前はオレのことが嫌いなのか?」

「嫌いだ、死ね」

「馬鹿な、即答だと? ここはデレる流れのはず……。一体何が気に入らないんだ」

「貴様のそういうところだ……」


 なんだかヴェルンハルデが疲れたようにぐったりしていた。

 気分的には戦いは負けだったが、では勝てたようだ。

 よくわからない達成感を味わいつつ、戦いの空気が完全に消えたことに頬を緩める。

 

「ほら、起きたならそろそろ自分で歩けよ」

 

 風魔法で補助してヴェルンハルデを持ち上げているため、重さに関してはそれほど苦にならないものの、バランスが悪く歩きにくい。

 やっぱり普段からもう少し体を鍛えておいた方がいいな。


「貴様の言うところの可愛い女の子に奉仕できているのだ。つべこべ言うな」


 仲良くすることは嫌がるくせに人を使うのはいいのかよ。

 でもなあ、こいつ胸小さいからなあ。

 背負っても大して嬉しくないんだよなあ。

 貧乳ではないが、微乳だ。

 戦いの邪魔になるから削ぎ落としちゃったの? って訊きたくなるぐらいに。

 もちろんそんなことを言えば再び戦いの火蓋が切って落とされるのは言うまでもない。


 本人の性格ぐらい胸も自己主張が激しければお互い幸福だった。

 彫刻で言えば両腕のないミロのヴィーナスか。

 もしくは首のないサモトラケのニケか。

 まあ、それらの彫刻同様に「ないからこそいい」という見方もできるが。


「……貴様、今何を考えていた?」

「べ、別に何も? 芸術における美の定義について脳内論争してただけだけど?」


 ヴェルンハルデが眉をひそめたような気配を感じる。

 気のせいか首に回された腕が少しずつ、窮屈になっているような……?


「やめろ! いくら胸を押し付けようとオレの評価は変わらないぞ!」

「よろしい。そのまま死ね」


 ギリギリと機械に挟まれたかのような圧迫感。

 生かさず殺さずの絶妙な締め具合だった。

 一息で絞め殺さないのはオレの苦しみを少しでも長引かせようというヴェルンハルデなりの粋な気配りだろう。


 思わず風の操作が乱してしまった。

 同時に魔法で肩代わりしていたヴェルンハルデの体重と大剣の負担が首に集中する。

 足で支えきれなくなり、オレはべちゃりと地面に転倒した。

 背負われていたヴェルンハルデも転がる。


「……ぐ、首の骨が粉砕するかと思った」


 考えがなさ過ぎるな。

 こんなことをすれば自分も巻き込まれることぐらいわかるだろうに。

 それとも刺し違えてでもオレを仕留める不退転の覚悟だったのか。


 ヴェルンハルデの方を見ると、彼女はうつぶせのまま静止していた。

 いくら待てども起き上がる様子がない。


「ん、おい大丈夫か、ヴェルンハルデ? 変なところでも打ったか?」


 打ち所が悪かったのかとにわかに焦るが、すぐさまありえないと首を振る。

 坑道の硬い岩盤に叩き付けられてもケロリとしていたのだ。

 落下の衝撃程度でどうこうなるとは思えない。

 少し心配になって近づくと、意識はあるらしく紅い瞳がこちらを睨んでいた。


「何やってるんだ?」

「………」


 ヴェルンハルデは何も言わない。

 ぐったりとした様子で、地面に寝そべっている。

 立ちあがろうとする意志は見られるが、行動が伴わない。

 

 これは……魔力枯渇による虚脱状態だろうか?

 しかし、それはおかしい。

 ヴェルンハルデが魔力切れで倒れてからすでに体感時間で一日が経過している。

 普通に考えて、とっくに全開になっていてもおかしくない。


「お前、まだ何か隠してるだろ」

「……隠しているも何も、貴様自身が「何も聞かない」と言ったのではないか」


 ヴェルンハルデはふてくされたようにそっぽを向いた。

 まあ、それは確かにその通りなんだが。


「もしかして魔力の回復が普通より遅いのか?」


 オレはあたりをつけて聞いてみた。

 当てずっぽうではあるが正解からはそう遠くないだろう。

 自分の弱点をむやみに明かすことはしたくなかったのか、ヴェルンハルデはしばらく無言のままだったが、やがて諦めたようにかすかに首肯した。

 

「体質とか、病気みたいなものか?」

「……そんな大したものではない。これはただの……後遺症だ」


 自嘲気味にヴェルンハルデは言う。

 その表情の陰があまりに暗く、オレはそれ以上つっこむことができなかった。


 それにしてもなかなか酷い状態だ。

 目を覚ましてもほとんど体が動かせないのでは、無防備に等しい。

 丸一日使ってもこの程度しか回復しないとは……。


「常日頃からここまで回復が遅いわけではない。……今回は余計なことをしたからだ」


 オレの機微を感じ取ったのかヴェルンハルデは付け加えた。


 余計なこと――。

 おそらく右手で発動しようとしていた何らかの魔法のことだ。

 

 あれが何だったのか、結局わからないままだ。

 ただ、殺傷系のものではないと推測できる。

 オレを殺したかったのならわざわざそんなことをしなくても、炎で焼き尽くすなり、剣で斬り殺すなり、殺害手段はいくらでもあったのだから。

 

 ヴェルンハルデが本気で殺しに来ていたならば、オレは今ここに生きて立っていない。


「……よっと」


 オレはヴェルンハルデを背負いなおし、風魔法をかけ直す。

 常時発動し続ける必要があるが、魔力量には余裕がある。

 日常生活から魔法を使うことを心掛けているオレにしてみればお手のものだ。

 再び歩き出そうとした時、ヴェルンハルデが口を開いた。


「最後にもう一度だけ……もう一度だけ聞いておこう。本当にいいのだな、私を殺さなくとも? 今、私が弱っているこの絶好のチャンスを逃せば不可能になるが?」

「ああ」

「魔族の意図的な秘匿はこのカレンディア王国――どころか人族全体への裏切り行為にあたる。このことが体制側に知られれば貴様は懸賞金をかけられ、騎士団やクロニクル教の狂信者共に追いまわされる羽目になる。それでもいいというのだな?」

「かまわない」


 オレはヴェルンハルデの問いに対しはっきりと肯定を示す。

 こっちの答えはわかり切っていたはずだが、それでもヴェルンハルデは言葉に詰まり、そのまま言語化することなくすべて吐息に変えた。


「ふん、即答か……。本当に考え抜いたうえでの決定なのだろうな? なぜ貴様が魔族に平然と接せられるのかは知らんが……普通の人族ならばそうはならない。魔族と仲良くしているなどとばれれば、まず確実に貴様が想像している以上の酷い目に遭うぞ?」

「想像してもわからないほどなら、考えても仕方がない」


 ヴェルンハルデは何か吟味するように数秒ほど沈黙していたが、やがて、


「……勝手にしろ」


 そう言い捨て、オレの背に頭を預ける。

 やがて寝入ってしまったのか、スースーという寝息が聞こえてきた。



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