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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第二章 烈火と暴走の大規模侵攻編
30/82

2-9 Aランクオーバー

長めです。



「悪いが口をふさがせてもらう」


 そう言うヴェルンハルデの声色は心なしか憂いを含んでいたように感じられた。

 憂い――いや、罪悪感だろうか。

 どうやら彼女にとってこの行動は気の進まないことであるらしい。

 そのことにオレは一縷の希望を見出す。

 しかし、繰り出された攻撃に容赦など微塵もなかった。


「〝炎の弾丸(イグニート・グロブス)″」


 詠唱と同時に感じる魔力の波動。

 ヴェルンハルデの手のひらに炎が生成され始める。

 大規模侵攻時に千匹以上の魔物を焼き尽くし、つい先ほどの上層での戦闘でもBランクの魔物を火だるまにした炎魔法。

 黙って食らえばあとには灰しか残らないだろう。

 もはや戦いを躊躇している場合ではない。

 

「〝風の弾丸(エア・バレット)″!」


 対抗するようにオレは詠唱した。

 選んだのは一番得意で使いなれている魔法だ。

 周囲の風を操り、弾丸を形成し、高速で撃ちだす。

 

「なんだと……?」


 オレの風魔法を目の当たりにしてヴェルンハルデの顔に驚愕の色が差す。

 ここに来るまでオレは彼女に一切魔法を見せてこなかった。

 もちろん意図的に隠していたわけではなく、ヴェルンハルデが戦闘を一人でこなしてしまったがため偶然そうなっただけだが、とにかく意表は突けたらしい。

 エアリスが実力を保障していたものの、オレの実力を侮っていたのだろう。

 

 一小節の詠唱による魔法の即時展開。

 そんなものが可能だとは夢にも思わなかったに違いない。


 無詠唱による魔法の発動もできたが、熟練の魔術師相手では魔力を感じ取られてしまうため、不意打ちにならず効果が薄いのだ。


 オレの魔法展開から一瞬遅れてヴェルンハルデも魔法を放った。

 生成された炎がいくつものつぶてに分かれ、風の弾丸を迎え撃つ。

 

 赤く燃え盛る炎と、逆巻き暴れる風。

 奇しくも形態が一致した弾丸がぶつかり合い、爆音とともに相殺される。

 爆風で地面が抉れ、飛び散り、砂煙が立ち込めた。


「〝塵旋風(ノイズ・ウインド)″!」


 すかさず次の魔法に取り掛かる。

 小さな竜巻を生み出し、砂や礫を舞い上げ巻き上げる。

 そうして出来上がった砂嵐をヴェルンハルデの方へ押し付け、視界を潰した。


 ……この隙に逃げる!


 オレは短く地面をけり、風に身を任せて飛び上がった。

 天井があるから低空飛行を維持し、坑道の奥へと進んでいく。


 冷静に戦力分析をしたところ、オレがヴェルンハルデと正面切って戦って勝てる見込みは限りなく薄いだろうという結論に至った。


 ただの優秀な魔術師、あるいは戦士のどちらか片方だけなら戦いようもあった。

 だが、ヴェルンハルデはその両方を兼ね揃えている。

 しかも経歴や垣間見えた実力ときたらオレとエアリスを足して二で割るどころか、下手せずとも二倍、最悪二乗にするほどの領域にある。


 戦略級の魔法と剣術を扱う技術に加え、戦闘センスに動体視力。

 物理攻撃一辺倒だったオルゲルトよりも性質が悪い。

 Aランクという肩書ではあるが、それはあくまで彼女が一撃で屠ったというドラゴンの危険度を示すランクに過ぎない。

 ヴェルンハルデ自身の強さは確実に『Aランクオーバー』だ。


「……何だというのだ、貴様は」


 ヴェルンハルデの静かな声が坑道に響き渡る。

 肩越しに振り返ると砂煙の中から徐々にヴェルンハルデの姿が浮かび上がった。

 その端正な顔には困惑が張り付いていたが、雑念を振り払うかのように頭をふると、親指と人差し指をピタリと合わせる。

 それを見てオレは警戒の度合いをさらに引き上げた。


「来るか!」


 何度も見たヴェルンハルデの無詠唱の時の癖。

 魔法には一切関係しない動作ではあるが、それでも行うのはおそらくはヴェルンハルデなりの様式美だからか。

 

 パチンと指を鳴らすのに合わせて、魔力が拡散される。

 ヴェルンハルデの周りに火柱が立ち上った。

 暗い坑道の壁が揺らめく炎の光で明るく映し出される。

 少女が舞い踊る炎の中に立つ光景は一枚の絵画のようで、この状況でなかったら目を奪われてしまうような幻想的な光景だった。


「焼き尽くせ、〝烈火の支柱(ブレイズ・ピラー)″」

 

 発射許可を出すかのようにヴェルンハルデは手を振り下ろす。

 それを合図に四本の火柱が猛然と襲い掛かってきた。


 この狭い閉鎖された空間を一切考慮しない特大の炎魔法。

 どうやら彼女はここに落ちるきっかけとなった失敗を全く顧みる気がない模様。


 見るからに高威力かつ高火力。

 風魔法による相殺は厳しいと見るべきだろう。


 そもそも風というのは炎に対して属性的に相性が悪い。

 先ほど相殺できたのはこちらの物量がヴェルンハルデの魔法を上回っていたからで、生半可な風では火力を煽るだけだ。

 これほどの火柱を打ち消す風魔法を放つには圧倒的に空間が不足している。


 オレは空中で体をひねり、一本目の火柱をかわす。

 時間差で迫ってきた二本目も自分の身体に風をぶつけることで強引に飛行進路を変え、やりすごす。

 しかし、そのせいで姿勢のバランスが崩れた。

 次の火柱への対応が僅かに遅れる。


「ぐううッッッ……熱っっ!!」


 大木サイズの炎がオレの腕を舐める。

 掠めた部分のローブは黒く焦げ、皮膚は痛々しい火ぶくれを起こしていた。

 赤くなるまで熱した焼き鏝を押し付けられたかのような激痛から目を背ける。


 そして、最後の一本。

 完全にバランスを崩したオレには取れる選択肢は一つだけ。

 オレは飛行魔法を解除することで、火柱の被弾を避けた。

 

 重力に従って地面に吸い寄せられたが、今度はあらかじめ心の準備ができていたため、腕で体をかばいながら地面に落ちる。

 とは言え、下は柔らかいマットの上ではなく硬い土。

 風魔法でも勢いを完全に殺すことができず、衝撃で息をつまらせる。


「鬼ごっこはおしまいか?」


 上から降ってきたヴェルンハルデの声に身を固くする。

 彼女も背中の黒い翼で飛んできたのだろう。

 逃げられるという考え自体が極めて甘かったらしい。

 立ち込める煙に咳込みながら、

 

「火遊びも、大概にしろよ。何が原因でオレたちはこんなところにいると思ってやがる。こんな狭い場所であんな炎魔法を使ったら、お前だって……」

「呼吸ができなくなる、か? だったら何の問題もあるまい。私が倒れるよりも貴様が倒れるほうがずっと早い」


 オレの言葉を先取りして、ヴェルンハルデが言う。

 その答えを聞くに、酸欠や一酸化炭素中毒の危険性を知っていてなおあれほどの規模の炎魔法を実行に移したようだ。


「しかし、なかなかやるではないか。貴様の実力に関してはエアリスに保障されていたものの、半信半疑だったからな。よもや人族の身で空を飛ぶとは賞賛に値する」

「それはどうも。感心してくれたなら『ここで殺すには惜しいほどの逸材だな。その命預けよう』とか言って見逃してくれたりはしないか?」

「私は言わない派だ。脅威の芽は育つ前に摘んだ方が良いに決まっている」


 いや、正論だけども。

 でもそこであえて見逃すのが四天王キャラの様式美だろ。

 

「魔族っていうのは、みんながみんなこんな馬鹿みたいに強いのかよ」

「そんなわけあるか。基本的に魔族は人族よりもいくらかスペックが高いだけだ。そこまで大きな差はない。私が強いのは――私だからだ」


 理由になっていないし、慰めにもならない。

 そして、参考にすらならない。


「それで、貴様の手札はそれで全てか? ならばそろそろ終わらせるが」

「どうしてもやるつもりか」

「当たり前だ。貴様には正体を知られてしまったからな」

「オレが口外しないと言っても?」

「信用できんな」


 ヴェルンハルデは取り付く島もなかった。


「そうかよ……」


 だったら。だったら仕方がない。

 オレはこんな場所で死ぬわけにはいかない。

 まだやらなければならないこと、帰らなければならない場所があるのだ。


 オレはボロボロの体に鞭打ち、地面を踏みしめる。

 立ち上がるそばから崩れ落ちそうになるが、こんなものデフォルトだ。

 オレが何度あの辺境で元Sランク冒険者にボコられてきたと思ってるんだ。

 ここからが本当のスタートだ。


「ククク……ようやくやる気になったか。そうでなければつまらん」

 

 ヴェルンハルデが魂をも奪われてしまいそうな艶笑を浮かべる。

 オレの奮起を喜ぶかのように。

 あるいは悪趣味にもオレの悪あがきを楽しんでいるのか。


 オレは息を整え、敵を見据えた。

 目の前に立つ、美しくも恐ろしい赤髪紅眼の悪魔を。 

 


◇◇◇



 先に動いたのはヴェルンハルデだった。

 おもむろに手を動かし、携えられた大剣の柄を握ろうとする。

 だが、先手を取ったのはオレだった。

 ヴェルンハルデの手が剣に触れるよりも早く、右手で風を操作する。

 可能な限り最速の弾丸を二発射出した。


 ヴェルンハルデは動かない。

 弾丸の着弾地点が自分の体から外れていると見切っているのか、行く末を目で追おうともしない。

 その推察は正しい。

 弾丸が標的としているのは剣なのだから。


 一発目で剣とベルトをつなぐ、金具を破壊。

 二発目で剣を遥か後方へと弾き飛ばす。

 

「器用に魔法を扱うものだ。いいだろう。それぐらいくれてやる」


 ヴェルンハルデはあっさりと剣に未練を無くした。

 拾いに行こうと思えば行けるはずなのだが、そんな素振りは見せない。

 負け惜しみでなく、そんなものに頼らなくても勝てるという自信があったから、弾丸の狙いが武装ということも織り込み済みでわざと見逃した?


 そんな嫌な想像に思い至ったが、すぐさま頭から追い出した。

 間をあけず反対側の手をかざし、魔法を放つ。


「〝風の弾丸(エア・バレット)――連射銃(ガトリング)″!」


 彼女の身のこなしを見るに一撃で決定打を打つのは厳しいと判断した。

 量で圧倒し、まずは動きを鈍らせる。

 百を容易に超える大量の弾幕が唸りをあげて連射された。

 威力は通常時と比べて減退しているが、十分だ。


 しかし、ヴェルンハルデの平静は崩れない。

 猛スピードでステップを刻み、照準から逃れる。

 追従してズレを修正するが当たらない。

 弾幕は目で追える速さでも数でもないというのに。


 背中に生やした黒い翼を使って坑道の中を縦横無尽に飛び回るヴェルンハルデに、ただの一発も掠らせることが出来ない。

 弾丸は影を撃ち抜き、いたずらに坑道の壁を削り取るばかり。


「だったら……〝圧空砲弾(プレス・カノン)″!」


 〝風の弾丸(エア・バレット)″の弾速と〝竜巻(ワールウインド)″に準ずる規模を併せ持つ風魔法。

 点で駄目なら面で押すという考えで撃った砲弾も、やはり外れた。

 ヴェルンハルデの背後の闇の中に消え、遠くで坑道の壁が砕ける音が聞こえる。


「そろそろこちからも行かせてもらおうか」


 ヴェルンハルデが回避の隙間を縫って炎魔法を展開する。

 回避に専念しているためか先の火柱ほどの規模ではないが、洞窟内の温度が数度上昇するほどの熱量をもっていた。

 

 魔法の応酬の最中、突然ヴェルンハルデが動きを変える。

 立体的な三次元の動きから一転、一直線にオレに向かって滑空してくる。

 その急な変化に対応が遅れた。

 慌てて右手を向けるが、弾丸を撃つより早く蹴りが叩き込まれた。


 衝撃に喉を詰まらせ、地面に身を投げ出す。

 ダメージが思ったより浅かったのは空中で踏ん張りがきかなかったせいだろう。

 ヴェルンハルデもこれで決めるつもりはないのか、とどめを急がない。

 強者ゆえの余裕か、それとも未知への警戒か。

 オレが起き上がるの黙って見ていた。

 

「ふむ、貴様の魔法には驚かされてばかりだ。次に何が来るか見当もつかん」

「驚く? どこがだ。オレの攻撃をすべて見切ってたじゃねーか……」

「それはひとえに積み上げてきた経験の差だな。魔法の技術はともかく、貴様の戦闘技術はまだまだ未熟だ。視線、手の動き、それらの癖がわかりやすすぎる。きちんと観察しさえすれば、おおよその射線を割り出すのは容易い」


 言われてみれば思い当たることがなくもない。

 が、ヴェルンハルデが言うほど簡単にできるものとも思えない。


「もしや私に勝てるなどと甘い幻想を抱いていたか? ならばそんな希望はさっさと捨てることだ。私が過去にどれだけの数の死線をかいくぐり、経験を積み重ね、戦闘技術を磨いてきたと思っているのだ。キャリアが違う」

「人魔戦役……」


 オレが呟くとヴェルンハルデの顔に影が差した。

 何か癇に障ったのか? と一瞬思ったが、どうやら違うようだ。

 ヴェルンハルデの顔には忌々しげな感情もあったが、何よりも自嘲じみたものを感じた。

 あまりいい思い出ではないようだ。


「そうだ。私は人魔戦役に参加していた。そこで数えるのも面倒なほどの人族を殺したな」

「その中に新たにオレの名が加わるってか?」


 ヴェルンハルデはオレの問いに答えなかった。

 何も言わず右手を、地面に膝をつくオレの頭に伸ばしてきた。

 別段、何の変哲もない手だ。

 状況が状況なら、ただ頭を撫でてくれるのかと暢気に考えることもできただろう。

 

 しかし、この殺伐とした状況でそんなことはあり得ない。

 あの右手には必ず何かがある。

 おとなしく食らうのは危険すぎる。

 

 オレは無詠唱で魔法をねじ込んだ。

 鋭敏に魔力の波動を感じ取ったヴェルンハルデが後ろに跳び退き、射線を探るが、


「――ぐっ!?」


 オレはヴェルンハルデの真横にある空気を移動させ、ぶつけた。

 予想だにしない方向からの攻撃にヴェルンハルデの目が大きく見開かれた。

 手元と違って離れた位置にある空気を操るには集中力がいるし、魔力消費も距離に比例して爆発的に大きくなる。

 使いどころの限られる技だが、有効だったようだ。

 いかに観察眼が優れようと見えていなければ意味がない。


 完璧に不意を突かれたヴェルンハルデには攻撃の認識までが限界だった。

 移動した空気に従って吹き飛び、坑道の壁で身を叩かれる。

 初めての有効打ではあるが、この一打を入れるまでの苦労とこれから通用しなくなることを考えると、おいそれと喜べない。


 坑道の壁質はかなり固い。

 ダメージは少なくないはずだ。

 これで動けなくなってくれれば、御の字なのだが……。


 しかし願いむなしく、ヴェルンハルデは膝をつくことすらしなかった。

 耐久力も普通じゃないのか。

 変わらない顔色を見るに衝撃は肉でとどまり、骨まで届いてない。

 

 ただ火には油を注いだようだ。

 ヴェルンハルデは燃えるような紅い瞳でオレのことを睨み付けるなり、その姿がぶれて瞬く間にオレの眼前に出現していた。

 至近で左手を引くように構えている。

 躱せないとかろうじて判断を下したオレはとっさに無詠唱で風の障壁を立てた。

 

 それからコンマ数秒後にヴェルンハルデの左の掌底が障壁に到達。

 障壁ごとオレの顎をぶち抜いた。

 防御により威力を軽減したはずなのだが、それでもその一撃は重かった。

 脳が揺さぶられ、意識が飛びかける。


 そして残されたヴェルンハルデの右手からは強大な魔力を感じた。

 歪む視界の中になんとかヴェルンハルデの右の手のひらを収めるが、オレが見る限りでは炎の熱や輝きは見受けられない。

 おそらく別個の魔法。

 こいつ、炎魔法以外にもまだ使える魔法があったのか?

 

「ま……だだ……!」

 

 オレは必死に意識を繋ぎ止め、魔力を絞り出し魔法を構築する。

 この一撃で今度こそヴェルンハルデを沈めるつもりで。

 

 ――〝炸裂弾(グレネード)″。


 空気を力の及ぶ限界まで圧縮し、一気に解き放つ魔法。

 本当の最終手段でオレが持つ最後の手札。

 

 とてつもない反射神経があろうと、ゼロ距離からならば逃がすことない。

 ヴェルンハルデはオレから発せられた魔力でようやく意識を奪いきれていなかったことに気付いたらしいが、ここからでは回避が間に合わない。

 オレの魔法が発動するほうが早い。

 

 ヴェルンハルデは思わずといった感じで、右手で圧縮された空気の塊を薙ぎ払った。

 だが、その程度でこの魔法は打ち破れない。

 次の瞬間、圧力の鎖から解き放たれた暴風が吹き荒れる――はずだった。


 しかし、何も起きない。

 魔法はヴェルンハルデの右手が触れた途端、あっさりと霧散してしまった。

 いや、霧散したというより消失したと言うべきか。

 操っていたはずの空気の存在が認識できなくなった。

 あたかもその空間が丸ごと消え去ったかのように。


 ヴェルンハルデの方を見ると、何故かあちらも焦っている様子だった。

 どうやら彼女にとっても想定外、思惑から外れたことのようだ。

 あるいは、するつもりではなかったとか?


 それでも停滞は長く続かず、ヴェルンハルデはいち早く意識を戦闘に戻すと、強烈な足払いを仕掛けてくる。

 

 空間の消失というありえない出来事に動揺したオレはその攻撃に耐えられない。

 体勢を崩し、なすすべなく地面に倒れこむ。

 すかさずヴェルンハルデはオレの上に馬乗りになり、右手でオレの頭を掴んだ。

 必死にもがくが、隔絶したパワーで完全に抑え込まれた。

 間近で感じる強力な魔力の波動と、死の足音。


 万事休すか……。

 オレは次に起こるであろう光景を想像して、思わず目をつぶった。

 歯を食いしばりその時を待つ。


「……?」


 だが、いくら待てども一向に何かが起こる様子がない。

 不審に思いながらもオレは動けない。

 その時、頭に押し付けられていた少女の手がずるりと滑り落ちる。

 胸に軽い衝撃があった。

 目を開けると体を預けるように倒れこむヴェルンハルデの姿があった。


 ……動かない。

 呼吸はしているので、死んではいないだろう。

 この症状は魔力切れによる気絶か?

 でもなぜ?


 疑問を持ったまま、ヴェルンハルデの体の下から這い出る。

 衝撃で目が覚めないようにゆっくりと。

 オレの見立て通り、魔力切れによる気絶ならしばらくは起きないはずだが、ヴェルンハルデ相手ではその保証も頼りない。

 僅かな外的要因でも覚醒し、動き出す恐れもある。 

 そんな得体のしれなさ、理不尽さをこいつは秘めている。

 

 オレはバックから緑色のポーションを取り出す。

 幸運なことに度重なる衝撃に耐えた瓶が一本だけ割れずに残っていた。


 コルクの栓を抜き、気付けも兼ねて頭からかぶる。

 一瞬で傷がふさがるほどの効能はないが、こうしておけば傷の治りが格段に早くなるのだ。

 炎に舐められた腕に特に重点的にポーションをかけ、治療を終えた。


 視界の端でうつぶせに倒れているヴェルンハルデにちらりと視線を向ける。

 

「さて、どうしたものやら……」



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