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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第二章 烈火と暴走の大規模侵攻編
28/82

2-7 鉱山調査



 数日の準備期間を設け、街を出発した日の翌日。

 オレとエアリス、それにヴェルンハルデの三人は鉱山へ突入した。


 目的の鉱山は何年も前に廃坑となっている。

 廃坑となった理由は鉱石の枯渇ではなく、魔物の増殖によるものだ。

 何度か冒険者ギルドに依頼を出して討伐隊を送り込んではいたがキリがなく、手を引かざるを得なくなったそうだ。


 人の手が入らなくなって久しいせいか、内部は明かりに乏しい。

 中を照らすための道具を全員分持ち込んではいるが、やはり視界は不自由だ。

 鉱山のような閉鎖された空間の探索は辺境でも経験したことがない。

 何度も依頼を共にして息を合わせられるエアリスはともかく、新しく増えたメンバーを加えての戦闘は不安がある。

 彼女はオレを攻撃に巻き込むことになんの躊躇もしなさそうだし。


 ヴェルンハルデ。

 鮮やかな赤い髪と紅の瞳を持つ、『煌炎』の異名のAランク冒険者。


 燃え盛るような見た目とは裏腹にその性格はひたすらクールだ。

 冷めていると言ってもいい。

 初めて会った時から一貫して表情を崩さない。

 詳細を述べるなら煩わしさと不機嫌さにじと目を足したような表情である。


 最初はすれ違いざまに胸が小さいと言ったことを根に持っているのかと思っていた。

 さながらよくいるぺったんこのツンデレヒロインのように。

 そのためオレに対してやけに辛口なのだと。

 これからきっとデレ期が待っているのだと。

 

 ただ、残念ながらそれは見当違いだったらしい。

 あの一件についてはオレをごみ箱に詰めたことですでに解決したそうだ。

 「制裁を加えてなおいつまでも引きずるのは私の高潔な精神に反する」とはヴェルンハルデ本人の言である。

 

 後ろから不意打ちを食らわせることを容認する彼女の高潔な精神がはたしてどれほど信用に値するのだろうか? という疑問はさておき、ならばどういうことなのかとその行動を見ていると、おぼろげながら彼女のことが少しずつ分かってきた。

 きっと彼女は根本的に人が嫌いだ。


 オレが例外的に嫌われていたのではなく、エアリスが例外的に好かれていたのだ。

 同性の同年代で差はあれど、実力のある冒険者同士だからだろうか。

 あとはたぶん猫耳だな。

 というかそれが好意の大部分を占めていそうだ。

 オレにも獣耳が生えていればもう少し距離を縮められたかもしれない。

 

 しかし、ここまで猫耳に興味を示す奴も珍しい。

 猫耳愛好家同士ちょっとは仲良くやってはいけないものか。

 

「そういや、ヴェルンハルデはどうやってAランクまで上がったんだ? エアリスのCランクですらかなり早いペースだって聞いてたんだけど」

「なぜ私が貴様にそんなことを話さなければならんのだ」

「暇だから」

「………」


 我ながらあまりにも適当な理由だったが、ヴェルンハルデは言葉に詰まる。

 実際、大規模侵攻でかなりの数の魔物が外に流れたらしく、生き物の気配がさっぱりなく、暇している。

 結局、反論が思いつかなかったのか、それともわざわざ反論する方がめんどくさいと思ったのか、ヴェルンハルデは軽く舌打ちをしながら語り出した。

 まるっきり無視しないあたりおしゃべりが嫌というわけではなさそうだ。


「……そもそも私は冒険者になるつもりなど一切なかった」

「え、そうなの?」


 意外な告白だった。

 冒険者ランクは登録して日の浅い人間が魔物を乱獲したとしても簡単に上限までは上がらないようなシステムがとられている。

 詳しい評価方法は知らないが、オレのランク昇格も相当ねじ込んだものだと辺境のギルドで働く顔見知りの受付嬢さんから聞き及んでいる。

 やる気のない奴がAランクになれるほど易くないはずなのだ。


 付け加えるとランク的にはエアリスの下だが、ペース的にはオレの方が早い。

 なんならここまでのオレの昇格ペースは冒険者の中でもトップクラスとのことで、それは少なからず自慢になっていたりする。

 積極的にではないにせよ、ひそかに最速昇格記録も狙っている。


「私はつい一年ほど前まで単なる旅人として目的もなく、ただ各地を放浪するだけの生活を送っていた。もっとも、それ自体は今も大して変わっていないがな」

「冒険者になるつもりはなかったんなら、なんで今冒険者をやってるんだ?」

「一言で言えば成り行きだ」


 面白くなさそうにヴェルンハルデは足元の石を蹴り飛ばす。

 蹴り飛ばされた石は明かりが届かない暗闇へと消えていった。


「以前、私が滞在していた街に一匹のドラゴンが襲ってきた。正式な名称は忘れたが、どうやらそいつがAランクに属する竜種だったらしい」

「ど、ドラゴンが街に……!?」


 すぐ横でエアリスが驚きの声を上げるが、残念ながら創作上のものとしてのドラゴンしか知らないオレは淡白に相槌を打つしかできなかった。 

 強いという事実こそ知っていても恐怖の共感まではできない。

 ただ、実物は見たことがなくとも話だけなら聞いたことがある。


 曰く、魔物の頂点に君臨する種族。

 羽毛のない爬虫類じみた皮膚の翼を持っているため、飛行中は弓矢や魔法による遠距離攻撃しか届かない上に、鋼の硬度に匹敵する鱗に阻まれて生半可な威力では一切通らず、撃破は困難を極める。

 かぎ爪とそれに付随するパワー、強力無比なブレスと攻撃手段も揃い踏み。

 機動力、防御力、攻撃力の三拍子が合わさり、知能も低くない。

 種や個体差はあれど、最弱の竜種であるワイバーン単体ですらBランクの脅威度というのだから手に負えない。


「ドラゴンなんてめったに人里に下りてこないでしょうに。それがどうして……」

「……、さてな。虫の居所でも悪かったのかもしれん。間も悪かった。ちょうど私は街の外に出ようとしていたところで、ばったり出くわした」


 ヴェルンハルデは何でもないことのように言うが、出先でドラゴンと対面するというのはどのくらいの確率なのだろうか。

 恐ろしいまでの強運……いや、この場合は凶運か。

 オレも散歩に出た先で異世界転移をしているから、人の事ばかり言えないけど。


「そこから業火が舞い、大地が焦土と化すような戦いが始まり、死闘を延々と繰り広げた果てにドラゴンを打倒したわけか……」

「いや、行く手を遮られてムカついたから剣で首をはねた。以上」

「ざっくりし過ぎだろ!?」


 本当になんなの、こいつのある種の豪運と化け物じみた実力は。

 今回だって大規模侵攻に出くわして、無双したわけだし。

 その立場変わってくれないかな。


「私が外から帰ってみれば凱旋パレードになっていた。街を統治していた貴族やら、冒険者ギルドの重役までもが出てきて、鬱陶しいほどのお祭り騒ぎだったな」

「それはそうなるでしょうね。ドラゴンの単独撃破なんて快挙を成し遂げたら……」

「それで気づいたら冒険者登録をされ、Aランクになっていた。そういえばギルドの職員が冒険者ギルドの設立以来、史上最速の記録とか何とか言っていたような気が……」

「畜生ッ!? オレのひそかな目標が!」


 一日でAランクまで昇格されたとあってはもはや更新は叶わない。

 オレの数少ない目標と自慢が消滅した。

 なんてことしてくれたんだ、こいつ。

 

「冒険者登録をしていれば、魔物を倒すだけで金が手に入るからな。別にデメリットも義務もなかった。私はそのままギルドから登録を消すこともなくだらだらと冒険者稼業を続け、そのまま今に至るというわけだ」


 そうヴェルンハルデは締めくくった。

 オレがさらに質問を重ねようとするが手で制された。


「おしゃべりはここまでだ。どうやらぼちぼち現れたようだな」


 ライトの光に照らされ、いくつもの影が洞窟内に浮かび上がった。

 緩んでいた気分を締めなおし、戦いに備える。

 

 サル……いや、どちらかというとオラウータンのような魔物だ。

 体毛は一切なく、ごつごつとした岩のような肌。

 無骨な岩のこん棒を握りこみ、暗闇の中で爛々と目を輝かせている。


「こいつらは……Bランクの魔物、ストーンモンキーね。本来ならもっと深い場所になわばりを構えているはずだけど、どうしてこんな浅い階層に……?」

「考えるのは後だ。まずは倒すぞ」


 オレとエアリスのランクはそれぞれDランクとCランク。 

 適正で言えば撤退するべきだが、Bランクの魔物なら討伐した経験があるし、今回はAランク冒険者のヴェルンハルデもいる。

 油断はできないが、戦力的に考えれば蹴散らせるはずだ。

 

 一当てしようと風を掌に集めようとするが、ヴェルンハルデがさっさとストーンモンキーの群れに向かって歩き出してしまった。

 剣を構える様子も、魔力を帯びる様子もない。

 舐めているとかそれ以前に敵を敵として認識しているかも怪しい。

 高ランクの魔物の群れを前にしてその行動は明らかに愚策としか言えないものだ。


 それを好機と捉えたのか、許可もなく居住空間へと入り込んだ無作法な人間に制裁を加えようと、ストーンモンキーが我先にと押し寄せる。

 

「キィィィィィーーーッ!」

「やかましい。断末魔の悲鳴にしてはあげるのがいささか早いぞ」


 群れの一匹が棍棒を振り下ろし、ヴェルンハルデがそれを素手で遮る。

 ストーンモンキーが両手で棍棒を握っているのに対し、ヴェルンハルデは片腕一本。

 普通の人間なら抵抗できず押し潰されてしまうはずだ。

 いや、たとえ両手であったとしても、結果は変わらないだろう。

 あくまで普通の人間ならば。


 しかし、交錯した二人は衝突を境に完全に停止した。

 つばぜり合いの形だが、あたかも大木を叩いたような揺らぐことのない地力差。

 ストーンモンキーが押し込もうと筋肉に血管を浮かせるも動かない。


「あいつ、どんな力をしてんだ……!」


 可憐な見た目の少女が倍以上の体格差の魔物相手に涼しい顔で圧倒している。

 そのあまりに異様な光景に他のストーンモンキーたちも突進をやめ、足を止める。

 オレもエアリスもフォローに入る機会を逸していた。


「所詮は見掛け倒しだな。つまらん」


 ヴェルンハルデが掴んでいたを岩のこん棒を握りつぶした。

 更に破片を散っていく中で、緩慢ながら無駄のない動きで拳を固めるとストーンモンキーの懐に潜り込み、打ち込んだ。

 肌質もまた岩の如き硬度だが、砕けたのはやはり向こうの身体だった。

 ストーンモンキーの巨体が浮き、壁に叩きつけられる。 


「〝紅炎万華(プロミネンス)″」


 追い打ちをかけるようにヴェルンハルデが指を鳴らし、手のひらに炎を生み出す。

 最初はボールぐらいのサイズだった炎が急速に膨れ上がっていく。

 みるみるうちに直径一メートルほどの火球となった。


 増大する熱量にストーンモンキーたちに戦慄が走る。

 恐怖がピークに達したのか、ついに一匹、また一匹と背を向けて逃走を始めた。

 仲間を押しのけるようにして坑道の奥へと逃げ込もうとする猿たちの背中を、ヴェルンハルデの冷え冷えとした声がより一層追い立てる。

 

「この私に喧嘩を売っておいて逃げられるとでも思っているのか?」


 そのまま逃げるストーンモンキーに容赦なく火球を撃ち込もうとするヴェルンハルデに戦いの趨勢を見守っていたエアリスが鋭く叫んだ。


「……っ、待って! 撃っちゃダメ!」


 しかし、エアリスの制止むなしく炎はヴェルンハルデの手から離れる。

 撃ちだされた炎は枷から解き放たれるように膨張。

 巨大な火球となり、ストーンモンキーの群れを等しく飲み込み、焼き尽くす。


「ギギギィィィィィーーー!」

「ギャギ!? ギャギィィィィーーー!」


 火だるまになったストーンモンキーから断末魔の叫び声があがる。

 あたりには肉の焼ける嫌な臭いが充満する。

 エアリスが何を危惧していたかはわからないが、これで片はついたも同然。

 ここまで徹底的にやられるといっそ哀れだ。


 ストーンモンキーたちは体に纏わりつく火を消そうとでもしているのか、狂ったように壁に何度も何度も体をぶつける。

 もちろん、その程度のことで炎が消えるはずもない。

 炎の熱による地獄の苦しみが正常な判断を奪っているのだろう。

 

 その努力が実ることはなかったが、岩のように硬いストーンモンキーの体をぶつけられ続けた坑道の壁の一部がたまらずはがれ落ち、

 

「なんだ? あれは……何かの鉱石か?」


 むき出しになった壁にはところどころ赤色にきらめく透明な宝石のような小さな石が含まれているのが見えた。

 綺麗だな、なんてオレは暢気に考えていた。

 まるで火炎鉱石の結晶のようだ。

 ……火炎鉱石、だと?


「逃げて! 何か危険が来――」


 エアリスは最後までそのセリフを口にすることができなかった。

 言い切るより先につんざく様な爆発が起こった。

 ストーンモンキーという火種に、未採掘の火炎鉱石という燃料。

 ここでようやく最初のエアリスの制止の意味を理解する。


 いや、離れた場所で爆発したため、驚きはしたものの危険というほどではない。

 これならわざわざ止めるまでもなかった。

 エアリスが予知した危険はこれじゃない。

 もしも、これから起きるのだとしたら、考えられるのは……。


「ま……まさか、ここには火炎鉱石の鉱脈が走ってるってのか!?」


 ぐるりと視界を巡らし、最悪の予想が的外れでないことを突きつけられた。

 爆発の衝撃でさらに壁が崩れ、新たな火炎鉱石があらわになる。

 そして次々に引火、発火の繰り返し。

 爆発が爆発を呼ぶ誘爆の連鎖に手が付けられなくなる。

 さしものヴェルンハルデもこの状況にはほとんど変化のなかった顔を険しくした。


 上の方から嫌な音が響く。

 とっさにオレが見上げると、坑道の天井にもひびが入り始めているのが目に入った。

 ひびは次第に大きくなり、亀裂となっていく。

 このままだと天井がもたずに崩落し、全員生き埋めになる。


「戻れっ! 来た道を戻るんだ! 坑道が崩れるぞ!」


 オレは二人の同行者に向かって怒鳴った。

 だが、走り出しかけたオレとヴェルンハルデの足場が崩れる。


 上ばかりに気を取られていて、地面に走る亀裂に気付けなかった。

 遅まきながら足元に視線をやると、どこまで深いか見当がつかない大穴が口を大きく開けてオレたちを待ち構えていた。

 手から零れ落ちたライトが穴の中を照らすが、光が吸い込まれ底が見えない。

 対応する間もなく体が重力に囚われる。


「ユーマ……! ヴェル……!」

 

 エアリスの悲痛な叫びが坑道に木霊する。

 オレとヴェルンハルデはどこまでも暗い闇に飲み込まれていった。

 

 


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