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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第二章 烈火と暴走の大規模侵攻編
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2-4 大規模侵攻対策会議


 

 ザルフが部下をやって確認したところ、残念ながら青年がギルドに持ち込んだ情報はやはり間違いのないものだった。

 鉱山の連絡所からも報告があったそうだ。

 それによれば確かに魔物が鉱山からあふれ出て、この街めがけて進軍しているらしい。


 避難を促すため、既に街の住人に大規模侵攻の情報は流している。

 そのせいで多少のパニックが発生。

 死者こそ出ていないものの、少なくない怪我人が出ていた。

 それを承知していながらあえて情報を流したのは、もし住人が避難をしていない状態で魔物が街に入り込めば、被害が甚大なものになるからだ。


「これより大規模侵攻に備えた対策会議を始める」


 ザルフがおごそかに宣言する。

 余談ではあるが、ザルフの現役時代の冒険者ランクはCだそうだ。 

 しかも現役時代に魔物との戦闘で足に深刻なけがを負っており、前線には出られない。

 今回は全体の指揮を担当することになっている。


 ザルフが会議室の中をぐるりと見回す。

 その顔色は弱気な色こそないものの、やや優れない。


「まずは最初に言っておく。うすうす気づいている者もいるかもしれんが、他の街からの援軍の到着は……間に合わん。一応近隣の街の冒険者ギルドに救援の要請を出しに行かせたが、到着はどんなに早くても五日後。だが、魔物の予測到達時間は明日の昼前だ。よって今回の大規模侵攻に当てられる戦力はここにいる我々だけだ」


 ザルフがそう口にした途端、会議室からところどころうめき声が上がる。

 覚悟はしていたが、改めて厳しい現実を突きつけられたな。


 会議室にいる冒険者は全員で七十六名。

 冒険者の内訳としてはCランクが九名、Dランクが三十五名、Eランクが三十二名だ。

 カリスならAランクの冒険者もいただろうが、ここらではこれが限度。

 強力な魔物が少なく、稼ぎにくいせいだ。


 優れた武器を手に入れるためにこの街に寄る冒険者も多いのだが、今回はタイミングが悪かったのか大して集まらなかった。

 いや、これでも集まった方なのだろう。

 もっと大勢が逃げ出していてもおかしくなかった。


 衛兵は街の住人の避難誘導や護衛の役目を担うため、迎撃には組み込まれない。

 衛兵が戦いに参加するのは冒険者が全滅したときだけ。

 正真正銘、ここにいる七十六名だけで大規模侵攻に対処することになる。


「次に群れの規模だが、鉱山からあふれ出た魔物の数は、確認できただけでもおよそ七百から八百。これからまだまだ増えるだろう。最終的な数の予想は千二百から千三百。この数の魔物の群れがレストアに到達することを覚悟してくれ」


 過去最大の大規模侵攻では、およそ八千もの魔物の群れが押し寄せてきたそうだ。

 被害に遭ったのはカレンディアより西の小国。

 街が四つと村が七つ、魔物の群れに飲み込まれ、最後は首都にまで波及した。

 

 犠牲者、行方不明者は一万にものぼる。

 最終的には自国の騎士団の投入で事態が収束したが、それが元で国の名前は消えた。

 それよりかはマシというのは楽観的過ぎるか。


 そこで会議の参加者の一人が挙手した。

 ザルフはその冒険者を一瞥してから発言を促す。


「なんだ?」

「敵のランクは? どの程度のレベルの魔物が群れに紛れ込んでいる?」

「群れを構成する魔物の大半がFランクからEランク、二割に届かない程度にDランクも混ざっている。少数ながらCランクの魔物の姿も確認されたらしい」

「Cランクの魔物というと……」

「トロルだ」

「――っ!?」


 その場にいた多くの冒険者たちの顔に動揺が走る。

 ざわめき声がさざ波のように広がっていった。

  

 トロルは体長三メートルほどの人型の魔物だ。

 脂肪のつまったずんぐりした体の持ち主で、その巨体から繰り出される強力な一撃を生身で食らえばぺちゃんこに押し潰される。

 パワーだけを見ればBランクにも届きうるが、頭の回転と動きが鈍いため、一つ下のCランクに位置づけされている。


 今回戦闘に参加するCランクの冒険者はエアリスを含め、たった九名。

 Dランクの冒険者なら徒党を組んでようやく時間稼ぎができ、Eランク以下の冒険者では束になろうともトロルは止められない。

 この人数だけでトロルを倒し切るのは厳しいと言わざるを得ない。


 また全体として見ても、冒険者一人頭およそ二十匹を倒す必要がある。

 一匹ずつ順番待ちしてくれれば楽だが、次から次へと押し寄せられてしまえばとても止められるものではない。

 数が一人に偏ってしまう場合もあるだろう。

 仲間が一人でも倒れればそれだけ処理する数が増え、全滅が近づく。


 冒険者が敗れれば被害は避難している住人にも及ぶ。

 大規模侵攻までの猶予は一日。

 街の周辺は山に囲まれており、住人の避難もスムーズにはいかない。

 衛兵が控えているが、住人全員をカバーするには足りない。

 

 衛兵はあくまで警官のような職業だ。

 街の中の治安を維持するのが主な役割であるため、対人戦ならともかく魔物相手の戦いは門外漢で十全に渡り合えない。


「ほかに質問がないならば、作戦に移る。今回、作戦はごくシンプルに行こうと思う。まず初めに魔術師隊及び弓矢隊がありったけの攻撃を魔物の群れに放ち、数を削る。魔物の勢いが衰えるのを見計らって近接戦闘部隊が突撃、魔物が勢いを盛り返してきたら一時撤退だ。複数のチームでローテーションを組み、休憩を挟みつつ繰り返す」


 街の周辺地図を広げてザルフは作戦を告げる。

 低い知能しか持たない魔物相手には有効だし、過去の大規模侵攻時にも採用されていた戦法らしく、実績もある。

 人数的不利を覆せないとなると、この他にとれる策はなかった。

 

 問題はローテーションをどれだけ保てるかだ。

 人間である以上必ず疲れがたまる。

 負傷もするだろう。

 ローテーションが守れなくなったら一気に作戦は崩れる。

 そうなれば防衛線は破られ、街も住人も魔物によって蹂躙されておしまいだ。


「無論これだけでは持ちこたえるのは難しい。案のある者はどんどん出してくれ」


 ザルフの言葉に会議に出席した冒険者たちから次々と意見が出される。


「トラップを作るっていうのはどうだ? うまくいけば足止めができるかもしれない」

「悠長に落とし穴でも掘るつもりか? 時間が足りないぜ」

「一つや二つ掘ったところですぐ満杯になるしな」

「足止めなら柵の方が良さそうだ」

「数は足りないだろうが……無いよりはマシか。職人にかけあってみよう」


 魔物相手とはいえ狩りではなく防衛戦。

 それも規模の大きい、普段とは勝手が違う戦場だ。

 そのせいか、会議は手探り感が否めなかった。 

 ある程度決まりきったマニュアルや手順があるなら口出しせずに成り行きに任せようと思っていたが、そういうことならとオレは手を挙げた。


「トラップなら……ワイヤーとかどうですか?」


 ふと思いついたことをオレが発言すると、冒険者の目が集まった。

 緊張で乾いた唇を舐めながら、説明する。


「触れただけで指がスパッと落ちるようなそんな鋭利なワイヤーを要所に設置すれば、何もしなくても敵がズタズタになってくれます。有刺鉄線……棘がついたワイヤーでもいい。物さえあれば設置にもそんなに手間はかからない」

「は、発想がいちいちえげつないな。そんな危なっかしいもんの取り置きはさすがにこの街にもないだろうが……いや、だが普通のワイヤーでも十分効果は出そうだ。幾重にも張り巡らせれば、魔物どもも容易には通れんはずだしな」


 頭を横に振りかけるが、ザルフは思い直して案を修正した。

 感心したような声がちらほらとあがる。


「悪くない案だ。坊主、他にはあるか?」


 いくらかの期待を込めて意見を求められる。

 参ったな……元の世界で見た戦争物の映画にそんなトラップが用いられていたのを思い出しただけでそこまで戦術に詳しいわけではないんだが。

 

 戦車や戦闘機があれば話は早いが、そんなものがあれば真っ先に出てるだろう。

 機関銃や大砲といった兵器も同様だ。

 うろ覚えの技術や知識があっても実現が難しい物ばかり。

 時間も足りないし、さっそくアイデアは打ち止めになりそうだった。


「まあ、爆発物でもあればオレが空を飛んで敵の上に落とせますけど……」

「なんだと!?」

「さすがにないですよね、そんなものは」


 魔法がある弊害か、銃器と同じく爆弾もこの世界では製造されていない。

 これ以上トンチンカンなことを言って馬脚をあらわす前に引き下がろうと思ったが、ザルフは真剣な表情で何かを考えだした。


「爆発物なら火炎鉱石という代物がある……」

「え、あるんですか?」

「ああ、魔法金属を加工するためには高火力の炉が必要になるからな。火炎鉱石はその炉の温度を上げるために用いられる結晶だ。火に触れさせると劇的な反応をする危険物なため、許可の下りた鍛冶師にしか扱えん。……そ、そんなことより、今飛べるといったか!?」


 泡を喰ったザルフのごつい手に肩を掴まれて、髭面が近づけられた。

 前後に揺すられながらどうにか頷く。


「は、はい。飛べます」

「一体どうやって……いや、愚問だったな。魔法か」


 ひとしきり人を振り回して落ち着きを取り戻したのか、ザルフは自己完結して掴んでいたオレのローブから手を放した。

 様子を見守っていた魔術師風の冒険者が声をかける。


「し、しかし、ザルフさん。空を飛ぶ魔法なんて寡聞にして聞かないぞ。そんな魔法があるなら対魔族の戦場で使われないはずがない。奴ら、翼で空を飛ぶからな」

「そうだな、俺も初耳だ。この坊主が国の秘蔵っ子ってわけでもあるまいし」

「えっと、実演して見せればいいですか?」

「……いらん。こんな時にそんなすぐにばれる嘘をついたところでどうにもならんからな。突拍子もない話だが、信用しよう。本当なら願ってもない話だ。どのくらいの時間飛べる? 重量の制限はあるか?」


 半信半疑といった体ではあったが、ザルフはすぐに切り替えて質問に移った。

 この際、使えるものはなんだって使うつもりだろう。

 有能な人物のようだ。


「時間も重量も魔力との相談になりますね。重い物を持てば持つほど持続時間は短くなります。自分の身体とは別に人間一人分の重量を抱えるなら一時間ぐらいです。滞空のみに専念すればもう少しもつかもしれませんが」

「十分だ! よし、坊主は別室に来い。火炎鉱石の扱いを叩き込んでやる。遊撃手として存分に活躍してもらう。おっと今更参加しませんなんて抜かすなよ」


 あれよあれよという間に役割を任命され、ザルフに冗談交じりの、しかしかなり本気を込めた釘を刺される。

 エアリスとの相談なしに独断で決めてしまったが……。

 恐る恐る相方の方を見ると、気にする素振りなく頷かれた。

 信用してもらってるなあ。


 勝ち筋が見えたことで暗い雰囲気が漂う会議室に活気が戻って来た。

 周りに座る冒険者から「頼んだぞ!」と熱く肩を叩かれたり、拳で小突かれたりした。

 寄せられる期待を重荷に感じるが、それを上回る高揚と一体感が心を奮い立たせた。

 オレは冒険者らしく、荒く、強気に応じる。


「任せろ! これぐらいの逆境、辺境では日常茶飯事だ!」

「ははっ! こいつはたまげた。見た目に騙されたぜ。そんななりで辺境の冒険者かよ……!?」

「へ、辺境っていうか魔境だろ、あの場所は」

「あそこの冒険者なら、まあ……なんでもあり得るな」

「なんにせよ、頼もしい限りだ!」


 なんだその辺境への謎の信頼は。

 どういう理由であれ、士気の盛り上がりに一役買ったのなら何よりだ。


 まだこの戦いの勝ちが確定したわけでも、犠牲者が出ないわけでもないが、向上したやる気にわざわざ水を差す必要はない。

 オレに課せられた役目と責任はとてつもなく重いが、何とかなるはずだ。

 何とかしなければならない。


「これで五分五分の勝負になったわけだ。勝つぞ、お前ら! 街を守り抜け! 大規模侵攻を乗り越えろ!」


 ザルフの激励に冒険者全員が会議室を震わせる声を響かせた。



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