2-2 ミスリル剣と猫耳メイド
どうやら女子の買い物を甘く見ていたらしい。
世界が変わろうと、買うものが変わろうと、ショッピングに時間がかかるのは変わらないらしく、オレは数時間にわたって店巡りという名の苦行につき合わされた。
「うーん、どっちがいいかしら……。重さとリーチはぴったりで、切れ味も悪くなさそう。でも形状が……重心の位置も気になるし。振ってる内に剣の癖に慣れるかな……」
エアリスはぶつぶつと呟きながら剣の吟味をしていく。
決めかねているのか何度も剣の素振りをし、感覚を確かめていた。
一本取っては首を傾げ、また別のを手に取る。
店の品を一周したらまた別の店で同じことの繰り返し。
「これか、これ……ユーマはどっちがいいと思う?」
「そ、そっち! 絶対そっちにするべきだ! それを越える逸材はこの街にはないな。一目でピンときた。エアリスにはそれが合ってる!」
意見を求められたのですかさず答えた。
ぶっちゃけ、剣の良し悪しなんて微塵もわからないが、オレに訊く時点であとはもうエアリスの気分の問題なのだろう。
曖昧に答えて迷わせたら町中の武器屋を回りかねない。
とりあえず目についた適当な剣をオレは猛プッシュした。
「……む、適当に選ばなかった?」
「選んでない選んでない。迷いに迷い抜いた末の一本だ。お前はその剣の魂が語りかけてくるのを感じないか? 一緒に冒険したいって叫びを!」
「それ、本当に聞こえるなら呪われてるんじゃないの……? じゃあ、ちょっと試すけど、どれがその剣? 厳選したなら当然わかるわよね」
エアリスはいくつか似た剣を持ってきて後ろ手で混ぜてると、もう一度見せてきた。
わかんねー……。
どれも同じ剣に見える。
適当に選んだ剣を覚えてるわけがない。
しかも散々剣を見てきたせいでちょっとしたゲシュタルト崩壊が起きていた。
「こいつだ、相棒!」
「はい、ハズレ。正解はこっちでした」
尻尾を絡ませ、背中に隠していた剣をゆらゆらと振る。
こしゃくなひっかけを用意しやがって!
その後もエアリスに連れまわされること四時間。
日が暮れかけた頃、ようやくお彼女の眼鏡にかなう剣が見つかった。
やたらと時間がかかったな。
求めていたものと完全に一致したわけではないそうだが、一応は合格点に達したらしい。
オレの忍耐は限界間近で、正直喜びより安堵の方が大きい。
時間があれば自分の剣も探そうと思っていたが、そんな気は失せた。
今日はもう剣を見たくない。
まあ、何にせよこれでこの苦難も終わりだ。
エアリスの選んだ剣はやはりミスリル製の美しい白色剣。
華美な飾りはついていないが、あたかも宝石のような印象を受ける。
武器というよりは装飾品に見えるが、エアリスが長時間かけて選出したのだから実用的な面から言っても優れた一品なのだろう。
早速購入しようとしたエアリスだったが、値札を見て固まった。
「さ、三百五十万レンド……!」
ちょうどオレとエアリスの全財産を合計した金額。
あたかも財布の残高を狙いすましたかのような値段だった。
エアリスは無言になった。
しばしその場に立ちつくしていたが、やがて意を決したように顔をあげ、
「ユーマ、お金貸してくれない?」
「やだ」
「ちょ、ちょっとだけでいいから! ほんの二十万レンドだけ! ね?」
「お前の金銭感覚で測るな! オレの有り金全部じゃねーか!」
貸してやりたいのはやまやまだが、ここははっきりと断らねばなるまい。
いくら良質な武器のためとは言え、無一文はまずい。
仮にミスリル剣の値段が三百三十万ジャストだったとしても、やはりオレはエアリスを止めていたことだろう。
「ちゃんと後で返すから! なんなら倍にして返すから!」
「ダメだ、貸さない。諦めるか、少し品質を落としたものに変えろよ。別にそれじゃなくたって他にも剣は腐るほどあるだろ」
「他のだと微妙に手に馴染まないの。あたしはプロよ。武器に妥協なんてしない!」
「プロを名乗るんだったら現実に即した選択をしろよ」
フシャーっと猫耳を逆立てて威嚇してくるエアリス。
そこにベテラン冒険者としての威厳は欠片も見当たらなかった。
ついでに言えば人にモノを頼む態度でもない。
「どうしてもって言うなら、ギルドで依頼を受けて足りない分を稼いでからでもいいだろ。今日はひとまず出直して、また後日ってことで」
「無理よ。ここは辺境じゃないから魔物の強さも数も限られてるもの。高ランクの討伐依頼はめったに出ないでしょうし、低ランクの依頼だと必要額を稼ぐまでにどれだけ時間がかかるか。その間に誰かに買われたら……」
エアリスは周りにこの剣を狙っている人間がいないか店内を素早く見渡した。
こんな高価なものを買う奴はそうそういないと思うが。
「だからってなぁ……」
「お願い! あたしにできることなら何でもするから!」
「――ほう、何でも?」
「う……」
エアリスは何か不穏なものを感じ取ったのか、返答まで僅かに間をあけた
危険察知が発動したのかもしれない。
相変わらず鋭い勘をしている。
だが、ミスリル剣の魅力には抗えなかったのか、結局は頷いた。
「で、できることよ? 無茶な要求は駄目だから」
「できることなら何でもいいと? つまりその小生意気なボディにあんなことやこんなことをしてもいいってことだよな」
「うう……」
エアリスはおびえた様子で体を縮めた。
オレの視線から守るように猫耳と尻尾に手を添えている。
そこで胸やお尻を隠さない辺り、信頼されてるというか、性癖を把握されてるというか。
「さて、どうしようか。なんでもと言うとその幅広さゆえに即断即決しかねるな。ここは定番だけど、お願いを増やすというお願いでお茶を濁して……」
「聞くのは一つだけ!」
「お願いを増やすという一つのお願いを叶えてくれればいいんだ」
「駄目なものは駄目! 増やすのは禁止!」
チッ、言いくるめようとしたが、押し切られてしまった。
まあいいだろう。
「やっぱり猫耳や尻尾をモフらせてもらうか……でもただモフるんじゃ芸がないよな。せっかくだからこの機会にしかできないプレイを……エアリスに膝枕をしてもらいつつ、しっぽを首に巻きながら耳掃除をしてもらう……いや、まだ盛れそうだな。考えろ、オレの脳みそはなんのためについている!?」
「法律に引っかからない高度なセクハラをされてる気がする……!」
くそ、平凡なアイデアしか出さない自分の発想力の乏しさが恨めしい!
オレという人間はそこまでちっぽけなのか!?
……待てよ、オレは難しく考えすぎてたんじゃないだろうか?
「――猫耳メイド」
シンプルでありながら全てを内包した答えがそこに在った。
「め、メイド? メイド服を着ればいいの? まあ、それくらいなら我慢……」
「そんなわけないだろ。当然ご奉仕だってしてもらう。メイドさんの職務の範疇だからな。オレを呼ぶときは『ご主人様』で語尾は『にゃん』で」
「ご主人様!? にゃん!? そんなのできるわけないでしょ!」
エアリスは目をむいて抗議した。
「嫌なら断ってもいいけど、その時はこのミスリル剣が手に入らなくなるな」
「う、ぐ……わ、わかったわ! やるわよ! やればいいんでしょ! それでどれぐらいメイドをやればいいのよ? 一時間? それとも二時間?」
「一生」
「人生を要求してきた!? くっ……だけどミスリル剣が……むう」
いや、本気で悩むなよ。
どんだけミスリル製の剣が欲しいんだよ。
言っとくけど、一度約束を取りつけたら泣こうが喚こうが最後まで履行するからな。
途中でうやむやにできると思うなよ。
「も、もう少しだけ期間の方を何とかできない?」
「じゃあ、死が二人を分かつまで」
「ロマンチックにはなったけども! ……あ、でもそれなら……」
「あ、あれ……エアリスさん? どうして剣に手をかけてるのかな?」
エアリスが何かを考えるように剣の柄を撫で、視線をオレと手元に行き来させる。
一体、彼女は真剣に何を考えているのだろうか?
すごく不穏当なことを検討している気配がするんだけど。
具体的にはオレの生命が大変危ない気がする……。
「一日。これ以上の妥協はできないわ」
「わ、わかった。それでいい! それでいいからひとまず凶器から手をどかそうか!?」
もう少し粘れば期間を伸ばせそうだったが、身の危険を感じたため止めた。
人は追い詰めすぎると何をしでかすかわからない。
窮鼠猫を噛むという諺があるが、ならば猫を追い詰めるとどうなることか。
……まあ、制限時間を設けたとはいえ、ご奉仕という名目で実質お願いの個数をほぼ無限にされていることにこの猫耳は気づいていない。
失策を悟った時に彼女はどんな顔をするんだろうか。
さしあたってエアリスには膝枕と首にしっぽをまきながら耳掃除してもらおっと。
「まずはメイド服の調達か。たったの一日しかないんだ。こんな機会滅多に訪れないだろうし、悔いを残さないように完璧にしないとな。腕が鳴る」
「あ、あまり変なのにしないでよ」
「するわけないだろ。最高級に可愛くセレクトしてやる。各パーツもきちんと集めないとな。フリルのついたカチューシャは当然として、ストッキングとそれを止めるガーターベルト、せっかくだからブラやショーツ類も全部揃えるか。ああ、安心していいぞ。オレは妹がいるから女ものの下着もばっちりだぜ!」
「くっ、不安しかない!」
エアリスは普段ひらひらしたスカートをはかないからな。
それはそれで凛々しくていいのだが、やはりおしゃれをしたところも見てみたい。
元の素材が良いからさぞ映えることだろう。
「それじゃあ、さっそくメイド服を買ってくる。十二、三万レンドもかければ、かなり良いやつが手に入るはずだ。明日までに用意するから楽しみに待っててくれ!」
「ちょっと待ったああああああああ!?」
さっそく買い出しに行こうとするが、両手を広げたエアリスに行く手を阻まれた。
「メイド服にそんなに使ったら、剣の代金が足りなくなるじゃない!」
「あ、そう言えばそうだな。……だったらお互いが少しずつ妥協しよう。メイド服を着るのは当初の半分の半日でいい。そして、オレは二十万の半分の十万レンドを貸そう。これでメイド服も買えるし、貸すお金も無くならない」
「まあ、それなら……って、剣を買うお金が足りないんだってば!」
納得しかけるエアリスだったが、すぐさま折衷案の穴を見抜く。
ごまかしきれなかったか。
一日という二十四時間から十二時間に譲歩したように見えて、実際は睡眠時間を考慮した場合ほとんど損がないというナイスな折衷案だったんだけどな。
「先にお金を貸してくれない? あとでそっちの購入費用が貯まり次第、メイド服でもなんでも着るから……」
「嘘だな。金は返すがメイド服は着ないつもりだろ、お前」
「………」
オレの指摘にエアリスがさっと目をそらした。
嘘を見破るのは得意でも、嘘をつくのは苦手なご様子。
そのあと互いに妥協点を探りあったものの、解決策は見つからず。
最終的に交渉は決裂したのだった。