1-18 報告と次の目的地
「あ? それで護衛の冒険者四人を死なせて、のこのことこの街に帰ってきたってわけだ。盗賊団を壊滅させても、護衛依頼に失敗したんじゃあな……。盗賊団の溜め込んだ金を換算して、差し引きゼロか。……となると最初の借金だけが残るな。残念、奴隷行きだ。――で、鉱山労働と剣闘場、どっちがいい? それぐらいは選ばせてやるよ」
「死にさらせぇぇぇぇぇっ! クッソゴブリィィィィィィィィン!」
所変わって冒険者ギルドの執務室。
オレたちはそこでオルゲルトに今回の件のいきさつを簡単に報告していた。
マルメドの裏切り、Eランクパーティーの全滅、オーガの乱入と。
そして、オレたちの報告を聞き終えるや否や、オルゲルトは上記の通り言ったのだ。
指で鼻をほじりながら。
それに対しオレはエアリスの制止を振り切り、当然のごとく飛びかかった。
「お前を討伐して借金を相殺してやらぁあああああ!」
「あと一億年は早えよ」
オレが襲い掛かった瞬間、オルゲルトの姿が椅子から消えた。
気がつけばオレは床に押し倒され、抑え込まれていた。
抑え込まれていたといっても関節を極められているというわけではない。
ただ純粋な力で上から押さえつけられただけ。
だというのに何だこれ、まったく動ける気がしねーぞ……。
「……ったく、冗談だ。約束通りてめえの借金は帳消しにしてやるよ。それとランクもだ。一つ上のDランクに上げてやる。後で受付にギルドタグを持って行って手続きしてもらえ。タダ働きご苦労だったな」
わざと人の神経を逆なでするようなセリフをオルゲルトは吐く。
そこでエアリスがおずおずと手を挙げた。
「あの差し引きゼロなんですか? 依頼を受けてないですから成功報酬を受けとれないにしてもAランクの魔物の素材は高値が付くと思うんですが……」
「てめえらが知らねえのも無理はねえが、オーガってのはロクな素材がとれねえ不良品なんだよ。極端な話、死体はでけえ人間と変わらねえ」
オーガが忌み嫌われるのはこの部分らしい。
仮に強力な魔物で出現しても、討伐できれば素材で金銭的被害を補填できるが、構成が人間と大して変わらないオーガではそれもできない。
「魔石が無事ならそれでも大金が転がり込んだだろうが……谷底の突きでた岩がうまい具合にぶっ刺さって粉々だ。あれじゃ、二束三文にもなりゃしねえ」
不運過ぎる……。
儲けを出そうと思えば出せないこともない。
盗賊が保持していた金目のものに関しては手に入れた者に優先権があり、それはそれでまとまった額の収入になるはずだった。
ただオルゲルトに言われるまでもなくそれらはメルティナさんたち隊商への損害補償に使い切り、びた一文も残っていない。
谷底へオーガと共に突き落とした荷物に依頼の違約金。
あらかじめ途中離脱の話は通してあったが、傍から見れば護衛放棄に他ならない。
隊商が無事であったなら言い訳も通るが、事実二度目の襲撃に遭っている。
あれはオレたちの油断だ。
メルティナさんたちからは恐縮されたが、当然の経費だろう。
その大盤振る舞いには先のオーガ討伐による副収入の皮算用を見込んでいた部分もあったわけだが、まさか当てが外れたからといって返せとは言えない。
「……にしても、てめえはやっぱり獣人族だったわけか」
不意にオルゲルトがエアリスの猫耳を見て、言う。
バンダナをつけなくなったことで何らかのリアクションはあるだろうと予想しつつも、それ以前から見破っていたような口ぶりにエアリスの肩が揺れる。
「気づいてたんですか? でも、どうして……」
「剣だ。俺に向けて一度剣を振るっただろ。まだまだ粗削りだが、あの剣筋にはグラディスの奴の癖があった。だとしたらその使い手も獣人族であることぐらいすぐわかる」
立ち上がりながら判断に至るまでの経緯を語るオルゲルト。
身体を押さえつけていた手が無くなったことにこれ幸いとオレも上体を起こす。
が、それより早く背中を足で縫いとめられた。
どうやら逃がす気はない模様。
……にしてもグラディス? 誰だそれ?
話の流れから察するにエアリスの剣の師匠らしいが……。
そいつも例にもれず獣耳なんだろうか。
などとくだらないことを考えつつ、オルゲルトに釘をさすことを忘れない。
「ギルド長、その猫耳はオレのものですよ。モフりたいというならオレが相手になります。仮にクロニクル教とかいう邪教を信奉していて文句があるという場合でも同じく。――表に出やがれ。世の厳しさを教えてやる!」
「他でもないてめえの今の状態が世の厳しさを体現していると思うが」
調子に乗るなとオルゲルトがオレの背中を踏みにじる。
さながら背中に「お前は負け犬だ」という暗示を刷り込まれているかのようだ。
「なるほどな。あのバンダナはクロニクル教の頭の固え信徒どもから種族を隠すためのものだったってわけだ。……ふん、俺に言わせりゃ、気にしすぎなんだよ」
「え……?」
言われたことの意味を測り損ねたのか、エアリスが首を傾げる。
オレも基本的にオルゲルトと同じ意見ではあるが、だからといってエアリスの懸念がまるっきり杞憂というわけでもないはずだ。
幸いにもギルドに来る途中で獣人嫌いに絡まれるという事態は起きなかったが、女の獣人族は珍しいのか、多少視線があったのだ。
獣人族の冒険者が心配そうに忠告してくれたりもした。
しかし、それすらもオルゲルトは「くだらねえ」の一言で切って捨てる。
「堂々としてりゃ、絡んでくる奴なんかいねえんだ。いいか、てめえはCランク冒険者なんだぞ。それもすぐに上に登っていけるような逸材だ。そんな奴が有象無象に絡まれることを恐れて窮屈に生きるなんざ馬鹿らしい」
「でも……!」
言い募るエアリスをオルゲルトが手で黙らせる。
「いいか、冒険者ってのはな、国の枠にも種族の枠にも囚われねえ自由な人種だ。そこに人族も獣人族もエルフもねえ。使えるなら魔族だって歓迎だ。結局は優秀な奴が偉いんだよ。てめえも冒険者を名乗るからにはくだらねえことに頭を悩ませんな。せいぜい好き勝手やりゃあいいんだ」
理論ともいえぬ暴論でありながら、なぜかそこには不思議な説得力があった。
オルゲルトの言葉にエアリスは目から鱗が落ちたような顔をする。
しばらく考え込んでいたが、やがて小さく頭を下げた。
いまだエアリスの中で燻ぶっていた懸念が払われたようで何よりだが、
「つーか、いつまで人を踏んでんだ! いい加減上から降りろ!」
「あ? なんだ、やけに踏み心地の良いカーペットだと思たらてめえか。……で? てめえはどうすんだ? この後どうするつもりだ?」
オルゲルトがオレの方を見下ろし、そんなことを訊いてくる。
相変わらずぐりぐりとオレの背中を踏みにじりながら。
美少女に踏みにじられて喜ぶ性癖はあっても、ゴブリンに踏みつけられて喜ぶようなハイレベルな性癖など持ち合わせてはいない。
こんな仕打ちを受けたオレの答えは言うまでもなくただ一つ。
「もちろんゴブリン狩りに決まってるだろうが! 吹き飛べ、〝竜――」
「――おっと。いいのか、そんなことしても? この部屋にどれほど高価なもんが置いてあると思ってやがる。金貨の十枚や二十枚軽く消し飛ぶぜ?」
「………!」
「そんな金額、てめえにはとても弁済できねえよな? せっかく自由の身になったってのにまた同じことを繰り返すのか? 借金帳消しのために今度こそ魔王の城に単身で突っ込ませてやろうか?」
ち、ちくしょう、なんて奴だ!
せっかく修行の成果を見せてやろうと思ったのに!
きりもみ回転させてやろうと思ったのに!
このやり場のない怒りは一体誰にぶつければいいんだ!?
そこでオルゲルトはにやにや笑いを消し、真剣な表情になる。
そして、同じ質問を繰り返した。
「真面目な話だ。てめえはこの後どうするつもりなんだ? このままこの辺境で冒険者を続けていくつもりなのか?」
「……残るつもりはないです。もう少し滞在したらこの街から出て行きますよ。探しているものがあるんで。どこに向かうかまではまだ決めてないですけど」
隠すことでもないので、オレは正直に話した。
まだエアリスには話してなかったし、あとできちんと意志確認を取らないと。
渋られたらどうしようか……。
オレはもう猫耳なしでは生きられない体になってしまっている。
「そうだ。そういや、大事なことを一つ聞き忘れてた」
「なんですか?」
「てめえの出身地はどこだ?」
思わず顔をしかめかけるが、精神力で無表情を維持する。
何で今更そんな質問を?
冒険者登録には必要なかったはずだ。
ただの興味か?
それとも何か疑われているのか?
あれから特におかしなことをした覚えはないが……。
「実は……」
「――遥か東の方にある島国とでも言うつもりか?」
……今、こいつなんて言った?
以前エアリスにも同じ質問をオレは受けたことがある。
その時は「東の方にある小国」という答えを返した。
しかし、偶然にもその方向にあるのは魔族領だけであらぬ誤解を受けた。
それはさておいて。
オレはこのことを教訓に、軽くこの世界の地理の情報を集めた。
それによるとこの辺境の街カリスは人族領において、東側に位置している。
これより東はほとんど魔族領の大陸があるのみだ。
そんなわけで、少なくともこの世界の地図では東の方に島国など存在しない(・・・・・)。
意味ありげな態度といい、ピンポイントでその表現を言い当てたことといい……。
まさかこの男は異世界を――『日本』を知っているのか?
「……いえ、オレの出身地はナーゼルの片田舎ですよ」
前もって用意してあった地名を口にする。
まずいな……。
少々沈黙した時間が長かったかもしれない。
オレは内心で焦るが、意外にもオルゲルトはそれ以上踏み込みはしなかった。
「ふん……まあ、いい」
今度こそオルゲルトはオレの背中から足を退ける。
オレはゆっくりと立ち上がって、服についたほこりを簡単に払った。
敗北感までは払えなかったが。
よくわからないがこれで嫌疑は晴れたのか?
「ところでてめえは先代の勇者の名前を知ってるか?」
「勇者の名前ですか? えっと……」
当然、そんなものをオレが知るはずもなく口ごもる。
こんなことなら人魔戦役の話題が出た時にエアリスから聞いておくんだった。
これを知らないのはさすがにおかしいか?
何せ十五年前の大戦を終わらせた立役者だ。
娯楽の少なそうなこの世界では物語として語り継がれているだろう。
かといってあてずっぽうに言うわけにも……。
「やっぱ知らねえようだな。おい、この常識知らずに教えてやれ」
「あ、あたしがですか? ユーナ……だったと記憶してますけど」
「…………ゆうな?」
ゆうなって……もしかして日本人の名前か?
待てよ? もしかして勇者というのは日本から召喚された人間のことなのか?
偶然か、人為的かはわからないが、オレよりも先にこの世界に来た日本人がいる?
そいつらは今どうしてる?
先代のユーナは魔王と相討ちになったという話だ。
では、それ以前の奴らは?
今もこの世界で生きているのか?
それとも元の世界に帰ったのか?
いや、もしかしたら、でも、あるいは。
「一人で思考に没頭してんじゃねえよ」
オルゲルトのその一言で思考の渦から引きずり出される。
「あ、いえ……」
一旦考えを整理しよう。
この男はかつてSランク冒険者として活動していた。
ならば、十五年前に起きた人族と魔族との戦争にまず間違いなく参加していたはずだ。
年齢的にも一致する。
ちょうど第一線で活躍する年齢だ。
そこで勇者と何らかの関わりがあった。
それで異世界という存在を知っていたのだろう。
なぜそれをオレに教えてくれたのか目的が見えてこないが……。
いっそのこと単刀直入に聞くか。
「ギルド長は何を知ってるんですか?」
「何も知らねえよ。ただ先代の勇者は何か知っているかもな」
思わせぶりなしゃべり方にもどかしくなるが、見ればオルゲルトも同じような表情。
向こうの場合はちまちまとした細かい作業に苛立っている……といった印象だ。
オルゲルトはなおも何か考えている様子だったが、突然何もかもが面倒臭くなったかのように息を吐きだし、オレに指を突き付けた。
「ルージェナに行け」
「はい?」
「先代の勇者と魔王が一騎打ちした場所のすぐ近くにある街だ。そこに勇者に関する資料をまとめたところがある。そこにある勇者直筆の手記を手に入れろ。そこにおそらくはてめえが欲しがってるであろうものの手掛かりがあるはずだ」
「オレが欲しがってるもの……って」
それは元の世界への帰還方法。
先代勇者も同じことを考えていたのか……?
残念ながらそれを達成する前に命を落としたみたいだが。
これはかなり有益な情報だ。
有益な情報だが……もっと普通に教えてくれてもよかったんじゃないか?
なんでわざわざ煙に巻くような言い方をしたのやら。
しかも挙句に面倒臭くなってるし。
オルゲルトにも自覚があるのか、忌々しげに舌打ちをしていた。
エアリスは何のことかわからず一人物問いたげ顔をしている。
訊かれればはぐらかすなり、概要だけを語るなりするつもりだったが実際にそれが問いとして言葉にされることはなかった。
あとで二人きりの時に訊こうとしている雰囲気でもない。
何かを納得し、口をつぐんだ。
「……ったく、てめえらは揃いも揃って……」
オルゲルトはオレたちを見て呆れを零すが、その内容は最後まで聞き取れなかった。
わざわざ繰り返すつもりはないらしく、
「話は以上だ。報告ご苦労。さっさと出ていきやがれ。俺は忙しいんだ」
その一言でオレたちは執務室から解放されたのだった。
次章、『烈火と暴走の大規模侵攻編』。
――
とりあえず一章完結です。
誤字脱字確認や手直しのため、二章は来月の頭に投稿する予定です。
面白いと感じたらぜひ下のボタンから評価をお願いします。