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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第一章 開幕と冒険の辺境編
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1-2 初っ端のボス戦



「ねえ! 馬鹿なの!? あたしは逃げろって言ったわよね! それをどう解釈すればオーガに攻撃を仕掛けるなんてことになるのよ!? しかもただ無意味にオーガを挑発するだけに終わって! 一体あなたは何がしたかったの!?」

「く、おかしいな……どこか調子でも悪かったのか? ピンチに陥っている美少女を華麗に助けて恩が売りつつ、なおかつ惚れてくれるかもしれないという希望的観測に基づいて、きちんとテンプレを実行に移したはずなのに……」

「おかしいのも、調子が悪いのもあなたの頭の方じゃないの!?」


 首をひねるオレに少女が走りながら食ってかかってきた。

 現在、オレたちは背後にオーガを控えたまま仲良く森の中を並走している状況だ。


 魔法を打ち砕いたオーガの拳ではあったが、オレの体に届くことはなかった。

 衝突の間際に保険としてわずかに角度をつけていたのが功を奏し、オーガの拳はオレの数十センチほど横をかすめて、ちょうどその斜め後ろの位置に生えていた大木を粉砕した。

 一歩間違えれば、ああなっていたのはオレの体だっただろう。


「ああもう! どうしてあたしが逃げろって言ったときに逃げなかったのよ!? 遠くから見ただけでも危ない奴だってことぐらいわかったでしょ!」

「だから言ってるだろ! お前を助けに来たんだよ! なんか文句でもあるのか!?」

「助かってないんだけど!? 状況が何も変わってないんだけど!」

「それはほんとごめん」

 

 客観的に見ても逃げる人数が一人から二人に変わっただけ。

 助けに来たと言うのもおこがましい。

 単なる二重遭難だった。


 そっと横を見ると少女の苛立ちを含んだジトッとした視線が返された。

 オレがオーガと相対した際に彼女の顔には一瞬とは言え、期待の色が浮かんでいた。

 そのため、無様を晒したオレに対する失望がなおのこと深くなったのかもしれない。

 人は一度上げた後に落とされると、より落差を大きく感じる。

 世界が優しくないな……。

 

 いたたまれなくなり、少女の目から逃げるように後ろを振り返る。

 オーガとの距離は二十メートルほどといったところか。

 体が大きい分一歩当たりの歩幅は大きいが、密集する木々に体をとられスピードは半減。

 すぐに追いつかれることもないが、引き離すこともない。

 実に精神衛生上よろしくない状況だ。


 オーガが地を踏みしめるたびに地面に地鳴りが走る。

 他の魔物が寄ってこないのはその音と揺れを引き起こす元凶を恐れてのことか。

 進路を邪魔される恐れもないが、同時に他の魔物を囮に仕立てあげることもできない。

 この場は自分たちの力だけで切り抜けるしかないだろう。


 足を動かしたまま、その巨躯をゆっくりと観察し考える。

 筋肉に覆われた胴体部分はかなり防御力が高そうだ。

 魔法で狙うとしたらやはり生物共通の急所である顔……いや、眼球だな。

 怪物でも生物である以上そこが一番脆弱なはずだ。


「〝風の弾丸(エア・バレット)″!」


 半身になりながら、魔法を放つ。

 弾丸はそれぞれが異なる軌道を描きながら、オーガの目へと吸い込まれていく。

 視界が樹木によって遮られ、狭まっているオーガには防御する間もなかった。

 悲鳴が上がり、歩幅が乱れる。


「少しは効いたか?」

「……無駄、みたいね。オーガの硬い表皮は生半可な攻撃じゃ破れないって聞いてたけど、ここまでだなんて……!」


 少女の言葉通り、すぐさまオーガの殺気のこもった目がこちらを睨む。

 いたずらにオーガの敵意を煽るだけに終わった。


「だったら……!」


 狙いをオーガから乱雑に立ち並ぶ木に変え、抉り取るイメージで散弾を撃つ。

 撃ち抜かれた木は豪快な破砕音を立て、自重に耐えられなくなり倒れた。

 ちょうどオーガの進路を邪魔する形だ。


 間断なく魔法を発動し、オーガを押しつぶすように木を倒していく。

 しかし、埋もれた次の瞬間には倒木が吹き飛ばされ、オーガがその姿を現した。


「これでも止まらないのか!?」


 わかってはいたが、改めて人並み外れた膂力だということを認識する。

 倒木一本を抱え上げるのに大の大人が何人必要になるだろうか。

 それをまとめて軽々吹き飛ばすのだから手の施しようがない。

 間違いなくこれまで遭遇してきた魔物の中でぶっちぎりでトップに立つ強さだ。


 まだ何か利用できるものはないかと目を彷徨わせていると少女の叱責が飛んだ。


「もういいわ! オーガ相手じゃ、何をやっても多少の足止めぐらいの効果しかない! それよりも今は走ることに集中して! 魔力切れになったら終わりなんだから!」

「? 魔力? ……なら問題ない! もうしばらくは何とかなる!」

「何とかなるって……あの威力の魔法を何度も使ってたらすぐに魔力が空になるんじゃ」

「自分のことは自分が一番わかってる! 魔力とかいう謎ゲージより体力の方が切実なんだよ! このまま魔法を撃ち続けても、体力が切れるほうが早いぐらいだ!」

 

 既にオレの体のいたるところが悲鳴を上げている。

 全力に近い速さを維持して走っているため、体力の消耗が激しいのだ。

 さらには後ろから一軒家サイズの超危険生物が追ってきているというプレッシャーがオレの精神を恐ろしい勢いですり減らしている。

 

 それに比べて、並走する少女にはまだかなり余裕が見られた。

 オレが参加するよりも早くからオーガに追われていたことを考えれば、驚異的な体力だ。 

 これがこの世界の住人の平均なのだろうか。

 身体チートどころか、平均以下とはなんというハードモード。


「大丈夫? かなり息が上がってるけど……」

「……正直なところ結構キツイ。もう少しだけペースを落とせないか?」


 本音を言えば、今すぐにでも地面にぶっ倒れてしまいたい。

 火事場の馬鹿力と言っても限度がある。

 もちろんそんなことをすればオーガに轢かれて肉塊になるだけなのは言うまでもない。


「悪いけど、無理。これ以上のペースダウンは追いつかれるわ。あなたが魔法で牽制してるから拮抗しているけど、今でもかなりギリギリなぐらい。他に使える魔法はないの? 強化系の魔法とか、回復系の魔法とか……」

「あいにくオレが使えるのは風魔法だけだ。今できそうなことと言えば、せいぜいお前の正面に向かい風を吹かせることぐらいだな」

「それ本当にやったら、ぶん殴るからねっ!?」


 と、いうわけで走ることと魔法を撃つことにだけ集中する。

 足元付近に木を転がしてひっかけたり、死角から倒した木をオーガにぶつけたり。

 とにかくオレは嫌がらせと足止めに徹した。

 攻撃のつもりでも嫌がらせ程度、足止め程度にしかならなかった。

 

 それにより若干の余裕が生まれるが、同時にヘイト値がものすごい勢いでたまっていく。

 ここで二手に分かれれば間違いなくオーガはオレを狙ってくるだろう。


「ガァァァァァァアアアアアアッ!」


 やがていい加減鬱陶しくなってきたのか、オーガが怒りの咆哮をあげた。

 近場の木を強引にもぎ取り、先端をこちらに向ける。


「――まずいっ! 来るわ!」


 少女の短い警告とほぼ同時にオーガが樹木を槍のごとく投擲した。

 思い付きでやったであろう拙い攻撃であったが、馬鹿げたスケールがそれを脅威へと変える。

 連想するのはかつて攻城兵器として用いられていたらしい弩。

 オレたちは左右に分かれ、攻撃をやり過ごした。


「足を止めないで! 次が来るわよ!」


 見れば、オーガは手当たり次第に木々を引き抜いていた。

 そのままロクに狙いを定めずに投げ放ってくる。

 唸りをあげて飛来する樹木を背中に冷たいものを感じながら死に物狂いで躱していく。


 少女はというと、森という地形を駆使した三次元的な回避を行っていた。

 跳躍を行い、木の枝をつかみ、鉄棒の要領でぐるりと回転したのち、再び地面に降り立つ。

 

 まさしく一瞬の早業。

 サーカスの曲芸を見せられているような気分だ。

 なぜ踏み切っただけで背丈の倍以上ある高さの枝に手が届くのだろうか。

 そして、こちらを気遣うそぶりすら見せる余裕があるのはどういうことなのか。


「おい、前だけ見てろ! よそ見なんてしてたら……うおっ」

「わざと隙を作って誘ってるのよ! あたしは見なくても攻撃がわかるの! あなたこそ自分の心配だけしてて! 死ぬわよ!」


 ピンチは真綿で締め上げるように徐々に近づいていた。

 何かミスをした、というわけではない。

 後先を考えない全力の回避が後を引いているだけだ。

 そうでもしなければオレの身体能力ではオーガの暴力的な投擲を捌ききれなかった。

 

「――ッッッ、づあああぁっ!」


 間に合わないと判断した樹木をとっさに無詠唱で展開した魔法で撃ち砕く。

 粉砕こそ叶わなかったものの、脇へと弾き飛ばすことには成功した。

 これで一旦、窮地はリセットされた。

 だが、このままでは同じことの繰り返し。じり貧になる。


「近くの街までどれぐらいあるかわかるか!」

「え? あ、うん、正確な距離はわからないけど、あと二日はかかると思う。……でもいくらあたしでもこのペースじゃ、もって一時間程度よ」

「オレはあと一分も持たないんだけど、どうしたらいいだろう?」

「なんて足手まとい……!」


 頭が痛いと言わんばかりに少女はバンダナを手で押さえているが、普通の人間が一時間も走り続けられるというのがまずおかしいという事実に気づいていただきたい。

 やばいな、冗談抜きで本格的にまずくなってきた。

 いっそのこと足を止めて戦うべきか?

 

 ……いや、あの魔物の防御力をオレたちは超えることができない。

 勝算のないままに挑んでも無駄死にするだけだ。

 一応少女が腰に剣を携帯しているものの、まさか突っ込ませるわけにもいくまい。

 大きさの比率から言って割り箸でライオンに挑むようなものだ。

 そもそも、それでどうにかできる実力があるなら初めから逃げ回ってなどいないだろう。


 打開案が浮かばず、体力の底が見え始めた時だった。

 急に森が途切れ、目の前の視界が開けた。

 正面には切り立った崖があった。


「……どうやら覚悟を決めないといけないようね」


 少女は取り乱すことなく冷静に呟き、ベルトに吊るした剣に手を伸ばす。

 だが、オレはまったく別のことを考えていた。

 開けた場所ならば――飛ぶことができる。


「いや、全力で走れ!」

「走るって、目の前は崖よ……!? この高さじゃ、飛び込んでも助からないわ!」

「飛び込むんじゃない、魔法で飛ぶ!」

「え? でも……」

「大丈夫だ、オレを信じろ! 風魔法を使えば何とかなる! …………よね?」

「わかったわ。そこまで言うならあたしはもう何も言わな……って、最後に聞き逃せない一言が聞こえた! 本当に大丈夫なの!? 本当に信じていいの!?」


 少女の詰問をあいまいに受け流し、冷静に勝算を再度計算しなおす。

 正直なところオレ自身にもできるかどうかなどわからない。

 ただこの場限りの思い付きというわけでもない。

 もともとこの森から出る手段として、魔法による飛行は考えていたことだ。

 悠々と空を飛んで脱出とはいかずとも、上から周りの地形や街の姿だけでも確認できれば遭難状態は解決するはずだった。

 

 しかし、危険を伴う試みであるため慎重に事を進めていた。

 ぶっちゃけると、墜落への臆病心が邪魔をしてこれまで一度も実行に移せていない。

 さらに今は二人分の体重を支えなければならない。

 とはいえ、こうなっては多少のリスクを冒してでも強行する以外に道はないのだ。


 残った力を振り絞り、ラストスパートをかける。

 魔法による牽制もやめ、飛ぶための魔法の構築のみに意識を集中させた。

 もう崖は目と鼻の先だ。


「行くぞ!」

「ああもう、どうにでもなれ!」


 少女が遅れず並走していることを確認し、一気に地面を蹴る。

 足場を失ったことで、より一層死の実感が鮮明になった。

 遅れて若干どころではない後悔と恐怖が大挙して押し寄せてくる。

 ここからは一つの気のゆるみ、判断ミス、魔法の操作の誤りが死を招く。


「飛っべええええええええええええ!」


 タイミングを見計らい、すかさず足元に爆風を発生させる。

 一瞬の停滞のを経て、身体が重力を振り切った。

 

 背中に風圧を感じたのはすぐ後ろでオーガの巨大な手が薙ぎ払われたからだろうか。

 だが、もうそちらにかまけてられる段階はとうに過ぎた。

 後ろの敵を完全に頭から切り離し、風の制御にだけ意識を割く。


 落下の防止と前への推進力。

 言葉にするとシンプルで簡単そうだが、思った以上に維持が難しい。

 それでもまあ、この場でなら十分に用をなしてくれる。


「……そんな、本当に空を飛んで……す、すごい」


 呆然とした様子で呟く少女。 

 が、とある事実に戦慄しているオレには応対している暇はなかった。

 道ずれになった同行者に最低限の義理として事実を伝える。


「ごめん、ダメなやつだこれ」

「え!?」


 いきなり激しい倦怠感が襲ってきた。

 視界がぐらぐらと揺らぎ、今にも意識がどこかへ飛びそうだ。


 おそらくこれが魔力切れとやらの症状。

 あれだけ連続して魔法を使ったのだ、ガス欠になっても不思議はない。

 途中から余力の把握を放棄していたため計算が狂った。

 これでは優雅な空の旅どころか、限りなく墜落に近い不時着になる。


「ちょ、ちょっと待って! こんなところから落ちたらタダじゃすまないわよ……!? 何とかしないと!」

「今何とかしようとしてる! ……でもダメだったらごめんな?」

「こいつはあああああああああ!」


 高度を落とそうとするが、集中できない。

 言うなれば半身が水に浸かった状態で全力疾走しようとしている感じだろうか。

 焦りを募らせながら、余力をかき集めて風の制御を行う。

 徐々にではあるが、落下スピードが落ちてきた。

 

 それでも完全に止まりきることはできず、そのまま森に突っ込んだ。



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