1-9 戦力と方針の確認
一夜明けた翌日。
オレは鳴り響く鐘の音に目を覚ました。
騒音というほどではないが、目覚まし時計のような煩わしさを感じる。
これは街の広場に設置された巨大な時計塔のものだ。
二度寝しそうになるのを何とか堪え、着替えを済ます。
エアリスとは一階の食堂で集合する約束をしている。
身だしなみを整え最後に買ったばかりの新品のローブに袖を通し、部屋を後にした。
階下に降りると既にエアリスの姿があった。
軽装の革鎧に身を包み、頭にはあの赤いバンダナを巻いている。
腰には剣が吊られており、一分の隙もない。
早朝だというのに彼女には眠そうな様子は見られなかった。
オレが片手を挙げて挨拶をすると、こちらに気付いたエアリスも同様の仕草で応じる。
宿の従業員に軽めの朝食を注文し、隣に腰掛けた。
「朝強いんだな、エアリス」
「元々はそうでもなかったんだけどね。依頼を受けるためにいつも朝早くにギルドに顔を出すようにしてるから、慣れたの」
「わざわざ早朝じゃなくても、依頼は好きな時間に受けられるんじゃなかったか?」
「甘いわね。割のいい依頼は人気だから早めに行かないとなくなるのよ」
自由業と思いきや、冒険者も楽じゃないらしい。
これから冒険者として活動するならオレも慣れないとダメだな。
持ってこられた食事に手を付け、ひと段落してからエアリスに話を振る。
「じゃあ、さっそく依頼の話に移ろうか」
「その前に戦力の確認をしておきたいわ。正式にパーティーを組んだんだし、お互いに何ができるのか知っておいたほうが良いでしょ?」
「……そう言えば、その辺の確認はしてなかったな」
連携のためには互いの技量を把握しなければならない。
冒険者にとって手の内を晒すことはあまり良しとはされていないらしく、正式にパーティーの手続きをするまでは明かすべきでないと言われていた。
オレは特に気にしないのだが、不文律とのことなので素直に従っていた。
そんなわけで改めてオレは使える風魔法を一通り説明した。
魔法の大まかな威力や規模から速さといったものまで、それはもう事細かくエアリスに訊かれるがまま答えた。
前衛として最低限知っておきたいのだそうだ。
もっともまだそこまでレパートリーはないし、どれも道中で一度は見せたはずだ。
「次はあたしの番ね」
「エアリスは剣を使うんだったよな?」
「それと言いそびれていたんだけど、一応魔法も使えるわ」
「魔法を……?」
剣を使えて魔法も使えるって魔法剣士かよ。
だとしたらオレの存在価値が完全に消滅したのでは……?
「何か勘違いしているかもしれないけど、魔法と言っても放出系じゃないわ。えっと……技能魔法の強化系に分類されるのかしら?」
「技能魔法? なんだそれ?」
「どうしてユーマは魔術師なのにこんな初歩的なことも知らないのよ……」
知らないことは素直に尋ねるようにしていた。
無知を隠さなくなったせいで、ますますエアリスから常識知らずとして変な目で見られるようになったが今更だ。
エアリスの大まかな説明によると、魔法は『自然魔法』と『技能魔法』の二種類の系統に分けられているそうだ。
自然魔法は炎、水、土、氷、雷、そしてオレが使える風の六属性のこと。
技能魔法はそれ以外のすべての魔法のこと。
大雑把すぎるだろと思ったが、どうやら技能魔法は多岐にわたるため、まともに分類しようとすると際限なく細かくなってしまうらしい。
「で、エアリスが使えるのはオレの風魔法みたいに遠距離攻撃するものじゃなく、自身の強化を行う魔法ということか。つまり、エアリスのあの身体能力は強化魔法の恩恵によるものだったってわけだ。ようやく納得でき……」
「え? あれは素の身体能力だけど」
納得がいって安心し、緩みかけていた頬がエアリスの否定によってひきつる。
やはりこの世界の住人は全体的に身体能力が高めなのか。
盗賊討伐が俄然心配になってきたな。
盗賊までもが馬鹿みたいに強かったらどうにもならない。
「身体強化じゃないとしたら、一体何を強化するんだ?」
「勘」
「……かん?」
「だから勘を強化するの。第六感」
先ほども言った通り技能魔法は多岐にわたる。
その中には個人特有の魔法もあり、エアリスの魔法もこれに該当するのだろう。
自分だけが使える魔法とか異世界人特権でオレに回して欲しかったのだが……。
しかし、それはさてき勘を強化するとな?
「悪い。いまいちよく理解できない。何かできることの具体例を挙げてくれないか?」
「そうね。危険を察知したり、嘘の見分けがついたりするわ」
「ほほう……ちょっとやって見せてくれないか?」
「それはいいけど、何をすればいいの?」
「それじゃあ、あれを……」
言いながら、エアリスの後ろを指さす。
「あれ? ……どれ?」
エアリスは素直にオレの指し示した方に顔を向けた。
オレはその隙に飲み物の中からそっと氷を抜き出して手のひらに載せると、エアリスめがけて人差し指で弾く。
そのままでは危険度が足りないかもしれないと、無詠唱の風魔法で軽くブースト。
勢いよく飛び出した氷はエアリスの後頭部に命中するかのように見えた。
――が、エアリスはこちらを見ることなく、首を傾けて難を逃れた。
氷は彼女の横をかすめ、背後の壁にぶつかり砕けた。
ジト目のエアリス。
こりゃすげえ。
なかなかに有用な魔法ではないだろうか。
暗がりだろうと死角を突かれようと不意を突かれることはない。
あらゆる危険を事前に知れる。
それはつまり、工夫をすれば世界の誰よりも安全が保障されるということだ。
と、そこまで考えたところで辻褄の合わない点に気づく。
「……待てよ。だったらなんでオーガに追われるなんて間抜けなことになっていたんだ? 危険があらかじめわかるんだろ?」
「ノ、ノーコメント」
「今後の安全に関わるんだ。さっさと吐け」
「う……い、いろいろな偶然が重なりあったのもあるけど、この魔法も万能じゃないってことよ。危険な目に遭う少し前、およそ数秒前にならないと危険をはっきりと認識できないの。あたしが危険を察知したときにはすでにオーガは目の前だったのよ……」
いろいろな偶然について、エアリスは触れようとしなかった。
どうせドジでも踏んだのだろう。
頭の中でひそかにエアリスにドジっ子属性を追加しておく。
「何か失礼なことを考えられている気がする」
「気の……っ! そ、それも第六感強化の恩恵か?」
気のせいだ、と言いかけた。
が、言い切る寸前に嘘は看破されるということを思い出して返答をはぐらかす。
おそらくエアリスもそれを承知で突っ込んできた。
致死率百パーセントの誘導尋問。
迂闊なことを言えない。
「ちっ、引っかからなかった。……違うわ、ただの勘よ。さすがにそんな詳細なことまでわからないわよ」
「そ、そうか。それはなにより」
ぼそりと不穏な言葉がエアリスから漏れたが、心の平穏のために聞かなかったことにする。
いや、そんなことよりも嘘がわかるというのは結構まずいんじゃないか?
オレはエアリスと会ってから数えきれないほど嘘をついている。
まさか全部見破られてた?
「その力、今までの会話でも使ってたり?」
「何かやましいことでも?」
「オレは人生で嘘をついたことがない」
「ダウト」
「く、さすが嘘看破の力は伊達じゃないな。このオレの嘘を見破るとは」
「使うまでもなかったんだけど」
食後のコーヒーを冷まそうとエアリスはふーふーと息を吹きかけた。
「ま、普段は使わないようにしてるわ。便利な能力だけどむやみに使うとろくなことがないから。相手からしてみれば気分のいいものでもないし……というか、ユーマなら魔法を使ってるかどうかなんて魔力を感知すれば一発でしょ」
「魔力を感知?」
「知らないの? 簡単にできるものじゃないけど、無詠唱が使えるならできていいはずなのに……。どんな偏った鍛錬をしてきたのよ。いい? 魔法発動の際には微量の魔力の残滓が発される。無詠唱だろうが、関係なくね。剣士のあたしにはわからないから感覚的なことは伝えられないんだけど」
そんな謎物質を感じる感覚器官はオレにだってない。
いや、生成する器官がいつの間にか備わっていたから、あるかもしれないけど。
猫舌なのか、まだコーヒーを冷ましているエアリス。
しかし、勘強化か。
応用すれば、他にも何かできそうだが――。
「……なあ、その能力って探し物を見つけるなんてことができたりしないか?」
「探し物? ……ああ、盗賊団のこと?」
もちろんそれも探せるなら探してもらいたいが、オレの本命は別にある。
すなわち元の世界への帰還を可能とする設備、魔法の所在だ。
エアリスの勘が当てになるならすぐにでも帰還の目途がつけられる。
そんなオレの内心の期待にエアリスは首を振って否定を示す。
「残念ながらあたしの力はそういった使い方をしてもあてにならないわ」
「あてにならない? それはどういう……?」
「そもそも『勘』っていうのは不安定なものなの。数値に直せば常に変動しているわね。先に挙げた危険察知と嘘発見は、元々高い適性を持ってたから強化後に確固とした効果を得られてるけど、探し物の位置は普通よりは多少当たるかな? 程度なのよ」
危険察知は冒険者稼業をしているなら多少なりとも身につくだろう。
嘘の識別も女の子が一人で活動するにあたって必須のスキルだろう。
それに対して探し物など鍛えようがないか。
「当てにならないといったけど、もちろん例外もあるわ。対象がわかってるなら当たる確率はそれなり上昇するの。カリスの街を探した時のようにね」
「あれもその力のおかげだったのか」
オーガとの命懸けの鬼ごっこに加え、無軌道な飛行と墜落。
それらを経て完全に現在地を見失っている状態から、コンパスも地図も使うことなく街を見つけたことは不思議に思っていたのだ。
ていうか、勘に頼って森を抜けようとしていたのか!?
失敗していたら今頃どうなってたんだ!?
「だから盗賊団の所在を探すにはその位置を知らなくちゃいけないの。ユーマは目当ての盗賊団の人間か、アジトの位置を知ってる?」
「知るか」
と言うことは、やはり帰還方法も自力で見つけないといけないということか。
まあ、そう簡単にはいかないのはわかっていた。
気長に行こう。
まずは目の前の問題を一つずつ。
借金清算のための盗賊討伐の依頼を片付けよう。
エアリスの説明によれば、盗賊討伐自体の難易度はそれほど高くないそうだ。
凶暴な魔物とは違い、所詮相手はただの人間。
軒並み戦闘力は低い。
時に元冒険者や傭兵が混じることもあるが、いっぱしの戦闘技術があればそもそも盗賊などに身を落とさないのだから、たかが知れているらしい。
「それで? ベテラン冒険者の知恵をお聞かせ願いたいんだけれど、通常の盗賊討伐にはどんな手順を踏むんだ?」
「んー、実はあまりよく知らないわ」
「おい」
「護衛の依頼を受けてる最中に返り討ちにしたことはあるけど、討伐依頼そのものを受けたことはないし……手間はかかるけど、被害分布から盗賊団のアジトの位置に見当をつけて総当たりするしかないかも」
一応期限はきられていないため、時間をかけることはできるが、二人がかりで虱潰しに当たれば依頼達成までに何週間、何か月かかるかわからない。
盗賊行為を行った者は見つかれば事情に拘らず奴隷に落とされるか、縛り首になるのだから盗賊側も必死に知恵を絞って活動拠点であるアジトを隠すだろう。
「面倒なのを押し付けやがって……あのゴブリンめ、オレに何か恨みでもあるのか?」
「生身で壁を貫通させられたら誰だって恨むと思う」
何かいい案はないだろうかと頭を悩ませていると、ふと妙案を思いついた。
「そうだ。ならエアリス、ちょっと盗賊に攫われて来いよ」
そういえばまだ盗賊に捕まった人を助けるというテンプレをこなしてなかった。
むしろこなせたテンプレなど皆無だが。
「……はい? 攫われる? なんで?」
「心配するな。オレが責任をもって最高にかっこよく助けてやるから」
「仮にも女の子にそんな役目をさせようとしてる時点で責任を全力で放り投げてるし、最低にかっこ悪いと思うけど!?」
「じゃあ、配役を交換しよう。オレが盗賊に捕まるから助けだしてくれ」
「それはそれでかっこ悪いと思うけどね!?」
しかし、思い付きで言ったにしては結構いい案じゃないか?
うまくいけば盗賊のアジトの内部に入り込んで隙を突き、混乱に陥れることができる。
それに乗じて外から攻撃を仕掛ければいい。
外と内の両方からの奇襲。
素人考えながら合理的な作戦ではないだろうか。
「わざわざそんな回りくどいことしなくても遭遇した時点で盗賊を倒して、締め上げればいいでしょ」
「そういや、嘘の判別できるんだったな」
その後さらに煮詰め、最終的に隊商を利用するという案に落ち着いた。
隊商の護衛の依頼を受け、盗賊を待ち伏せる。
運頼みではあるが、盗賊による襲撃は結構な頻度で発生しているらしいため、何度か繰り返せば遠くないうちにヒットするだろう。
大まかな予定を決め、冒険者ギルドへ向かうべく席を立った。