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異世界無双は、ままならない!  作者: 数奇屋柚紀
第一章 開幕と冒険の辺境編
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1-8 初仕事



 どこかオレは調子に乗っていたのだろう。

 オルゲルトに絡まれたとき、オレは積極的に戦おうとは思っていなかった。

 しかし、それと同時に積極的に回避しようともしなかった。

 わかりやすく侮ってきたオルゲルトを前にして、テンプレやお約束という言葉がオレの頭の中を愉快に踊っていたからだ。

 

 もちろんあの森でのオーガ戦である程度現実を見た。

 オレはチートではないのだと。

 無双など夢のまた夢なのだと。

 身に染みたはずだった。

 だが、魔法が使えるという事実は想像以上にオレから自制心を奪っていた。


 見上げるほどの巨体を持つオーガの拳をはじくような高威力の魔法。

 魔術師なら必須アイテムの杖を使わず、詠唱も行わない超高速展開。

 それらを行える魔術師などそうはいない。

 ましてや、不完全であれ風魔法による飛行など誰もいまだかつて成し得ていない。

 エアリスからこの話を聞かされた時、オレは思い直してしまった。


 あれ、もしかしてオレってチートなんじゃね? ――と。


 オーガの時は相手が悪かっただけなのだと。

 ただの冒険者ならばなんとかなるだろうと。

 オレは思ってしまった。

 何の根拠もなく。

 いや、根拠という名の願望、思い込みを信じてしまったのだ。


 そして、相手の提示してきた決闘を受け、オレは負けた。

 手も足も出ない完膚なきまでの敗北だった。


 意識が徐々に浮上すると、背中にあるのはやわらかなベッドの感触だった。

 決闘で負けた後、医務室のようなところへと運び込まれたのだろう。

 ほとんど一週間ぶりとなる久しぶりのベッドだというのに喜びは薄い。

 ひたすらに憂鬱な気分だった。

 これはもう獣耳のナースさんが手厚く看病してくれないと立ち直れない……。


 人の気配を感じたオレはいくばくかの期待をよせ、目を開ける。

 しかし、視界に映ったのは獣耳のナースさんではなく、無情にもゴブリンだった。

 ……というかオレがこのベッドに寝かされる原因を作った張本人だった。

 おやすみからおはようまでオルゲルトだった。


「〝風の弾丸(エア・バレット)″ォォォォォォオオオッッッッ!」


 ほとんど反射的な行動だった。

 後先考えずにひとまず目の前の恐怖を何とかしようと体が勝手に動いた。

 体にかかった布団を勢いよく払いのけ、右腕を突き出す。

 寝起きであったにもかかわらず、魔法は即座に展開される。

 道中で毎日欠かさず続けていた地道な魔法の鍛錬は無駄ではなかったらしい。


「ふん、寝起きそうそう騒がしい野郎だ」


 だが、オルゲルトは鼻を一つ鳴らすと、手で弾丸を受け止めた。

 手加減など一切していない本気の一撃だったにもかかわらず、オルゲルトはいとも簡単に摘み取ると、おもむろに握りつぶした。

 風が霧散し、制御下から離れるのがわかる。


 もう何をされても驚かないつもりではあったが、こうも力の差を見せつけられては歯噛みせずにはいられない。

 この程度ではダメージを与えるどころか、牽制にすらならないのか。


 オルゲルトから離れようと転がるようにベッドから退く。

 それからより高威力の魔法を発動し……ようとしたところで、ベッドの傍らにちょこんとたたずむエアリスの姿に気付いて手を止めた。


「……エアリス?」

「おはよう、ユーマ。まあそうは言ってもそろそろ夜になる時間だけど」


 エアリスの言葉で窓の外に目を向ける。

 すでに日は地平線に沈みかけており、赤い日差しが窓から差し込んでいた。

 ギルドについたのが十二時になる少し前だったから、どうやらオレは五時間以上、意識を失っていたらしい。


「えっと……」


 いきなり攻撃を仕掛けたというのに、オルゲルトは防御をしただけ。

 それ以上の行動を起こす様子がなかった。

 そして、平然としているエアリス。

 それらを見て、オレはどう行動するか決めあぐねていた。

 果たしてエアリスはこのゴブリン顔の男とオレの諍いを知っているのだろうか?


 ……そういえば、意識を完全に失う寸前にオルゲルトが近づいてきているのが見えた。

 だが、オレが無事だということはエアリスが仲裁してくれたということか?

 すでに決着がついていて、和解を終えた後だとか。

 オレが状況を飲み込めずに戸惑っていると、オルゲルトが口を開いた。


「いちいち説明すんのが面倒だから単刀直入に言うぞ。俺がてめえに仕掛けた決闘はテストだ。他のとこがどうしてんのかは知らねえが、このカリスで冒険者登録した場合、もれなくこの強制イベントを受けさせられる」

「え? はい……? テスト?」

「そして、俺はこの街の冒険者ギルドを統括するギルド長だ。どうだ、てめえの足りない脳みそでもちっとは状況が理解できたんじゃねえか?」


 ま、待て、いきなりわけのわからない情報を詰め込むな。

 ますますこんがらがる。

 あの決闘がテストで、このゴブリン面のチンピラがギルド長?


 ……冗談、ではないんだろうなぁ。

 突拍子もない話だが、そっちの説明だといろいろと辻褄が合う。


 勝手に誤解していたが、周りの冒険者たちが言ってた「過去に俺もやられた」だの、「辞めてしまった冒険者がいる」だのはこのテストのことか。

 すっかり勘違いしてしまっていた。

 まあ、オレがそう捉えるようオルゲルトが誘導していたのもあるだろうが。

 

 要はオレはまんまと策に嵌められて、いいように手の平で転がされていたわけだ。

 テストをするならするできちんとした試験方式にすればいいものを、どうしてこんな回りくどい手段をとるのか。

 チンピラにのされたものだと無用な挫折感と敗北感を植え付けられた。


「どうしてわざわざギルド長が自らテストを? もっと他に適当な人がいるんじゃ……」

「ああ? 元Sランク冒険者じゃ不満だとでも言いてえのか?」

「え、Sランク……!?」


 強すぎるとは思ったがそこまでのレベルか。

 つまり森で追い回されたオーガよりさらに上だということになる。 


「あ、あんたが……」

「そうだ」

「謎の生命体……」

「何の話だ、クソガキ。喧嘩なら買うぞ。代金は拳だ」

 

 受付嬢さんがそう言ってたんだ。


 なんなんだろう、オレのこの対戦相手の引き。

 Aランクの魔物に元Sランクの冒険者って、強さがインフレしてやがる。

 段階を踏んで上がっていく仕組みなのだろうか。

 次にあたるのは勇者か、魔王か、はたまた一段飛ばしに神といったところか?

 生きて元の世界に帰れる気がしない……。


「で、だ。実力テストの結果のほうだが、一応合格にしてやる。身体能力や格闘センスはカス、ごみ屑以下で明日の夕暮れにはくたばってもおかしくねえレベルだったが……まあ、魔法が使えるなら問題はねえ。せいぜい前衛の影に隠れて戦いやがれ」


 オルゲルトはあごでエアリスの方をしゃくった。


「ランクはFランクを飛ばしてEランクからだ」


 そう言ってギルドタグをこちらへと放ってくるオルゲルト。

 ギルドタグと呼ばれるそれは、ごくシンプルに名前と冒険者ランクが彫られているだけの金属製のプレートだった。

 オルゲルトの言った通り、名前の隣にはEランクと書かれている。


「なくしたり壊したりすんなよ。再発行には金がかかるからな。それとこのギルドタグには身分証明のほかにキャッシュカードとしての役割もある。ギルドで金を預けたり報酬を受け取ったりするときはこのタグを使え」


 へえ、意外と多機能で便利だな。

 勝手に文明レベルを中世と思っていたが、案外技術力は高いのかもしれない。

 科学力の低さを魔法的要素で補ってる感じか。


「残高はギルドで聞けばいいんですか?」

「カードに魔力を込めれば青字で表示される。自分で勝手に確認しろ。いいか、いちいちそんなのを窓口に聞きに来たりすんじゃねえぞ。仕事の邪魔だ」


 めんどくさそうにオルゲルトが言う。

 オレはそれを聞き流しながらギルドタグを手に持ち、さっそく試してみる。

 魔力を込める方法がわからなかったが、中途半端に魔法を発動すると魔力がカードに通ったのかぼんやりと数字が浮かび上がった。

 そこには青字でゼロという表示、ではなく。


「……あれ? ギルドタグの残高が……」


 思わずカードの表面を見直す。

 依頼をこなしていないこの段階ではオレの預金額はゼロのはず。

 

 しかし、浮かび上がったのは四十万という数字。

 しかも青字ではなく、赤字による表示だ。

 この時点で嫌な予感しかしないのだが、決定的となる表示を見つけた。

 数字の前にやはり赤字でマイナスの記号が存在していた。


「……すいません。なんかこのギルドタグ、謎の借金を背負ってるんですけど」

「なに言ってやがる。それはてめえの借金だ」

「オレの借金!?」


 そう言われても、思い当る節はない。

 依頼に失敗すれば違約金が発生することもあるそうだが、いくらゴブリン顔とは言え、ギルド長の討伐依頼が出されているということはないだろう。

 そもそもそんな依頼受けてないし。


「てめえが壊したギルドの備品の弁償費用だ。忘れたとは言わせねえぞ」

「う……壁、ですか」


 すっかり忘れていたが、そう言えばそれがあった。

 結構、盛大に壊したよな、アレ。

 修理費の相場はわからないが、やっぱりそれぐらいするのか。

 いやでも見方を変えればオレの魔法を受けたオルゲルトの体が壊したとも言える。

 二人の共同作業の結果なのだから、折半で……。

 なんて、そんなことを言えば間違いなくぶっ殺されるだろうから言わないが。


「それと椅子とテーブルもだ」

「いや、それはギルド長が壊したものじゃないですか」

「何ふざけたこと言ってやがる? 俺のパンチを受けたお前の体が壊したんだ。だったらお前が払うのが筋だろうが」

「ざっけんなぁあああああああああっ!」


 敬語も忘れて、思わず咆えた。

 オレが思いついても言わなかったことを、平然と言いやがって!

 しかも折半ではなく、負担を全額押し付けやがった!


「うるせえ。いいか、この冒険者ギルドでは俺こそが絶対だ。俺がシロといえばクロもシロになる。俺が払うべき負債もてめえのもんになんだよ」

「ぐ、ぐう……」


 理不尽すぎるオルゲルトの物言いにオレはそれ以上抗わなかった。

 ……抗えるはずがなかった。


「も……もし払えなかった場合は?」

「あ? 決まってんだろ。てめえを奴隷商にでも売っぱらって損害を補填する」


 オルゲルトは小指で耳をほじくりながら、何でもないことのように言う。

 あたかも天気の話をしているかのような気軽さだ。

 今日の天気は晴れだったな。

 明日のお前は奴隷だろうな。

 そんな感じだ。

 軽すぎるだろ……。

 奴隷ってあの奴隷だよな?

 少なくとも明るくアットホームな未来は想像できない。


「だがまあ、俺も鬼じゃねえ。俺が指定した依頼を一つ無報酬で受けるってんなら、その借金はチャラにしてやっていい。なんなら無事にクリアした暁にはてめえのランクをDランクにまで上げてやる。どうだ、受けるか?」

「それならまあ……依頼っていうのはどういった内容のものなんですか?」


 ゴブリン狩りの依頼だ!

 ゴブリン狩りの依頼が来い!

 溜まった鬱憤を晴らす意味も込めて、誠心誠意、全力で務めてやるから!

 オレはそう念じるが、願いが叶うことはなく。


「盗賊団の討伐だ」


 オレは予想が外れたことに落胆を感じるとともに、その依頼内容に顔をしかめた。

 ありがちな依頼ではあるが、実際にやるとなるとものすごくハードそうだ。


 ひとまず意見を貰おうと先輩冒険者であるエアリスの方を見る。

 エアリスは盗賊団というワードを耳にしても特に顔色を変えることはなく、オレから質問する役を引き取ると情報を集め始めた。


「規模はどのくらいですか?」

「さあな。だがまあ、最低でも二十人程度はいるだろうな。この街に来る商人なんかが月に五、六回の被害にあってる。結構なペースだ」


 聞いた感じかなり困難に思えるが……。

 多対一の戦いはあの森で何度も経験しているが、あくまで魔物相手。

 知恵のまわる人間を相手にするとなると、やすやすと蹴散らすとはいかないだろう。


 もし距離を詰められたら、今回みたいにあっけなくやられる。

 オルゲルトに言われるまでもなく、自分の近接戦が絶望的ということは知っている。

 返り討ちに遭った後は奴隷にされ、売られるのだろうか。


 なんてことだ……どの選択肢を選んでも行きつく先が変わらない。

 全部が全部奴隷堕ちコースまっしぐら。

 既に人生が詰みかけている……。


 いやいや、落ち着け、流されるな。

 借金を返済しさえすれば万事解決なんだ。

 ここは地道にコツコツ安全に依頼をこなして、借金を返済した方がいい。

 とりあえず盗賊討伐の方は断っておこう。


「あの、オレにはちょっと荷が重そうなので、やっぱりその依頼は降りさせて……」

「黙れ。てめえに選択肢はねえ」

「さっき受けるかどうかの意志確認があっただろうが!?」

「文句があるなら魔王の城に突っ込ませてやる。そっちの方がいいか?」

「勇者にやらせろ!」


 オレは必死に抗議をするが、オルゲルトは聞く耳を持たない。

 話はこれで終わりだとばかりに席を立った。


「期限は特に定めねえが、あんまりのんびりすんじゃねえぞ。なお盗賊の生死は問わねえ。一人残らず叩きのめせ。伝えたいことはこれで全部だ。俺は忙しいから戻る」

「おい、ちょっと待て!? 本当に……!」

「アディオス」


 そのままオルゲルトは部屋を出ていった。

 ほとんど間をおかずにドアを開け放つが、あの巨体は煙のように消えていた。

 どういう手品を使ったかはわからないが、逃げられたのは確かだった。

 隣ではエアリスが苦笑いしている。


「まあ、仕方がないわね」


 こうしてオレたちのパーティーの記念すべき最初の依頼は盗賊討伐となった。



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