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007.女騎士とオークのいく、いかない論争


「ファッ?!」

「オーク殿、そんな間抜けな声を出すな。──ただ、わたしの屋敷に来てぐうたらしてもらってほしいのだ。ついでに“ボッコーン”で“カッキーン”なことをしてくれればいいのだ」


 うっかり間抜けな声が漏れてしまいました。

 申し訳ありません。以後、このようなお見苦しい真似はしないつもりです。


 ──しちゃったら、ごめんね♪

 

 しかし、この人はいったい何を言っているのでしょうか?

 そのようなことを貴族のご令嬢様が言うのは正気の沙汰じゃありません。


「その考えがろくなことじゃないんです! 考えてみてくださいよ。まず、オークを連れている貴族様を見て、領民はどう思いますか?」

「安心しろ。うちの領民はわたしの趣味を認めてくれている。ある領民からは『お嬢、今回もオーク肉を頼んます!』なんて言われるくらいだからな」

「それ、絶対にあんたがうっかり殺しちゃったオークのお肉目当てじゃん! もう、僕死んじゃうの確定じゃないですか!」


 あなたは僕に「死地に行け!」とのたまうのでしょうか?

 さすがにそれはないでしょ。

 僕は老衰で死にたいので、勘弁。マジ勘弁。


「失敬な! わたしも好きでオークたちを殺しているわけじゃない! そ、その体が勝手に動いてしまうのだ!」

「どういうこと?」


 本当に彼女は何を言っているんでしょうか?

 純情オークたちを潰してきたあなたがそんなこと言ってもあなたに対する僕の評価は変わりませんよ。


 連続オークスプラッタ事件の犯人であるあなたの言い訳を信じろだなんて、か弱いオークである僕ができるわけないじゃないですか。


 お前はか弱いのか?


 か弱いに決まっているじゃないですか。

 僕はか弱いです。


 ただ偶然、勝ち続けているだけなんです。

 だって、負けたら即死亡(ジ・エンド)ですから勝ち続けるしかないでしょ?


「──だ、だから、わたしは“ピピピピピピ”なことをする直前になると、体が勝手に動いて男をうっかり斬り殺してしまうんだ」

「それが?」


 僕はそっけなく彼女の言い訳に相槌を打ちました。


 あれれ? おっかしいなぁ……。

 この人、なぜか期待の眼差しを僕に向けてくるのですが……。

 僕はそっけなく答えたつもりなんですが、──なんか誤解されているような気がします。


「──オーク殿。やっぱりあなたはわたしのことを信じてくれるのだな。さすがわたしが見込んだオークだ! 近頃、メイドのみんなからも『もう、オークを連れてくるのって無理じゃないですか? そろそろ堅実に婚活はじめましょうよ』なんて言うんだぞ! わたしは恋愛結婚がしたいんだ。そして、あわよくば、オークとしたい!」


 あのぅ、すみません。

 ちょっと何言ってんのか分かりません。


 まず、あなたの言う“ピピピピピピ”なことをする直前になって男の人(多分、オークでしょうが)を粉々にしてしまう癖は直した方がいいと思いますよ。

 結婚どころか彼氏すらできませんよ。


 それに、少なくとも、あなたはメイドさんの言うことに従った方がいいと思いますよ。

 オークと結婚しようとしていること自体が間違っていますから。


 間違いなく法律では認められていないでしょうが、仮にオークと結婚できたとしましょう。

 

 そのオークとの間にできる子どもはオークですよ。

 村八分を受ける前にいやという程その光景を見たのでよく分かります。


 それに、村人でもオークの子供が出来たらヤバいのに、貴族の娘がそんなことしでかしたらお家騒動勃発ですよ。


 まず、あなたは自裁確定で、その家はお取り潰しなるんじゃないですか?

 ほら、教会とかが出てきて、『この家の者は魔物に魅入られた! 即刻、取り潰すべし』なんて言うんでしょう?


 ──べ、別に彼女が鬱陶しいわけではなく、彼女のことを心配してそう思っているんですよ。


 さて、どう断りましょうかね?


 なんかさっきの教会のくだり、妙にリアルだな?

 ひょっとして、また、あの大隊長様(笑)?

 さっさとあの人、出してくださいよ? 今までのアレ、全部ブラフでしょ?


 チッチッチ。

 残念ながら、今回は別の知り合いですよ。


 ちなみに、とある大隊長(笑)は自称“孤高の男(ローン・ウルフ)”でしたから、きっと女性経験などないでしょう。

 僕をストーカーするまでは見てくれは良かったのに、女性の“じ”の字もなさそうな印象でした。


『お、オーク! 貴様を魔王軍に入れてやろうではないか! は、入るというのなら、さ、さ、サキュバスと“べ、べ、べ、べベン”なことができるぞ!』


 雑音が混じって聞き取れないでしょうが、彼はとても緊張しながらそう言っていましたね。

 

 ──あの頃の彼はまだ純粋でよかったなぁ。


 ──忘れてました。

 彼はもう存在しないから出て来ないはずでした。

 万が一、化けて出てきたらいろいろと吐いてもらうつもりですし。


 まぁ、そのことはどうでもいいでしょう。


 ちなみに、その別の知り合いとはあえて(・・・)言うなら、ダンディな大人の飲み友達ですよ。ついでに誤解がないように毒キノコを欲しがる友人ではないことを附記しておきます。


 お前はダンディではない?


 そうですか。そこの君、ちょっと向こうでお話をしましょうか?

 なーに、少しぼくと会話するだけで、ダンディな大人だってわかってくれますよ。


 女性経験0のお前がそんなこと言うな?

 

 す、すみません。ちょ、ちょっと何言っているのか分からないな~。


 一応、僕の友人について軽く紹介しておきましょう。

 例のあの人のことだと勘違いされると後々厄介ですしね。


 彼は人間の女性をこよなく愛するドワーフのクインブル氏です。

 彼から聞いたのですが、人間に近いはずのドワーフですら、貴族の娘にナンパするとその理由で袖にされるらしいですよ。


 彼は実は王都で引っ張りだこのカリスマ家具職人らしく、その仕事でよく貴族の方とお知り合いになるそうですよ。

 彼とは月に一回の魔石の取引で会うだけです。


 ところで、うさぎちゃんと付きまとってくる気持ち悪いオークしか倒していないからぼくがドワーフとまともな取引ができないと思ったそこのあなた。


 甘いですね。

 甘すぎます。ミルクチョコレートに砂糖をたくさん振りかけたくらい甘いです。


 僕は親愛なる“H”さんたちから殺人未遂の賠償として、たくさんの魔石を譲り受けているのです。


 脅し?

 

 そんなのはありませんよ。むしろ彼らの方が悪いのですから。

 このことについては以前述べたはずなので省略させていただきますね。


 ──あれ? それにしても、僕がクインブル氏と会うときに限って彼女と会わないんだよな。


 今度会ったときに、彼に彼女除けとして一緒に暮らしてほしいと頼みましょうか?


 彼は『俺は女の人間と一緒に暮らしたいんだ!』って言って断りそうですね。

 ──べ、別に彼と一緒に暮らしたくないからそう言っているわけじゃありませんよ。


 ちょっと、さすがの僕も髭面のおっちゃんと暮らしたくないだけのことです。


 いやぁ、彼も高望みせずにドワーフの方と家庭を持てばいいと思うのですが、彼はそれでも人間の嫁が欲しいって言うんですよ。


 お前もオークと結婚すれば、女性経験が蓄積されるのでは?


 フフッ。分かっていませんね。


 僕はあくまで、生涯独身を貫く修行僧なのですよ。

 あんな豚と生涯を共にしたくはありませんよ。


 お前も豚じゃないか?


 すみません。少しは人間でありたいんです。

 だから、それくらい許してちょーだい?


 ──待てよ。


 よく考えたら、クインブル氏とこの変態をくっつけたら、万事解決じゃないですか。


 実は「お前、俺に適当な女(貴族の令嬢)を連れて来いよ。そしたら、俺がすんげーものをあげるからさ」と彼から結婚相手を探すよう言われているのですよ。


 だから、彼女を彼に渡すことによってぼくは彼からすんげーものをもらって、ストーカーからもおさらばできるんだ!


 ルビがめちゃくちゃ?


 以前、彼に僕に恐ろしい呪文を唱える村娘さんを紹介したところ、「俺は貴族のお嬢様方しか認めねぇ!」って叫んで発狂しましたからね。

 だから、みなさんに誤解なく伝えたくてこうしただけです。

 それなら、適当な女って言わないでほしいですが、──ビーカーム。ビーカーム。


 ──はっ、彼女、オークが恋愛対象でした。これは盲点。


 まぁ、オークもドワーフも人間も一緒です。みんな言葉が通じます。

 そう言いくるめて紹介してあげましょう。


 人種差別反対!


 ──はっ、そもそもぼくはオークです。


 哺乳類までは一緒なはずなのですが、──どうなんでしょう?

 誰か意見をください。


「──おい、オーク殿!」


 ──はっ! ついついぼくの友人のことについて話し過ぎました。

 それに気づいたら、彼女はぼくに抱き着いているじゃないですか。


 しかも、鎧が外れていますよ。

 いや、外しているのか。


 その辺に放り投げているようです。色んな意味で無防備ですね。


 それに、うまいことにぼくの腕にお胸様を押し付けてきますね。

 誰の入れ知恵でしょうか?


 普通なら、喜ぶべきなのでしょうが、この変態女騎士に関しましてはどうも喜べません。

 なんか裏があって怖そうです。


 そろそろお暇しましょうか。

 このままお屋敷に連行されたら、どんな目に合うのか分かりません。


「はい、なんでございましょうか?」

「他人行儀にも程があるぞ。そうだ! オーク殿。わたしのことはこれから『レイラ』と呼びたまえ。『レイラ』だ」

「いきなり、名前を呼べとおっしゃいますが、僕はあなたのお屋敷には行かないと言おうとしているのですよ」

「な、なんだと……。名前も呼ばれず、誘いも断られる。わ、わたしには女としての魅力が無いのだろうか。母上、どうしたら意中の人を口説けるようになるのですか?」


 いや、そう言いながら、僕をきつく締めつけているのはなぜでございましょうか?

 それにあなたのお胸様がぼくの肌にすごい密着しているのですが……。


 いい加減、離れてくれませんか?


 僕のライフがヤバいです!


 今思えば、あのときお胸様が当たっていなくてよかったです!


「もういい。このまま引きずってでも、オーク殿を屋敷に連れていくことにしよう。そしたら、わたしのオーク殿の“バババババッ”な生活がいよいよ現実のものになる。あぁ、考えただけで涎が出てくる」


 もう。だから、僕は変態女騎士が嫌いなんですよ。


 どこかに彼女のような女性を求める需要があるそうですが、それを供給してほしいとも思っていないぼくにその供給が回るのはどうしてでしょうか?


 ひょっとして、彼女はもはや受容されないくらい手遅れな人なのですか?


 言っておきますが、誤字ではありません。

 オークのダンディなお洒落です。

 寒いと言ったあなたは僕のダンディさが漂うこのジョークを理解されていませんね。


 いやいや、そう思っているうちにいつの間にかこんなにも引きずられています。

 これはまずいです。

 まだまだお日様も元気にお空に漂っていますし、こんなに至近距離だと僕の頼みの綱の“睡眠香”が僕にまで影響を及ぼします。


 今回はちゃんと言えたね?


 いやいや、そもそもあれを催眠スプレーと勘違いするほうがおかしいです。

 これはあくまでお香なのですよ。お香。


 さて、こうなったら禁じ手に手を出しましょうか。


 なーに、彼女にいよいよ“ドン”するわけじゃありませんよ。

 紳士なオークである僕がそんなことをするわけがないでしょ?


 禁じ手というのはこれですよ。これ。


「何、黙っているのか知らないが、無言は肯定とみなすぞ。──あぁ、陰ではわたしのことを思っていたのですね。これが“聖なる恋心のシグナル”と謳われるツンデレというのだろうか? ツ、ン、デ、レ。ふふふっ」


 ツンデレが“聖なる恋心のシグナル”?

 誰がそんなことを言った!

 そんなことを言ったやつを目の前に呼んで来い!


 何? ツンデレをバカにしたからお前を懲らしめやる?


 ツンデレはぼくの彼女に対する思い“拒絶”とは真反対ですよ。


 いい加減、はき違えないでくれますかね?


 それにそこ、赤く頬を火照らさないで女騎士様。

 僕が困っちゃうでしょ!


 ──もういい。こうなったら、禁じ手発動しまーーーーす!


「お前の母ちゃん、で、べ、そ!」


 一瞬、この森を静寂が包み込みます。


 僕の台詞が森の中をこだましていくのがよく聞こえます。


 ──アハハ。久しぶりに“やっほー”がしたくなりました。

 今日は楽しいくらい山びこが聞けそうですね。


「──何? それはさすがにひどいぞ。わたしの母は素晴らしい人だぞ。決してそんなものなどない。女であるわたしが羨ましいと思えるプロポーションを維持しているぞ」


 ふむ。ちゃんとぼくの腕から手を離したな。

 これなら何があっても逃げ切れますね。


「だから、あなたのことじゃないですよ。ほら、来ましたよ。あなたの相手はこの人です」


 僕は高らかに空を指さしました。


「だから、もう。なに勝手にほかの人を呼んでいると言うのだ。これは悪口だぞ! 悪口。わたしの母を侮辱したのだから、我が愛するオーク殿でも許さ……。──な、なんだ! あれは」


「GYAOOOOOOO!」


 この声を聞くと大体察しのつく方もおられると思います。


 森が暗くなるくらいの大きな影、やかましくはためく翼の音、ワニのようにざらざらした黒い鱗、大きなぎょろっとした目が特徴的。


 もう一つあえて言うなら、牙も鋭いですね。


 さぁ、分かりましたよね。

 ドラゴンです。ド、ラ、ゴ、ン。


 答えが見えちゃったからクイズになっていないですって?


 そんなの僕には関係ありませんよ。僕はクイズを出したいのではありません。

 僕はあくまで困っていることをあなたたちに共有してほしいだけなのですよ。


「これはぼくの秘密兵器ですよ。──さて、僕はとんずらかります。後は頼みましたよ」

「ちょっと待ってくれ。オーク殿。いくらなんでも装備もしていないわたしがドラゴンを倒せるわけがないだろ!」

「だから、僕は逃げますよ。彼には命を狙われるくらいに恨まれていますから。──ほら、こんなことを言っただけでぼくの居場所を察知して飛んでくるんですから」

「な、なんだって! ──いや、さすがに母親をバカにされたら怒るだろう。オーク殿、謝った方がいいと思うぞ! ドラゴンを怒らせるのはさすがにまずいと思うぞ!」

「──フフフッ、何のことでしょうか」

「お、おい! ちょっと待ってくれ! 本当にこれはまずいんだ!」


 僕は彼女の叫びを無視して、脱兎のごとくその場を離れました。

 いや、脱豚でしょうか?そんなことはどうでもいいです。

 

 とにかく僕は逃げました。逃げ続けました。


 十分彼らから離れた僕は木陰に座り込んで溜息をつきました。

 ──ふー。彼がオークと人間の見分けがつかないほどのばかな頭をしているので助かりましたよ。


 本当に怖かった!


 さて、論争はこれにて終了。


 果たして、女騎士さんは鎧も外してしまった無防備の状態で、ドラゴンに勝てるのか?


 なんだかんだ言って彼女の方が勝ってしまいそうな気がしますが、──今日の話はこの辺で終了です。


 中途半端?


 僕が今日もあのストーカーから逃げきれたので、今日はこれでおしまいですよ。コノヤロー!


次回、008.オークと魔王軍第7大隊大隊長(笑)

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