006.オークの食事事情
「オーク殿、今日は弁当を持ってきたのだ。一緒に食べようではないか」
この人は出会い頭に早々何を言っているのでしょうか?
あ、どうも。オークです。
いつも通りこの変態女騎士さんのストーキングは続いています。
そして、今日はお弁当持参のようです。
どう考えても怪しくて仕方がありません。
いや、絶対怪しいでしょ。
ほら、あの中にはきっと痺れ毒がたっぷり入っているんですよ。
そして、動けなくて麻痺毒に悶え苦しむ僕に無理矢理“ガタンゴトン”しでかそうとしているんじゃないでしょうか?
──あぁ、神さま。どうして僕ばかりこんな受難を与えるのでございましょうか。
「おい、少しは返事をしたらどうだ? これでもわたしのメイドたちが手塩にかけて作った力作なのだぞ。食ってもらわねば困る」
「えぇぇっ! あなたってメイドを雇えるほどのお偉いさんだったのですか?!」
「おい、それはどういうことだ? この文様を見たら一目瞭然だろ。この鷲獅子の文様は貴族の中でもアンドルセン家にしか許されていない文様だぞ?」
あっ、声が出ていました。不覚です。
それにアンドルセン家?
異世界の有力貴族かなんかなのでしょうか?
それとあなた、なんかマット広げて、弁当を食べる用意してますけど、ここは危険な森ですよ?
ピクニックと間違っていません?
あっ、今、魔法瓶のようなものからコップに注いだ紅茶を飲んで一息ついている。
いやぁ、この世界にもあるのですね。魔法瓶。
あれ? なんか少し怖くなってきました。
ひょっとして、──いやないですよね。
ここに送られる人がいたとしても、身をわきまえていますよねぇー。ねぇー!
彼女はぼくが不思議そうにしている顔を見てか少しため息をつきました。
そして、あることを思い出したかのような顔をしました。
「そうだ。口上を述べるのを忘れていた。それなら、分からなくとも無理はない。──いや、アンドルセン家はオークにも知れ渡っているはずなのだが……。──なら、どうして知らないのだろうか? ──まぁ、いいだろう」
彼女は少し息を整えてから大きな声で言いました。
「やあやあ、我こそは王国の守り神としてこの世に知れ渡り、数多くの英雄を輩出したアンドルセン家が長女であり、王直属の聖騎士でもあるレイラ・アントワーヌ・アンドルセンだ」
あれ、これって西洋風の異世界じゃありませんでしたか?
なんで、平安末期に特に聞かれるような口上なのでしょうか?
別に僕はそんな口上を知らなくとも、「隙あり!」ってするような卑怯な人じゃないので、終わったのを見計らって、とりあえず石を投げつけました。
ひどい?
そんなことはありません。
これはあくまで日頃の恨みです。
「痛い! い、いきなり何をするのだ。わざわざ兜を外し、聖剣も持ってきていないぞ。無害なのにどうして投げてくるのだ」
見れば確かにわかるのですが、そんなの関係ないですよ。
狩人(いきった少年少女)の皆さんはかわいそうなオークたちを草むらに見せかけた精巧な落とし穴にはめて一斉に串刺しをするほど狡猾ですよ。
あなたもきっとそんなことをしてくるんじゃないかと思ったわけです。
まぁ、それでも僕には関係ないのですが。
いやぁ、「落ちろ、落ちろ、絶対に落ちろ」っていう視線を感じたらどうしても怪しんでしまうじゃないですか。
本当に力を入れるところが下手ですね。
だから、僕は“GOKS”の中に“H”と“C”を入れろと言っているのですよ。
今、あの大隊長(笑)の話をした?
そんなわけないじゃないですか。
彼は存在しません(嘘)。この世にはもう彼はいないのです(大嘘)。
「だから、黙っていないで反応してくれ! さもなくば、今から“ピー”するぞ! 絶対に“ピー”するぞ!」
「待って、待って! そんなことしたら、変態オークさんが来るじゃないですか! それだけは嫌なんですよ! ──っていうかなんでぼくが変態オークが嫌いなことを知っているのですか?」
「いや、わたしはてっきりオーク殿がこの手のことに関して恥ずかしがるからそうしようかと思ったのだが、──ほう。その手があったのか」
なんと僕は変態な彼女に恐ろしいことを教えてしまったようだ!
まずい。彼女の毒牙(?)に引っかかる犠牲者がさらに増えてしまうのか!
僕がどうしようか迷っていると、彼女は弁当を食べる用意をはじめました。
「まぁ、人肉が好みであるオーク殿には人間の食事とはまずいとは思うのは重々分かっている。フルコースを用意できなかったのも申し訳ないが、美味しいから食べてくれないか?」
「──僕は人肉なんて食べたことありませんし、こんな森の中でフルコース出されたら、正直引きますよ! 本当に。いや、マジで」
やはり、オークに対するあなたたち人間の持つ偏見はひどいものですね。
ぼくはそんなことをしていないのに、どうしてみんなそう思うんだ!
──すみません。同胞たちが好き勝手やっていたのが悪いです。
その節は申し訳ありません。
後でこっぴどく叱っておきますので、それでチャラにしてください(棒)。
「そっか。──ホッとした。──ならば、とりあえず、食べてはくれないか? サンドウィッチというパンという板状のの食べ物で具材を挟んだものだが、──ほら、“カリー”というとても美味な具も入っているのだ」
「……食べます!」
「──そうか……。食べてくれないのか。──って、食べる? な、なんと! ──ふむ、やはり、“カリー”とはみんなを笑顔にする食べ物だと勇者様たちが口をそろえておっしゃっていたと聞くが、オークにも伝わるようだな」
薄々勘づいてはいましたが、これではっきりしました。
どうやらこの世界には勇者がいて、彼らの多くは軒並僕の前世のような世界から送り込まれているようですね。
だから、黒髪の少々調子乗った少年、少女が『わたしは勇者だから決してオークになんか負けない!』って言っていたのですね。
いやぁ、てっきりちょっと妄想癖がひどい、かわいそうな狩人見習いの方々だと思っていたのですが、僕と同じく前世のような世界で生まれ育ってきたのかぁ……。
だから、なんか異世界にしては妙に前世でよく見た道具があるなって思ったわけです。
お前たちがこの異世界に対していろいろやったのか!!
──いえいえ、感謝していますよ。
ほら、あの催み、ゴホン。──睡眠香は特に感謝しています。
むしろ睡眠香を発明した方に感謝を直接伝えたいくらいです。
迷惑?
それでもぼくは必ず、お礼はするぞ!
「なら、突っ立っていなくてさっさとこっちに来るといい。美味しい紅茶に美味しいサンドウィッチを食べて今日はゆっくりと過ごそうではないか」
僕は彼女が敷いてあるマットの上に座って、藁でできたお弁当箱からサンドウィッチを一つ手に取りました。
そういえば、サンドウィッチもこの世界に生まれてきてからは初めてですね。
“カレー”に誘われてしまいましたが、まぁいいでしょう。
「──美味しい」
「そうだろ?」
「こんなものをこれまで食べていなかったのかと思うと、驚きしかありませんよ」
そう、今思えば、僕も人のいる村に一緒になって攻めればよかったと思いました。
そして、料理のできるかわいい子を捕まえて少しずつ警戒心を解いていって、最後にムフフな展開に持ち込むべきでした。
いやいや、僕は彼らに比べたらあまり極悪非道な者ではございません。
僕はあくまで料理が目当てなのですよ。
──すみません。嘘をつきました。
しかし、よくよく考えてみると無理でした。
僕には人を連れ去るような真似はできませんでした。
それに、そんなことをすると、ますますあの狩人さんたちがぼくを狙いに来るじゃないですか。
本当にあの人たちは自分たちの思っている通りのことしか考えてられませんね。
頑固というべきでしょうか?
それとも、見たくないものは見たくないのでしょうか?
──まぁ、そんなことはどうでもいいです。
彼女が早く話しかけたくてもじもじしているので。
顔を向けると、すごい笑顔を見せてきますね。
中身があれじゃなきゃ、間違いなく“ヒュー、ドカン”していたところですよ。
「ところで、オーク殿はいったいどんなものを食べているのだ? 人を食べていないというなら、それなりに別のもので補わなくてはいけないのでは?」
「いえいえ、僕は小食でそれほど食べなくてもいいのです。──まぁ、食べているものとしたらほとんど木の実ですね。たまにうさぎ、ドングリで作ったクッキー、──そうそう雑草を食べています。意外といけるんですよ、雑草」
一瞬、場を静寂が包み込みました。
まだ木枯らしが吹いていないはずなのに、妙に寒気を感じます。
「──い、いったい何を言っているのだ?」
「意外といけるんですよ? 雑草」
僕は彼女がわなわな震えているのに首をかしげます。
──あれ? なんか言っちゃいけないことを言っちゃったのかな?
「いやいや、どんなものでも食べるオークでも雑草を食べているオークなんて聞いたことないぞ」
あれれ? まったく理解されていない?
いやいや、そもそもあなた、さっき『どんなものでも食べるオーク』って言っていたじゃないですか。
なら、雑草を食べるオークがいても問題がありません、
食べるオークがいてもいいのです。
これは正しいことなのです。
そもそも人を食べるなんて僕にはできませんからね。
「そんなオークもいるんだって思ってもらえれば幸いです」
「そうか。そうしておくことにしよう。しかし、雑草を食べているだなんて。それは大層、貧しい生活をしているようだな」
──それはあなたのせいです。
そう言いたいけど、言えない。
そうなると、この“頭の中ぶっ壊れ~♪”女騎士さんが何をしでかすか分かりません。
例えば、そうあの紅茶の入った魔法瓶の中には痺れ毒とか、ちょっと別の意味で興奮させる薬とかが入っていて、それを飲ませようとしているのか知れませんね。
別の意味?
言ってしまうと、“ズゴゴゴゴゴゴ”です。
雑音が混じって聞こえない?
それはご想像にお任せします。
ところで、あの紅茶の中にもし痺れ毒が入っているのなら、ひょっとすると彼女は──いや、こんなことはないでしょう。
いくらなんでもそんなことをしたら、騎士、いや、貴族としての素質が問われることになりますよ!
それなら、彼女が毒に犯されているのでは?
そんなのトリックがあるに違いがありません。
ほら、とある小さな探偵さんの話にもそういうことあったでしょ?
トリックがない? それはしょうがない。
この人は多分、幼いころからその手の訓練を受けていたのでしょう。
あれれ?それなら、あの催み、ゲフンゲフン。
──失礼。
ひょっとすると、睡眠香は彼女に効かないのでは?
そう思ってくるとだんだん怖くなってしまいますね。
これまでの作戦はすべて無意味だったのでしょうか?
「なぁ、オーク殿。提案があるのだが」
あれ、急にもじもじして、なんかかわいいんですけど。
「い、いったいな、なんでしょうか?」
「わ、わたしと一緒にわたしの屋敷に来てくれないだろうか」
「ファッ?!」
こいつ、やっぱりろくなこと考えていなかった!
次回、007.女騎士とオークのいく、いかない論争