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046.執念深い男

 

 そういえば、ベルヌ腐海産の極上マグロをいただいたのですが、ベルヌ腐海とは何なのでしょう? 


 あの醜い小さな男を目撃してしまった後、あの人たちからいろいろ聞いたのですが、文字通り腐った海とっても汚れているらしいのです。


 それなのに、なぜかそこで育つ魚たちは程よく腐るため、極上のトロトロの少し酸味の効いた素晴らしい身に仕上がるようです。不思議ですね。


 不思議なことに腹も下さないのですよ。  


 ほんと、不思議ですね。これも異世界だからなのでしょうか?


 ところで、夜中に僕はキーラさんに拉致されて門の前にやってきました。


 人が眠たいっていうのに、このドS女王様ったら、人のことなんてまったく考えずに叩き起こすんですよ。


 そして、「お嬢を呼ばれたくなかったら、こっちに来い」なんて言うんですよ。酷いじゃないですか!


 さて、そんな脅しに屈した哀れなオークである僕は門の前にいる謎の生命体を目撃しました。


 目は血走り、涎を醜く垂れ流し、必死に自分の体を屋敷の中に押し込めようと体をよじっている髭を生やした小さな男の姿がそこにはありました。 


 なぜか首が明らかに長く伸びてしまっていますが、そこには触れないでおきます。


 これ以上彼に起きてしまった体の異常にとやかく言っていたら、夜も眠れなくなりそうです。


「いったいこれは何ですか?」


 キーラさんは溜息をつきました。ちょっと、ひどい!


「決まっているだろ? あのドワーフだよ。未だに、こうして門の柵にへばりついているんだよ」

「いや、あれはアンデッドの類ですよ!」

「アンデッドなら、もっと不規則に気持ち悪く動くもんじゃねぇのか?」

「いや、十分不規則な気がするんですけど」


 ほら、柵に向かって何度もあきらめずに突進しているじゃないですか。


 まったく、気持ち悪いですよ。


 いったい何が彼に突き進めと言っているのでしょうか? ここまでくると恐怖しか感じません。 


 ——え? いきなり何ですか? キーラさん、さっきから僕を盾にゆっくりとあの男に接近していますが、これはどういうことですか? 


 僕は死にたくありませんよ。


 だって、あの男、僕の現実を知らずにひたすらやっかみ入れるだけの気持ち悪い男ですからね。


 ひょっとすると、いきなり首を伸ばして僕に噛みつくかもしれません。


 ほら、現にかなり首が伸びてしまています。


 あれは彼に元々備わっていた特殊能力かなんかでしょうか?


「おい。お前、あいつと友達だったんだろ? 少し話せよ?」

「なんですか! 人をいきなり叩き起こして、あんな気持ち悪い生き物と話せというのですか?! そもそも、彼に僕の言葉が通じると思わないんですけど!」

「オ————————ク———————!」

「さっきから、お前のことを呼んでいるぞ?」

「気のせいです。あの黒フグの森にはオークがたくさんいます。だから、僕以外のオークと勘違いしているのでしょう」

「お前だよ———————! お前のことだよ! オ————————ク———————!」

「——あんな血走った目で睨みつけられるほど僕は手ひどいことをした覚えはありません」

「あんなことやこんなことしていたのに、お前は手ひどいことをしていないって言うのか?」

「へー! 僕が何をしたのか知っているのですか?」

「小さな女の子を踏みつけたり、か弱い変態を遠くに吹き飛ばしたり、骨を土に埋め「何言っているんですか! ほとんど嘘じゃないですか!」——嘘を言っているつもりはないんだが?」

「小さな女の子は知りませんね。あの“あちし系悪魔”さんならよーく知っていますがね。それに、変態とはいったい誰のことでしょうか? 僕の知っている変態は吹き飛ばせるほど柔な人じゃありませんよ。そもそも、人なのか疑わしいくらいですよ。あと、骨は誤解ですよ! 哀れに黒フグの森で死んでいった冒険者の墓を作っただけじゃないですか! ちょっとは弔わせてくださいよ!」

「まぁ、あの変態兄貴を吹き飛ばせるんだから、ちょっとは働けよ。そしたら、ビアンカのやつにいろいろ言っといてやるか「お願いします!」——そんなにああいうのがタイプなのか?」

「タイプ? 僕は眼鏡をかけた女性がタイプというわけではないんですよ。僕は比較的、年齢が近くて常識のある方が好きなんですよ!」

「そうかい。なら、ちゃっちゃと働け!」

「イエス! マム!」


 こうなったら仕方ありませんね。


 ビアンカ(眼鏡をかけた委員長系メイドさんのこと)様に近づくために、不肖オーク、あのドワーフに打ち勝ってやりましょうぞ!


「キシャ—————!」

「ちょっと怖い~! なんですか! いきなり、威嚇されたんですが、あれってドワーフなんですか? 絶対、アンデッドでしょ! 絶対に!」


 咄嗟にキーラさんの背中の後ろに隠れると、キーラさんは額に青筋を浮かばせました。


「おいおい。ちゃんとあいつを王都に帰すのがお前の仕事だろ? あんまり働かないようだったら、ビアンカに取り次がねぇぞ?」

「なんか仕事が増えちゃってません? 僕、そこまで言われた気がしないんですけど!」

「勘違いしてんじゃねぇの? あいつと話すことなんて造作もねぇことだ。だが、あいつはお前と話したいらしいんだよ。なぁ、ちゃんとあいつには言っといてやるから「いぇす! マム!」——まぁ、頑張れよ」


 またやる気が出ました。


 これは絶対に成し遂げねばなりません。あいつをなんとしてでも王都に帰しましょう。


 ——え? 王都に謎の生命体を解き放つのか、ですって? 


 そんなの僕の知ったことじゃありませんよ。


 そもそも、彼の生息地は王都ですよ。


 野生動物は元居た場所に帰してあげるのが、正しいことでしょ?


「はいはい。オークですが、何の用でしょうか?」

「オ———ク—————!!! てめぇ、なに、ここでいい思いしてやがるんだよ? 俺のことなんて気にせず、メイドさんに至れり尽くせりの暮らしをしていたのかよ?」

「そこのメイドさんに拷問されていたのですが、それでも至れり尽くせりっていうのでしょうか?」

「なんと! それはご褒美じゃねぇか!」


 ——ちょっと待て。


「何すんだよ! まだ、あいつ帰ってねぇじゃねぇかよ! ひょっとして、オレ様に“パラパラ”しようっていうのか? それなら、お嬢を今すぐ呼んでやるぜ!」

「あの人はあなたに調教されたいらしいのです。ということで、調教してあげてください」

「オレ様にも好き嫌いはあるんだよ。オレ様は人間には調教しないことにしているんだ。あいつら、オレ様の調教をご褒美だと勘違いしやがるからな! 特にあんなチビのおっさんを調教して何になるんだよ?」

「僕は人間ですよ!」

「人間なら、「ぴぎゃーっ」って言わねぇよ」

「それはすみません。それだけは、それだけは絶対に言わないでくださーい!」

「じゃあ、あいつの要求を訊けよ。言っとくが、オレ様の調教はなしだぞ」

「なんか悲しそうな顔していますが」

「無しと言ったら、無しだ!」


 これは困りました。


 僕はいったい何を餌にして彼を王都に仕向ければいいのでしょうか?


「——ねぇねぇ。どうしたら、あなたは帰ってくれるんですか?」

「じゃあ、ドワーフが大好きな超絶美少女令嬢を紹介してくれ!」


 ——これは困った!


「なんだよ! また、オレ様を引きずりやがって! あいつと話していたんじゃねぇのかよ!」

「いや、ドワーフ好きの美少女令嬢さんなんて無理難題を言われたのですが、どうすればいいのでしょうか?」

「空手形でも「紹介してやる」って言った方がいいんじゃねぇのか?」

「そんなの無理ですよ!」

「こうなったら、あの人を呼ぶしかないか」

「あの人?」


 あなたがあの人って言うと、あの女騎士様しか浮かばないんですけど!


 それはちょっと、不安なんですけど!


 ******


「本当にあの人ならいいんですよね」

「あぁ、ちゃんと気付け薬を飲ませておいたから大丈夫だ。多分、うまくやってくれる」


 僕は不思議な飾りのついた杖を持って、首が異様に長いアンデッドに近づきました。


「オ———ク—————! ——って、誰だよ。その杖にへばりついたばあさんは?」

「この人は王国一の占い師ですよ。——ねぇ、この人の運命の人がどこにいるか教えてくださいよ」


 杖の飾りこと、占い師のおばあさまは目をカッと見開いてこう答えました。


「東の方にいるぅぅぅ!」


 ドワーフはカッと目を見開きました。


「そうか! 東に行けばいいんだな。じゃあ、行ってくるぅぅぅぅ!」


 そう言って、彼は気持ち悪い走り方をして去っていきました。


「どうして僕がこんなことしなくちゃいけないんでしょうか?」

「お前があいつと友達になっちまったからだろ?」


 心外な!


次回、047.友達がいないはずのオークに二人目の客人が来ました!

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