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036.お嬢様の客人はオークです

 

 どうもオークです。


 ただいま、僕は応接間にいます。


 応接間といえば、校長室とか社長室とかそういうイメージしかありませんね。ところで、ここの応接間はなんというかその──すごいな、としか言えません。


 ほら、20年以上野生で暮らしていた人にいきなり貴族のお屋敷を説明しろ、と言われても困りますよ。


 それに前世でもこの手のアンティークな食器とか花瓶なんて見たことありませんからね。


 ──まぁ、ここにいる不思議な顔ぶれがこの部屋の優雅さを打ち消しているような気がするんですけどね。


 ──べ、別に彼らのことを否定しているわけではありませんよ。ほら、個性はたくさん集まった方がいいじゃないですか。


 先ほどまでダンディな筋肉と化していたおじいちゃんに、コック帽を被った少女、杖に乗っかって寝ている小さなおばあさん、少しふくよかなマダム。──ここはいったい何ですか? 個性の博物館なんでしょうか?


 ここにいるメイドさんもそうです。


 キーラさんに、片言メイドさん、眼鏡をかけた委員長系メイドさん、エスパーみたいな心を読む系メイド、それに、自称28歳、他称70代後半のメイドさんもいます。


 ──もう一度言いますが、ここって個性の博物館かなんですか?


「ねぇ、さっき何考えていたの?」

「ピギ!」


 僕はおば、ゲフン。──少し円熟味のある美しいメイドのお姉さまにハイライトのない目で見つめられてついびっくりして叫んでしまいました。


 ところで、すっかりこの鳴き声がこべり着いてしまいました。──やはり、これが調教の成「それが調教の成果なら意味ないじゃん」


 ねぇ、前から思っていたんだけどその心を読むのをやめてくれないかな? ほら、おじさんがドングリをあげるからさ。ちょっとだけでいいから黙っててくれないかな?


「なんだと? オレ様はこの一か月心血注いで、こいつを調教したんだぜ? それを一度もオレ様に協力しないだけでなく、邪魔するようなやつらにそんなこと言われちゃ腹立つんだけど」

「まぁ、まだ私の歳を勘違いしているようなところを見ると調教は失敗したんじゃないかな? って思っちゃうわよね」


 じゃあ、あなたのことを28歳といえば正解なんですか?


 どう考えてもそうは……。──すみません。そんな目で見るのはやめてください。僕が死んじゃいます。


「──じゃあ、あんたならどうやって調教するって言うんだ?」


 赤髪さんは自称28歳のメイド長さんを睨みつけています。


 すると、今まで黙っていたマダムが口を開きました。


「──調教、調教うるさいザマス。あたくしとしましては勝手にメイドたちが行動して、勝手に役に立たないオークを連れてきて、一月ひとつきもの間、勝手に聖水を使ったのですからかんかんですわ」

「それはお嬢の趣味を否定するということかのう?」


 おじいさんがどこからともなく斧を出してきました。


 ねぇ、ここって武器持ってきちゃいけないでしょ! なんで持っているの!


「いえ、そのつもりはありませんわ。あたくしはただ、メイドさんたちが勝手にお金を使うのを控えていただきたいザマス」

「それはここではディスカスしないはずでは?」

「そうでござろう。拙者はあくまでオークを食料にする話かと思ってきたのだが、なんだ。お嬢様はいったい何の話をなさるのか?」


 いや、そんなロリ体型してそんなサムライみたいな口調で話すのはやめてくれませんかね?


 てっきり誰かいるのかと思って辺りを見回しちゃったじゃないですか。


 ──そんなことよりも食料?


 このロリはいったい何を言っているんだ?


 コック帽付けていますが、あれですか? このロリはシェフなのですか?


 ──ひょっとして、僕を豚カツにでもするのですか?!


 やめてください。僕は不味いですから殺さないでくださーい。


「そりゃ、こいつを婚約者にするとかそんな話じゃないのか? お嬢はそんな性格だからな」

「──そろそろお嬢様が御成りになります。皆様お静かに」


 眼鏡をかけたメイドさんが発したその一言の後、勢いよくこの部屋の扉が開きました。


「皆の者! 元気か!」


 ドレス姿のレイラさんがにこやかな笑みでそう言いました。この姿を見ると、貴族の令嬢様に見えるのですが、──やっぱり中身がダメです。論外です。


 僕がそう思っていると、ピクリとも動かないおばあさんを除く待っていた全員が溜息つきます。


 あなたたちは何ですか?


 この人を主人とは思っていないのですか?


 そこのメイドたちもなに溜息ついちゃっているんですか!


 ──僕?


 別に溜息ついてもいいでしょ?


 だって、僕は拉致されてここに来たんですから。少しぐらい文句を言わせてくださいよ。


「元気も何もいつも通りですわ。そんなことよりもこいつの処遇はどうなされるおつもりですかね? いい加減、働かないものを雇うのはダメですわよ。ただでさえ、ここにはたくさんのメイドを抱えているのですから」と、マダムがしかめっ面で言いました。


 すると、レイラさんがマダムに今まで見たことのない凛々しい笑みを浮かべて話しかけたのです。


「ウィルベルム夫人。それは分かっている。しかし、今はこの人について紹介せねばならぬ」

「これはこれはレイラ殿も変わったことをおっしゃる。こやつはオークでござる。ただの食料ではないか!」


 いい加減やめてくれませんかね? 僕は見た目はオークであって、食料ではありません!


「確かにこの人はオークだ。しかし、彼はわたしの客人にして婚約者でもある」


 この部屋にいる女騎士さんと、相変わらずピクリとも動かないおばあさんを除くすべての人がまた、溜息を漏らしました。


「なぜみんなして溜息をついているのだ! それに、オーク殿も溜息つかない!」

「僕は好き好んでここに来たわけじゃないんです。僕はそこの人たちに拉致されてきたんですよ」


 僕の言葉におじいさんが反応しました。


「いったい何をほざく? お嬢が望むものは絶対にここに来なければならぬのだ」

「いったい何を言ってんだ! あんたは!」

「あぁ? またオレ様の鞭打ちされたいか?」


 キーラさんは僕が喚く声を癪に思ったのか、どこからともなく鞭を出してきました。


「今度は全力で逃げますよ。それに、いろいろ策はあるんで」


 フフフ。逃げるだけなら、あなた一人なら楽ですからね。


 それにこの人はどうやら女騎士さんに頼ればなんとかなりそうですからね。


 他力本願? 虎の威を借る狐? そんなの生き残るほうが勝ちなんですよ!


 すると、急にこれまで黙っていたおばあさんが声を出しました。


「わしとしてはレイラ嬢の意見に賛成じゃぁぁぁ! このオークはお嬢の婚約者となるぅぅぅ!」


 いきなり目をカッと開けたと思ったら何ですか?


 そんな妄言言ってないで、まずは杖から降りた方がいいんじゃないですか?


 あっ、また寝ました。


 これは何ですか? 置物なんですか? それともオウムみたいな感じなのでしょうか?


 ほら、お嬢様の言ったとおりにちゃんと発言するオウムっているじゃないですか。


 彼女は人に見えますが、これまでの言動を考えてみると、そんな風にしか見えません。


「──また、おばばが変なこと言っている。これで何回目だよ」

「そうですわ。いい加減、この役に立たないエセ占い師は解雇しなければなりませんわ。それとオークを匿うなんて反対ですわ。金銭的にも風評的にも損しかありませんわ」

「そうでござる。オークはちゃんと料理にしなければなりませぬ。──レイラ殿。こやつをうっかり斬りおとした時はいつでも厨房を開けましょうぞ」

「やめて! どうしてそんなことになるんですか!」


 すると、しばらく大人しくしていた片言さんが口を開きました。


「お嬢の言うことは間違っていません。このオークを手に入れることによって価値はあります」

「何の価値があるのでござる? 正直言って食料以外にこのオークの利用価値はないと思うのだが」

「このオークは魔王軍から直々にスカウトに来るぐらいの実力を持っています」

「そういうものこそ殺すべきなんじゃないかしら? この領地に魔王軍が来たら、風評被害が起こりますわ」


 片言さんは色んな人の懸念に対してこう切り返しました。


「それだけではありません。このオークには不思議な点があるのです」

「不思議な点っていうのは“バババババ”が無いっていうことか?」


 キーラさんは茶々を入れます。


「そんなわけないでしょ! 僕にだって“バババババ”くらいありますよ!」

「あぁ? てめぇに“バババババ”があるなら、とっくの昔に女の一人や二人“ドドドドドドドドド”していただろうによ?」

「はぁ? 僕をチキン呼ばわりするなんて許せませんよ! ならわかりましたよ! じゃあ、あなたに“ボボボー”なことをすればいいんですよね?」

「望むところだ!」

「シャラップ!」


 片言さんがそう言うので、僕たちは渋々黙りました。


「キーラがセイしたとおりです。このオークは不思議なことに一度も“ピー”したことがありません。むしろ、一人でそんなことをしていることも見たことがありません。そのため、このオークを飼育することに関しては問題はありません。──しかし、レディ・ヴィルヘルム」

「何ザマス?」

「ひょっとすると、このピッグは不「そんなことありません!」──じゃあ、何だって言うんですか?」


 彼女は僕を不思議そうに見つめています。僕が“ドカン!”ですって?


 そんなわけないでしょ! 僕はちゃんと“キュイーン”ですよ!


「そんなことはともかく、わたしの部屋に彼を入れてもいいだろうか?」


 女騎士さんはしばらく大人しくしていたと思ったら、爆弾をぶち込みました。


「「「「ダメでしょ」」」」


 まぁ、あなたがおかしいことは分かっていますとも。


「どうしてみんなわたしの願いを否定するのだ! それにオーク殿も! わたしのような美女と一緒に“バンバンバン(机を叩く音)”なことや“ドドド”なことができるんだぞ!」

「いや、僕はそういうことよりも一人で悠々自適に暮らしたいのです」


 ほら、あんた手あたり次第あんたに“シューン”しようとしたオークさんたちを散々粉々にしてきたじゃありませんか。


 そんな人を信じろと? 冗談じゃない!


「そもそも、ここに来た時点で豚肉になるか死体になるかのどちらかでござるが?」

「それってどっちにしても死んでいるじゃないですか!」

「面白いことをおっしゃるな。確かに同じかもしれないでしょう」


 コック帽を被ったロリはこう言いました。


「されど、人間に感謝されながら死ぬか、悪意を持って殺されるのどちらがいいでしょうかな?」

「僕は死にたくありませーん!」

「とにかく、お嬢様がこの子と一緒に寝るのはどちらの意味でも認められないわ」


 年齢偽装メイドさんがそう言いました。


「添い寝でもダメなのか!」


 女騎士さんは何やらショックを受けているようです。


「決まっているでしょ。ただでさえ、性格に問題があるから売れ残っているのに、それでオークと一夜を共にしたって知られたらどうなるかしら?」

「そうザマス。ここの領主がそんな趣味を持っていると知られたらいろんなところにおいて風評被害が出るザマス」

「わ、わたしはオーク殿とけ、け、け、結婚がしたいのだ!」

「お嬢様。多数決を取りましょう。この中でお嬢様とオークが同じベットで寝ることに賛成な人」


 メイド長はそう言いましたが、誰も手を挙げませんでした。一瞬、女騎士さんから僕を咎めるような視線がが送られましたが、そんなものは無視。無視。


「おばば! おばばは認めてくれるよね。どうして手を上げないのー」

「死んでいるんじゃないか?」と、キーラさんは毒を吐きます。

「いや、メイビースリープですね」と、咄嗟に脈を測った片言さんは報告します。

「ほら、いないでしょう?」と、メイド長はレイラさんの肩に手を置いて、やさしい声で語りかけます。

「嘘だと言ってくれー!」


 レイラさんはしばらくの間ずっとおばあちゃんを揺らし続けました。


 しかし、肝心のおばあちゃんは夕食の時間まで目覚めることはありませんでした。


 ******


 結局、僕はおじいさんとしばらく屋敷から離れた小屋に暮らすことになりました。


 彼はお嬢様に恐ろしいほどの忠誠心がありますが、それ以外はまともな方でした。


 僕みたいなオークに対しても優しく接してくれますからね。本当に素晴らしい人です。


 しかし、夜になると騒がしいことが起きます。


 ちょっと窓を開いてみましょう。


「なぜだ! なぜおまえたちがわたしの夢を邪魔するのだ!」


 ネグリジェ姿になった女騎士さんがキーラさんに羽交い締めにされていました。


 アレ? これってどういう目的で来たのでしょうか?


 いや、その服装だと当然、アレしか考えられませんが、さすがにアレじゃないですよね?


「決まっている、じゃないですか! ただでさえ、お嬢が売れ残りなのにそんな趣味をしていると色んな人に知られたらどうなる、と思いますか?」


 キーラさん。そんなに敬語が苦手なら、敬語を使わなければいいんじゃないでしょうかね?


「レディ。これ以上駄々をこねますとお母様にテルしますよ」


 ここって電話ありましたっけ? いや、この世界のことではまったく見たことないのですよ。


 まぁ、TELという以上──きっとあるのでしょう。


「そんなのはどうでもいい! 私はオーク殿と“ダダダ”なことがしたいんだ! ──あっ! オーク殿、愛しのレイラが来ましたよ」


 血走った目で微笑んでくる彼女。


 ──いつか本当に殺されるんじゃないかってビクビク怯えてしまいます。


 やっぱりここは危険なことでいっぱいですね。


 出来る限り早く逃げ出すめどをつけないといけませんね。


 僕はそう思ってピシャリと窓を閉めました。


次回、037.アンドルセン家別邸より

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