035.解体屋さんも加わり、危ない講座は続行!
あなたは解体屋を連れてくると言われたら、どんな人が来ると思いますか?
すごいマッチョなちょび髭を生やしたおじさんでしょうか?
それとも、ここはあえて少しふくよかな"ザ・お母さん"みたいなおばちゃんでしょうか?
それ以外の人がいたらすみません。
そもそも、おじいさんだと聞いていたので、考える意味がありませんでしたね。
――とにかく、こんなにだらだら話していたらまったく話が進まないのでとりあえず僕の現状を豚小屋からお送りします。
「――この人があなたの言う解体屋さんですか」
「おう。そうだ!」
キーラさんは誇らしげにそう言います。
――すみません。ちょっとおかしくありませんか?
おじいさんとは聞いていましたが、この人を見てどこが誇らしく思えるのか分かりません。
いったいどういうことなんでしょうか?
僕の目の前にいるのはダンディなマッチョのおじさんでもみんなのお母さんみたいなおばちゃんでもありません。――よく考えたら、解体屋さんがおじいさんという時点でおばちゃんはおじさんではありませんでした。
僕の目の前にいるのは少しヨボヨボなおじいさんです。
そう。明らかにどこか体の具合が悪そうなおじいさんです。
どう考えても弱そうな気がするんですけどー。
「あんまりオークを斬るのは趣味じゃないが、お嬢のためとあらば、斬るのもやぶさかではない」
おじいさんは見た目と違って、ダンディな声で語ります。
――あれ? これってなんか歴戦の猛者だった感じですか?
なんかいやな予感がしてきました。
「――ねぇ、この人にいったい何を吹き込んだの?」
僕はキーラさんにそう聞こうとしましたが、彼女には僕の囁く低音ヴォイスなどまったく聞こえないのでしょうか、ピクリとも動きません。
むしろ、おじいさんの方が反応しました。
「――なにか誤解しておるな? わしはあくまでお嬢を苦しめているオークと聞かされたのじゃが……」
「苦しめられているのはこちらですよ!」
「たわけ! お嬢が二日も「サキュバスが、サキュバスが……」なんて言い続けるなどあり得ぬ! お嬢はオークにしか恋愛感情を持たぬ。さらに、お嬢が最近探しているオークが見つかっておらぬと聞いた。このことからお前であることは明白じゃ!」
「何ですか?! この名推理のようで、まったく名推理のようには聞こえないこの推理は!」
何言っているんですか、こいつ?
僕はあくまで勝手にあの変態騎士に惚れられて、勝手に彼女を慕う謎のメイドたちに拉致されて、勝手に目の前にいる女王様に折檻されて、勝手に解体されそうになっているんですけどー!
まったく僕には自由はないのですか!
「まぁ、最後の逃げる機会をやることもやぶ「いいんですか!」――反応が早いのう」
「だって、ようやく逃がしてくれるんでしょ? もうこうなったら、この国から脱出することも視野に入れて逃走しましょう。なーに、僕にはたくさんの味方がいるので安心していますよ」
——えっ! ぼっちのお前に味方がいたのか、ですって?
失敬な! 僕にも味方はいます。リリミナちゃんに、サキュバスさん、キング君。更に、身代わりとしてこの森にはたくさんのオークさん達がいます! それに、画面の向こう側のあなたたちもです。嘘とは言わせませんよ!
いやぁ、まるで神様が僕に「汝、貴方を逃がすためにチャンスを与え、森にもたくさんのオークを用意しました。ちゃんと逃げるのですよ」と語りかけられているかのような幸運。
僕の辞書には逃げる以外の言葉は書かれていないので、喜んで逃げます。
「ケッ! そもそも、うちの解体屋なめんじゃねぇぞ! それに万が一逃げきれてもオレ様たちがお前を地獄の果てまで追いつめてやるから覚悟しろよな!」
「ピギー!」
「本当にこいつ強いのか?」
僕の間抜けな鳴き声を聞いたおじいさんは首をかしげます。
しょうがないじゃないですか。このキーラさんに調教された結果、僕は「ピギー」と鳴くようになってしまったのですよ。これは、まさしく彼女による僕の調教の成果ですね。
「えぇ、弱いです!」
渡りに船とばかりに僕はおじいさんにそう主張します。
ほんの少ししかない解放してもらえる可能性を信じて。
「油断大敵だぜ、じいさん」
「どういうことじゃ?」
「こいつは見た目はただの豚だ」
――そりゃどこからどう見ても人畜無害のオークでしょ? どこをどう見たら、バケモノに見えるんですか? 意味が分かりません。
「しかし、こいつはうちのお嬢から逃げきれたんだぜ。そんな奴が弱いわけないだろ」
「それもそうじゃな。というわけで本気で戦うことにした」
おじいさんはそう言うと、息を深く吸い込みました。
すると、彼の体は急激に膨張し、よぼよぼのおじいちゃんから、筋肉ムキムキの髭を生やしたおじいさんになったのです。
「どうしてそうなるんですか! オークイーターもあなたもどうして大きくなるんですか?」
「わしのはあくまで秘技じゃ。ずっとこの状態だと節々が痛むからのう。だから、普段は年相応のおじいさんの姿をしている。それにわしは巨人族でもないからのう」
「そんな詐欺あっていいはずがない!」
弱く見せておいて、いざ戦う直前になって本気を見せるんですか!
あんまりです! これじゃ僕が負けてしまうじゃないですか!
「では、始めようか。死合を!」
「何ですか! その物騒に聞こえるセリフは!」
******
一時間くらい経過しました。
僕は今、ようやく住んでいた森に戻りました。
良かった! これであとは国境を超えるだけだ! まぁ、どこが国境なのか知りませんがね。
そう思っていたのですが……。
「オーク! まだまだわしは頑張れるぞーい!」
「何ですか! あなたは!」
おじいさんが速いんです!
変態女騎士よりはるかに速いんですけどー。
これで彼女より弱いなんてありえますか! ありえませんよ!
「ふむふむ。この動きはどうやら長い年月逃げていないとそうはできないのう。わしもその昔、王宮に盗みに入ったスパン五世なる勇者を捕まえたときと同じような感じがするのう」
「何ですかそのどこかで聞いたことあるようなキャラは!」
——あぁ、勇者よ。さすがに丸パクりするのは良くないのはわかるにしてもそんなセンスのない名前にするなよ! 聞くからに弱い名前じゃないか!
「スパン五世は40年ほど前におった稀代の大怪盗でな。わしがお縄にかけるまで金銀財宝をことごとく盗んだ大悪党じゃ!」
「あんたはいったい以前何をしていたんですか!」
普通の解体屋さんが、普通のおじいさんが王宮にいたなんて怪しいこと満載ですよ! いったいどういうことなんですか!
——いや、ここの人ってみんなおかしいんだ! 常識のある普通の人がいないんだ! 悲しい。悲しすぎます。
「取るに足らぬ騎士をやっていたものじゃ!」
「そんな人がどうして解体屋をやっているんですか?!」
おじいさんはしばらく考え込みます。
そして、彼は思いついたかのようにポンと掌を叩きました。
「気分」
「一番いやな答えが返ってきた!」
「少し誉めてやろう。お主はあやつより早い。あやつなら、五分で捕まえられたのに、もうこんな時間が経ってしまっとる」
「話が戻ったし、一時間たったことに気づかなかったのですか!」
「最近、一日が早すぎてのう。気づいたら、夜になっておることもしばしばなのじゃ」
「それはただの年のせいだよ!」
「お主は見たところ、筋肉を逃げに効率よく使っておる。ふむ。これは並大抵の努力では無しえないな。むむっ!」
何ですか? その分析。
恥ずかしくて夜も眠れなくなるんですけどね。
「分かったぞ! お主、黄金兎を食ったな!」
「月に一回食べてますけどどうかしたんですか!」
オークイーターもあなたもレミオラさんもどうして黄金兎とかゴールデンラビットって言うんでしょうか?
彼らは愛くるしいゴールデンうさぎちゃんですよ!
そんな仰々しい名前で彼らを呼んではいけません!
彼らの可愛さが半減するじゃないですか!
「それなら、お主の逃げにこれほど磨きがかかっているのもうなずける。久しぶりに面白い仕事になって来たぞい」
そう言って、彼は右手に力を籠めはじめました。
すると、右手には何やら透明で禍々しいエネルギーが漂う不気味な棒が出てきたのです。
「何ですか。その空気の槍は」
「これは突きを極めると自然にその衝撃を攻撃に使うことが出来るのじゃ! これなら、いちいち槍が無駄にならず済むからのう」
「何ですか! その新情報!」
「そんなものここでは常識じゃ! お主の知識のなさを恨むがよい!」
「そ、そんな!」
ほんとうにこわい! 誰か助けて~!!!
******
「観念しろ! オーク! もうすぐお主の最後じゃ。じゃから、動くでない!」
僕はぐるぐる巻きにされた状態で筋肉ムキムキのおじいさんに森から運ばれています。
死にたくない僕は少しでも彼の気を迷わせようと試みました。
「彼女の知らないところで、僕を殺したら彼女は悲しみますよ」
すると、おじいさんは少し考えました。
そして、ポンと手を叩きました。
「バレなきゃ悲しまれんわい」
「そう言うと思っていましたよ!」
僕はこれから解体されてお肉となっていくことを悟ってしまった豚のような気分を感じました。
すると、どこからか聞きなれた声が聞こえてきました。
「待った!」
よく見ると、久しぶりのご登場。変態女騎士さんでした。
僕はすかさず彼女に期待の眼差しを向けました。まるで、愛らしい子豚のように媚びた目を彼女に向けました。
おじいさんは僕が考えていることに気づいたのか、——パシン、と僕の頭をはたきました。痛い!
「やめるのだ。爺や」
「じゃが、こやつはお嬢を悲しませた張本人。こやつなどさっさと殺してしまって、お嬢は新たな恋を見つけてくだされ!」
すると、女騎士様は真剣な表情をしてこう答えました。
「悲しませた? そんなわけがない。オーク殿はわたしの恋人なのだ。わたしたちの愛は永遠なのだ! いくら爺やでも許さぬ!」
「すまぬ、お嬢。せめて、腹を斬って詫びましょう」
「爺や。そんなことはしないでいい。人は誰しも間違えることはある」
「お嬢!」
——何、この展開。女騎士さんは女騎士さんで自分の愛のことを自慢していますが、おじいさんはおじいさんでどうして涙を流しながら、跪いているのでしょうか? 意味が分かりません。
「ところで、来てくれたのだな。オーク殿」
ニコッ! という効果音が聞こえてきそうな満面の笑みが向けられました。
その笑みを見た僕はなぜかムカムカしたので、僕はこう答えました。
「——まぁ、こっちは拉致されたんですけどね」
そこ! なぜショックを受けたような顔をしているんですか?
次回、036.お嬢様の客人はオークです




